キミの幸せを願う    

そのネコはとても小さく、愛らしかった。
白いふわふわの毛並みに、グレーの瞳。ニャア、と頼りない鳴き声があがるたびに、黄色い歓声があがった。

「やだーっかわいい!」
「ほんとほんと。食べちゃいたいくらい」

トコトコと頼りない足どりで歩き出した子猫をヒョイとつまみあげると、グーデリアンは得意そうに笑った。

「だろー?フェンスの向こう側でコイツ一人でさびしそーに鳴いてたからさ。かわいそうだから連れてきてやったんだ」

ピットの前で盛り上がるグーデリアンとキャンギャルたちとは対照的に、ピット内にいるハイネルは腕を組んでしかめっつらをしている。明らかにご機嫌は麗しくないようだ。

ハイネルとしては、最初にグーデリアンがこの子猫を連れてきたとき、ピット内にこの小さな生き物を引き入れることなど、断固として許さないつもりだった。
だが、何百キロものスピードを出してマシンが疾走するコース上にこの猫が迷い出てしまってはことだし、だれかの庇護がなければ三日と生きていられないような小ささだったので、結局はグーデリアンに圧しきられる形となってしまったのだ。
 それ以来、ハイネルはずっと不機嫌そうな顔をしている。


「ホラ、ハイネル。お前も抱き上げてみろよ。すっげーかわいいんだから」

 ピット内で憮然とした表情を見せているハイネルに気づくと、グーデリアンが猫を抱えあげたままハイネルの方に寄ってきた。

「結構だ」

 ツン、とあごをそらせてしまったハイネルの方に猫を差し出し、グーデリアンはさらに言い募った。

「まぁそう言わないでさ。一度抱っこして見れば気もかわるって」

そう言って、自分の眼前に抱きあげた猫の鼻面にキスを落とす。猫はくすぐったそうに首をすくめ、『ニャア』と小さく鳴きながら、前脚で自分の鼻をこするしぐさをした。その様子はほんとうに愛らしい。
「なー?かわいいだろ?」

 ハイネルはグーデリアンと猫にチラリと視線を投げかけたが、それだけだった。またひょいと顔をそむけてしまう。
 そんなハイネルに、グーデリアンは肩をすくめ、苦笑した。
 ハイネルはグーデリアンに気づかれないようその表情を盗み見て、かすかに唇をかんだ。まだ何かグーデリアンが言いたそうにしていたが、無視をしてピットの奥に入ってしまう。
 ・・・・・自分が考えていることを、グーデリアンだけには知られたくなかった。






 そして、すっかりこの子猫がチームになじんだ頃。
 別れの日は唐突にやってきた。
 シュトルムツェンダーのピットを訪れたスポンサーの一人が、一目見て子猫を気に入り、家で引き取る旨を申し出てきたのだ。
 もちろんハイネルはその申し出を受けた。断る理由などなかったからだ。

 もともとハイネルが主張していた通り、転戦につぐ転戦のレーシングチームで生き物を飼うこと事態にムリがあったはずである。引き取り手があらわれたことを、むしろ喜ばなくてはならないだろう。

「元気でね、猫ちゃん」
「病気なんかするんじゃないぞ」

 さびしげなスタッフたちが、次々に猫に言葉をかけていく。
 みんなは猫を抱き、なで、別れを心から惜しんだ。短い間だったが、たしかにこの猫はチームの一員だった。その愛らしさでみんなの心をなごませ、リラックスさせてくれていた、大事な仲間。

 グーデリアンももちろん猫を抱きあげて別れのあいさつを済ませたが、ハイネルはしなかった。ただ、みんなが順に猫に別れを告げるのを、静かな表情で見守っていた。

「じゃあ、この猫は大切に育てさせてもらいます。メールか何かでまた様子をお知らせしますから」
「お願いします」

そのスポンサーに猫が抱かれて去っていくとき、ハイネルは一度だけ猫の背中をなでた。
つやつやとした毛並みの、優しい手触りがかえってくる。

にゃあ、と子猫が一度だけ泣いた。まるでハイネルに向かって別れのあいさつをしているかのようだった。







 唐突に現れた子猫が、唐突に去っていった夜。
 モーターホームで、グーデリアンはハイネルと向き合っていた。
 子猫がいなくなったピットはなんだかやけにさびしげで、火が消えたようだった。あまりにもスタッフやキャンギャルの元気がないので、今日は早々に引き上げることにしたくらいだ。
 ハイネルは無関心をよそおい、先程からソファに腰かけ、ビッシリと数字が羅列した資料を手にしている。
 だが、その明晰な頭脳がちっともそのデータに飛んでいないことを、グーデリアンはちゃんと知っていた。
 甘ったるいコーヒーを口にしながら、何げない風を装って話題に出してみる。

「なんかさ、あいつがいなくなっちまって、さびしくなったよな。何だかんだいって、みんなあいつのコトかわいがってたし」
「・・・私は、スッキリした。私たちのような世界を転戦して歩いている者たちには、生き物を管理するだけの自由な時間はないからな」

 グーデリアンからの返事はなかった。ハイネルはいらいらして言葉をつなげる。

「知ってるだろう?私はチーム監督で、このチームを率いる立場にある。情になど流されてはいられないんだ。ハッキリ言って、あの子猫はチーム運営の妨げにはなっても、利点など一つもなかった。引き取り手が現れてほんとうに良かったと思っている」

 言い終わると、ハイネルは顔をそむけた。自分でもひどいコトを口にしたと分かっている。
 グーデリアンと視線を合わせる気にはなれなかった。

 だが、グーデリアンはハイネルの非情をなじったりはしなかった。むしろ、優しい手を伸ばし、ハイネルの肩にそっと手を置いた。そのいたわるような仕草に、ハイネルはかすかに吐息をもらす。

「オレ、知ってるよ。ホントはハイネルが誰よりもあの子猫のことを心配してたんだって。みんな『かわいい、かわいい』って言ってるだけだったけど、ハイネルはホントにあいつのことを心配してたんだよな。『こんな所で飼っていたら、いつマシンにひかれてしまうか分からない』『心ないマーシャルなどに見つかったら、処分されてしまうかもしれない』って」

 それに、彼は知っていた。
 ほかに誰もいない時、ハイネルがめったに見せないような優しい表情で猫とたわむれていたことを。白くて長い指をちょいちょいと動かし、猫が必死でその指を追いかける。その様子を目にして、ハイネルは笑っていた。静かだけれど、とても穏やかでキレイな笑顔だった。子猫のためによいエサの手配をしていたのもハイネルだし、トイレ用品を買ってきたのもハイネルだ。
 みんなはハイネル特有の責任感や几帳面さがそうさせたと思っていたようだ。確かにそれはそうかもしれない。
 けれど、何よりもハイネルの優しさがそうさせたのだと言うことをグーデリアンは知っていたのだ。
 
 知っていて、けれど彼はそのことについては何も言わないでいた。こんなコトを言ったらハイネルは怒るかもしれないけれど、心優しく照れ屋なハイネルは、他人に自分の優しさを指摘されるのを好まないのを知っていたからだ。
 知っていて、それに触れないでいてあげるのがグーデリアンのハイネルに対する優しさであり、愛情だった。

 あの別れのとき。無言で子猫の背中をなでていたハイネルは、一体何を思っていたのだろう。


 それを思うと切ない気持ちでいっぱいになり、グーデリアンの声はとても優しくなった。

「他の誰が知らなくても、オレは知ってるよ。・・・ハイネルがとっても優しくて、さびしがり屋だってコトもね」

その言葉に、ハイネルは無言で顔をあげた。眉間にしわが寄っていたが、怒っているわけではない。軽く唇をかみしめ、目が少し潤んでいる。
・・・・この顔は、泣きたいのを耐えているときの顔だった。

「ハイネル」

 グーデリアンが優しく名前を呼ぶと、勢いよくハイネルがソファに腰かけたグーデリアンの胸の中に飛び込んできた。
 急なハイネルの行動にも驚くことなく、グーデリアンは優しく彼の背中に腕をまわす。

「お前が悪いんだ」

胸元に顔を押しつけているせいでくぐもったハイネルの声が、小さく聞こえた。

「お前が悪いんだ」

子供のように何度も繰り返し、ハイネルの細い肢体がぐいぐいとグーデリアンにしがみついてくる。


「私は優しくなんかない。さびしがり屋でもない。ただお前が!お前がそう思い込んでるだけだ。お前がヘンなことを言うから!・・・私までヘンになってしまったじゃないか!」
「うん・・・ごめん」
「あやまるな・・・バカ」

そこで、グーデリアンは謝るかわりにハイネルへとキスを送った。一度、二度、角度を変えてもう一度。
 あの猫にしたみたいに、音のするキスを何度も送る。

 抱きしめる腕を強くすると、ハイネルも強く抱きかえしてくれた。そのままキスを深くしていき、抱き合ったまま立ちあがり、場所を移動させる。

 二人がたどりついた先は、大きなベッドが一つきりの寝室だった。









 窓に入りこむかすかな風が、レースのカーテンをふわりと踊らせている。月明かりのない、星だけが辺りを照らし出す頼りない夜だった。
 同じシーツにくるまっているというのにこちらに背を向けているハイネルを、グーデリアンが背中から抱きこんだ。
 とたんハイネルが身動く気配があったが、構わず抱きしめて耳元にキスを落とす。

「猫がいなくなった分も、オレがそばにいるからさ。ハイネルにさびしい思いはさせないよ」
「・・・お前なんかにあの猫の代わりがつとまるもんか」


 ぶぜんとしたように言うのがまたカワイイ。
 このちょっと素直じゃないトコロはいかがなものかと思うが、そんなところがまたかわいく感じてしまうので自分も大概だとグーデリアンは思う。

「もちろんつとまるさ!かわいい子犬でも子猫でも、なんでも演じてみせちゃうぜ」
「じゃあ、あの猫みたいにかわいく鳴いてくれるのか?」

 腕の中にいたハイネルが身をねじり、グーデリアンの方を向いた。髪が下りて無防備になったハイネルは子供のようで本当にかわいい。
 グーデリアンはその唇にキスを一つ落とし、にっこり笑ってこういった。

「もちろんさ!でも、オレが鳴くより、ハイネルをかわいく鳴かせたいなぁ。・・・ベッドの中でね」

 みるみるうちに赤くなって逃れようとするハイネルの腕をとらえ、ベッドの上に縫いとめる。そのまま覆いかぶさっていくと、ハイネルの唇からポツンと言葉が漏れ出てきた。

「あの猫・・・幸せになってくれるといいな」
「なるさ。オレたちみたいにね」

 キザなセリフに、ハイネルが耐え切れないように吹き出した。グーデリアンもいたずらっぽい表情でハイネルの目をのぞきこみ、さらにハイネルの笑みを誘う。


 ・・・そのうちあの猫も成長して、いつまでもいっしょにいることのできる、たった一人の相手を見つけられればいい。


 ハイネルはひそかに胸のうちで思い、グーデリアンの唇を受け止めるために瞳を閉じた。





 TOY CATさん、2222番をとってくださり(さらにリクエストまでして下さって)、本当にありがとうございました!
それに対する私のお礼がコレ・・・・。ひ、ひどすぎる(笑)!

 『甘ーいネタで!』と言われてしまうと、あんまり甘くなくなってしまうこの事実!もうどうしてくれよう私の脳ミソ!という感じでかなりパニクってしまっています。この話、明らかに甘くないですよね。なんかクラーイし(笑)。最後だけちょっとジタバタあがいてみせたりしてて、あきらめまで悪い(笑)。

 TOY CATさん・・・一応、受けとっていただけますか?『猫は出てるけどあんまり甘くない』ということで、リクエスト条件を半分しかクリアしていませんけど・・・ガックリ。
 私としては、このお話はもうTOY CATさんに捧げさせていただく所存です!


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