卒業式編


 今回は少し時計の針を戻して、二年ほど前に遡ってみることにする。
 フランツ・ハイネル15才は、自分の名が呼ばれているのに気がついて振り向いた。まだこの頃のハイネルは今よりも頬がほんの少しふっくらとしていて、色の白さもあいまって少女のような甘い面立ちをした少年だった。もちろん、この頃から今と変わらぬ知性的な性格の持ち主ではあったのだが、中等部の男子が身につけるブレザーを着ていなければ、たいていの人間は彼を少女と間違えたに違いない。(そして、彼から言葉による辛辣な報復を受けることになるのだ)

「ハイネル!よかった、やっと気づいてくれた」

 ハイネルがびっくりして立ち尽くしていると、声をかけた相手は『全速力』という言葉の意味を体現しているかのような見事なスピードでこちらに駆け寄ってきた。

「お前は・・・」

 ハイネルは目を丸くして自分に駆け寄ってきた相手を見る。
 肩で大きく息をしながら、あっという間にハイネルの目の前に立った金髪碧眼の少年がにこにこして彼を見つめていた。
 この少年の名はジャッキー・グーデリアン。ハイネルより一つ年下の14才で、現在中学2年生である。ようやく成長期にさしかかってきた彼は、それでもほんの少しハイネルより背が低い。そしてグーデリアンは、いつでもそのことと、それから自分がほんの少しだけハイネルよりも年下であることを不満そうに口にするのだった。

 グーデリアンはまだかなり幼さを残した少年らしい顔に、晴れやかな笑みを浮かべてハイネルに聞いた。

「ハイネル、これからどっか行くの?何にも用事がないんだったらさ、オレとお茶でもしに行かない?」

 彼に誘われたのがXXの染色体を持つ性の持ち主であったなら、何が何でもその話に飛びついていただろう。それくらいグーデリアンという少年は笑顔も性格も魅力的だ。
 だが、ハイネルはグーデリアンと同じ少年である。あっさりと彼の誘いを蹴った。

「悪いな。私はこれから卒業式のリハーサルがあるんだ」

 その言葉に、みるみるうちにグーデリアンの笑顔が曇っていった。
 そう、もうすぐ三月。卒業式を間近に控えているのである。
 ハイネルは今中学三年生。ということは、もうすぐ彼は高校生になってしまうことになる。
 この学園はエスカレーター式なので例え中等部と高等部に分かれようと会えないことはないのだが、何しろ広大な敷地を誇るお坊ちゃま校だ。ただでさえ学年が違うというハンデがあるのに、さらにハイネルに会い辛くなってしまうことは明白だった。それでなくともハイネルもグーデリアンも多忙な身なのである。

「なぁハイネル」

 すねたような声を出すグーデリアンに、ハイネルはそっけない声で返す。見た目は甘やかで少女めいているのに、口を開けば辛辣な物言いをするのはハイネル少年の特徴だった。

「何だ?」

「・・・ホントに留年する気、ない?」

「・・・お前は」

 ハイネルは足を止め、呆れた顔でグーデリアンを見た。実を言うとグーデリアンにこんなことを言われたのはこれが初めてではない。

「いつもそんな無茶なことばかり言うんだな」

「だって、オレハイネルと離れたくないんだもん」

 彼らが通う学園は海外からの留学生も多数募っていて国際色豊かであり、何につけてもやることが華やかだ。卒業式さえ例外ではなく、一月の半ばから何度もリハーサルが行われる一大イベントと化しているのだった。式中には卒業生たちの劇あり、在校生たちの合唱あり、教師たちの漫談ありと、一風変わった成り立ちとなっている。今年の卒業生であるハイネルたちは、無難に『三年間の思い出』なる題で学園でのイベント風景をつづった劇を披露する予定だった。もちろん、(本人は全く無自覚とは言え)人気者のハイネルはひっぱりだこで、いろいろな役を兼任していて息つくヒマもないほどである。
 そんなわけで卒業式の催し物のためにハイネルがさらに多忙を極めるようになった頃から(それは必然的に、彼がグーデリアンと過ごす時間が少なくなっていることを意味する)、ひんぱんにグーデリアンはそのセリフを口にするようになっていたのだった。
 恐らく、ただ中等部と高等部に分かれてしまうだけだったのなら、グーデリアンもここまでイヤがったりはしなかったに違いない。彼にも(多少の)分別というものはあるのである。・・・例えハイネル絡みになると、かなりその『分別』とやらが危うくなるとしても。

 ・・・・問題は。

「やあハイネル!」

「名雲先輩!」

 背中に『うさんくさい』とでも書かれていそうな笑みを貼りつけて登場してきたのは名雲である。彼は高校一年生。つまりハイネルの一学年先輩にあたる。
 追記するならば、グーデリアンは彼のことが大キライであった。彼の『好きキライグラフ』を提示して見せたなら、頂点にハイネル、最下辺に名雲の名がサンゼンと輝いたことだろう。

 すかさず名雲の視界からハイネルを隠すように腕を回して彼を引き寄せたグーデリアンに、名雲は絶対零度の視線をチラリと送ってからハイネルに再びうさんくさい笑みを向けた。

「もうすぐ卒業だね、ハイネル」

「あ、はい・・・ありがとうございます」

 『離さないか!』の意思をこめてグーデリアンの腕の中で体をじたばたさせながらとりあえずハイネルは答えた。彼は別に名雲のことを嫌っているわけではなかったが、 彼にとって名雲とは『得体の知れないヒト』というのが正直なところだった。
 第一、ハイネルはいつもグーデリアンのような分かりやすすぎるほど分かりやすい人間を相手にしている上、育ちが良すぎて腹芸などできないどころか考えもつかない人間なのだ。
 名雲のような複雑怪奇極まりない人間を本能で回避しようとしてもムリはないだろう。

 だが、名雲はもちろんグーデリアンにキラわれようが、ハイネルに警戒されようが全く気にしない。彼の精神は凡人では計り知れないところにあるのである。

「キミが中等部を卒業して、我が高等部に来てくれることは誠に喜ばしいよ。キミは品行方正、容姿端麗、教師の覚えもめでたい優等生で、その上生徒たちの間でも人気者だからな。キミが高等部の生徒会に来てくれれば、いろいろコトが運びやすくなる」

「コトって・・・。でもあの、名雲先輩、今度二年生になるところじゃないですか。私も生徒会に入るかどうかなんて分からないですし、第一あなただって生徒会を運営することになるかどうかなんて・・・」

「なるさ」

 名雲はこともなげにそう言うと、意味ありげにグーデリアンの方に視線を流した。ハイネルではなく、グーデリアンを見たままでこんなセリフを口にする。

「とにかく、キミが高等部に来てくれるのはうれしいな。・・・高等部の人間は高等部の人間同士、仲良くやろうじゃないか。高等部に来るからには、子供っぽい中等部の人間とつきあうこともなくなるだろうし」


 ・・・そう。高等部には名雲のような人間がいるのである。自分の目が届かない高等部で、ハイネルが名雲のような人間と交友を持つことになるかと思うと、グーデリアンにはガマンがならないのだった。
 その思いが声に出て、グーデリアンはとげとげしい視線を名雲に送りつつ吐き捨てた。


「ハイネルは留年するから高等部のことなんて関係ないね!・・・いてっ!ハイネル、何するんだよ!」

「誰が留年だ!縁起でもない!」

「何だよ、愛しいオレと同学年になるために、留年してくれるんじゃなかったのかよ!?」

「ばっ、バカ言うな!誰がお前のことなんて愛しく思ってるって言うんだ!」

「ハイネル」

「バ、バカ!そんなわけあるか!」

「でもハイネル、赤くなってるぜ」

「怒ってるせいだ!」


 ・・・・・放っておくと延々とこの二人は会話を続けていそうだったので、名雲は強引に二人の間に割って入った。
 彼らはいっしょにいるとお互いしか見えていないので、それくらいしないといつまでも無視されるハメに陥ってしまうのである。


「ところで、今年の卒業式の催しは派手にやるのかい?」

『卒業式』・・・その単語に反応して、グーデリアンの眉が悲しげに下がった。だが、ハイネルは気づかずに答えを返す。


「いいえ。私の学年は質実を美徳としてますから、ごく一般的な、普通の学校と変わらない卒業式にしたいと望んでいます」

「そうかい?それはつまらないんじゃないかな」

「つまらなくなんてありません!」

 生真面目なハイネルは眉をつりあげて反論したが、ここでグーデリアンがツッコミを入れた。

「何でだよ。おもしろい方がいいじゃん。記憶に残るしさ」

「私は普通が好きなんだ!」

 ・・・グーデリアンと出会ってしまった時点で、普通の人生をあきらめるべきだったんじゃないか、という自覚は、残念ながらこの時のハイネルには全くなかった。彼が薄々そのことを悟り始めるのには、さらに2年の歳月を要するのである。相当ニブイ彼ならではだ。


「普通ねえ・・・」

 
 名雲は何を考えているのかわからない、底知れない薄い笑みを口元に浮かべた。皮肉げな、酷薄にさえ見える笑みだった。

「まぁせっかくの卒業式だ。印象的なものになるよう祈ってるよ。それじゃあ、私はこれで」

「あ、はい。・・・ありがとうございます」

「もう二度と寄ってくんな!」

「グーデリアン!先輩に向かって何てこと言うんだ!」

「だってあいつ先輩どころか人間じゃないもん」

「グーデリアン!」

 相変わらずすぐに二人の世界に突入してしまう彼らを置き去りに、名雲は何やら楽しげな笑みを浮かべてその場を去ったのだった。











 さて。そんなこんなで卒業式本番。



『こうして僕たちの三年間は、厳しくも優しく僕たちを見守ってくれた先生たち、互いに助け合ったクラスの仲間たちのおかげで、とても充実したものとなりました。高等部に進んでも…』



「なんだか今年の催し物は、いつもと違ってヒネリがねえよなぁ。何だよアレ。『三年間の思い出』って、そんなの知りたくもないっつーんだよな!」

 卒業式だというのに、思いっきり制服を着崩し、さらに隣の椅子に勝手に頬杖をついて(隣の生徒はさぞかしイヤな思いをしたことだろう・・・)足を組みながら卒業生の出し物を見ていた加賀は、心底つまらなさそうに吐き捨てた。
 例年少しでも思い出に残る卒業式にしようと、卒業生たちは知恵をしぼってきたものだ。卒業コンサート、卒業人文字、卒業ドミノ・・・。特訓に特訓を重ねて上海雑技団ばりのショーをやってみせた学年さえある。
 それに比べれば、残念ながら今年の卒業式は当たり前すぎて退屈極まりないと言わざるを得なかった。
 加賀はなおもブチブチと不平不満を並べたてている。

「ったくよ。この学園の卒業式だから、ぜったいおもしろい見世物でもやると思ったのに今年は期待ハズレかよ。こんなことならバックレればよかったぜ」


 そんな中、劇は滞りなく終わりを迎えた。とりあえず拍手の波が起き、卒業生を代表してハイネルが壇上に進み出る。このまま一気に卒業生の辞を述べるつもりなのだろう。
 
 机の前に立ち、そこに原稿を広げると、ハイネルは小さく息を吸い込んだ。それから口を開く。


「私たちは今日、こうして中等部の学び舎を巣立っていきます」


「巣立ったりしたらイヤだ!!」



 誰もがその一言にギョッとした。もちろん、ハイネルも。

 大方の予想通り、その声の主は学園一の人気者にして問題児、ジャッキー・グーデリアンのものだった。いつの間にか彼は在校生の席を立って、ハイネルの方に向かっているではないか。


「ハイネル、ハイネル!オレを置いて卒業なんてしないでくれよ!」

「ぐぐぐ、グーデリアン!?」

 グーデリアンはハイネルの言うことなど全く聞いてはいなかった。呆気にとられてグーデリアンとハイネルの二人を順に凝視する視線の数々にもかまわず、靴音も高らかに壇上にのぼる。

 目を白黒させて驚いているハイネルをよそに、グーデリアンはごそごそとブレザーのポケットを探った。くしゃくしゃになった白い紙がそこから現れ、グーデリアンは乱雑にしわを伸ばす。
 それから、両手でその紙を捧げるようにして自分の目の前に持ってきた。

 大きく一つ深呼吸。胸が大きくふくらみ、すう、という呼気がハイネルの元にまで届いたほどだった。


「在校生代表、ジャッキー・グーデリアン。在校生送辞!・・・・のつもりだったけど、もうイヤだ!オレは卒業式なんて大キライだ!」


 その場にいる皆は、ハイネルも含めて一人残らず呆然とグーデリアンを見つめている。
 グーデリアンは自分に振り向けられる、そんな数々の視線など少しも気にしてはいなかった。彼のひたむきな青い瞳は、ひたすらハイネル一人に向けられている。まっすぐ彼を見つめ、彼は大きな声で、・・・それこそマイクを通さずとも会場中に響き渡るような声で後を続けた。


「オレが大好きなハイネルを、オレから遠い所に離そうとする卒業式なんて大キライだ!オレは少しでもハイネルと一緒にいたいのに・・・」

「グーデリアン・・・」

 眉を引き絞り、辛そうな顔で、でもハイネルから目をそらさずにそんなことを言うグーデリアンに、ハイネルは胸が痛んだ。
 ジャッキー・グーデリアン。この少年はいつでも真っ直ぐで、包み隠さず自分の感情を表にあらわす。
 あまりにもストレートなその素直さは自分にはないもので、ハイネルはそんなグーデリアンの性質をほんの少しだけうらやましく思ったりもしていた。いつでも論理的に思考し、行動していたい自分では、絶対に彼のように思っていることをそのまま外に出すことなどできない。
 だからこそハイネルは、こんな風にグーデリアンが悲しそうにしていると、何とかしてあげたくなってしまうのだった。


「グーデリアン、私が卒業したって、別に会えなくなるわけじゃないじゃないか」

「でも、校舎が離れちまうだろ?」

「そんなこと!」

 ハイネルは彼にしては珍しく、少し芝居がかったような大きな声で否定した。何とかしてグーデリアンに悲しい顔をさせまいと必死だったのだ。

「お前が校舎の違いくらいであきらめてしまうようなヤツか?お前は、中等部と高等部に別れてしまったからと言って、私のことを忘れてしまったり、離れて会わなくなってしまうつもりか?」

「そんなわけないだろ!」

 グーデリアンは大きな声で叫び、手にしていた紙を振り捨てるとハイネルと自分とを分かっていた机を力ずくで押しのけ、ハイネルを思いきり抱きしめていた。ハイネルは突然の彼の動きについて行けず、目を白黒させている。


「オレはハイネルのこと好きだから、絶対にあきらめたりしない!絶対ハイネルのこと忘れないし、ハイネルにもオレのことを忘れさせたりしない!・・・絶対に!」

 
 そのセリフに、ハイネルは苦笑を浮かべた。ハイネルを抱きしめているグーデリアンは、まるで子供が必死になって母親にしがみついているようで、とてもつき離す気にはなれなかったのだ。
 彼はなだめるようにグーデリアンの肩をポンポンと数度たたき、優しい声で告げた。


「それならいいじゃないか、グーデリアン。校舎は中等部と高等部で離れてしまうかもしれないが、そんな距離、何でもないだろう?すぐに会えるじゃないか。お前はそれくらいのことであきらめてしまうような、ヤワな人間じゃないんだよな?」

「・・・・うん。ありがと、ハイネル。オレ、ハイネルが大好きだよ」

「・・・バカだな」

「バカでもいいよ。ハイネルと一緒にいられるなら」

「グーデリアン・・・」





 どうでもいいが、ここは卒業式会場の、しかもみんなが注視している壇上である。
 甘ったるい雰囲気漂う気だるい午後、窓の外から部活動のかけ声が時折漏れ聞こえてくる二人っきりの放課後の教室(やけに具体的)、などでは断じてないのだ。

 みんな口を開け、ガクゼンとして二人の様子を見守っている。誰一人としてツッコミが入れられなかった。それほど二人の世界は強固で、ナンビトたりとも足を踏み入れられない空気に満ち満ちていたのである。
 そこに居合わせた不幸な人々は(一部の人たちにとっては幸福だが・・・)一様にただただ目を見開き、口を半開きにしたまま声もなく二人を見守っていたのだった。



 その時、突然芝居がかったナレーションが聞こえてきた。名雲の声だ。
 後年、学園祭を経験してからハイネルは悟ったのだが、彼は実はナレーション好きらしい。(関係ないが、ハイネルの学友の菅生も同類だった。)


『卒業式、それは別離の儀式である。だが、若者よ!心は自由だ!さあ今こそ未来に向かって自由にはばたいていくがいい!(意味不明)』


 そこではかったように、スルスルと幕が降りてきた。・・・・名雲が『してやったり』とナレーションブースであのうさんくさい笑みを浮かべているのが見えるようだ。



 ぱちぱちぱち。


 うろんな拍手が起き、あぜんとしていた観客たちは、その音でようやく夢から覚めたように目をしばたかせた。やがて何となくその拍手の波が大きくなっていき、あれよあれよという間に会場は割れんばかりの歓声と拍手に満ちていった。

 『よくわかんないけど、とりあえずなんかスゴイもの見ちゃったっぽいから、手でも叩いておこう』


 ・・・というのが恐らく大多数の観客たちの心情だったに違いない。








「すげーすげー!ジャッキーのやつ、やりやがったな!これで今年の卒業式はずーーっと語り継がれることになるだろうよ!しっかしアレだよな。ジャッキーとハイネルが2人揃っただけでいっつもこんな騒動になるんだ、おいしいよな!なあおい!」

 在校生の席で退屈極まりない時を過ごしていた加賀はもう大喜びである。
 加賀は悪友グーデリアンの姿に大ウケし、隣に座っている大人しい男子生徒の背中をバシバシ景気よく叩きながら大口を開けて笑っていた。気の毒なのは隣に座っていた哀れな少年である。
 かわいそうに、壇上では目を覆うようなめくるめくホモの世界が繰り広げられているし、背中は叩かれて痛いしで踏んだりけったりだ。
 加賀はなおも遠慮会釈なく彼の背中を叩きまくってウケにウケていたが、ふとその猫のような目がキラリと光を放った。

「・・・待てよ。あいつらすごい人気者で、その上すぐに騒動起こしてくれるよな。あいつらをマークしてれば、こりゃすげえ金儲けができるんじゃねえか!?」

 そして自分の思いつきに一人満悦し、ニシャシャと奇妙に笑ってまた上機嫌で隣の彼の背中を叩きまくるのだった。





 さて、少し視線をズラしてここは卒業生の保護者席。もちろんハイネルの家族も来ている。残念ながら父親は多忙を極めているため欠席だが、母親とリサは美しい服に身を包んで自分の一人息子の、あるいは兄の晴れ姿を見守りに来ていた。


「今年の出し物はずいぶん変わってるわね」

 
 美しきハイネルの母上サマは、自分の息子が一つ年下の少年とめくるめく(ホモの)愛の世界を繰り広げているというのに、にこにこと優しい笑みをたたえながら壇上の様子を眺めやっている。
 よほどの大物なのか、よほど鈍いのかのどちらかに違いない。・・・そして、ハイネルをみている限りでは、後者である確立がとてつもなく高いのであった。彼の美貌も性格も恐らく母親譲りなのだろう。

 母親の隣の席でブルーグリーンの大きな瞳を見開き、呆然としているのはリサである。
 彼女は小さな胸に小さな手をあて、ぽつりとつぶやいていた。


「こ、この胸のトキメキは何・・・?」


 まだかわいらしい、初恋も知らない純真な小学生であり、『将来はキレイなお兄ちゃんをお嫁さんにできるように、リサ、カッコよくなるの!』などと多少ズレているながらもかわいらしい夢を持っていたリサは、この時今まで知らなかった新しい世界を知ったのだった。
 夢のように整った、少女めいた容姿の自分の兄と(性格は誠に男らしいが)、少年ぽさを強く持ち合わせているものの、将来はすこぶるつきのいい男になるだろうことが容易に予想できる金髪碧眼の少年が、何やら二人の世界に浸っている。それはまさに『二人の世界』と呼ぶにふさわしいもので、今の二人に他の人間の存在など見えていないに違いなかった。


「お兄ちゃんと・・・あの人は、中等部二年生で有名人の、ジャッキー・グーデリアンさん・・・?」

 
 あの二人を見ていると胸がドキドキしてしまう。物陰に隠れて、二人がどんな会話を交わしているのかそっとのぞいてみたいような、そんなイケナイ気持ちになってしまうのだった。

「だ、だめよ・・・そんなはしたないコト、しちゃいけないんだわ。で、でも・・・」


 夢見る少女は、うっとりと目の前の少年二人に見入られていた。彼らは固く抱き合っている(ようにリサには見えた)。
 自分の兄が、人気者の少年と・・・・。

 それ以上はまだ小学生のリサにはとても想像が及ぶところではなかったが、何だか子供心にも禁断のその思考は、彼女の心に焼き付いて離れなかった。これぞ甘やかな胸のトキメキ、である。


 ・・・・・・この日以来、彼女のポケットには『お兄ちゃんとグーデリアンさんの観察日記』が忍びこまされることとなる。ちなみに、『観察日記』の前に『愛の』の一文字が付け加えられるのも、それからすぐのことだった。











 さて、大混乱の卒業式を終えた帰り道。ハイネルは白い頬を真っ赤にしてダカダカと足音も高く歩いていた。もちろん、彼は全校生徒どころか保護者や招待客、教師たち全員の前で自分がどんな醜態をさらしていたかに後から気づき(相変わらずニブイ)、すさまじい羞恥とやりきれない怒りの矛先をすべてグーデリアンに向けたのである。
 『全部お前のせいだ!』というまことに自分勝手なセリフを吐くと、見事な高い音を立ててグーデリアンの頬を鳴らし、一人で会場を去ってきてしまったのだった。
 ・・・・もちろん、その後を追ってグーデリアンもついてきたのだが。

「まったく信じられない!みんなの前で・・・あんな・・・あんなこと言うなんて!」

「だってハイネル、オレと会えなくなっても良かったのかよ!?」

「それはよくないが・・・・って、そんなワケあるかバカ!私はお前なんかと会えなくたって全然平気だ!」

「ホントに!?」

「うっ・・・」

 子犬のような目をして上目遣いで見つめ上げてくるグーデリアンの目と視線が合うと、ハイネルは一言うめいたきり黙ってしまった。
 グーデリアンのこの表情と目には弱い。二年たって高校二年生となっている今も少年らしさを色濃く残しているグーデリアンだが、この頃の彼はまだ成長途上なだけあってさらに効果は絶大だった。
 案の定、ハイネルは白い頬をほんのりと紅潮させると、グーデリアンから視線をそらしつつ言った。


「ちょ、・・・ちょっとくらいは・・・・さびしいかも」


 そのセリフに、あっという間にグーデリアンの表情に笑顔がよみがえる。
 彼はそのままの勢いでハイネルの華奢な体を思いきり抱きしめた。背丈はまだほんの少し負けているとは言え、体格ならばハイネルよりも上である。
 ハイネルは少し苦しそうだったが、それでも何となく・・・何となく、うれしそうだった。


「オレ、ハイネルがさみしくなんかならないように、毎日ハイネルに会いに行くよ!絶対ハイネルをさみしくなんかさせないからな!」

「・・・・お前に会えなくても私はさみしくなんかないが、とりあえず・・・会いに来たら、会ってやらないこともない」

 そんな、素直じゃないハイネルの物言いさえ彼らしくてうれしくて、グーデリアンはますます腕の力を強め、ハイネルがギブアップするまで抱きしめつづけていた。







 ・・・そして後日。


「ハイネルハイネル、さびしかった!?約束通り会いに来たぜ!」

「・・・・授業の合間の15分休みにまでいちいち来るな!!!ここから中等部校舎まで、どう考えたって10分かかる。授業に間に合わないじゃないか!」

「だってハイネルがさびしがってるかと思って」

「そんなわけあるか!」

「・・・ホントに?」

「う・・・・・。す、少しは、そうかもしれないが・・・」

「ホラな!オレ絶対ハイネルをさびしがらせたりしないからな!」



『あー、フランツ・ハイネルくん、ジャッキー・グーデリアンくん。いつもいつも仲が良くて結構だが、授業開始のベルは聞こえたかね?』




 ・・・・なんてセリフが飛び交うことになるのは、それからすぐのことなのだった。






  えっと、私の(一般人の。笑)お友達の稲荷さんがキリ番を踏んで、『The Best Of Me』の番外編ということで、卒業式編をリクエストしてくださいました。・・・この話、別名『リサちゃんがグーハーに目覚めるの回』、ですか?(笑)
 なぜ稲荷さんがこのシリーズをリクエストしたのかと言うと、私が自分が書いたお話を彼女に読まれたくないので、このシリーズ以外のお話を読むことを禁じているからです(笑)。ごめんなさい・・・・でも、私の精神安定のためには必要な措置なのです・・・・。
 なんかこのシリーズ、ものすっっごく頭悪そうな話のわりには比較的(私の話の中では)人気があるようで、申し訳ない・・・というか、ありがたいです。好きだと言って下さった方々、本当にありがとうございます。・・・5人くらいですけど(笑)。
 今回のお話は卒業式編、ということで、高校生のグーハーを卒業させるわけにはいかないので(別にシリーズ最終話にしてもよかったんですが)中学生の彼らに登場してきてもらいました。相変わらずグーハーは暑苦しくて申し訳ないです(笑)。
 稲荷さん、いつもお世話になっているのにまたもやこんなに頭悪そうな話になってしまって本当に済みませんでした。ちょっと恥ずかしいんですけど、身内の方からのキリリクはもう受けつけない予定なので(オニや・・・)このお話を受けとっていただけるとうれしいです。
 しかしこのシリーズ・・・書くのは楽しいんですけど書き終えた時に異様に疲れています。グーのハイテンションのせいでしょうか・・・(笑)。これは一本書いたら三ヶ月は書きたくない、という感じで燃え尽きてしまいます(笑)。
           



テキストのページに戻る
HOMEに戻る