The Best Of Me


 第一話


 日本の某都市にある、中高大を通した一貫教育をうたっているインターナショナルスクールに通う高校二年生フランツ・ハイネルと言えば、眉目秀麗・品行方正・スポーツ万能とおよそ少女マンガの中にしか存在しえないような、カンペキな少年であった。
 もちろん、お勉強ができ、礼儀正しい彼は先生方の信頼も厚く、二年生にして生徒会の副会長の座についている。
 どこか中性的な端正な顔立ちをダテメガネで隠してみても、怜悧な緑の瞳の美しさにノックアウトされる輩は後をたたない。それこそ男女問わずラブレターを送った人間は数えきれないほどだったが、ハイネルは歯牙にもかけなかった。そのクールさにまたファンが増えてしまうという、まったくもって罪な少年だったのである。

「ヘル・ハイネル。こんな所にいらしたのですか」
「ランドルか」

 ハイネルに声をかけてきたのは、中等部三年生、(中等部の)生徒会会長、ランドルである。ちなみに、この作品は完全なるフィクションなので、あらゆる実物、さらに架空の人物と名前等が一致していても、まったく関係ないのであしからず。したがって、ハイネルとランドルの年齢差がおかしいなどという事実無根な指摘をしないように。
 ともかくこのランドル、容姿端麗、家柄最高、頭脳明晰というなかなか恵まれた少年だったが、性格に多少難有りである。さらに、ハイネルに並々ならぬ好意を寄せているとのもっぱらの噂だった。もっとも、クールにして鈍いハイネルは、少しも気づいてはいなかったが。

「ヘル・ハイネル。先月の『NATURE』誌に載った、『ヘイフリック限界と老化における新たな見解』について、どう思われました?」
「特別新しい観点から述べられた論文だとは感じられなかったな。ヘイフリックが提唱したゲノムの老化過程を、巧みに言葉を操作することによって再構築しただけのシロモノだ。それよりも、『フェルマーの大定理が投じた数学界への波紋』を読んだか?」

「僕から言わせれば、フェルマーの定理が1990年代も終わろうという頃になるまで解かれなかったことの方が、よほど興味をひきますね。数学界の面々は長い間居眠りしつづけていたと見える」
 ハイネルとランドルが中学生と高校生とはとても思えない会話をかわしていると、ふと廊下の向こう側からやってくる男がいた。長身に、肩ほどまでの黒髪。外国人の多いこの学園では少ない日本人で、目鼻立ちは整っている。だが、黒い瞳の奥に、何か言いようのない暗みを隠し持っているかのような男である。
「名雲会長」
 そう、この男の名は名雲。彼は高校三年生、教師たちの前では優等生で通っているが、裏では黒いウワサのたえないこの学園高等部の生徒会会長である。
「やぁ、ハイネル。会えてよかった。君がさがしていた松林桂月の画集を手に入れたんで、ぜひお目にかけたいと思ってね」
「本当ですか?(年上なので敬語)彼が日本の画壇に与えた影響ははかり知れないですからね。いつ拝見させてもらえますか?」
「すぐにでも。生徒会室がいいかな。ゆっくりできるだろうし。いっしょに来るかい?」
「名雲会長!僕もその話には興味があります!ご一緒していいでしょうか!」
 言葉とは裏腹に、少しも敬意のこもっていない口調で口をはさんだのはランドルである。名雲は興味もなさそうにランドルに一瞥を投げると、あっさりとこう口にした。
「ああランドル君、いたのか。気づかなくてすまなかった。何しろ、君は小さいから視界に入らなかったんだ」
「し、失礼な!僕はこれから成長期なんだ!年寄りといっしょにするな!」
「それは失礼。これから学食に向かってせいぜい牛乳でも飲んで、がんばって背を伸ばしてくれたまえ。私やハイネルはもう背を伸ばす必要もないからね。じゃ行こうか、ハイネル」
「ヘル・ハイネルは僕と話をしていたんだ!後から割り込んで話をしてきたのはそちらだろう!」
 またか、とハイネルは内心でため息をつく。だが、クールな彼はそんな内心を表に出したりはしない。あくまでスマートに切りぬけるのみである。
「名雲会長、ランドル。私はこれからクラブ活動に出なければならないのでこれで」
「ヘル・ハイネル!ああ、なんということだ!せっかくヘル・ハイネルと有意義な話をしていたというのに」
「君とする話は退屈なんだろうさ」
「お前が途中で割り込んでくるからいけないんだろう!」
 あくまでクールなハイネルは、まだ何やら言い合いを続けている二人を尻目に、さっさとクラブに向かうのだった。

 ハイネルは剣道部と弓道部に所属している。ただでさえ多忙を極める彼だが、二つの部をかけもちしても苦にはならないようだ。元来、彼は多忙でないと落ちつかないタイプなのだ。大変ではあるが、それなりに充実したクラブ生活を送っているらしい。剣道部と弓道部。日本の美と剛の道を同時に追求しているあたり、いかにも美しくクールなハイネルらしいといえるだろう。蛇足だが、弓道の究極の理想理念は「真・善・美」だそうである。まさにハイネル。ブラボー!
「お兄ちゃん!」
 弓道衣姿も麗しいハイネルに、華やかな声がかけられた。足踏みから胴造りを終え、いよいよ弓をひく準備となる弓構えに入っていたハイネルは、一度弓を下ろし、声の方を向く。もちろん、彼を『お兄ちゃん』と呼ぶのは、愛しい妹、中等部二年生のリサしかいない(だから、年齢考証などしてはいけません!)。
 いつもは水のように涼しげな表情を浮かべているハイネルのおもてに、わずかに柔らかな笑みが浮かんだ。クールな彼が見せる珍しい表情である。
「どうした、リサ。弓道場にまで来るとはめずらしいな」
「ごめんなさい、練習中に。でも、お兄ちゃんを呼んでる人がいたから。ジャマしちゃったかしら?」
「リサなら構わないさ」
 促されるまま、ハイネルはリサとともに一時弓道場を後にした。
「お兄ちゃん、弓道衣を着てるところもステキね。初めて見たわ」
「そうか?ありがとう」
 最愛の妹にほめられればもちろんうれしいが、あくまでもハイネルはクールな態度を崩さない。その穏やかな表情からは妹に対するあふれんばかりの愛情が読みとれるが、もともと彼はそれほど感情が表に出る方ではないのである。
「ほんとに、リサのお兄ちゃんがお兄ちゃんでよかったわ。私の友達も、みんなお兄ちゃんに憧れてるのよ。スポーツも勉強もできるし、何よりキレイだって」
「ははは、リサ、ほめても何も出ないぞ」
「そんなんじゃないわよ。お兄ちゃんはリサの自慢だから、素直にそう言っただけなのに!」
 かわいらしくほっぺたをふくらませてスネてみせたリサを、ハイネルは優しい表情と口調でなだめる。美しい兄妹の、美しい仲良き姿。頼りがいがある兄に、そんな兄を慕うかわいらしい妹。理想の兄妹を絵に描いたような光景。・・・だった。ハイネルがその言葉を口にするまでは。
「で?私を待ってるというのは誰なんだ?」
 穏やかな笑みを向けながらハイネルが聞く。生徒会関連の用だろうか、それともクラブ関連、はたまた教師かもしれない。なにしろザ・パーフェクト・ボーイ、フランツ・ハイネルを頼ってくる人間は多い。だが、もちろんハイネルは心が広い人間なので、どんな相手が頼ってきても、ドーン!と迎えるつもりである。
「ジャッキー・グーデリアンさんよ」
「リサ!私は帰る!」
 どこかハイネルに似た美しい顔立ちの妹は、にっこりと笑ってハイネルにとって一番おそろしい単語をあっさりと口にした。兄は兄で速攻で妹を置き去りにしようとする。
「グーデリアン関連の場合は私を巻き込まないでくれと言っておいたじゃないか!」
 あの美しくもクールなドイツ人はどこへいったのか、ハイネルはとたんに周囲を見渡す。どこに逃げ道を求めればいいのかを考えているのである。とっさに彼の明晰な頭脳はベストな逃げ道を算出する。クラブホーム(いわゆる部室が並んでいる場所)の間を抜け、弓道場の更衣室に入り、着替えてさっさと帰宅。そうすればジャッキー・グーデリアンと遭遇せずに、今日も一日平穏に過ごせるはずだ!
 ・・・と、ハイネルのグリーンアイズが輝いたときだった。

「ハイネル!やっと見つけた!!」
 
 満を持して登場したのはジャッキー・グーデリアン、高校1年生。長身、金髪、青い瞳のナイスガイ(まだ高校生だけど)。もちろんスポーツは万能、女の子にはモテモテ。明るくてお調子者で少しいいかげんなところもあるようだが、そのあたりがまた彼の少年ぽさを引きたてているようで心にくい。たいていのことならニコッと笑って「ごめんね」と言えば許してもらえるような、人に好かれる天性のものをこの少年は持っていた。
「何か用か、ジャッキー・グーデリアン!」
 グーデリアンの登場にひるんだのは一瞬のこと。ここでうろたえてはなるまいと決心でもしたのか、ハイネルはピンと背中を伸ばしてグーデリアンに向きなおった。 
「何か用とは冷たいな。オレはハイネルに会いたくて探しまくってたんだぜ」
 青い瞳が苦笑に細められる。並の女の子なら失神していてもおかしくないジャッキー・スマイルだが、ハイネルは頬を赤くしながらも何とか平静を保った。
「用がないなら私を呼ぶな。私は忙しいんだ」
「なんでだよ。ハイネルだってオレに会いたかったんだろ?」
「会いたくなどない!勝手に決めるな!」
「勝手に決めてなんかないよ。ハイネルの顔を見ればわかるんだ。ハイネルもオレに会いたかったんだって」
 今やハイネルの両頬には、隠しようもないほど朱がのぼっていた。握ったこぶしがぶるぶると震えている。
 そう。どんなときでもクールで知的なフランツ・ハイネルという人間を、ジャッキー・グーデリアンだけはいともたやすく揺さぶってくるのだった。だからハイネルは彼に会いたくなかった。彼と会うと、いつもの自分ではいられなくなってしまうからである。すぐに怒ったり、笑ったり、赤くなったり青くなったりいそがしい。
 ちなみに、ハイネルの最愛の妹リサは、すっかり彼女の存在を忘れて二人の世界をつくりあげている兄とグーデリアンに、慈愛の視線を投げかけていた。手にはなぜかメモ帳が握られ、少女らしいかわいらしい字で二人の様子が書きこまれていたりする。一番前のページには「お兄ちゃんとグーデリアンさんの愛の軌跡」というタイトルが燦然と輝いているが、もちろん二人にはナイショにしてある。
 そんなリサの動向にも気づかず、二人はずっとラブラブトークを繰り広げていた。
「ハイネルが弓道衣着てるところ初めてみた。やっぱり何着ても似合うよな。今度そのカッコでオレとデートしようよ」
「そう言うお前はサッカー部とバレー部とバスケット部をかけもちしてるんだったな。サッカー部のシャツにバレー部のパンツ、それにバスケット部のシューズを履いてきたら、街中を腕を組んで歩いてやろうじゃないか」
「え、ハイネルってけっこう変わったファッションセンスしてるんだな。どうしてもって言うならいいけど。じゃ、いつにする?」
「遠まわしに断ってるのがわからないのかーーっっっ!!」
「なんだよ、そうならそうとわかるようにハッキリ言えよな。男らしくないぜ」
「イヤミも通じないような能無し男に言われたくないな!」
「またまたー、そんなオレにほれちゃってるくせに!」
「誰がだ!!!」
 あまりに早いテンポで会話が交わされるせいで、状況文を挿入するスキが見出せないほどである。そんなこんなで、ハイネルの血圧は上がりっぱなし。「クール・ビューティー」のおもかげは遥か彼方に飛び去っていってしまうのだった。
「な、ハイネル。デートデート!!」
「うるさいぞグーデリアン!」
 犬のように後をついてくるグーデリアンにたいし、手を振って追い払う仕草をしているハイネルだが、顔が赤くなっていてはイマイチ迫力がない。いつも冷静で沈着でカンペキなはずの自分が、グーデリアンとともにいることで簡単に崩れ落ちてしまうことをハイネルは自覚していた。
 かといって、長い間(といってもせいぜいが1,2日単位だが)彼の顔を見ないでいるとなんとなく気になる自分にも気づいている。マジメすぎるハイネルは、そんな自分の感情をもてあましてしまうのだった。
 それでついついグーデリアンに対して当たりがきつくなる。グーデリアンはハイネルが冷たい言葉をかけてもまったくめげる様子を見せず、いつも笑ってくれているが、そのうち冷たすぎる自分に愛想をつかしてしまうのではないかという考えに思い至り、ハイネルの表情が曇った。
「・・・グーデリアン」
「なに?」
 いつもと変わらず、グーデリアンはあざやかな笑みを見せてくれる。けれど、グーデリアンは闊達な少年なので、きっと誰にでもこんな笑顔を惜しみなく向けているに違いない。そんな考えにまで行きつき、ハイネルはますます落ちこんだ。何より、そんなことを考えて暗くなっている自分に自己嫌悪したのだ。
「・・・なんでもない。気にしないでくれ」
 けれど、そんなことをグーデリアンに説明できるわけもなかった。
 ストイックな弓道衣を着たハイネルがうつむく様子は、いつもよりも悄然として見えた。どんな服を着ていてもハイネルならば似合うだろうが、ことに弓道衣は彼の凛とした雰囲気を引きたてるようで美しい。
「ハイネル、どうしちゃったんだよ?元気だせよ。いつもみたいにギャーギャーわめきたててくれなきゃハイネルらしくなくて調子狂うよ」
「ギャーギャーとは失礼な!私は冷静だ!」
「そうそう、その調子」
 グーデリアンはまたもやにっこり笑った。ハイネルが彼の言葉に反応して顔をあげたのを幸いに、その顔に手をかけ、頬にすばやく口づける。
「なっなっなっ・・・・何をするキサマーーーっ!」
 真っ赤になって頬を押さえ、うろたえて叫び出したハイネルにウインクを投げて、グーデリアンは走り出した。あのままあの場にいたら、ハイネルに殴り倒されることがわかりきっていたからである。
「いやー、元気が出るオマジナイ!オレそろそろ部活に顔出さないと部長に怒られるからさ、またデートの日程相談しような!」
「だれがお前なんかとデートするか!」
「ヘル・ハイネル!!こんな所にいたんですか!剣道部にも弓道部にも出ていないのでさがしていたんですよ!大体、なんでまたあんな下品で能無しで体力バカで女たらしのジャッキー・グーデリアンなんかと話していたのですか!あなたの品性が汚れます!」
「そりゃハイネルは、君より下品で能無しで体力バカで女たらしのジャッキー・グーデリアンと話したかったんだろうさ。君は下品で能無しで体力バカで女たらしのジャッキー・グーデリアンにも劣るというわけだ」
「キサマ、年上だからと我慢していれば暴言の嵐、もう許せん!ランドル家の名誉にかけて決闘だ!」
「君があと30センチ背を伸ばしてきたら考えよう」
「名雲会長!なんであなたまでこんな所にいるんですか!?」
「いやぁ、おもしろそうだったからね」
「すごい展開になってきたわ。さっそくメモしとかなくっちゃ。これでまたお兄ちゃんとグーデリアンさんの愛のメモリーに新たな1ページが!」 
 あまりにも場が収集つかず、ハイネルは眉間を押さえてため息をついた。そんな姿さえ悩ましい彼は、まったくもって罪なオトコだ。
 こうして、カンペキなるクール・ビューティー、フランツ・ハイネルの一日は更けていくのだった。彼に平和な日は果たして訪れるのであろうか?これからの報告を待て!(ウソです。)





  ここまでアホな話を臆面もなく書ききった私にブラボー!!・・・・・・・・・。
 リクエストがあったら一話完結でシリーズ化を・・・しなくていいですか、そうですか。すみませんでした。でも、バカな話って書いてる分には楽しいですね!



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