特別編

 いつの間にか、あのきびしく、うだるような暑さは影をひそめていた。
 空には、やわらかく目に優しい青い色が広がっている。頬にあたる風も心なしか秋らしく感じられるようになっていた。
 秋になると、この学園は大きなイベントが目白押しとなる。 体育祭、学園祭、学術発表会に弁論大会、エトセトラ、エトセトラ。
 だが、何と言っても一番みんなが楽しみにしているのは体育祭と学園祭だ。この学園では、前半2日間は体育祭、後半2日は学園祭で、計4日間を通してイベント尽くしとなる。
 もちろん、グーデリアンは体育祭で八面六臂の活躍をしたのだが、その話はまた次回にゆずるとして、今回は学園祭に焦点をしぼることにしよう。



 生徒会に所属し、さらにいくつかの役職を兼任しているハイネルは、多忙をきわめていたが、中でももっとも大変な時をこれから迎えようとしている。
 生徒会が主催する演劇がこれから披露されるのだ。ハイネルは主役の一人として、準備に余念がなかった。

「ハイネル、準備はできたかい?」
「あ、はい、名雲会長」

 鏡の前で身支度を整えていたハイネルは、自分を呼ぶ声にふりむいた。
 名雲はハイネルの姿を上から下まで見やり、満足そうにうなづく。

「よく似合ってるよ。さすがだな」

 ハイネルは今、いわゆる西洋的な『王子様』のかっこうをしていた。
 実際、貴族的な風貌のハイネルには、その扮装がこの上なく似合っている。
 ガンとしてハイネルが主張を曲げなかったため、いつものへんてこツンツンヘアーのままなのは残念だが、それとて大した問題にはならないほど美しい。何より、いつもかけている素通しのメガネがとりはらわれ、エメラルドのようなグリーン・アイズを拝めるのがすばらしかった。

 本当は、この劇を生徒会の出し物にすると決めた時、他の生徒会役員たち全員が『女装するヒロイン役はやっぱハイネルだろ!』と思ったのだが(あいにく、今期の生徒会役員トップに女生徒がいなかった)、ハイネルの怒りをおそれてその案はボツとなり、その代わりに王子役としておさまることになったわけだ。



「名雲会長・・・ヘンじゃないですか?」

 少し恥ずかしそうに頬を赤らめて聞いてくるハイネルは、かっこうがかっこうだけに、いかにもだまされやすいいいトコのお坊ちゃん、といった風情だ(実際そうなのだが)。
 名雲は不自然なほどハイネルに近づくと、肩に手を回しつつ低い声を出した。


「ヘンなものか。よく似合ってるよ」


「ヘル・ハイネル!そろそろ出番が近いです。準備はできましたか!?」
「ランドル。・・・ああ、すまない、今行くから」

 もう少しで名雲の腕がハイネルの肩をとらえようというまさにその瞬間、わざとらしいほど大きな声がランドルからかけられ、ハイネルが身をひるがえしてしまった。かすかに名雲が舌打ちをする。
 ランドルは名雲を一顧だにせず、ハイネルの手をとってキスを落としかねない調子で情熱的に語りだした。

「ヘル・ハイネル。僕が思っていた通り、やはりよくお似合いです。あなたのような高貴な方にはそんな装いがよく似合う。たとえるならまだ誰の手にも摘まれぬ、朝露にぬれた白いバラ。触れればかわいらしく震え、きらめく滴をこぼすことでしょう。シェイクスピアはかつて言いました。恋愛は・・・」
「あ、ああ、ランドル。本当に早く舞台に急ごう。みんな待ってると思うし」
「そうですね。・・・・ヘル・ハイネル。今日のあなたと僕は、熱烈に愛し合う恋人同士です。それをお忘れなきよう」
「・・・・・そうだな」

 ・・・・そう。主人公であるハイネルの相手役は、誰あろうランドルなのであった。ランドルサイドとしては逆の配役を強く望んでいたのだが、いかんせん背の高さの違いはいかんともしがたい。
 ハイネルに負けず劣らずの高いプライドを誇るランドルが女装のヒロイン役などを甘んじてうけたのにはワケがある。・・・もちろん、ハイネルの相手役だからだ。ハイネルの相手役ができるのなら自分は女装してもいいと思うあたり、彼のプライドのポイントは常人とは違うところにあるのだろう。




 そんなこんなで、劇の幕が上がったのだった。





「加賀さん、グーデリアンさんは?ハイネルさんが出てるって言うから、ぜったい来てると思ったんですけど」

 コネを使って手にいれた最前列の真ん中の席に悠々と腰掛けていた加賀は、突然かけられた声に顔をあげた。視線の先にいたのは、ランドルと同じクラスのハヤトだ。
 ハヤトの問いに、いかにも腹にイチモツありそうな笑みを加賀が見せる。
「愛しのハニーが、たとえ劇とは言えほかのオトコに走ってるトコロは見たくないみたいだぜ?」
「相手役はランドルなんですって?よりによって、って感じですもんね」
 その言葉に、加賀は苦笑をかえすのみである。
 加賀にうながされるまま、ハヤトは彼の横に腰をかけた。

「それにしても加賀さん、今日は自由な服装でいいからって、またずいぶんキバツな服を着てるんですね」

 腰をおろす時に、苦笑しながらハヤトが加賀の服装をそう評した。まるでホストの着るようなプリーツの入ったシャツに、タックの入ったブラックのスラックスを身につけていたからである。ランドルならともかく、加賀がこのような服装をプライペートでしているのを見たことがない。

「いや何、今日の劇は王子だの何だのが出てくるユーガな話だって聞いたからよ。ちっとそれに合わせようかと思ってな」
「・・・加賀さんって、ミョーな感覚してますよね」
 ハヤトが苦笑するしかなかったのももっともだと言えるだろう。


「こちら、お邪魔していいかしら?」


 次に顔を出したのはリサだった。あいかわらず可憐な少女である。
「もちろんさ!左の席が空いてるぜ。荷物、持とうか?」
 大きな手荷物を持っていたリサが、膝にその荷物を置いたのを目にして、加賀が気をきかせる。華奢な彼女の膝の上にのったその荷物は、いかにも邪魔そうだった。
 だが、彼女はにっこり笑って首をふった。
「大丈夫ですから、おかまいなく。それより、もうすぐ開演するみたいですよ」
 折しも開演をつげるベルが鳴ったところだった。




 劇は『ロミオとジュリエット』をベースとして、『シンデレラ』テイストの味付けがなされたものである。
 義母や義姉にいじめられているヒロインランドルは、ある日身分をいつわって貴族のパーティーに紛れ込む。そこでハイネル王子と電撃的な出会いをし、たちまちのうちに恋に落ちる、というたった三行たらずであらすじを説明しおわってしまう陳腐な筋だった。ちなみに、脚本、編集、監督の三役を会長である名雲が手掛けている。
 では、その劇の一幕をのぞいてみることとしよう。




「なんだーーっ、この掃除の仕方は!掃除というものの何たるかを、まっったく理解していないようだな!見ていろ、私が手本を見せてやる。私の手本が見られるなど、めったにないことなのだから感謝するんだぞ。いいか、掃除というのはこうやるのだ!『素早く、手際よく、美しく!』言ってみろ!」
「す、すばやく、手際よく、美しく・・・・」
「声がちいさーーーーいっ!それで立派な掃除夫になれるか!?(なぜ掃除夫?)ハイ、もう一度!『素早く、手際よく、美しく!』」

「・・・・わざと厭がらせしてるんじゃないか?」
「何か言ったか!?」
「いいえ!『素早く、手際よく、美しく!!!』」

 義母役の管生はミョーにハマッていた。異常なほどハマッていた。
 練習をはじめた当初は声も小さく、ミスキャストかと思われたのだが、彼と仲がいいブーツホルツが『キャラの個性を確立させるため』とかなんとか、よくわからない理由を口にしてサングラスをかけさせたとたん、『私の名はシューマッハ!』などと勝手に役名を名乗りだしたあげく、このアリサマである。
 だが、おもしろかったのでみんなそのままにしておいた。(ランドルだけは抗議しまくっていたが)。

 
 ようやく掃除が終わり、義母が去っていくと、かわって登場したのは義姉である。義姉の役は、新条がやることになっていた。

「お・・・お姉さま」

「いいわね、あなたは、お母様にかまっていただいて。私なんか、私なんか・・・フッ」
「・・・・・・はぁ、大変ですね」
 義姉は背中にどっぷりとした暗雲をしょい込んでいた。

「どうせ私なんか、暗いし、友達少ないし、そのクセひがみっぽいし・・・ブツブツ」
「・・・・セリフが違うんじゃないのか?」
「何か言った!?」
「い、いいえ、気のせいですわ!」

 あわててランドルがとりつくろうと、義姉は背中を向けて、床にのの字を書きだした。

「そうやって無視するんだ。いいのよ、いいのよ、どうせ私なんて、普通に会話さえしてもらえないんだわ・・・」
「・・・・・」



 まだ普通にいじめられた方がマシというものである。







「・・・私の出番はいらないのでは?」

 舞台袖にひかえるハイネルは思わずそんなセリフをはいていた。
「まさか。君は主役の一人だよ。君がいなくちゃ始まらない」
 まったく心のこもらない一本調子でそう言って、名雲はハイネルの背中をポンとたたいた。もうすぐ出番だ。



 ・・・・なんでグーデリアンは、せっかくの舞台を見に来てくれないんだろう。



 美しい衣装に身をつつんだハイネルの顔が、一瞬陰った。名雲はその表情に気づきながら、何も気づかなかったフリをしてもう一度ハイネルをうながす。


「さあ、行ってくるんだ、ハイネル。君の晴れ姿を、きっとどこかで見守ってくれているヒトがいるさ」






 舞台は変わって、右端にバルコニーのようなセットがおかれている。フランツ王子は、そのバルコニーの上で恋人の到来を待っているのだった。『ロミオとジュリエット』とはちょうど逆のパターンで、王子が自室の前で姫を待っているわけだ。
 ライトが落とされた暗いセットの中、ハイネルの姿にだけ淡い照明があてられており、彼の秀麗な美貌をますます引きたてていた。
 やがて、舞台の左手奥から、姫の扮装をしたランドルがあらわれた。芝居がかった仕草で(実際芝居なので当然といえば当然なのだが)感激のポーズをとる。


「ああ、フランツ王子。月光の元にいるあなたは、まるでこの世のものではないようです。例えるならば純潔をつかさどる美しき月の女神アルテミス。いや、あなたの美しさの前には、アルテミスでさえ赤面することでしょう。そんな美しきあなたに似合うのは、この僕!・・・・いや違った、私しかおりません!待っていてください。今すぐそこまで登っていって、今宵あなたを私のものといたしましょう!」

『・・・・・・・・・・・セリフが違わないだろうか?』

 不思議に思いつつも、劇の進行を妨げてしまってはまずいとばかりに黙っているハイネル。律儀というか鈍いというか。

 ランドルはバルコニーの下まで来ると、おもむろに登り始めた。
 ・・・・が、なにしろ、今彼が着ているのはドレスである。しかも、たっぷりとしたギャザーがよせられたスカートになっていて、動きにくいことこの上ない。まさかスカートをたくしあげて登るわけにもいかず、さすがのランドルもなかなかうまくいかないようだった。
 手間取っているランドルを見かね、ハイネルがバルコニーから体を乗り出し、手を差し出した。



「さ・・・姫!(ホントは低い身分の設定なのだが、便宜上そう呼んでいる)私の手をとってください」
「王子・・・・!やはり僕を、いや違った、私のことを愛してくださっているんですね!」 

 ランドルが嬉々としてハイネルの手をつかもうとした時。
 バルコニーの手すり部分が折れ、ハイネルの体が大きく前にかしいだ。突貫工事で作りあげたセットだったので、強度に問題があったのだ。


『!!!』


 ハイネルは前かがみになっていたので、そのままの姿勢で床に落ちたら、いくらそれほどの高度がないとは言えケガをするのは免れない。誰もがその瞬間を恐れ、目を閉じた。ハイネル自身も。


「・・・・・・・・?」


 が、何も起こらない。不思議に思ってハイネルが視線を落とすと、自分のウエストに腕がまかれていた。
 驚いて振り向く。


「グーデリアン・・・・!」

 見ると、グーデリアンは奇妙な格好をしていた。奇妙というより・・・・・ちょうど、この舞台の登場人物のような格好だ。ハイネルのような上等なものではなく、召使が着そうな簡素なものだったが。
 ランドルもまるで真昼間にユウレイに会ったかのような顔をしてグーデリアンを指さしていた。



「ぐ、グーデリアン!?なんでお前がここにいる?」
「ランドルお嬢様!」



 突然、グーデリアンが大きな声を出した。ランドルもハイネルもびっくりしてグーデリアンを見上げる。
 グーデリアンは『大根役者』という言葉の意味を忠実に再現しているかのようにわざとらしい大声でセリフを口にした。

「ランドルお嬢様、実はあなたの側付きの従者であるワタクシは、こっそりあなたについていって、あの日のパーティーに紛れこんでいたのです。そこでワタクシはフランツ王子を目にし、一目で恋に落ちてしまいました。その思いは王子も同じです。ワタクシたちは、一目で熱烈な恋に陥ってしまったのです!ワタクシたちの裏切りをお許しください!!」
「???」
「な・・・・何を言ってるんだ、キサマ!大体、ヘル・ハイネルと恋に落ちるのはこの僕、いや違った、私だということになってるんだぞ!それを・・・!」

 そのセリフを耳にすると、今まで殊勝そうな顔をしていたグーデリアンは、みるみるうちにその表情を変えた。わめくランドルを鼻で笑い、勝ち誇ったような笑みをむける。もともと身長差がある上に、今はバルコニーの上と下。グーデリアンはまさに『見下す視線』をランドルに送りつつ、これみよがしにハイネルの腰に回していた腕に力をこめ、彼の体を自分の方に引き寄せた。



「悪いね、恋愛はリクツや筋書きで語れるモンじゃないんだぜ?」



 言うが早いか、いつの間にかとりつけられていたのか、窓枠にたれさがっていたロープを右手でつかむ。もちろん、左手はハイネルの体を抱いたままである。


「というワケで、ハイネルはオレのモノだから、もらっていくぜ!」
「な、な、なに!?」
「へ、ヘル・ハイネル!?」

 
 グーデリアンは見事に勢いをつけ、ロープに飛び乗ってバルコニーを飛びおりた。そのままの勢いで観客席に乗り込んでしまう。



「キャア!?」
「な、なんだ!!!」


 大パニックに陥っている観客たちをよそに、グーデリアンはハイネルの手を強引にひいたまま、観客席の真中をつっきって演劇の舞台となっている講堂を出ていってしまった。
 呆気にとられたのは舞台に一人取り残されたランドルである。

「な、い、今のは何だ・・・・!?」

 彼が呆然としていると、客席からいきなり黒い影が舞台の上に踊りでた。加賀である。

 加賀は優雅な仕草で一礼すると、客席にむかってとうとうと語り始めた。


「おお、ランドル姫。『恋は誰にも予期できぬもの』、そして『恋は誰にも止められぬもの』でございます。こうなったら我々も、彼らの恋の行く末に、幸多かれと祈ろうではないですか!」
「はあ?」

 そこですかさずこの劇にかかわった全キャストが舞台に勢ぞろい。『二人の愛に幸あれ!』『ジャッキーと王子の愛よ、永遠に!』などと叫び出すではないか。
 ここで強引にエンディング音楽が流れ出し、ムリヤリ舞台はクライマックスを迎えていく。
 さらに、予定にはまったくなかった名雲のナレーションが流れ出した。


『こうして、恋する王子をよりによって自分の従者、しかもオトコに奪われたランドル姫は、オトコに頼らぬ道を歩き始めるのであった。これは、一人のオンナが自立した道を歩き始めるまでの、サクセスストーリーなのである!!(昼メロのナレーション風)』

「はあ!?」

 するすると幕がおりていく。一人合点のいかないランドルをしりめに、劇は勝手に大団円を迎えたのだった。





 幕の向こう側で、ニシャシャシャシャ、と奇妙な笑い方をしているのは加賀である。
「おいしいよなぁ。コレでジャッキーからは謝礼でけっこうな額が入るし、生徒会には出演料を請求できるだろ?ホント、学園祭サマサマだね!」

 さらに、客席の一番前。リサが歓喜に打ち震え、ガッツポーズをとっていた。

「やったわ・・・!グーデリアンさんと兄さんの愛のメモリー、バッグにしこんでおいた隠しカメラでばっちりゲットよ!これで私のコレクションに新たな一ページが刻まれたわ!重いカメラ入りのバックで大変な思いをしたかいがあったってコトね!」





 そしてもちろん、ラストを飾るのはその後の二人である。
 まだ状況が把握できないでいるハイネルを人気のない講堂裏の大木の下までひっぱってくると、グーデリアンは唐突にハイネルの顔をのぞきこんで話しかけてきた。

「おとぎ話とかのさ、『ハッピーエンドのその後』って、気になったコトない!?」
「え?・・・・・そう言えば、あるかな」
 わけのわからないまま素直にそう答えてきたハイネルに、グーデリアンは飛びっきりの笑顔を向けた。思わずうっすらと赤くなったハイネルの頬を、優しく両手で包む。


「・・・・・ハッピーエンドのその後は、これから、オレたちが作るんだよ」


 そして、キス。
 おとぎ話の世界から抜け出した現実の二人は、これからどんな物語をつづっていくのだろうか?
 それは、カミサマでさえもわからない、二人きりの秘密・・・というコトに、しておこう。





  ハーイ。この話は『The Best Of Me』の番外編になります!たちばなさんが3000番のキリ番リクエストとして、このお話の続編を望んでくださったので。
 はー、書いててメチャメチャ楽しかったです!(笑)私のアホッぷりが大全開していましたね。これでまた何人の方が呆れかえったことでしょうか。ついてきてくださる方は・・・いないかな?(笑)
 ホントは、このシリーズのグーハーはキスもまだのキヨラカな仲なのですが、今回はキリ番記念の番外編というコトでサービスです(笑)。
 いやもう、私としてはとにかく楽しんで書けました。たちばなさん、本当にありがとうございました。そして、一人でもこの話を読んで楽しい気分になってくださった方がいらしたらな、と望んでいます。あ、最後に・・・シューマッハと新条のファンの方が読んでいらしたら、すみません!!(笑)それ以外のファンの方もかな・・・。グーハーは別にいいですよね!ラブラブですし!(笑)
                          



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