| 初めての方へ ハイネルとグーデリアンは、日本のインターナショナルスクールに通う高校ニ年生と一年生です。ちなみに、エスカレーター式なので、受験時期になってものんきなものでしょう(笑)。 この話のハイネルはかなり天然ボケ気味で、グーはアホっぽいので、そんな二人でもO.K!という方のみ読んでやってください。 |
第三話
『射は、進退周還 必ず礼に中り、内志正しく
外体直くして、然(しか)る後に弓矢を持ること審固(しんこ)なり。弓矢を持ること審固にして、然る後に以って中るというべし。これ以って徳行を観るべし。
射は仁の道なり。射は正しきを己(おのれ)に求む。己正しくして而(しこう)して後(のち)発す。発して中らざる時は、則(すなわ)ち己に勝つ者を怨(うら)みず。反ってこれを己に求むるのみ。』(礼記謝義)
辺りは張り詰めた空気に包まれていた。静寂の中、一人の少年が弓を手に立っている。
弓道衣に包まれた端正な立ち姿に、誰もが圧倒されているようだった。少年は栗色の髪に緑の目をしており、明らかに日本人ではなかったが、ほかの誰よりもその場にしっくりとおさまっていた。汚れを知らず、恐れを知らず、誇りを持ち、常に前進してきた者だけが持つ、清廉な空気を彼はまとっている。
少年・・・フランツ・ハイネルは、これまでに何度も繰り返してきた儀式をまた繰り返す。
足踏み。胴造り。スッと伸ばされた背筋が美しい。
弓構え。弓構えには基本的に正面の構えと斜面の構えがあるが、ハイネルは斜面の構えをする。的にひたと真摯な視線をあて、打ち起こし。
一連のよどみない動作の美しさに、周りにいる者たちは静かなため息をついた。彼だけ違う大気をまとっているかのようだ。静かで、それでいて緊張感に満ち、見るものを独特の世界へと引きずりこんでいく。
引分け。弓がいっぱいにひかれ、凝縮された力がこめられる。澄んだ緑の瞳はいよいよ冴え、まっすぐに前を見詰めていた。
そして、最も美しい姿となる『会』へ。矢が弓を離れていく『離れ』に入る直前の、もっとも緊張をはらんだ瞬間である。絵のように美しい光景に誰もが見入っていた。
弓が離れていこうとする。『離れ』へ。
・・・・・・・・・・・・・いけなかった。大きな声がかけられたのである。
調子っぱずれの大声は、弓道場の隣からかけられているのだった。
「ハイネルー!がんばれ!オレがついてるからなっ」
張り詰めていた空気が、一瞬のうちに砕けちった。その場にいた全員が夢から覚めたようにハッとして声の方を向く。
金髪に、青い瞳。間違えようもない、ハイネルより一学年下の人気者にして問題児、ジャッキー・グーデリアンその人だ。
自分に声をかけてその場を台無しにしたのが誰かを確認するやいなや、ハイネルがギリギリと弓をグーデリアンの方に向けてひいた。後ろから慌てて新条が止めにかかる。
「は、ハイネル、そんなのが当たったら無事じゃ済まないぞ。待つんだっ」
「待てるか!あのバカの頭をこの弓で射抜かない限り、私の気はおさまらないんだっっ」
弓をむけられているというのに、グーデリアンはのんきなものである。のみならず、
「ハイネル、的はあっちだぜ?オレに応援してもらってうれしいのはわかるけど、的の位置もわかんなくなるほど喜ばなくたっていいだろ」
・・・・などと口にする始末だ。
ハイネルの頭から怒りのせいで湯気が出た。・・・ように見えた。
「もうガマンできないっっ。離せ、新条っっ。あんな日本の美も理解できないようなヤツには、私が天誅をくらわしてくれるっっ」
「ハイネルっ、ちょっ・・・落ちつけって!」
「ハイネルー、弓道って落ちついてやるもんなんじゃないのか?そんなに興奮してたらよくないと思うんだけど」
「誰のせいだーーーーーーっっっ!!!」
静かな弓道場に、ハイネルの怒りの絶叫が鳴り響いていった。
「なあなあ」
「・・・・・」
「なあ、ハイネルってば」
「・・・・・・・・・」
「なんでさっきからずーっとムシしてるんだよ。いいかげんこっち向いてくれたっていいだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
あれから数人の部員に押さえつけられ、ようやくハイネルは殺人者とならずに済んだが、当然今日の練習はそれでお開きとなった。
ハイネルはぷんすかと怒りまくってさっさとブレザーに着替え、カバンを手にして帰宅の途につき、それを慌ててグーデリアンが追いかけて今の図となっている。
「ハイネル!」
少しいらだったようにグーデリアンが言い、ハイネルの肩に手を置いたが、ハイネルはすげなくその手を払った。
とりつく島もないハイネルの様子にグーデリアンは一時考えこみ、やがて大きく息を吸いこんだ。その息を一気に吐き出す。
「オレ、1−B在籍するジャッキー・グーデリアンはー!今オレの隣にいる2−Aのフランツ・ハイネルが好きだーーーーーーっっっ」
「うわっ、ば、ばかっっ!!」
学校からはかなり離れており、辺りに人影がないとは言え、平気でとんでもないコトを口走るのは心臓に毛が生えていると言われるグーデリアンならではだ。
とたん、ハイネルが焦ってグーデリアンの口をふさぎにかかった。素晴らしい反応速度である。
だが、ハイネルの反応などすでにグーデリアンは予測済みだ。動じることなく、すかさずその手をとり、甲に一つキスを落としてみせる。
ウインクすると、恥ずかしさと怒りで顔を赤くしてハイネルがにらみあげてきたが、ハッキリ言ってそんな表情はグーデリアンにとって『かわいいなぁ』という感想しか抱かせない。彼もたいがいイカれていると言っていいだろう。
「よかった、やっと口きいてくれた」
ハイネルの手をとったまま、グーデリアンは心底うれしそうに笑った。その表情は子供のように屈託がない。
彼ににっこり笑われてしまうと、ハイネルの怒りもそがれてしまう。
ジャッキー・グーデリアンは恐るべき笑顔の持ち主だ。彼が笑えば合衆国の大統領にだってなれるにちがいない。
が、ここはフランツ・ハイネル。あくまで怒っている姿勢を崩さないのだった。
「お前みたいな頭が悪くて鈍いヤツは、無視しても堪えないだろうと思ったまでだ!」
「またまたー、お前がオレのコト無視しつづけられるワケないだろ?」
「なぜだ」
「愛があるからさ!」
・・・・・・ハイネルは無言で歩を進める。あわててグーデリアンも後を追うが『そんなに照れることないだろー』などと言っているあたり、まったくこたえてはいないようだ。
しかも、肝心のハイネルも満更でもなさそうなので、この二人につける薬はなさそうである。
さて、二人の愛の下校(・・・)にも、やがては終わりのときがくる。ハイネルが住んでいる高級マンションの入り口が近づいてくると、いつも二人はなんとなく言葉少なになってしまう。たとえまた明日学校で会えるとしても、恋する二人(笑)にはわずかな別れがさびしいモノなのだ。・・・・・ハイネルはぜったいに否定するだろうが。
「じゃあ、私はこれで」
ハイネルが言い、二重三重にほどこされたセキュリティーを突破するため、パネルに暗証ナンバーを打ちこんでいく。その端正な横顔が心なしかさびしそうだと思うのは、グーデリアンの気のせいなのだろうか。
「ハイネル」
なんだかたまらなくなってハイネルを呼ぶと、彼は素直にグーデリアンの方を向いた。いつもは毅然としているキレイな顔が、やはり今は少しさびしそうに見える。
呼んだのはいいが、何と声をかけたらいいものか考えていなかったグーデリアンは、とりあえず最初に頭に浮かんだセリフを口にした。
「えーと。いつハイネルん家にアイサツに行ったらいい?」
「はぁ?」
「いや、だから、アレだよ。『息子サンをボクにください!!』ってヤツ」
「ばっっっ・・・・グーデリアン、お前ってヤツは、ほんっっとーーにバカだな!!」
真っ赤になってハイネルが声を荒げた。いつもならそんな彼の反応さえ楽しいのに、これから彼と別れるコトを思うと、とてもじゃないがはしゃぐ気にはなれない。
「そんなにバカバカ言わなくてもいいだろ」
苦笑しながらポツンとグーデリアンが言うと、ハイネルが心配そうな顔になる。
いつも元気なグーデリアンがそんな表情をすると、必要以上にしおらしく思えてしまうのだ。
「・・・・あいさつはともかく、今度、家に遊びに来ればいい。リサはお前が気に入っているようだし、いつも家にいてさびしく思っている母も喜ぶだろう」
とたん、グーデリアンの顔が輝いた。
「ホントに!?・・・でもオレ、ほかに誰もいないときの方がいいなぁ。そしたらハイネルとエッチなコトしてもバレないだろうし・・・・いてぇっっ」
「じゃ、私は行くから!」
怒ったのか照れ隠しなのか、ハイネルはグーデリアンの後頭部を思いきりたたくと、マンションのドアの中に消えていった。
ハイネルの部屋は14階。それを知っているグーデリアンは上を見上げて待っている。
やがて、エレベータから出てきたハイネルが、下から見上げるグーデリアンに気づいた。人並み以上に発達しているグーデリアンの視力は、ハイネルが少し驚いたような表情をしているのもきちんととらえている。
「ぜったい、今度ハイネルん家行くから!」
大声を出すと、ハイネルが少し笑った気配があった。ハイネルが笑ってくれたことで、グーデリアンも笑顔になる。
手をふると、ハイネルがくすぐったそうな表情になった。
「だから、今度ハイネルもオレん家に来いよな!」
14階上にいるハイネルが笑っている。それだけで、グーデリアンの心の中はとても暖かいもので満たされた。
あの笑顔の記憶だけで、離れ離れになってしまう、これからの時間も大丈夫だと思えるほど。
・・・・・・と、そのとき。
「いやー、あいかわらずアツイね!よくこんな往来で愛をカタれるもんだよなー」
派手派手な髪型(よく校内検査にひっかからないモノだ・・・)の特徴的な姿をした加賀が、あきれ半分、感心半分の口調でつぶやいているではないか。
「加賀!・・・・お前、いつからここに?」
驚くグーデリアンに、飄々として加賀は答えた。
「おめえがハイネルん家に誰もいないときに行って、イケナイコトをする相談してた辺りからかな?いやー、あのおカタイ、クールビューティーの誉れも高いハイネルが、お前を自宅に呼ぶとはねぇ。驚いたぜ。とうとうあの麗しのフランツ・ハイネルも天下の色男、ジャッキー・グーデリアンにオチたか!」
グーデリアンほどではないにしろ、加賀は声が大きい。恐ろしい発言に恐る恐る上を見上げると・・・、そこには、角を出して怒りまくっているハイネルの姿が見えた。
「グーデリアン、自宅に呼ぶ話はナシだ!!ぜったい、ぜったい、家に来ても入れないからな!!!」
憤怒の形相でそれだけ言うと、怒りのハイネルは足音も高く、さっさとその場からいなくなってしまった。
残されたのは、呆然としているグーデリアンと、楽しそうに笑っている加賀のみ。
「加賀ぁー。なんであんな余分なコト言うんだよ?」
恨みがましそうなグーデリアンの口調にも、加賀はまったく動じた風がない。ニシャリと笑って楽しげにこんなことを言った。
「オレぁホントのこと言っただけだろ?いやぁ、あのハイネルがお前を家に呼ぶ算段をしてたなんて学校で話したら、またたく間にウワサが広がるだろうなぁ。なにしろ、お前もハイネルも有名人にして人気モノだからな。ウワサが広がったらハイネルのコトだ、ぜったいお前を避けるぜ」
「・・・・・・・幾ら欲しいんだよ?」
察しがいいねぇ、とうれしそうに言いながら、加賀は手を出して5000円、と宣言した。ため息をついて後ろポケットのサイフを探りながら、グーデリアンは己に言い聞かせる。
シャイなハイネルは、そんなウワサがたったら本当に自分を避けるだろう。それに比べたら5000円くらい安いものだ。・・・・と。
「毎度!ま、オレは親友として、お前がハイネルとうまくいくコトを心から祈ってるからな。がんばれよ!」
「どの口が言うかよ・・・」
もらうモノをもらったら、さっさと行ってしまった自称『親友』の加賀の背中に、グーデリアンが言葉をかけるが、相手には届いていないようだった。
「ま、人生にはいろいろあるよな」
グーデリアンにしては妙に哲学めいた一言を口にすると、自分も家に戻るために一歩を踏み出す。
・・・彼が無事ハイネル家に足を踏み入れられる日が来るかどうかは、今のところ定かではないのだった。
えーと、私の記憶では、このシリーズ(?)は、三人の方が名指しで『好きです』と言ってくださったので、私の話の中ではすごい人気シリーズなのです(笑)。いつかまた書こう書こうと思いつつ、連載などをやっつけていたため、なかなか書けずに悔しい思いをしておりました。が!ようやくまた書いてみました。もうホントに意味なくてガックリです。書けば書くほど意味のない話と化していくこのシリーズ・・・。
Kさん、Mさん、Sさん(アルファベット順)、ご本人覚えていらっしゃらないかもしれないですが、このシリーズを好きだと言ってくださってありがとうございました!このお話は三人の方に捧げさせていただきます。このお話は、あなたたちがいてくださったおかげで書けたのです!・・・・『いらない』って言われそうですけど(笑)。