花散る夜


「夏祭りに行こう!」

 突然グーデリアンがそんなことを言い出してきたのは、夏の盛りのことだった。
 ちなみに、場所は極東日本、菅生サーキットのピットである。夏の合同テストにチーム一行はやって来ていた。
「夏祭り!?そんなモノに行っているヒマなどあるものか!」
 当然、ハイネル監督からは即刻却下をくらう。だが、グーデリアンはあきらめずに食い下がった。
「いいじゃねぇか。どうせ祭りなんて夕方からなんだからさ、マシンテストが終わった後、みんなでパーッと出かけようぜ!」
「ふんっ。バカバカしい。行くなら一人で行ったらどうだ」
 やはりハイネルは全く取り合わない。だが、思わぬところから援軍が現れた。かわいらしくも強力な援軍はリサ・ハイネル。ご存知フランツ・ハイネルの妹君である。
「夏祭り!いいわね!せっかくだから、チームのみんなで行きましょうよ」
「リ、リサ!」
 妹にはすこぶる弱いハイネルが、とたんに焦ったような声をあげる。兄に似ず天真爛漫に育ったこの少女は、自分のおねだりに兄が弱いということを十分承知しており、いかんなくその能力を発揮することに長けていた。
「ね?お兄ちゃん。きっとクルーのみんなも喜んでくれて、いいストレス解消になるわ。そうしたら、かえっていい結果が出ると思うの」
「そうそう!」
 すかさずグーデリアンも口ウマにのる。この辺のタイミングは実に巧みだ。周囲でマシンチェックに余念のないチームクルーの方を向いて、彼はさらに弁舌をふるった。
「なあ、お前らもここんとこハードワークが続いてて大変だったろ?夕方にちょっと気晴らしに行くなんて、いい案だと思わないか?すぐ近くだって言ってたから、遠出もしないで済むぜ」
「あ、オレ、実は実家が呉服屋なんです!なんでしたら、みんなの分の浴衣が用意できると思いますけど」
「そりゃいいや!ヘイ監督殿、ここは臨時ボーナスってことで、みんなに浴衣支給と、夏祭りへの参加許可、よろしく!」
「・・・」
 ハイネルが考えこんでいる間にも、チームはあれよあれよと言う間に『夏祭りにGO!』的な雰囲気にのまれている。グーデリアンの話術が巧みなせいもあったが、ここのところの皆が、連日のオーバーワークに疲れ気味で、何か精神的に発散できる場を求めていたのも確かだろう。
 しばらくの沈黙の後、ハイネル監督の断が下された。

「・・・・大至急、みんなの分の浴衣の手配を頼む。今日は1時間早くあがりにしよう」

 ピット内に大きな歓声があがったのは言うまでもない。




「うわぁ、にぎやかねぇ」

 浴衣姿もかわいらしいリサが、感嘆の声をあげた。山間の小さな町で行われる夏祭りは、けっこうなにぎわいを見せている。どこからか笛の音が流れてきており、太鼓も叩かれているようだ。
 国籍がバラバラで国際色豊かなピットクルーは、この異国情緒あふれる光景にいたく感動したようだった。
「たまにはこういうのもいいものだな」
 日本的なものが大好きなハイネルもうれしそうだ。瞳に合わせたのか、濃淡の美しいグリーンの浴衣に身を包んだ彼は、いつもと雰囲気が違って見える。
「ハイネルさん、浴衣似合いますね」
「そうか?ありがとう」
 クルーたちに向ける笑顔も、今日はどこか優しい。いつもは厳しい表情をしていることが多い監督だけに、クルーたちもその笑顔を見て浮き足だった。なにしろ、このチームには監督崇拝者が多い。
「グーデリアンさんも、ステキだわ。やっぱり何を着ても似合うわね」
 リサはグーデリアンの方を見て言った。
「サンキュー、リサちゃん。自分でもそう思ってたところなんだ」
 いたずらっぽく言って、グーデリアンはウインクをした。
 こちらは、自分の瞳よりもやや濃い、濃紺の浴衣を身につけている。すでに着崩してしまっているところがグーデリアンらしいが、男っぽい風貌の彼には、その着こなしがまた粋で似合っていた。
「そうそう、ジャッキーも監督も、日本人じゃないのに、なかなかサマになってますよ。がんばって用意したかいがあったっていうものです」
 実家が呉服屋だと言うチームクルーもうれしそうに笑う。なにしろグーデリアンとハイネルは長身なので、急に彼らに合う浴衣を用意するのはなかなか大変だったのである。だが、浴衣をまとったグーデリアンの金髪は、日本の闇夜に不思議なほど映えたし、ハイネルの涼しげな切れ長の瞳は和の世界においても美しい。その苦労に見合うだけの成果はあったというべきだろう。


 チームクルーたちは自然と三々五々の固まりとなって、あるものは金魚すくいに興じ、あるものは綿あめや焼きイカをほおばっている。見よう見真似であやしげな盆踊りを踊り、周囲の暖かな笑みを誘っているものもあった。
「来てよかったろ、ハイネル」
 リンゴ飴を頬張りつつ、横に立つハイネルにグーデリアンが言った。それぞれ楽しそうなチームクルーたちを見渡した後、ハイネルの顔にも笑みが浮かぶ。
「そうだな。みんな楽しそうだ」
「ハイネルは?」
「私は・・・・そうだな、浴衣が着られてうれしいな」
「素直じゃないの」
 いつもと同じようなやりとりも、祭りの浮き立った気分の中では、険悪なものにならないで済んだ。
 人々のざわめき、お囃子の音。夜店からもれる暖かい光。どのクルーの顔もリラックスしており、楽しそうだ。自然とハイネルの表情も穏やかになった。

「ね、お兄ちゃん、グーデリアンさん。あっちの広場に行きましょうよ!花火が始まるんですって!」
「ホント!?行こうぜ、ハイネル」
「あ、ま、待て、グーデリアン!」
 ハイネルの制止も聞かず、グーデリアンはどんどんと広場の方へ駆けていく。その後を、ハイネルも急いで追いかけるのだった。



 大きな音がして、夏の夜空に、花火が散った。
 赤、黄色、青、色とりどりの火花が夜空を彩り、やがて闇に吸いこまれていく。
 次々と打ち上げられる花火を、あるものは歓声をあげ、あるものはただただ黙って見上げていた。

「綺麗だな」

 グーデリアンのすぐ横で、だれに聞かせるでもなく、ハイネルがぽつりとつぶやいた。
 その声にグーデリアンがハイネルを見る。
 穏やかな表情をして空を見上げるハイネルの顔が、一瞬明るく照らしだされ、また薄闇に包まれた。
 グーデリアンはそんなハイネルの顔を黙って見つめていたが、やがて手を伸ばした。しっかりとハイネルのそれをとらえる。

「え?」
「シッ」

 いぶかしげな顔をして自分を見てきたハイネルを制し、グーデリアンは握った手に力を込めると、突然人ごみをかきわけ出した。

「ちょ、ちょっと、グーデリアン!?」

 ハイネルが声をかけるのだが、グーデリアンは振りかえりもせず、ただハイネルを率いて人の波をかきわけていく。
 二人の姿が人ごみの中にかき消えようとしているのに、クルーの一人が気づいた。
「あれ?あの二人、どこかに行っちゃいますよ。おーい、ハイネルさん、グーデリアンさん・・・」
 クルーがグーデリアンたちを呼び戻そうと手をあげると、その手をそっと押さえたものがいた。
 華奢な手はリサのものである。

「さっき、グーデリアンさんが、お兄ちゃんに用があるからちょっと席を外すって言ってたわ。用事が済んだらそのままホテルに戻るから、心配しないでって」
「そうなんですか・・・」

 チームの打ち合わせがあるのかくらいにしか思わなかったのだろう、そのクルーはリサの言葉に納得したようにうなづくと、再び花火鑑賞に意識を戻していった。
 彼に気づかれぬよう、リサはひそかにため息をつく。

「・・・まったく、あの二人も仲がいいのは結構だけど、周りが見えてないのには困りものだわ。フォローするこっちの身にもなってくれないかしら。今回のことは貸しだからね、グーデリアンさん、お兄ちゃん」




 リサの機転のおかげで無事に場を切り抜けることができたことも知らず、二人はどんどん人ごみをかきわけ、山間の道に入っていく。
「グーデリアン、どこに行くんだ?」
 強く握られた手を意識せずにはいられず、少し頬を赤くしたハイネルが聞く。グーデリアンはその問いにも答えずにどんどんと歩いていき、山道をのぼっていった。
 だんだん道沿いにあった夜店の数が少なくなっていき、人もまばらになっていく。

 そうして、彼らがたどりついたのは、小さな祠のある丘の上だった。鎮守の森というべきか、周囲はうっそうと茂った高い木々に覆われている。
 ここは、祭りの喧騒からは遠く、どこか現世を離れた心地がする場所だった。
 疑問でいっぱいであろうハイネルに問われる前に、笑顔でグーデリアンが説明する。
「昼間、トレーニングで走りこみをやってるときにここを見つけたんだ。祭りがあるって聞いてたから、ここはぜったい穴場だって目をつけてたんだぜ」
「さすがに、こういうことに関してだけは素早いな」
 ハイネルが憎まれ口を叩き、グーデリアンが何だよ、とすねる。

 そのとき、また大きな花火の音がして、二人は同時に空を見上げた。
 夏の夜空に、大きな大きな花が咲く。やがてその花は鮮やかな軌跡をのこして、彗星のように尾をひきつつ消えていった。
 華やかで、少し物悲しい夏の華。こんなに綺麗で、そして寂しい花火は、どこか人恋しい気分にさせる。
「夏の花火は・・・綺麗だが、少し寂しいな」
 ハイネルがひそやかに言った。しんと静まりかえった夜の祠で、たったの二人きりで花火を見ている。
 リサや、クルーたちといっしょに見ていたときは、そんなことをまったく考えなかったというのに、今は妙に人恋しかった。
 着なれない浴衣などを身につけているせいで、異国情緒にひたってしまっているせいかもしれない。
 花火はあんなにもきらびやかに夜空で花開くのに、それはたったの一瞬のことで、後には夢のように闇がたゆたうばかりだ。
「そうだな。少し・・・さびしいかもしれない。だから、もっとこっち来いよ、ハイネル」
 誰もいない小高い丘で、二人はそっと唇を触れ合わせていた。
 二人の顔を花火の光が一瞬彩り、去っていき、また闇が訪れる。夏の夜は、まだまだ終わりそうになかった。




 
 さて、このお話は1374、つまり『イミナシ』という、素晴らしい語呂合わせをしてくださったたちばなさんに捧げさせていただきます。ホントに、私もまったくおんなじ申告を某サイト様でさせていただきました。たちばなさんとは気が合うかもしれません(笑)。
 なんだか、夏祭りはいいとしても、浴衣を着ているという設定があまり生かせなかったような気がするのが残念です。またワンパターン的なノリになってしまいましたけど、どうか受けとってください、たちばなさん。いつもながらあんまり上手に書けなくてごめんなさいです!私はもう一生このノリでGHを書いていくしかないのかもしれません・・・・・ガックリ。
 改めまして、カウント申告ありがとうございました!よろしければまたお願いします。

                      


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