みんな愛のせい

報告書その1。あるクルーの手記。

 某月某日。ハイネル監督は予定通り朝10時にピットに現れた。
 スラリとした長い足は、キビキビとしたリズムで前後し、背筋はいつでもピンと張られている。いつものことながら颯爽とした立ち姿で、ひそかに見とれてしまっているクルーも一人や二人ではない。
 ・・・が、今日はどのクルーも、監督からやや不自然に視線をそらしていた。

「・・・おい、今日は監督、何があったんだよ?」
「知るかよ、こっちが聞きたいところだって。でも、今日のはけっこうひどいよな」

 あちこちでささやき声が聞こえる。そう。監督から見事なまでに怒りのオーラが立ちのぼっていたからだ。ヘタに目線が合おうものなら、何を言われるかわかったものではない。
 監督の白い額には、怒りの十字マークが浮かびあがっていた。

「どうする?」
「どうするったってなぁ・・・・どうしようもないだろ」


 ハイネル監督はもともとの顔立ちが整っているので、怒った顔も絵になる。ツノを出して怒っている監督の姿にまでウットリしている同僚には困ったものだが(しかもけっこういる)、気持ちは分からないでもない。
 場の雰囲気が限界近くまで張りつめたとき、クルーの一人がホッとしたような声を出した。

「あっ、監督の妹さんが来た!助かったぁ」

 とたん、クルー全員が安堵のため息をつく。
 我らがクールビューティー、フランツ・ハイネル監督は、偉大なるシスコンでもあった。
 そこがまたカワイイよな、ということで意見が一致している我々チームクルーも相当なものがあると思うが、そこは置いておこう。
 とりあえず、彼女が来てくれたことで、なんとか今日の業務も滞りなく進むはずである。ありがたいことだ。
 さて、まずはマシンチェックでも、と立ちあがりかけたところで、同僚の一人に肩をたたかれた。

「ところでさ、監督をあんなに怒らせたの、だれだと思う?」
「お前さ、いまさらそんなコト聞くか!?」
 まったく、くだらないことを聞くものだ。


『監督を怒らせるのなんて、一人しかいないだろうが!!』


 思いがけず、声は幾重にも重なった。


 報告書その2。リサ・ハイネル。

 某月某日。お兄ちゃんは、また怒っていた。
 ファクトリーに足を踏み入れると、クルーのみんながピリピリしているのですぐに分かる。お兄ちゃんにも困ったものだと思う。

「お兄ちゃん!朝から怒りのオーラ立ちのぼらせちゃって!みんなが困ってるじゃないの」
「ああ、おはよう、リサ」

 どんなに怒っていても、お兄ちゃんは私にはニッコリと笑いかけてくれる。いつも思うんだけど、我が兄ながら、美しいわ。・・・・・じゃなくて。

「もう!なんでそんなに不機嫌なのよ。お兄ちゃんが不機嫌だと、みんなの士気にかかわるのよ、お兄ちゃん一人だけの問題じゃないんだから。お兄ちゃんはここの最高責任者、チームの代表でしょ!?」
 ・・・このチームの影のアイドルでもあるから、というのはとりあえずヒミツにしておいてあげる。
 本人は気づいてないみたいだけど、けっこう思ってることが顔に出やすいタイプのお兄ちゃんは、怒ってたり落ちこんでたりするとすぐにわかる。そうするととたんにクルーの人たちが「「ハイネルさん、大丈夫かなぁ」っていう顔をしだすのよね。チーム名、『ジャッキー・グーデリアンwithフランツ・ハイネル親衛隊』あたりに変えておいた方がいいんじゃないかって思うのは私だけかしら。
 ・・・なんて、関係のないことをいろいろ考えていたら、ピットの入り口に人影があるのに気がついた。


「お兄ちゃん、グーデリアンさんが来たわよ」


 とたんに穏やかになっていたお兄ちゃんの眉と眦がキリキリとつりあがる。
 まぁいいわ、実を言うとクルーのみんなも私も、お兄ちゃんの怒ってる顔、キライじゃないのよね。美人はどんな表情しててもトクってこと?妹としては少し納得いかないけど。
 それに、怒ってるお兄ちゃんの相手ができるのは、私でも、チームクルーの誰でもないことは、みんなよく分かってる。これ以上ここにいても仕方ないし、さっさとテレメタリーのチェックに行こうっと。


 報告書その3。ドライバー、ジャッキー・グーデリアンの言い分。

 今日もハイネルは怒ってる。
 もう一歩でもピットに足を踏み入れると、怒りのオーラとクルーのヤツらの重ーーーーい空気がどしっとのしかかってくるんだよな。『あ、またハイネルのヤツ怒ってるな』ってすぐ分かるんだ。
 ま、オレには関係ないけどね(どのツラさげてそんなことを・・・)。

 オレに気がついたらしいクルーやリサちゃんに軽く片手をあげてあいさつしていると、ハイネルが音がしそうな勢いで振り向いてオレを見た。
「グーデリアン!貴様、12分35秒の遅刻だぞ。もっとすまなさそうに入ってきたらどうだ!!」
「ああ、ワリワリ」
「反省の色が見えん!!」
 
 おお、見事な怒りっぷりだぜ。『怒りんぼ選手権』なんかがあったらぶっちぎり優勝まちがいなしだな。いつもハイネルはプリプリ怒ってるけど、今日のはここ1ヶ月でも三本の指に入るくらいだ。
「あんまり怒ると美容に悪いぜ、ハイネル」
「だれかこのバカをピットからつまみ出せ!」
「つまみ出したら今日のテスト走行はできないぜ。それでもいいのかよ?」
「ふんっ。お前みたいな能無しにまかせるくらいなら、私が代わりにテストドライブした方がマシだ!」

 そう言うと、ハイネルはぷいっと横を向いてしまった。おさまらない怒りのせいで、頬に赤みがさしている。

 実を言うと、オレにはハイネルの怒りの原因に見当がついていた。
 まぁ、ハイネルを怒らせるのなんて基本的にオレしかいないから、当然って言えば当然なんだけど。
 今回ハイネルが怒ってるのは、昨日の晩オレが・・・ハイネルといるときに・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「グーデリアン、何しまりのない顔をしてるんだ、みっともない!」
 とたんにハイネルの怒声が飛んでくる。ぜったいにハイネルはカルシウムが足りてないと思う。
 それにしても。
「オレ、そんなにしまりのない顔してた?」
「壊れて水が止まらなくなった水道管のバルブ程度にはな!」
 さすがハイネル、悪口の言いまわしが回りくどい。
 昨夜はあんなにカワイかったのに。・・・・かわいくなるようなコトをさせすぎて、今こんなに怒ってるんだけど。
 オレはほかのメンバーに聞かれないよう、ハイネルを引き寄せると肩を抱き、耳元でささやいた。
「・・・ごめんな、昨夜のことを思い出してたのさ。すっっごくステキな夜だったぜ、ハニー」

 ハイネルの反応は激烈だった。周囲のクルーがびっくりしてのけぞるほど激しく、オレの胸を押しのける。さしものオレも、かなり大きくよろめいてしまった。
 ハイネルの顔は真っ赤になり、メガネ越しの緑の目が潤んでさえいるようだ。ちょっとカワイそうだったかな、と思ってしまうほどの過敏な反応だった。ほかの誰も、ここまでオレの言葉に感情を波立たせたりしないだろう。ハイネルだけが、オレの言葉をこんなに真っ直ぐに受けとめて、怒りの感情をオレに向けてくる。ハイネルだけが。
 怒られているのに、なんだかうれしくもなったりしているオレはビョーキだろうか?
「グーデリアン、お前は・・・」
 怒りのせいか、それとも羞恥のせいか、ハイネルの声は少し震えていた。
「どうしてお前は毎回毎回私を怒らせるようなことを言ったりしたりするんだ!」

 そんなのは決まってる。

 多分、ハイネル本人以外は、クルーだってリサちゃんだって分かってることだろう。
 好きなコをいじめてしまうのは、ローティーンの頃までで卒業したハズなんだけどな。
「でも、ハイネルだって、他のヤツらがおんなじようなコトを言ったとしたって、オレのことだけ怒るじゃないか。不公平だぞ」
「お前に言われるとハラが立つんだ!」
 ハイネルはそう言い、またプリプリと怒りだした。
 けど、オレは口元の笑みをおさえるので精一杯だ。だってそうだろ?ハイネルは今、自分でオレのことは特別だって認めたんだぜ?
「聞いてるのか、グーデリアン!」
 ハイネルの怒鳴り声は続く。
 けれど、オレにとっては、そして多分ほかのクルーやリサちゃんにとっても、その声は退屈な一日に彩りを添える刺激的なスパイスにほかならない。
「聞いてるよ、ハイネル。お前の言うことだけは、いつもちゃんと聞いてるんだぜ」
 そして、いつでもお前のことを見てる。
 お前がオレに向かって怒っているのを見ると、お前がオレのことを特別に感じてるんだなって思って、うれしくなるんだ。
 ・・・ハイネル、怒りの感情っていうのは、激しい情熱の産物なんだぜ?

 ハイネルの怒りはまだ当分続きそうだったけれど、オレはと言えば、なんだか幸福な気分にひたってしまって口元がゆるみ、また新たなハイネルの怒りをかってしまうのだった。


 こちらは、1200番を踏んでくださったるみ子さんに捧げさせていただく小説となります。
 このギャグだかシリアスだかよくわかんないような話!泣けます!ノリが中途半端なんだよ!
 ただ、一人称はこれまで書いてきていなかったので、今回試してみて、新鮮で楽しかったです。ワンパターンが跋扈していたので、ちょっと感じを変えようと思ったのですが、見事にすべってしまったような気がします(そして、おそらく気のせいではないでしょう・・・)。こんな話になっちゃって、本当にすみませんでした、るみ子さん!呆れられていないことを祈るのみです。
 もし、見捨てられていなかったら、またキリ番とってやって下さい。リクエスト、ありがとうございました!怒るハイネル、かわいくて私もとっても好きです。怒るハイネルに動じないグーも好き。懐が広くて男らしい!と思うのは私だけでしょうか?
 そういえば自分で書いといて何なんですけど、グーが前日の夜にハイネルに何をしたのかが気になります(笑)。

                     


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