Tomorrow We’ll See
キスくらいならすぐにできる。悩むことなく、いつでもどこでも。
拒んでいたのは最初だけだった。表面上の言葉だけの抗いなどすぐにハイネルはしなくなり、今では当然の行為として受け入れている。
グーデリアンが唇を寄せてきてもそこに人目さえなければ素直に受け入れたし、自分から唇を開くことさえあった。
キスだったらいい。何も厭うことなく受け入れることができる。
今も二人はモーターホームの影で唇を合わせている。一番奥まったこんな所にまでは滅多に人が足を向けることもないが、それでも全く危険がないわけではない。深くなりすぎないように抱き合わず、ただ唇だけを何度も繰り返し噛み合わせる、そんなキス。
離れぎわに一度だけ軽くグーデリアンの舌がハイネルの舌を絡めとったが、それさえも戯れの延長にしかすぎなかった。
決して本気にはならない、遊びのようなキス。余裕を残したそのキスは、まるで互いの胸のうちを探り、試し、駆け引きをしているようでもある。
二人が交わすのはいつもそんなキスである。愛を確かめあうためではなく、微妙なラインまで足を踏み込み、互いの心をのぞき込むためのキス。
グーデリアンとのキスは好きだった。こんな風に深くはならないキスは、どこかハイネルを安心させる。ジャッキー・グーデリアンという男に触れつつ、理性を失わずに済む距離。それが彼にとっては理想的かつ心地よいスタンスなのだ。
最後にわざと音をたてると、ようやくグーデリアンはキスを終えるべく体を離した。元よりわずかな足音でも拾えばすぐに離れられるように気を張っていたため、そこに甘い空気の余韻はない。
「なぁ。今日お前のチームは何時に上がるの?」
モーターホームの壁に片手をついたグーデリアンは、意図しているのかいないのか壁に背中を向けたハイネルを包囲する形になっている。それに対してわずかに眉をひそめることで不快の意を表わしたハイネルは、それでも素直に口を開いた。
「今日は早く上がる予定だが、その後ホテルでスポンサーに会わなければならない。最も、スポンサーとは言っても昔から知っている気心の知れた相手だから、それほど気を遣わなくて済むから楽なのだが」
「じゃ、その場所を教えろよ。オレも後から行くから、軽く飲んでからオレの部屋で飲みなおそうぜ」
「だが、格式の高いホテルのバーだから正装ではないと入れないぞ。堅苦しいのはキライだろう?」
「たまにはいいさ。次のレースじゃ優勝してレセプションパーティーの主役になる予定だからな、せいぜい今のうちにタキシードの着こなしでも練習しておくことにするよ」
「しょってるな」
そう言うとハイネルは軽い笑い声を立てた。
このところのハイネルはグーデリアンを友人として信頼しているのかそれとも別の理由からか、彼に問われればまず偽らずに真実を告げている。グーデリアンの誘いを断ることも滅多にない。
また、グーデリアン自身もそれを当然のこととして受け入れている節があった。
出会った頃に比べれば、彼らの関係は確実に変化している。
初めの頃のただいたずらに反発しあう関係から、互いの力量を認めあったライバルへと。
・・・・・だが、だが今の彼らはそれさえも踏み越え、極めて不安定かつ微妙なラインの上に立ち、向き合っている。ほんの一歩足を踏み出しただけで『友人』という言葉が形骸化し意味を無くす場所で、まるでギリギリの縁でレースをしている時のような、そんな緊張感をはらんだ駆け引きの元に。
約束通り、グーデリアンはきちんと正装に身を包んで時間に遅れることなくバーに姿を現した。何の酔狂か髪まできちんとなでつけ、いつもとは別人のようでさえある。
すでにスポンサーは仕事のために辞去しており、ハイネルは一人でグラスを傾けていた。もちろんハイネル自身も、彼のすらりとした優美な肢体を際立たせるラインをもつスーツを着こなしていたのだが、グーデリアンと示し合わせたわけでもないというのに今日はいつものあの独特のヘアスタイルではなく、栗色の髪がすんなりと下ろされていた。
冷たい印象のメガネはそのままだが、それだけでも彼はかなり雰囲気が柔らかくなる。
二人はそこでしばらくの間杯を交わし、それから当初の予定通りグーデリアンの部屋に場所を移して飲みつづけた。今日で互いにマシンテストが終了したこともあり、開放的な気分になっていたのだろう。
場がほどけてリラックスしたムードになった時、グーデリアンは不意に立ちあがってキッチンテーブルへと移動した。彼の行動に興味を覚えたハイネルも彼の後に続く。
仕草だけで自分の前の席に座るようにうながすと、グーデリアンはわずかに口元に笑みを浮かべた。
今日の彼はいつもと同じようでいてどこかが違う。アルコールが入っていて相当体が火照っているだろうに涼しい顔をしているのはいつものことだが、室内だというのにスーツをきっかりと着込んだままなのだ。おかげで、ハイネル自身まできちんとスーツを身につけたままという奇妙な状況だった。
「ハイネル、ゲームをしよう」
グーデリアンは何でもない調子で軽く言うと、相手の返事も待たずに真新しいカードを取り出した。慣れた仕草でカードを切っていくのがやけにサマになっている。きちんとスーツを身にまとっているのでなおさらそう思えるのだろう。
無骨なはずの指先が意外なほど器用にカードをさばいていくのを目にしながら、まるでホストのような男だ、とぼんやりとハイネルは考えていた。
この容姿にソツのない性格、さらに生来華やかで人目を吸い寄せる大気をまとっている。ジャッキー・グーデリアンという男は、確かに人に愛されるために生まれてきたような人間ではあるに違いない。
「”Casino”は知ってる?」
「Ja.」
「OK.じゃまずそれな」
グーデリアンは仕事熱心なディーラーのように、ハイネルの方を一度も見ないでカードを切り、ルールで定められたように配り始めた。まずハイネルに二枚。テーブルに二枚。自分に二枚。それをもう一セット。
やはり惚れ惚れとする流麗な手さばきだ。ほとんど官能的でさえあるその指の動きを、ハイネルはじっと追っていた。まだ口の中に残っているウイスキーの強い芳香もあいまって、グーデリアンの指が描く有機的なラインを追っているだけで得体の知れない感覚に襲われそうになる。
それは極上の酒に酔い、意識を奪われる時の感覚に似ていた。
セットされた前髪がわずかに乱れ、濃い蜜色をした髪が額に落ちている。その下の青い目は真剣にカードの動きを追っていた。無骨にさえ見える大きな手が、しかし流れるようにテーブル上を行き来してカードの処理をしていく。
・・・・見ているだけでなぜか喉が干上がってくるような感覚を覚え、ハイネルは度数の高いアルコールの入ったグラスをつかんでそれをあおいだ。そうすることでますます体の芯が疼くような熱がこもっていく。
・・・・・・・・・・・・熱い。
「何を賭けるんだ?」
ハイネルは自分を襲いつつある感覚から意識をそらすようにそう聞いたのだが、グーデリアンは目をあげてちらりと彼を見やり、意味ありげな笑みを口元に刷いただけだった。
その青い目はハイネルに『知ってるんだろ?』と問いかけてくるようでもあった。また、彼を翻弄するためにまだ秘密にしていたがっているだけのようでもある。
どちらにしろ、それ以上ハイネルが問いかけることを制する目であることは確かだった。
1ゲーム。2ゲーム。それに飽きればシットヘッド、アーリントン、ピッチ、それからオーソドックスなブラックジャックにポーカー。
グーデリアンは様々なカードゲームを実によく知っており、例えハイネルが知らないゲームでも分かりやすくルールを説き明かした。
元々彼らは互いには負けたくない、という強い思いを抱いている。マシンから降りてもそれは例外ではないようで、彼らはひとしきりカードゲームに興じた。
カードゲームはどこか恋愛に似ている、とグーデリアンは言った。
第一に運が大きな要素を占めている。自分が望んだカードを手元に引き寄せられるとは限らないし、結果もしかりだ。努力ではどうにもならない要素が確かに両者にはある。
第二にプレイスタイル。ゲームだからと割り切って軽い気分で挑むものもいれば、真剣に接する者もいる。相手やゲームの種類によって態度を変える場合があるのも同じだ。
「それから、これがカードゲームと恋愛の一番の醍醐味だと個人的には思うんだけどさ、・・・・・カードも恋愛も、相手との微妙な駆け引きを楽しめる。この相手は手ごわければ手ごわいほどいい。・・・・手に入れた時の喜びも大きいから。それに、カードや恋愛の駆け引きって、何だか妙に官能的な気がしないか?大人だけに許された喜びだからなのかもしれないな」
自分の手札をのぞき込んだ後、グーデリアンはいたずらっぽい瞳でハイネルの顔をのぞき込みながら言った。今彼らが興じているのはポーカーである。
『ポーカーフェイス』という言葉が生まれたほど、このゲームは駆け引きを重要とする。いかに自分の胸の内は知らせずに相手の思考を読むか。まさにそれは恋愛の駆け引きに似ていた。
「レイズ」
グーデリアンに自分の考えていることを読まれまいと、表情を無くしてただ真っ直ぐににらみつけるような視線を送ってくるハイネルとは対照的に、グーデリアンは子供そのものの屈託のない笑顔を浮かべてそう宣言した。
熱のこもった対戦を続けているうちにさすがに疲労を感じ、彼らは一時休戦することにした。
やはり律儀なハイネルが、ホテルの部屋に備えつけのメモ用紙に自分たちの勝敗を書き記しており、早速合計を出すことにする。
それまでの結果が出ると、ハイネルは心底不本意そうに眉をひそめた。
「今のところお前が少しだけ勝っている。・・・お前相手に負けているだなんて、私もヤキが回ったな」
その言葉に、グーデリアンが笑って返す。
「頭がいいだけじゃカードゲームは勝てないのさ。こういうのってある種の巧みさや要領が必要なんだぜ。言ったろ。・・・・カードゲームは恋愛と同じだって」
「通りでお前みたいな軽い頭の持ち主でも強いわけだ」
負け惜しみでもなく単なる事実を述べる時の口調で淡々とハイネルは言うと、ふと思いついたことがあったのか緑の目を瞬かせた。
「グーデリアン、・・・・そう言えば賭けの話はどうなったんだ?今清算するか?」
それは本当に何気ない言葉だったのだが、ハイネルがそう言うとグーデリアンは一瞬表情を無くしてハイネルを見た。
彼が表情を無くすと独特の印象を人に与える。普段は好奇心の強い少年のような印象を与えるグーデリアンだが、そうするとまるで千年の時を生きてきた男のように見えた。
全ての真理を知り尽くして生に飽いた男のようでもあり、それでも尚あらゆる物事に執着している男のようでもある。どちらにしろ、ハイネルは彼ほどに表情一つで人に与える印象を変える男を知らない。
グーデリアンがそんな顔を見せたのは本当に一瞬のことで、彼は苦笑いのような表情を浮かべると唐突に椅子から立ちあがった。
そして、場の流れからは全く関係のない、不思議な言葉を口にした。
「ハイネル。オレはお前のことをとてもよく知ってると思う」
グーデリアンの声は、普段の彼からすると信じられないほど低く、まるで別人のような響きをしていた。
青い目から放たれる視線は、奇妙な質量を有している。彼の青い目は感情や状況によって様々に色合いや輝きを変えるのだが、今ハイネルを見つめる青い目は、まるでその視線自体に人を惹きつけて離さない、何か特別な磁力を放っているかのようだった。
「なぁハイネル、オレはお前のことをとてもよく知ってると思うぜ。多分、お前が自分で知らないようなこともな」
薄い笑みを刷いた唇でそう言い、グーデリアンはゆっくりとテーブルを周り、ハイネルの目の前に立った。
何を言われたわけでもないのに、まるでそうすることがあらかじめ決められてでもいたかのようにハイネルも椅子を立つ。
グーデリアンは無言でハイネルの顎を取った。ハイネルからの抵抗はない。
ただ、彼は『氷のような』と形容される冷たい美しさをたたえた緑の瞳でグーデリアンをにらみあげてきた。物言わぬ石のように硬質なものを感じさせるその緑の目には、けれどもこんな風に間近でグーデリアンを見つめている時だけは、目にする者を奥へと誘いこむような熱っぽい光が宿っている。
わずかに唇が開いて何か言葉になりかけたが、結局それは音にならず、ハイネルはわずかに視線を落とした。
沈黙が彼らの間に降り落ちる。足元から降り積もるその静けさは、やがて胸を圧迫し、呼吸さえ苦しくすることだろう。
だからなのだろうか。胸を重苦しくふさぐ沈黙を乱すためなのだろうか。
顎をとらえた手をわずかに上げてハイネルの顔を上げさせると、グーデリアンは目を閉じずにそのまま口づけた。
何度も唇をついばみ、青い目を半ば伏せてキスを受けているハイネルを見下ろす。視線を感じただけで背筋にぞくりと鋭い感覚を走らせる淫猥な目だった。
伏せぎみにしているせいで、グーデリアンの青い瞳をまつげの影が彩る。
思いがけないほど長いまつげが深い青にさらに翳りを落とすのを見てとると、ハイネルはそっとまぶたを伏せた。琥珀色のまつげが軽く震える。
グーデリアンの舌先がハイネルの唇のラインを辿る。その刺激に耐え切れずに細く長い吐息がハイネルの喉奥からもれた。
歯の裏を舐め上げ、舌に触れ、再び唇をついばんだかと思うと濡れた音をたてて深く舌を絡める。
ハイネルの意識をさらうような、深く官能的なキスだった。あまりに巧みで深いキスに、ハイネルの唇からは甘い吐息が漏れ、眉は悩ましくひそめられている。時折まつげがかすかに震え、まるでさらに深いキスを促しているかにさえ見えた。
グーデリアンはけして目を閉じなかった。与えているキスそのものの熱をはらんだ青い瞳を、常にハイネルにあてていた。まるで彼の理性がほどけ、普段は隠されている欲望が顔を出していく様を脳裏に焼きつけようとでもしているかのようだ。
舌がほどかれ、代わりに熱い息が耳元に吹き込まれる。
「なあハイネル。オレはお前をとてもよく知っている。そして、それはいわゆる『内面』って言われてるヤツだ。見た目を知るのは簡単だよな。目を見開いてただ見ればいいんだから。だが、目に見えない心の中を見通すのは難しい。それができるようになるには、本当にその相手と近しくなる必要があるだろう。・・・・・そして、オレはお前を知ってる。とてもね。目には見えないはずのお前という人間の中身を、オレはある意味で誰よりもよく知ってると思ってる。・・・・反論するか?」
すでにきちんとは立っていられず、仕立てのいいグーデリアンのスーツの裾を握り締めるようにしていたハイネルは、弱々しく首を左右に振った。赤く濡れた唇がわずかに開かれている。潤んだ緑の瞳がやけに扇情的だった。
「OK。同意してくれてうれしいよ。オレはお前の中身を知ってる。どんな人間も知らないようなお前という人間の精神の在り方を、既にオレは知ってるんだ。目に見えないものをオレは目にし、触れられないものに触れた。だから今度は、目に見えるものを目にして、触れられるものに触れるのさ」
「それは、どういう・・・・」
まだキスの余韻を漂いながら潤む瞳で問いかければ、グーデリアンはハイネルのスーツの襟を手に取って軽くひき、ひどくあっさりと口にした。
「脱げよ。寝るのにジャマだ」
「グーデ・・・」
ハイネルは呆然とした顔で彼を見上げた。
もちろん、二人きりで会う約束をした時点でこうなる予測を全くしなかったと言えば嘘になる。これまでに何度も、どう考えても友人の範疇では交わすはずのないキスを交わしてきたのである。
だが、こうもハッキリと、そして唐突に口にされるとは思っていなかった。
動揺と驚愕、・・・・そして認めたくはないが、目の前の男に対するかすかな恐れから、ハイネルの声は無意識のうちにかすれてしまっていた。
「グーデリアン・・・・こんな、カードなんかでそんな、・・・・馬鹿げてる」
何度も息をつぎながらようやくの思いでそこまでを告げると、グーデリアンは芝居がかったしぐさでちょっと肩をすくめてみせた。それからテーブルの上に広がっていたカードを手で乱しながら笑って言う。
「そうだな。心の底から馬鹿げてるよ。こんなものでオレたちの運命を決めちまおうなんてな」
でも・・・・とグーデリアンは続けた。
「でも、今更だろ?オレたちのこれまでの関係自体がバカげてる。今日を逃せば永遠に機会が失われるだろうから全部言葉に出してみようか?オレたち二人ともが心の底では分かってて、そしてオレたち二人ともがずっと見ないフリをしてきた心の声だ。・・・オレたちは、互いのことが好きなんだよ。体をつなげたいって思うくらいにね」
その言葉がグーデリアンの唇から零れた時、ハイネルは眉をひそめて顔をそらした。それはグーデリアンに対する反発や嫌悪からではない。
・・・・・逃げ続けていた真実に直面させられたからだ。
本当は、・・・本当はグーデリアンに言われるまでもなく分かっていた。彼の屈託のない笑顔が、そして好奇心や好意を宿して常に輝いている青い目が、それでも時折背筋が震えるほど冥い欲望を湛えて底光りすることをハイネルは知っていた。・・・・そして、その目が自分だけに向けられていることも。
あの青い目。
世界中で自分以外にあの目を目にしたことがある人間はいるのだろうかとハイネルは思う。もし自分以外にそんな人間が存在するとしたのなら、教えて欲しいことがあった。
・・・どうしたらあの青い目の誘惑に抗うことができるのか。
あの青い目が怖かった。理性の皮をかぶり、澄ました顔でモラルと正論を説く自分の、隠された獣の部分を容赦なく暴かれてしまいそうで。
そして、同時にあの青い目に焦がれていた。強いモラルと理性に縛られている自分を、徹底的なまでに破壊して欲しいと願っていた。
それでも、・・・・・これまではそんな自分の心の声が聞こえないふりをすることができていたのに。
「きっかけが欲しかっただけだろ?オレもお前も。だからそのきっかけを作ってやっただけだ。例えそれがどんなに馬鹿げた方法でもね」
「でも、・・・・グーデリアン・・・私は、私には・・・・」
呼吸の仕方を忘れてしまったかのように薄い胸を大きくあえがせながら、ハイネルは切れ切れにそう告げるのが精一杯だった。
「オレと寝るのがイヤなのか?」
「そうじゃない・・・・・グーデリアン、・・・・そうじゃないんだ。むしろ私は、・・・・もしかしたら、お前よりもずっとお前を欲しているのだと思う。それは事実なんだ、でも・・・・私はお前よりずっと臆病なんだ。この先が見えないことが不安でたまらない」
唇を噛み、何かに耐えるような表情でそう伝えてきたハイネルをグーデリアンはしばらくの間じっと見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「ハイネル。オレはもう曖昧に言葉を濁したりしないぜ。お前はオレが欲しいのか?・・・・オレの体が」
その問いに、ハイネルはぎゅっと眉を寄せてスーツの裾を握りしめた。それから小さく、けれども聞き間違えることのない声でYes、と答えを返す。
その答えを耳にすると、グーデリアンはテーブルの上に散らばったままだったカードを乱暴に乱し、床に落とした。
そこにたった一枚のカードが残される。
「オレはお前の体が欲しくて、お前はオレの体が欲しい。でもお前はまだ迷ってる。じゃあハイネル、もう一度だけチャンスをやるよ。・・・・最期のチャンスだ。このカードがブラックかレッドか選べ。オレが勝ったら今日オレたちは寝る。お前が勝ったらオレはソファだ。さあハイネル、・・・・・選べよ」
・・・・長い沈黙が降りた。
グーデリアンはハイネルを挑むように見据え、ハイネルはグーデリアンを不安の影がちらついた目で見返している。
何度も口に出そうとしてはためらうことを繰り返した後、ようやくハイネルは自分の選択を口にした。
「・・・・・・・レッドを」
「レッドでいいんだな。じゃあカードを開くぜ」
神託を告げる神聖な聖職者のように、グーデリアンは静かに告げた。
グーデリアンの指がゆっくりとカードの縁にかかる。
永劫にも感じられる重苦しい時がゆっくりと経過していく中、その指がとうとうカードを返そうとした。・・・・その時。
突然ハイネルの白い指が伸びてきてテーブルの上のカードを振り払った。ひらりと舞ったカードは絵柄をとらえる間もなく床に落ち、散乱した別のカードに紛れて見えなくなる。
グーデリアンが目を見開いてハイネルを見たのはほんの一瞬だった。
一瞬後には彼は抱き合い、唇を合わせていた。
目を閉じずに抱き合い、互いの目に見入りながら激しい口づけを交わす。これまで何度もキスをしてきたが、こんな風に初めから激しいキスを交わしたことなどなかった。
互いの欲望を煽りたてるための、獣のようなキス。顔の角度を変えるたびに濡れた音が大気を震わせる。
スーツのジャケットをもどかしく脱ぎ捨て、抱きあったまま床の上にもつれこむ。
柔らかなカーペットの上に横たえたハイネルの体から全ての衣服を取り去りながら、グーデリアンは何度もハイネルにキスをした。
ハイネルも白い手を伸ばして彼の金髪を抱えこみ、思いの丈を伝えるかのようにその手に力を込める。
一度体を離すと、グーデリアンは上からハイネルを見下ろした。真摯で、そして傲慢な光をその青い目は浮かべていた。
「オレたちがこれから何をしようと、何を見ようと、何を知ろうと、誰もオレたちを裁けない」
大きく節ばったグーデリアンの手。その手が何もまとわぬハイネルの白い胸にひたりとおかれた。
なだらかな胸の・・・・心臓のある位置に。
ハイネルはあえかな息を吐いて瞳を閉じた。まるで従順な殉教者のように。
そして、グーデリアンに最期の時を与えられるのを待っている。
・・・望んでいたのだ、心から。逃げ場など奪い去って欲しいと。後戻りのできないところにまで追い込んで欲しいと。
ジャッキー・グーデリアンだけが彼の絶対的な支配者だった。魂の、そして肉体の支配者。
自分もそうであればいいと思う。グーデリアンの心も体も独占できる存在であることができるのなら、モラルも理性も捨て去ってしまって構わない。
「グーデリアン」
グーデリアンに組み敷かれたまま、まるで吐息のような声でハイネルは彼の名を呼んだ。
「私たちが今からしようとしていることは、許されざる穢れた罪なのかもしれない。この世で最も貴い恋なのかもしれない。今の私には分からない。きっと・・・・きっと抱き合い、明日になったら分かるだろう。でも、例えそれがどんな結果だろうと私は怖くないんだ」
ハイネルが発するはずだった言葉は、グーデリアンの唇の中に消えた。
熱い吐息も切ない声も闇に蠢く二つの肢体も、やがて訪れる夜の闇がすべてを覆い隠していくだろう。
この二人が抱き合うことで何を失い、何を得るのか、明日になれば分かる。
そして、その時が来るまでは、真実は闇の向こうに遠くたたずんでいるのだった。
今回の後書き、とても長いです。長い上にほとんど話の内容と関係ありません(笑)。お時間があって気が向かれた方だけ読んでくださいませ。
私がお話のタイトルを歌からそのまま取ることが多いのは(一部だけで)有名な話ですが(笑)、これも例にもれません。
これはSTINGの『Tomorrow We’ll See』という曲からとっています。私はこの曲のタイトルの語感も、それから気だるく艶やかなボーカルとメロディが大好きで、いつか使いたいなと思っていたのです(STINGにはいいメーワクでしょうが。笑)。
ところがこの曲・・・・・・・・・・男娼の歌なのでした(笑)。しかも第三者じゃなくて、男娼自身が自分のことを歌っている詩です。しゃれにならん!(笑)
『Tomorrow We’ll See』は『明日になればわかる』というような意味なんですけど(『see』には物事を見通す、というニュアンスが含まれる場合があるのです)、この歌の『see』には・・・多分ものすごくいろんな深い意味合いがこめられているんだろうな、と思います。短いフレーズなんですけど、静かな諦念が根深いところに横たわっている、淡々としていながら切ない響きの込められている言葉のように感じられるのでした。
というわけで、このお話はタイトルだけはものすごく気に入っています。自分でつけたわけでもないのに!(笑)
・・・・・全然話の内容に触れていない後書きでした!(笑)もう私、このお話に関していえば振りかえりたくないのです・・・。このグーも『空と毒薬』系で恥ずかしさ満載(笑)。
最近ちょっと大人というよりは暗っぽい話が続いているので、そういうお話が苦手な方にはちょっと申し訳ないです。
それから、今回はちょっと駆け引きめいたことをしているグーハーを書きたかったんですけど、そのきっかけになったのは美葉さんのサイトに飾られていた『カードをしているグー』と『挑戦的な目で見上げているハイネル』のイラストでした。そこからインスパイアされたこの話を書くことを快く承諾してくださった美葉さんに感謝を捧げます。ありがとうございました。
あられさん、リクエストして下さいましてありがとうございました!力のない私では大人っぽい二人はこれが限度なんですけど、ほんの少しでも喜んでいただければ幸いです。受けとってやっていただけるといいんですけど・・・。
キリ番申告とリクエスト、改めてありがとうございます!