North Side

 Volume 2



  一事が万事こんな調子で、さらにいくつかのバタバタを乗り越えた上でオレたちは約束の場に向かうこととあいなった。
 それにしても監督とジャッキーを見るたびにホントにパワフルな人たちだと感心する。特にハイネル監督なんて、そんなに体力がある方には見えないし実際に何度か過労気味との診断を受けてドクターストップを食らってるというのに、オレたちに見せる顔には一分の隙もない。
 ジャッキーとのにぎやかなやりとりを見るたびに、あの細身の体のどこにこれだけのバイタリティが詰まっているのかと不思議に思わずにはいられない。オレも仕事がキツイだのなんだの言ってられないよな。
 もちろんジャッキーはハイネル監督以上にタフなんだが、ジャッキーほどになると『オレたちとは次元が違う』の一言で片付いてしまうのだった。ヤツほどの恵まれた体躯や体力の持ち主になると、『がんばってああなろう』という気持ちを飛び越えて諦めの境地に行きついてしまうのだ。ヤツに対抗しようって並の男が思うのは、チワワがグリズリーに勝とうと特訓するようなもんなのである。


 さて、話がそれたがオレたちは迎えに来た車に乗り込んでいた。もちろん映画でしか見たことがないような黒塗りのベンツだ。ジャッキーが事前に監督と打ち合わせしたいことがあるからと強硬に主張したおかげで(しかし監督ならともかく、なんでドライバーであるジャッキーがそんなことを主張してくるんだ?)、あの二人は後部座席におさまっている。
 エースドライバーと監督を差し置いてしがない一スタッフであるオレが助手席に座るという光栄に預かったわけだが、正直マシン・・・しかもCFマシンやこういったマシンみたいに金のかかったマシンは、オレにとっては乗るもんじゃなくて中身をいじるもんなんだと心底実感させられた。最高級のシートだって言うのに、とにかく尻の座りが悪くて落ちつかないんだ。地に足がつかない気分とはああいうことを指すんだろうな。

 緊張と軽い興奮に落ちつかない気分でいるオレに合わせたわけでもないだろうが、不透明なウインドウで仕切られている後部シートの方もやけに落ちつきがなかった。
 防弾ウインドウで仕切られているので何を言ってるのかまでは分からないのだが、それでも監督とジャッキーが何か言い合っているらしい気配、それから(恐らくハイネル監督なのではないかと思うのだが)窓や仕切りを叩いているような音は伝わってくる。・・・・何かモメてでもいるのだろうか?

 まさかこの後に及んでとっくみ合いのケンカをしてるわけでもないだろうが、『まさかこんな所でケンカなんてしないだろう』というような場所でも派手なケンカをぶちかましてくれるのがあの二人である。
全く、ハイネル監督を指して誰が一体『走る精密機械』などという通り名をつけたのだろうか?造りが精密なだけに、ジャッキー・グーデリアンという異分子がちょっと入りこんだだけで途端にショートしちまうって?そこまで考えてつけられたニックネームならそいつを尊敬するけどな。



 

「か、監督・・・・大丈夫なんですか?」


 スポンサーとの折衝を兼ねた食事会が行われる某有名ホテルのエントランスに滑るように入りこんだベンツから降り立った監督を見て、オレは思わず彼に駆け寄っていた。だが、それより先に車を降りていたジャッキーのムダにデカい体にアッサリ阻まれる。なんというかこいつ・・・ホントにCFレーサーよりプロレスラーか何かになるべきだったんじゃないのか?

 ジャッキーに半ば支えられるような形で車から降りてきたハイネル監督は少し白い頬を上気させ、疲れた様子だった。熱っぽいのだろうか、いつもはキツイ光を放っている緑の瞳が心なしか潤んでいるようにも見える。車に乗りこむ前はあんなに颯爽としていたのにどうしたっていうんだ?
 ジャッキーと言い争いをしてるうちに一気に疲れが表層化してきたとか・・・ジャッキー相手じゃ十二分にありうるな。


「監督、大丈夫なんですか?このままキャンセルして・・・・」

「それは駄目だ。今回の交渉は絶対に落とせない。それに私なら問題ない。ただこのバカが・・・・!」

 監督の厳しい視線は、当然のようにジャッキーの方に向けられている。

「このバカ!?ジャッキーのことですか?ヤツがまた何かしたんですか!?」

「いや!な、・・・何でもない!」

「でも・・・」


 急に態度を変えた監督をいぶかしんでオレが一歩そちらに足を踏み出すと、またしてもジャッキーにそれを阻まれた。オレの進路をふさぐようにして広い背中を見せていたヤツは、オレの方を振り返って見慣れたウインクを寄越した。青い目がイタズラを成功させた子供のように輝いている。


「ほらほら、ハイネルが何でもないって言ってるだろ?いいから、早く行こうぜ!ハイネルなら大丈夫だよ。ちょっと熱気にあてられただけだから」

「元はと言えば貴様が・・・・っ!」

『貴様が?』


 奇しくも、オレとジャッキーの声が重なった。オレは純粋に疑問に思って口にしたんだけど、ジャッキーの方には少しからかった響きがある。

「な、何でもない。ほ、ほら行くぞ、グーデリアン、ジェフリー・カンパルスキー!先方を待たせるわけにはいかないではないか」


 ハイネル監督はそう言い放ち、自分の体を支えていたジャッキーを振り切るようにして歩き出した。その足取りはしっかりとしていて、どう見てもいつもの監督だ。
 大丈夫だというさっきの言葉はどうやら信じてもいいみたいだな。ハイネル監督はあれだけしっかりしているのに自分自身の体調のことになると全く理性がきかなくなってしまう人だから心配ではあったんだけど、まぁジャッキーもついてるコトだし、あの分なら問題ないだろう。本当に彼の具合が悪いようであれば、ジャッキーが黙ってるはずがない。
 これは口が裂けても監督本人には言えないけど、ハイネル監督って何というか・・・確かに冷静だし聡明だししっかりしていてドライバーであるジャッキーの管理をきちんとしている。それは事実だ。だけど・・・ジャッキーがハイネルの面倒を見てやってるように思う時もあるんだよな。オレは文才がない以前に人間の心の機微だのヒダだの言うヤツに甚だ疎いタチなので何て言ったらうまく伝わるのか見当もつかないのだが。

 それにしても、監督は熱気にあてられたって言っていたが、車の中は言うまでもなく気温調整がなされていたし問題なかったと思うんだけどな。ハイネル監督でも緊張して調子を崩したりすることがあるんだろうか。

 ・・・などということをオレがぼんやりと考えていた時だった。
 監督の後ろを歩いていたジャッキーが、足を止めずに振り向いてこちらを見ているのにふとオレは気づいた。いぶかしく思ったオレに気づいたのか、青い目がいたずらっぽく瞬く。何というか、本当に子供だか大人だかわからないヤツだ。


「オレはお前が大好きだぜ、B.M」

「は!?」

 いきなり何を言い出すんだ?全く状況が呑みこめないでいるオレをおもしろそうに見やりジャッキーは続ける。


「鈍いなB.M。オレ、お前みたいに鈍いヤツ大好き」


 ジャッキー・グーデリアンというのは本当に腹が立つ男だ。

 長身で恵まれた体躯をもち、金髪碧眼。整った美形というワケじゃないが、男っぽさと少年ぽさを同居させたくるくる変わる表情には誰もが惹かれる。おまけにサイバーフォーミュラのトップレーサー。紛うことなきセレブリティー。ホントに腹立つよな。これだけ腹が立つ要素が揃ってて、本気で憎ませないキャラクターをもってるとこがまた腹立つぜ。

 晴れやかな笑顔を浮かべてそんな失礼極まりないことを言ってのけると、さっさとジャッキーのヤツは監督の後を追った。
 オレは全く腑に落ちずに行き場のない憤りを感じつつ、何度も首をかしげながら更にその後を歩くハメになったというわけである。





 で、本当ならば交渉の席でのことを詳しく報告したいとこなんだが、いかんせんコイツはチーム事情に関わるので口に出すわけにはいかない。
 鈍いだの整理整頓ができないだのスタッフたちからさんざん言われているオレだが(そして、後者は自身でも認めざるを得ないと思うのだが)、口の固さにだけは自信がある。オレは監督を、(口にするのはシャクだが)レーサーを、スタッフの皆を、そして自分のチームを愛している。自分の仕事に誇りも持っている。そのオレの誇りにかけて、自チームの不利益になる愚は絶対に犯すわけにいかない。
 それは、これを読んでくれることになるであろうみんなも分かってくれると思う。オレたちのチームを、オレたちと同じように愛してくれているのなら。


 それにしても、あの席のことを報告できないのは心から残念に思う。ああいう時の監督は男のオレから見ても背筋が震えるほどカッコいい。ビジネスマンとはかくあるべき、って感じだ。
 不思議なことに、ジャッキーの方はいつもと同じように終始リラックスしていてジョークばっかり飛ばしてたんだが、それが上手い具合に場の空気を和ませて張り詰めた雰囲気を柔らかくしていたように思う。ハイネル監督の錐のような一言に取引先が気色ばんだ時にも、すかさずジャッキーがバカなことを言ってあっという間に凍った空気を氷解させてしまった。

 あの二人は反発しあうにも協力しあうにも、とにかくすごいエネルギーを放出するんだなぁとオレはただただ感心するのみだった。
 そしてオレは、この二人が共にあるチームに参加できていることの幸運と喜びを再び噛み締める。
 男の一生は仕事で決まるとよく言うが、一体どれだけの人間が心から自らの仕事に誇りを持ち、愛し、打ちこむことができるだろう。
 オレは自分の仕事に誇りを持ち、愛し、誠心誠意打ちこんでいる。そして、そのことを断言できる自分がうれしい。

 
 無事交渉がまとまり、相手側の用意したホテルに宿泊することが決まった時、またもやジャッキーのヤツがハイネル監督と話したいことがあるからと言い出したので、彼ら二人は同室ということになった。オレは監督に用意されていたはずのスイートルームに放り込まれ、悲しいかな、一般庶民の性で舞い上がってるんだか緊張してるんだかよく分からないような一夜を過ごしたわけである。

 次の日はジャッキーだけがオフで、オレと監督は再び別の交渉の場におもむくことになっていたのだが、大丈夫だと言っておきながらやはり体調が悪かったのだろうか、結局ハイネル監督は体調不良で翌日の予定はキャンセルとなった。いつもは問題ばかり起こしているジャッキーが何を思ったのか監督の面倒を見るからなどと言い出し、あの二人は延泊することになったらしい。
 ・・・・ジャッキーが無理矢理ハイネル監督を酒盛りにでもつきあわせて体調を狂わせたんだろうか?

 


 





 ・・・・というところで、オレはここまで書いた原稿を仲のいいチームスタッフの一人に読んでもらった。素人の視点から見た、つたなくても新鮮な記事が欲しいのだと先方から言い含められてはいたものの、やっぱりチームイメージにも関わることだし、あんまりみっともないのも考えもんだろ?

 チームが(チームだけじゃなくて監督もドライバーもスタッフもだが)若いせいかうちのスタッフには割合変わった経歴のヤツが多くいるが、中に一人、大学でジャーナリズムを専攻しておきながら、何を思い立ったのか後からメカニックのディプロマをゲットしてうちに入社した人間がいるのでそいつに見てもらってる。

 んでまあ、前回のときは罵詈雑言を浴びつつも(そりゃもう、ハイネル監督だってここまでひどいことはジャッキーに言わないだろうって思えるくらいだったぜ)なんとか形だけは整えてもらったわけだ。

 ・・・・が。




 今回の原稿をヤツに見せてみると、ヤツの表情がだんだん凍っていき、最後の一文にまでたどりついたところで、あろうことかオレが苦労して書き連ねた草稿の束を放り出してこんなことを言いやがった。

「お前さ、・・・・ハイネルさんにこんな記事読ませたら卒倒するだろ?」

「そこまで文めちゃくちゃか!?前回と大して変わってないハズだぜ?」

「文面じゃねえよ!お前、自チームのスキャンダルを自分から流すなんてどういうつもりだよ?そりゃ話題性はありまくるくらいありまくるだろうが、お前は確実にクビだぞ、B.M!」


「そりゃスポンサーとの話し合いをネタに書いたらマズかったかもしれないが、場所だって相手の名だってもちろん内容だって全然書いてないだろ?そんなにマズいか?これ?」


 オレがそう言うと、ヤツは目をまん丸にさせてオレを見た。
 ・・・・?オレは今、そんなに驚くような発言をしたんだろうか?


「お前さ、前々から思ってたんだけど・・・・・鈍いヤツだったんだな」


 ??ジャッキーと同じようなことをヤツは言ったが、やはりオレには何のことだかサッパリ分からない。だからこそ鈍いって言われてるんだろうけど。


「とにかくこれはボツ!ジャッキーはともかく、ハイネルさんの精神がもたないぜコレじゃ。お前さ、前回みたいにチーム全体のこと書けよ。意外とチーム事情ってのは一般人には伝わりにくいみたいだからな。好奇心をくすぐられるだろうし、お前のヘタクソな文章も味ってことで許されるだろうよ。あの二人のことだけ書くのはダメ。禁止。ヤバイから。ただでさえ勘繰ってるヤツたくさんいそうなのに・・・」


 そう言ってヤツは折角のオレの力作をさっさとゴミ箱に投げ捨ててくれたのだった。


 というわけでだ。結局この原稿が日の目を見ることはなくなっちまったというわけだ。ま、あいつはオレが見せた原稿を捨てて全部処理できたと思ってるみたいだが、オレはこう見えてもチームの情報管理の一端を担ってるんだぜ?
 もちろんPCの方にデータを落としてあるに決まってる。


 そうだな・・・・いつかオレに家族というものができて、何年もたった後に読ませてみるのもいいかもしれないし、自分だけの心の記録として取っておくのもいいかもしれない。
 この草稿が世に出ることがなくなったのは残念だが、書いてる間はいい気分転換になったことだしよしとするか。

 じゃ、幻の読者に向かってオレは敬礼。また別の形でオレたちは会えるかな?

  
 そうだといいな、とオレは願う。きっとそうなるとオレは思う。

 ・・・そして、きっとそうなるだろうってことをオレは知ってる。





 ・・・すみません、このお話、続き書くのすっかり忘れてました・・・・(笑)。
 今回のは元々番外の番外的な感じにする予定で書き始めて事実そうなってしまったのですが(ホントはチーム全体のお話をかきたくてこのシリーズ(?)は始めたのです)このお話の続きをもしまた書くことがあったら、タイトルはもちろん「West Side」か「East Side」です。楽だー。タイトルを考えるのは特に苦痛なパートですので(例え歌のタイトルからパクりまくりだとしても!)。
 その後は「East east west side」とかになるのでしょうか?(笑)まあそんなには書かないと思うのですが、東西南北一巡したら楽しいかなぁと思ったりもします。根性無しですのでムリそうですが(笑)。オリキャラだし・・・。

 オリキャラがしゃしゃり出て本当に申し訳ないのですが、まぁお遊びということで許していただければ幸いです。
 読んで下さってありがとうございました。
 


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