act2.


 差出人はジャッキー・グーデリアン。ドイツの青い空にも、このポストカードの空にも負けないほど青い瞳を持つ男。
「I’m home ・・・」
 ハイネルはポツリと文面をそのまま口にする。
 グーデリアンの人柄をそのまま伝えてくる、おおざっぱで力強くてのびのびとした筆跡。
 『I’m home.』『ただいま』、彼はいったいどういうつもりでこんな文面と、そしてポストカードの画面を送ってきたのだろう。何がいいたい?
 もどかしい思いでいっぱいになって、ハイネルはそれ以上は何も伝えてこないパソコンの画面を見つめつづけている。
 ああ、今目の前にあの男がいさえすれば、いったいどういうつもりなんだと問いただすこともできるのに。
「グーデリアン・・・」
 あの男がいないときくらい、彼のことを考えないでいたいのに。思い出さないでいたいのに。自分の脳裏からはこの名と、そしてあの青い瞳が離れない。
「グーデリアン・・・」

「なに?ハイネル」

「うわっっ!!」

 ハイネルは驚いて前につんのめり、パソコンデスクに頭突きを敢行してしまうところだった。それを危うく阻止した腕がある。力強いあたたかさを伝えてくる腕。ハイネルはこの腕を知っていた。
 あわててふりかえる。一番最初に目に入ったのは、この秋の空に負けないほどの青い瞳だった。
「ただいま、ハイネル」
 能天気男はにっこりと笑ってそう言った。
 ぽかんとしていたハイネルだが、やがて自分が男の腕の中にいることに気がついてようやくジタバタと暴れ出す。なんだよ、ひさびさの再会なんだからちょっとくらいいーだろ、とブーブー文句をたれる大男の言うコトなど気にもとめず、ハイネルは叫ぶ。
「お前、どうしてここにいるんだ!?休暇はあさってまでのはずだろう?今日は水曜日だぞ!まだ本社に来なくてもいいというのに」
 大マジメに言い放つハイネルを少しの間じっと見つめていたグーデリアンだったが、やがて彼は吹き出してしまった。なにがおかしい!とますます柳眉をつりあげるハイネルにおかしさを募らせながら、グーデリアンは右手をヒラヒラと振りつつ言う。
「別に仕事しに来たなんて言ってないだろ。アメリカ行って久しぶりに家族には会ってきたからさ。あとの休暇はこっちで過ごそうと思って」
 なぜ、とまだ納得のいかない顔をしているハイネルを見ていて、グーデリアンはほんとうにおかしくなってしまった。
 ハイネルにはわからないのだ。わざわざ故郷での休暇を返上してまでドイツにやってくるグーデリアンのことが。
 そしてグーデリアンにもわからない。早くハイネルに会いたいからそうしただけなのに、そんな単純なことが理解できなくて不思議そうな顔をしているハイネルが。
 まったくかみあわない二人だった。最初に会ったときから相性最悪でケンカばかり、お互いがお互いだけには死んでも負けたくないと思っていた。
 もちろん、いまでもそう思っている。
 ただ、いまは二人とも相手にたいして『負けたくない』という以外の感情をも胸のうちに育てているというだけのことだ。

「そうそう、これ」
 ようやく落ち着いてハイネルが二人分のコーヒーを入れてきたころ、グーデリアンが一枚のポストカードをハイネルに差し出した。さっきの画面で見たものだ。
「直接手渡そうと思ってたんだけど、写真見てるうちにすぐにでもハイネルに見てもらいたくなっちゃったんだよ。それで、送ったんだ。ちゃんとパソコン見てくれた?」
 ポストカードに視線を落としたまま何も言わないハイネルに、グーデリアンがコーヒーを飲みながら声をかける。そこでようやくハイネルも顔をあげた。 
 ポストカードの文面を指さしつつグーデリアンに聞く。
「この、『I’m home』ってどういうことだ?」
「ん?」とコーヒーをすすり、グーデリアンは自然な調子でつづける。
「どういう意味って?ちょっと家族んとこ行ってたけど、ハイネルのところに帰ってきたんだから『ただいま』だろ?なんかヘンか?」
 ハイネルは美しい緑の瞳を見開いてグーデリアンを見た。グーデリアンはなぜハイネルがそんな表情をしてみせるのかが本気でわからないらしく、不思議そうな顔をしながらコーヒーを飲んでいる。
「なぁハイネル、オレも無事帰ってきたことだし、せっかくこんないい天気なんだからさ、ドライブしないか?二人で」

        『I’m home!』

 ハイネルは手元のポストカード、グーデリアンの文字にもう一度視線を落とした。そして胸のうちでつぶやく。・・・I’m home,ただいま、自分のいるべき場所に帰ってきたときに使うことば。
 ドライブドライブ、と子供のようにはしゃいでいるグーデリアンに、ハイネルは綺麗な笑みを浮かべ、ようやく自分が言うべきことばを返すのだった。

「・・・・おかえり、グーデリアン」



 ようやくのテストランを終え、ジャッキー・グーデリアンは乱暴な仕草で首もとの汗をふき取りつつレーシングスーツのジッパーを緩めた。
「お疲れジャッキー!」
 スタッフのねぎらいに笑顔でこたえつつ、彼が向かう場所はただ一つ。いつでもハイネルのいるところだ。
 さっきまでグーデリアンのテストランの様子に口うるさい母親よろしくいちいちチェックを入れていた彼だが、いまの時間なら多分オフィスに向かっているだろう。今日はスポンサーと会食の予定があると聞いていたので、その準備をしている間に顔だけでも見ておこうと思ったのである。
 グーデリアンがオフィスに足を向けると、そこにはだれもいなかった。一足遅かったかな、といささかがっかりして彼はハイネルのデスクをなにげなく見下ろした。ハイネルの性格を反映して、一部の隙もなく整えられた様子に思わず口元がほころぶ。
「あれ?」
 パソコン、DVDロムやディスクがおさめられている棚、それから資料が項目ごとにおさめられているファイル。
 そんなものが整然と並んだデスクの上には、一枚のポストカードがはいった写真立てが。
 グーデリアンの口元に、また優しい笑みが浮かんだ。
 今度ハイネルをこのネタでからかってみようか。きっと彼は、ただ景色が綺麗だったからだとかなんとか言い訳をするに違いない。でも、焦って言い訳をしているときの口調はあきらかにいつもとは違うんだとか、女の子より白い肌がそういうときには微かに赤く染まっているんだとか、そういうことをハイネルは自分で知らないのだ。そんなときのハイネルを、自分がどんなに好きでいるのかも。
 ポストカードででもいいから見せてあげたいと思ったこの景色を、いつかハイネルといっしょに見に行こう。
 そう思いながらグーデリアンが見上げた窓の外は、やはり青く澄んだ空が広がっているのだった。


   なんというか・・・これはけっこう古い話で、コピーにして出したことがあるのですが、だれも読んだ方はいらっしゃらないと思うのでのせました。わざわざ昔の恥を掘り起こしてどーすんだ、とも思うのですが、自分ではけっこう好きな話なので、まぁいいかな、なんて思ったりもしています。



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