それからの数日のことを、もう加賀は思い出したくもない。元はと言えば自分は何の関係もないというのに(きっかけとなる場にはいたわけだが、それを言うなら他の数多のレーサーたちだってそうである)、グーデリアンとハイネルの騒動に振りまわされまくったのだ。一銭の得にもならない物事に巻き込まれて翻弄されていたなどという事実は、加賀にとって敗北以外の何物でもない。彼の美学に反するのだ。(ちなみに、彼の美学とはいかに労力を払わずして効率よく金をもうけるかという理念に基づいている)
一連のこの騒動が後に忌まわしい記憶として彼の脳裏に刻まれることになったとしても仕方がなかったといえるだろう。
彼を振りまわし、心底疲労させたこの騒動が一応の決着をみるまでには、もう一段階の波を迎えなくてはならなかった。
ハイネルに恋人ができれば催眠術で埋め込まれているグーデリアンに対する思いも消える、と術師にアドバイスを受けて早速それを行動に移すことにしたグーデリアンと加賀の二人だったが、予想に反してことは容易には運ばなかった。
何と言っても相手はあのフランツ・ハイネルである。ただでさえ恋愛には疎そうな彼のこと、生半可な相手では恋に落ちたりしないだろう。
事実、何人か女性を紹介したりもしたのだが、彼は全く興味を示さなかった。仕方がないので、まずハイネルの好みのタイプを聞き出し、さらには彼に恋愛をする気になってもらうべく恋愛関係の話題をふりまくろう!ということになった。
そのためにはハイネルに近づく必要がある。二人きりで会ってしまうと例のごとくハイネルからの熱烈アプローチをグーデリアンが受けてしまうので、当然加賀もその場に同席しなくてはならない。
加賀がつくづく厄介なことに首を突っ込んでしまったのだということに気がついた時にはもう遅かった。妙なところでお節介で世話焼きな自分の性質を深く後悔するハメに陥ってしまったのである。
合同テストが行われた五日間。ありとあらゆる場所でグーデリアンとハイネル、そして加賀という奇妙な三人組が目撃されることとなった。しかも話題と言えばいつも恋愛関係について。グーデリアンはともかく、加賀もハイネルもそれほど恋愛にのめり込むタイプにはハタからは見えない。偶然近くを通りかかって彼らの会話を小耳に挟んだ人間はずいぶん驚かされたことだろう。
「あのさ、ハイネル。オレの知り合いにアイラっていう女の子がいるんだ。その子がずっと前からお前のファンなんだってさ。お前が好きそうな大人しくてかわいい子だぜ?どう?お前がその気なら、今日の夜にでも連れてくるけど。会ってみない?」
「結構だ。お前が紹介する女性が私と合うわけがない」
「何言ってんだよハイネル。そんな冷たいこと言うなよな!オレ、お前のこと心配してやってるんだぜ?いっつも眉間に皺寄せてばっかりでマシンのことばっかり気にしちゃってさ。ホントは女の子にキョーミないんじゃないのかって。そんなことじゃ人生ほとんど損しちまうぜ!」
「大きなお世話だ!お前のように大脳新皮質が未発達で下半身の衝動に従って生きているような人間に言われたくない!」
「ハイネル、今ドサクサにまぎれて結構ひでえこと言っただろ!」
「本当のことを言ったまでだ!」
「・・・・・・・・」
ちなみに、最後のセリフ(セリフにもなっていないが)だけが加賀のもらしたものである。
昼下がりのカフェテラスで、一体何という会話を交わしているのだろう。もう同じような光景がこれまでに何十回となく繰り返されている。
すっかり自分を無視して進められている会話に、加賀はあくびをかみ殺してアイスコーヒーをストローですすった。このアイスコーヒーはもちろんグーデリアンのおごりだ。一文の得にもならないことに巻き込まれているとは言ったが、こうして飲食費が全て賄われるのが唯一評価できる点である。
初めの頃こそピット名物グーデリアンとハイネルのケンカをおもしろがって見ていたものだが、何しろこの二人は顔を合わせればこの調子なのである。いくらなんでも飽きてしまうというものだ。
こんなやりとりを飽きもせずに毎回まいかい毎回まいかいつづけている彼らは、実はとても気が合うのではないだろうか。
いつものことではあるが、支払いをするグーデリアンの許可も取らずに勝手に別の注文を重ねている加賀をよそに二人のやりとりは続く。
「ハイネルさ、せっかくキレーな顔してるんだから、その気になれば絶対もてるって!デートのやり方がわかんないんだったら、オレとデートしてみる?いろいろ教えてやるぜ」
「余計な世話だと言ってるだろう!第一、なんで私がお前と出歩いたりしないといけないんだ」
「またまたー、ホントはオレにデートに誘われちゃってうれしいクセに!オレも忙しい身の上だけど、他ならぬハイネルのためだったら体をあけてやるからさ」
「結構だ。お前はどうせ他に相手をしなければならない女性が山ほどいるのだろう?私に遠慮などしないで、彼女たちに構ってやってくれ」
「ヤキモチ焼いてくれるのはうれしいけど、そんな心配しなくていいんだぜ。オレにはお前だけなんだよ、マイスイートハート」
「・・・・・・・・」
何とか上手い誘導をして、ハイネルが女性とつきあう気になるようにさせるつもりではなかったのだろうか?心底呆れ、冷たいかき氷を一気にかき込んだ時のように頭を押さえるポーズを加賀がしてみせたが、グーデリアンは一向に気づいている様子がない。
とにかく一事が万事この調子なのである。物事がうまく進むわけがない。
第三者さえ介入すればハイネルは至って普通でいつもと変わりがないので、グーデリアンにも今ひとつ切迫感がないのも一因だったかもしれない。初めこそとまどってイヤがっていたものの、生来の大雑把な気質も手伝ってだんだん気にならなくなってきたようだ。
それでも、同じレーサーとして関わっていく以上、これからもグーデリアンがハイネルと二人きりになる機会はやってくるだろう。キスをしている最中に記者が偶然通りかかりでもしたらシャレにもならないではないか。
グーデリアンのキャラクターだったらあれは悪ふざけだったの一言で済むかもしれないが、ハイネルにとっては身の破滅だ。しかも本人にはその記憶がなく、さらに抱きついているのはハイネルの方なのである!
そんなわけで、それでも折りを見ては加賀は場所と時刻をセッティングし、自分を含めてグーデリアンとハイネルが顔を合わせられるような場を作った。
朝食は同じテーブルで取り、もちろんテストの合間のティータイムも同じ場所で。昼食はそれぞれのチームで取るので同席するのはムリだったが、テスト後には半ばムリヤリ飲みにと連れ出した。
そんなことがニ、三日も繰り返されると、初めは毎回イヤがって抵抗をしていたハイネルも諦めの境地に至ったものか、素直に応じるようになっていた。そしてまた同じようなやりとりが繰り返されるわけである。
今彼らがいるのは、もはや常連となったオープンカフェの一角だ。気持ちのよい青空の下、グーデリアンはいつもと同じようなセリフを懲りずにまたもや口にしていた。
「なあなあハイネル。またいい子がいるんだ!今度の子はベティって言うんだけど、何と!ドイツに三年くらいいたって言うんだ。しかもうちのメカニックの妹だから、今は大学で電子工学の勉強をしてるんだってさ。よく『マシンを手がけながらレースも戦っているハイネルさんはすごいわ』って言ってるらしいぜ。どう?」
「またか・・・グーデリアン。私にはそんな気はないといつも言ってるだろう。私はその彼女とつきあうつもりはない」
「あっそ。じゃあ、メアリーは?彼女さ、オレのチームのキャンギャルのクセに、『ジャッキーもハイネルさんくらい知的だったらいいのに』っていつも言ってるんだぜ。ひどいと思わねぇ?こんなにカッコいい男が自分のチームのレーサーだっていうのにさ!」
「バカか。お前なんかが自チームのレーサーだったら、どんな女性も他チームのレーサーに憧れるに決まってるだろう」
「ひでぇよなぁ。とにかくさ、実はメアリーはあそこの角んとこにいるんだよ。絶対気に入るから、後で会うだけでもいいから会ってみてくれよ」
加賀は相変わらずほとんどカヤの外で、一人コーヒーをすすっている。正直言って、彼はすでに半ば以上この試みについて諦めの境地にあった。毎回同じような話の展開になり、毎回同じ結果にいきつくのだ。どうせ同じ結末にたどりつくのなら最初からやらない方がまだマシだ。
そう思い、新たな注文をするために手をあげかけた加賀だが、それは果たせずに終わった。いつもとは違う展開がその日は待ち構えていたからだ。
それはハイネルが発した一言から始まった。
「・・・・んだな」
「え?何か言ったか?ハイネル」
「グーデリアン、お前はそんなに私を誰かとつきあわせたいんだな」
ハイネルの口調は妙に静かだった。しん、と奇妙なほどにその場が静まりかえる。加賀はあげていた手を下ろし、グーデリアンは身を乗り出したまま体を硬直させた。
加賀もグーデリアンも、たった今ハイネルが言った言葉の意味を脳裏で確認しているかのように黙りこんでいる。
今まで彼は一度だってそんなことを言ったことはなかった。グーデリアンが何かをけしかければいつでも怒ったような反応をかえし、最後はケンカのような形になって終わるのだ。
彼がこんな反応を返してきたのは今日が初めてだった。
加賀は眉をひそめ、グーデリアンを見た。彼は青い目を丸くしてハイネルを見つめている。唇が開いたがそれは言葉を紡がなかった。
ハイネルは鋭い視線をグーデリアンに向け、まるで挑むように言った。先ほどの静けさがウソのような激しい口調だった。
「お前は、・・・お前は私をそんなに誰かとつきあわせたいんだな!わかった。そんなに言うなら付き合おうじゃないか。誰でもいいから、・・・男だっていいから連れて来い!誰とだって付き合ってやる!」
「ハイネル・・・」
「グーデリアン、お前は・・・お前は、どうしてそんなことがしたいんだ!?私に恩が売りたいのか、それとも、・・・それとも、私の存在が目障りだから、何とか片付けてしまいたかったのか!私に恋人ができればお前にいちいちうるさく突っかかることもなくなると、そういう・・・・そういう気持ちで・・・」
そこまで口にすると、ハイネルは一瞬だけ泣き出しそうに強く眉をひそめた。
だがそれは本当に一瞬のことで、それから挑むようにグーデリアンをにらみつけ、席をたった。彼らしくない乱暴な動きに、イスがガタガタと派手な音をたてる。彼の憤りを表してみせたかのような音だった。
「ハイネル!待てよ!」
グーデリアンが声をかけたが、ハイネルは待たなかった。ほとんど駆け出すような勢いで歩き出している。
オープンカフェを出てしばらくした所で、ハイネルは一人の女性に声をかけられて足を止めた。
相手はグーデリアンのチームのメアリーだ。彼女がハイネルを慕っているのは本当の話だった。実際、理知的で容姿も整っているハイネルを好ましく思っている女性は多い。絶対に取りもったりはしなかったが、グーデリアンの取り巻きにも彼に会いたがっている女性は何人もいた。
ハイネルは、その気になれば恋人などすぐにできるだけの環境にいるのだ。
・・・グーデリアンは、そのことをとてもよく知っていた。
加賀とグーデリアンの視界の先でメアリーが何かハイネルに話しかけ、彼も彼女に何か言葉を返していた。
とっさに自分も立ちあがっていたグーデリアンを、加賀は腕をつかんで止めた。鋭い視線を送って牽制をする。
「やめときな。予想以上にハイネルを怒らせちまったが、結局は思い通りにいってるじゃないか。今フォローしにいってどうするつもりだ?また最初から計画をたてるのか?グーデリアン、お前はこれで完全にハイネルに嫌われちまうかもしれないが、元々やっこさんと離れたくてこんなことをしてるわけだろう?そのことを忘れるんじゃねぇよ。あのまま彼女と二人にしておけばうまくいくかもしれない。このまま様子を見とくんだな」
冷静な言葉をかけてくる加賀を、グーデリアンは意外なほど落ちついた表情で見下ろした。落ちついたというよりも・・・どこか怒っているような顔だ。何かに対して静かに怒りをためているかのような表情。その怒りはなぜか、グーデリアン自身へと向かっているもののように加賀には思えた。
そんな彼から目をそらさぬまま、加賀は繰り返す。すでに視線を外し、メアリーといるハイネルの方を見つめているグーデリアンに。
「いいか、お前の目的はとにかくハイネルの気持ちをお前からそらせることだ。きっかけはどうあれ、これでハイネルがお前じゃない人間に向くんだったらいいじゃないか」
「いいわけあるかよ!」
グーデリアンはそれだけを吐き捨てるように言い、自分もハイネルの方へと向かった。
こんな時でさえも冷静な判断力でレシートをちらつかせて『金!』と要求することを忘れなかった加賀はさすがである。
この場の代金としては大きすぎる札をテーブルに叩きつけるように置いたグーデリアンはもう振りかえりもしなかった。
「あら!ジャッキー。ハイネルさんに私のこと話してくれたのね。今二人で・・・」
「こっち来いよハイネル!」
グーデリアンが自分たちの方に近づいてきたことに気がついたメアリーが明るい表情で話しかけたというのに、彼は全くそれを無視した。
ハイネルの腕をムリにとって歩き始める。ハイネルは抵抗したが、それには構わず強引に歩き出していた。
何が起こったのか分からずに突っ立ったままのメアリーに対してフォローに回ったのは加賀である。今コトを大きくするわけにはいかない。
それに、あの二人は二人きりにするわけにもいかないのだ。
「わりぃな!今ちーっとたてこんじまってるんだ。悪いけど出直してくれよ。またな!」
グーデリアンの歩幅は広く、歩くスピードも速い。加賀は彼女に向かってピッと敬礼のようなあいさつを投げてみせると、足を速めて彼らの後を追ったのだった。
最初から予想していたことだが、グーデリアンがハイネルを引きずって向かったのは関係者駐車場だった。
・・・そう、加賀が二人のキスシーンを見せつけられたあの場所である。
人目がある場所であまり激しく暴れては対面が悪いと思っていたらしいハイネルは(そしてそれはとても賢明な判断だったと加賀は思う)、そこで激しく身をねじって乱暴にグーデリアンの腕を払った。
彼の緑の瞳が、噴き上がる怒りで激しい光を放っている。普段でさえキツイ光をたたえることの多いグリーンアイズは、けれどもこんな時もとても綺麗だった。彼の意志の強さがそのまま表れたような目だ。
「一体どういうつもりだ!お前の望み通り、誰でもいいから付き合ってやると言ってるんだ。ジャマをするな!グーデリアン、お前はいつもそうだ。私のことを振りまわすだけ振りまわして楽しんで・・・!もう一度あの女性を連れて来い。お前の望み通り、今すぐ付き合ってやる!」
「ハイネル、オレが悪かったよ。あんなの本気じゃなかったんだ」
「うるさい!誰でもいいから私の付き合う相手を早く連れて来い!」
「もうここにいるよ」
グーデリアンの行動は唐突だった。ハイネルの片腕を取って引き寄せ、いきなり唇をふさいだのである。
メガネの奥の美しいグリーン・アイズが見開かれたのが加賀の位置からも分かった。
すぐに唇を離し、ハイネルの両肩に手をおいてグーデリアンが真剣な声を出す。
「お前がこれから付き合う相手はここにいる。お前はオレのものだ。誰にも渡さない」
「何・・・お前は何を言って・・・」
白い頬を真っ赤に染めたハイネルが抵抗の意志をこめてグーデリアンの胸を押し返そうとする。
それでも、グーデリアンはびくともしなかった。まだ息さえもかかりそうな距離でハイネルの呼吸さえも止めそうな言葉を口にする。
「お前だってオレのこと好きなんだろ?オレの周りに群がってくるどんな女の子より、自分一人を好きになって欲しいって思ってるんだろ!?」
「勝手に・・・勝手に決めるな!そんなこと、私がいつ言ったというんだ!」
「二人きりになると、いつも言ってただろ!オレが好きだって、オレだけが好きだって、お前はオレのものなんだって!」
「私はそんなこと・・・・・!」
再び唇をふさがれ、それ以上の言葉をハイネルは飲み込んだ。すぐに離れた先ほどとは違い、今度はしっかりと唇が合わされる。
初めのうちハイネルは逃れようと激しく抵抗したが、背中を強く抱かれ、うながすように何度も唇を甘く噛まれているうちに力が抜けていった。彼からの抵抗がなくなったのを知り、ますますグーデリアンのキスが深くなっていく。
・・・忘れないで欲しいのだが、この場にはもちろん加賀がいるのである。すでに一度彼らのキスシーンを目にしている加賀だが、あの時は少なくとも二人とも正気ではなかった。ハイネルは術の支配下にあったし、グーデリアンだってつい流されてしまっただけで本気で彼とキスしたいと思っていたわけではなかったはずだ。
だが、今加賀の前で二人がかわしているキスは本物だった。二人が、・・・二人ともが望んでしているキスだ。
ジャッキー・グーデリアンとフランツ・ハイネルが!
「おい・・・どうなってんだよ!」
加賀が叫んだのもムリはない。どこをどうしたらこういう展開になるのかサッパリ理解できないのである。
なぜハイネルに迫られるのをイヤがって怯えていたグーデリアンが、そのハイネルを抱きしめてキスをしなくてはならないのだろうか。
なぜ常日頃からこの世で一番キライな人間はグーデリアンだと公言してはばからないハイネルが、催眠の支配下にもないというのにうっとりと彼のキスを受けているのだろうか。
「グーデリアン!一体どういうつもりだよ!?」
心の奥底ではすでに気がついていたのだが、それでも加賀はそう叫ばずにはいられなかった。そうでなくては、これまで自分たちがしてきたことが全てムダになってしまうではないか。
「かっ・・・加賀!お前、ここにいたのか!?」
実は彼には多々あることなのだが、これまで夢中で周りのことが全く見えていなかったハイネルが、そこで初めて加賀の存在に気がついた。
あわててグーデリアンの腕から逃れようと暴れ始めたが彼のがっしりとした腕は離れない。ハイネルのほっそりとした体を抱きしめながら、グーデリアンは加賀の方を向き直ってあっさりと口にした。
「ごめん、加賀。さんざん協力させといて今頃こんなこと言うの悪いんだけど、オレ、ハイネルが好きなんだ。多分、・・・よく分からないけど、多分オレはずっとハイネルが好きで、今回のことはきっかけになっただけなんだ・・・・そう思うよ。なぜかは分からないんだけど」
「ばっ・・・バカ!加賀の前で何ていうこと言うんだ!加賀、こいつは頭がおかしいんだ。な、なんで私とグーデリアンが好きだの何だの・・・本気にするんじゃないぞ!」
「お前こそ何言ってんだよハイネル!お前だって絶対オレのことが好きなんだよ。二人きりになってた時にお前がオレに言ってた言葉は、全部が全部ウソってわけじゃない。絶対に・・・お前はあの時素直になってただけなんだ!」
「何をワケのわからないことを言ってるんだ、グーデリアン!」
真っ赤になって腕の中から逃れようとするハイネルに、また彼は口付けをほどこした。
そして、口にはどんな言葉をのせようともハイネルは彼のキスを拒めない。グーデリアンの青い瞳に見つめられ、顔を寄せられると本能が理性を凌駕してしまうのだ。彼とキスがしたくてたまらなくなってしまう。
そして、それは彼に施された術のせいではなかった。
一度名残惜しそうに唇を離し、グーデリアンはもう一度加賀に向き直った。まさに憑き物が落ちたような、と表現したくなるような顔だ。
「加賀、わかるか?ハイネルにかかってたのは呪いの術じゃない!オレにだってかかってない!あの術は・・・あの不思議な男はこうなることを絶対わかってたんだ。やっと分かったぜ。お前にもわかるだろ?加賀」
「わかるわけないだろ!なんでこうなってんだよ!」
加賀の叫びも空しく、それ以上グーデリアンは説明してくれなかった。彼には他にやらなくてはならないことがあったのである。
・・・・すなわち、ハイネルを抱きしめてキスすることだ。
ハイネルの白く滑らかな頬から口元へと唇をすべらせ、グーデリアンは官能をかきたてる甘い声を出した。
「二人きりになったら、いつでもああやって素直になってくれていいんだぜ、ハイネル」
「・・・お前には私と二人きりになってるヒマなんてないだろう。相手がたくさんいるんだからな!」
「そうやってヤキモチやかれると、ますますかわいいよな、ハイネルって」
そしてまたキス。それこそ何かタチの悪い術にかけられでもしているのではないかと思うほど濃密で官能的なキスだった。すでに彼らの頭からは完全に加賀の存在は消えているに違いない。
散々振りまわされた上に一人だけその場に取り残され、加賀の怒りは頂点に達した。
「なんだよ!あいつら納まるとこに納まってんじゃねぇか!人がいるのにイチャイチャいちゃいちゃしやがってふざけてやがる!結局、一番貧乏クジをひいてるのはオレじゃねぇか。グーデリアンのセリフじゃないが、これじゃ一体どっちが呪われてたんだか・・・・」
そこまで吐き捨て、加賀は目を見開いた。
脳裏であの術師の笑みがひらめく。
琥珀色の目が細められ、この世のすべてを見通す視線が加賀に当てられていた。
その胸元、銀の鎖の先には美しい細工をしたペンダントトップが光っている。銀で形づくられ、翡翠で飾られた美しいサソリ。人を操り、運命の糸を紡ぎ出す魔性の輝き。
彼の薄い笑みと言葉が蘇る。
『・・・が本当にかかっていたのは・・・・・・・・』
「あ・・・」
呆然とした加賀のつぶやきが零れ落ちた。そのつぶやきと共に、彼の記憶にすとんと落ちてきた言葉がある。それは、あの時あの場ではきちんと拾い切れなかったはずの言葉だった。
『あなたにもわかる時が来ますよ。呪いが本当にかかっていたのは誰なのか・…』
言ったでしょう?私はジャッキー・グーデリアンのファンなんですよって。その私が、彼を本気で困らせるようなことをやるとお思いですか?
本当の本当に呪いをかけられていたのは。
「・・・・オレかよ。結局オレは、やたらめったら走りまわってグーデリアンがハイネルとくっつくのを手助けしてたってことになるわけか?一銭にもならないって言うのに!」
加賀は大きく舌打ちし、頭の中で揺れ動く翡翠のサソリの映像を振り切るかのように大きく頭を左右に振った。
意識をハッキリさせ、グーデリアンとハイネルに視線を移す。水と油と言われつづけた彼らだが、ああやって抱き合ってキスしている姿がなぜか自然に見えるのが不思議だった。納まるところに納まったのだと納得せずにはいられない妙な説得力がある。
苦笑いと共に加賀は二人にはなむけの言葉を送ってやるのだった。
「・・・・まぁいいか。あいつらのあの幸せそうな様子に免じて、今回は道化のキューピットに撤してやるさ。特別に料金はタダでな・・・そのうち絶対何かおごらせるけど」
金に細かいキューピットの存在にも気づかず、一生消えない恋の魔法にかかった恋人同士はいつまでも長い長いキスを交わしつづけていた。
お、終わりました・・・・!(一応。これでも一応)
このお話は、元々ウッディ・アレンの「The Curse Of The Jade Scorpion」という映画からからきてますよ、ということは以前書いたのですが、話をまとめるためにすごい苦労をしてしまいました(ちなみに、映画とはぜんっっぜん話が違います)。映画ではこの術師はすごい悪いヤツで、彼のせいで主人公とヒロインは事件に巻き込まれて・・・という感じの展開なんですけど、その筋の通りにしたら30回連載くらいになってしまいます!(笑)
何度もスジを考え直して、結局こんなへんてこな話に。ホントに呪いがかかってたのは私としか思えません!(笑)
久しぶりにお話書いたんですけど、やっぱり何というか・・・私ってお話書くのむいてませんよね・・・ホントのところ(笑)。
勝手が違って大分苦労したりもしましたけど、やっぱりとても楽しい作業でもありました。ユキコさん、キリ番ゲットとリクエスト、本当にありがとうございました!そして、お待たせした上にこんなんになっちゃって本当にすみませんでした。
これで私がためているキリリクは後たったの5つに!楽勝ですね!・・・・どなたか代わりに書いて下さる方を切実に募集中です(笑)。