光の森
何に対しても真摯で決して手を抜こうとしないのはフランツ・ハイネルの美徳であるが、何事にも限度や許容量というものがある。これを越えてしまったらどんな美徳も長所も意味を無くしてしまうだろう。
この時のハイネルがまさにそれで、彼は己が新興したチームの運営に情熱を傾けるあまり、文字通り寝食を忘れて仕事に没頭していた。ほっそりとした体のどこにそれほどの力が隠されているのだろうかと、初めのうちは彼のバイタリティーに舌を巻きつつ見守っていたスタッフたちも、やがて本気で彼の体を憂慮するようになった。明らかに彼の仕事量は類稀なる精神力でカバーできる範囲を越えていたのである。
もちろん、スタッフたちはハイネルに休息を取るように進言したのだが、彼は聞く耳をもたなかった。ハイネルという青年は、あれほど緻密で論理に長けていながら、自分自身の体に関しては驚くほど無頓着になれる人間なのである。だが、誰もがハイネルを慕い、尊敬していたのでそれ以上強くは言えなかった。例え言ったとしても、彼が聞き入れることはなかっただろう。
そんな時は、もちろんジャッキー・グーデリアンの出番である。
「グーデリアン!離せ!」
「離して欲しきゃ、振り払ってみろよ。オレはそんなに力を入れてるわけじゃないぜ?この程度の腕も振り払えない体力でワガママ言ってんじゃねえよ」
「グーデリアン、私にはまだまだやらなくてはならないことがあるんだ!離してくれ!!」
ハイネルの声には、本人も意図していないであろう必死さがにじんでいた。テストランを終えたばかりでレーシングスーツに身を包んだままのグーデリアンは、スタッフたちに一時間の休憩を言い渡した当の本人であるハイネル自身が全く休む気がないのを知ると、有無を言わさず彼の腕をつかんでピット外に引きずり始めたのである。この時ばかりはさすがに止めようとするスタッフたちは一人もいなかった。かえって誰もが胸を安堵になでおろしたほどである。
グーデリアンは確信めいた足取りでどんどんハイネルを引きずっていく。容赦のないその歩みに危機を感じ取ったハイネルは、無意識のうちに半ばすがるような声音を出していた。
「グーデリアン、頼むから離してくれ!私にはこんなことをしている時間はないんだ!」
「だからさっきから言ってるだろ。離して欲しきゃ自分で振り払ってみろよってな」
だが、それでもグーデリアンはハイネルの願い通りにはしてくれなかった。それどころか、つかんでいる腕をより一層自分の方に引き寄せ、足を速める。
何度か同じような攻防を繰り返した後、ようやくハイネルはあきらめたように抗っていた腕の力を抜いた。不本意ながら、グーデリアンに抗いきれるほどの体力がないことを思い知らされたし、何より・・・こんな時のグーデリアンが、自分以上にガンコで決してひかないことを骨身に沁みて理解していたからである。
連れて行かれたのはピットからそれほど離れてはいないところにある、けれども人の目にはつかないサーキットのフェンス向こうの森の一角だった。ここはグーデリアンの気に入りの場所で、ちょっとした時間が空くと、彼がよくここまで足を伸ばしていたことをハイネルは知っている。
ハイネル自身夏の強い日差しを避けるために書類を持ったままこの地まで避難することもあった。
フェンス向こうはレーシングトラックだというのに、ここは背が高く青々と葉が茂る木々が密集しており、ちょっとした森のようになっていた。しばらくの間気を抜くのにはうってつけの場所である。
グーデリアンは木々と木々の合間のスペースが比較的広いところにまで歩を進めるとようやく足を止めた。ハイネルの唇から安堵のため息がこぼれる。足を止めたことで、今まで忘れていた夏の暑さがうわっと攻めたててきて彼はしなやかに眉をひそめた。
真夏の日差しが白っぽく気だるい色に大気を染め上げている。この国は湿度がそれほど高くないために極東日本にいる時のような不快感はないのだが、容赦のない太陽の熱と光は木々の元にいてさえも感じられた。オーバーワークで疲れ気味のハイネルの体力を奪うのには十分すぎるほどの日差しだ。
「やっぱり大分顔色が悪いな。日の下に出るとすぐに分かる」
グーデリアンが口にした通り、ハイネルの白い顔にはあきらかに疲れの影がにじんでいた。ただでさえ日に透けそうなほど白い肌が、今は青褪めてさえ見えた。
検分するように頬に手をかけられて好き勝手に顔をのぞき込まれたハイネルは、その扱いに腹をたててグーデリアンの手を払いのけようとしたのだが、ふと目をあげた時に視界に入った彼の青い瞳に、怒りも言葉も呑みこんだ。
青い瞳が、真摯にハイネルを見つめている。その目を見ただけで、彼がどんなにハイネルのことを憂い、案じているのかが痛いほどに伝わってきてハイネルの言葉を奪ったのだった。
この目には弱い。
グーデリアンは照れ屋で意地っ張りなところのあるハイネルと違い、惜しみなく彼に対する愛の言葉を口にしてくれていたが、どんな言葉よりもこの青い目が彼の心の深さをハイネルへと伝えていた。
愛情はもとより、ジャッキー・グーデリアンという人間の持つ純粋さや優しさ、そんなものを全て溶かしこんでそのまま固めたような青い目だった。
・・・・・・・・この青い目に、ハイネルは弱かった。ずっと、ずっと昔。まだ出会ってそれほどたっていないころから。
夏の空をそのまま切り取ってみせたようなグーデリアンの瞳。
「少しさ、・・・・みんなが休憩取ってる一時間だけでいいから、お前も休めよ。そしたらずっとよくなるはずだから」
グーデリアンは優しい口調でそう言い、大きな木の根元に腰を落ちつけると、ハイネルを促すように目の前の芝をぽんぽんと軽く叩いた。
ためらいがちに少し離れた場所に腰を下ろしたハイネルを強引に引き寄せ、大きく開いた自分の足の間に彼の体が納まるようにしてしまう。
羞恥のせいだろう。ハイネルの白いうなじがほの赤く染まったのが分かったが、促すようにグーデリアンが彼の腰にゆるやかに両腕を回すと、わずかに彼の体が傾いて体重がかけられる気配があった。
服越しに互いの体温がじんわりと伝わってくる。暑さの中でも、なぜかそれが不快ではなかった。
夏の大気と、互いの肌のぬくもり。自分たちの存在だけが際立つ、静かな空間。・・・・・・・こんなことが、前にもあった。
グーデリアンとハイネルは、誰もが認める犬猿の中で、だが互いに意識せずにはいられぬライバル同士だった。
対照的な容姿、性格、ドライビングスタイル。・・・それがプラスの感情かマイナスの感情かは別にしても、誰でもあまりにも自分と違う存在には目を奪われてしまうものだ。
その日はグーデリアンのチームとハイネルのチームのマシンテストの日程がたまたまかち合ってしまい、彼らは激しい火花を散らしてしのぎを削っていた。レース上で相手の姿が目に入ると必要以上に熱くなってしまうのは互いの悪いクセだ。
競う相手がいないレーシングトラックを延々と走り続けるマシンテストが苦手なグーデリアンは、何かと口実を作っては早く切り上げようとするのが常だったが、フランツ・ハイネルもほぼ同時刻にマシンをドライブし始めたのを知ったとたん、自主的に周回数の延長を宣言してきた。・・・その日はエンジンの回転数を調べるのが主な目的であり、それほど長距離を走りこむ必要はなかったのだが。
もちろん冷静沈着をもって知られたフランツ・ハイネルも例外ではなかった。グーデリアンを前にすると、彼は『理性』という言葉をどこかに置き忘れてきてしまうのである。
彼らにとって、互いの存在とマシンさえあれば場所も状況も重要ではなかった。本戦だろうがマシンテストだろうが関係ない。
相手のマシンが自分のマシンの前にいる・・・・・それだけで彼らを激しい戦いの衝動へと駆り立てるのには十分すぎる理由があった。
「ハイネルくん、お疲れさま!」
マシンを降り立つと、ハイネルはスタッフの一人が渡したタオルとミネラルウォーターのボトルを受け取り、短く礼を述べた。他のスタッフたちが、マシンのメカニズムに詳しいハイネルが走行中に気づいた点について意見を求めようと近寄ってくる。
だが、ハイネルは彼らに少し調べたいことがあるから席を外すと言い置いたのみでその場を後にした。実際、マシンに対する造詣の深いハイネルは走行直後に様々なマシンチェックをすることも珍しくはない。彼の言葉に不信感を抱いた者は一人もいなかった。
「・・・っ」
誰の気配もないピット裏にまでたどりつくと、ハイネルは身を屈めてフェンスにすがりついた。一時の嘔吐感をやりすごし、彼らしくもない乱暴な仕草でミネラルウォーターのボトルに口をつける。
明らかに熱中症にかかっていた。もともと暑さにはそれほど強くない上に、ジャッキー・グーデリアンと長期に渡るバトルを繰り広げていたせいで尋常ではない集中力と体力を注ぎ込んでいたのである。平気でいられる方がおかしいだろう。
だが、それを素直に口にするのはどうしても彼の矜持が許さなかった。特に無尽蔵の体力を誇るらしいジャッキー・グーデリアンが何のダメージも見せずにピット前を闊歩していたのでなおさらだった。
どんな意味でも、・・・・・・グーデリアンにだけは負けられない。
深呼吸を何度も繰り返すと、なんとか気分も整ってきたようだった。もちろんまだ体全体に暗雲のように立ち込めている倦怠感や疲労感が晴れたわけではなかったが、とりあえずスタッフたちの前で取り繕えるだけの余裕さえ持てればいいのだ。フランツ・ハイネルのプライドの高さと精神力には特筆すべきものがあった。
最後にまた呼吸を整え、意を決してハイネルはフェンスを跡になるほど強く握り締めていた手を離し、顔をあげる。
・・・・・その顔がぎょっとした表情を形作った。
たった今まで激しい戦いを繰り広げていた相手、ジャッキー・グーデリアンがすぐそばに立っていたのである。
「ハイネル」
「グーデリアン!貴様、なんでこんな所に!!」
「ハイネル、お前自分で分かってんのか?今お前すげえ顔色してるんだぜ。ちょっとこっち来いよ」
「うるさい!私は平気だ。他チームのドライバーのことなど気にせずに、自分のことだけ気にすればいい!大体お前は・・・・おいっ、グーデリアン!!」
いつの間にかハイネルのすぐ近くまで来ていたグーデリアンは、本人の意向も気にせずにさっさとハイネルの腕を取ると、ぐんぐん歩いて彼を大きな木の下まで引っ張って行った。
グーデリアンの行動に呆気に取られて唯々諾々と従ってしまっていたハイネルだったが、そこにきてようやく意思を取り戻してグーデリアンに罵詈雑言を浴びせようとした。・・・・が、相手に文句を言おうと勢いよくきびすを返したとたんに体がふらついてしまい、グーデリアンに支えられた羞恥で何も言えなくなってしまった。
グーデリアンの腕はたくましく、先ほどのドライビングによるダメージは少なくとも表面上からはうかがえない。そのことが悔しくて恥ずかしくて、ハイネルはただ唇を噛んだ。
だが、そんな彼にかけられたグーデリアンの言葉は、そんな彼の憤りさえ吹き飛ばしてしまうのに十二分な威力を持っていた。
「ハイネル、膝枕してやるからさ。しばらく休めよ」
「え?」
思わず素直にハイネルが聞き返してしまったのもムリはないだろう。それほど突拍子もない申し出だったのである。
何を言われたのか彼がよく理解できないでいると、グーデリアンは無理矢理に彼の腕を引いて座らせようとしてきた。
ようやく事態を理解したハイネルは当然のごとく反発する。勢いよく身をねじろうとすると、まだダメージの抜けきらない体がふらつき、かえって相手の希望通りに腰をつくハメになってしまった。
それでも膝枕だけは断固阻止だとばかりに往生際悪くハイネルは暴れている。
「離せっ!誰がお前の膝枕などっ!!」
「いいから、大人しく寝ろよ!意地張ってないでさっさと休んで体力戻して、またオレと闘うんだろ!?」
苦し紛れに発したグーデリアンのセリフに、すとんとハイネルの体から力が抜けた。ハイネルに話を冷静に聞けるだけの余裕が戻ってきたのを確認してから(グーデリアンは、ハイネルが自分に対峙している時は『沈着冷静』という言葉が成層圏にまで吹っ飛ぶことをよく理解していた)、彼は噛んで含めるように言い募った。いつもからかいの言葉ばかり口にしている人間とは思えないほど真摯な思いやりに満ちた声だった。
「ハイネル。オレ、いくらなんでも具合が悪い人間をからかったりはしないよ。純粋に心配なんだ。絶対に後からからかったりしないからさ、今はオレの言うこと聞いて休んどけよ」
「・・・・なんで私の具合が悪いことに気づいたのがよりによってお前なんだ。スタッフの誰も気づかなかったのに」
心底不思議そうにそう言えば、明るい声が返ってきた。一片の影もない朗らかな声だ。
「なんでオレなのかって?」
グーデリアンは心から楽しそうに笑った。ハイネルは意識せずその笑顔に惹き込まれていく。
「オレにもわかんないよ、ハイネル。でも、遠目でハイネルを見かけた時すぐにわかったんだ。なんでなのかわかんないけどさ。今のオレにわかるのは、今オレはハイネルを休ませてあげたくて、ハイネルは休息を必要としてるってことさ!」
なぜだか分からないのだが、・・・本当になぜかは分からないのだが、そのグーデリアンの言葉はハイネルの胸に抵抗なく届けられた。いつもの睨みつけるような視線ではなく、静かな、相手の真意をはかるような緑の目がグーデリアンに向けられる。
彼もいつものようにハイネルをからかったりはせず、ただ優しく笑って自分の膝をぽんぽんと叩いた。それから、ハイネルを迎えいれるように両手を広げてみせる。
ためらう素振りは見せたものの、ハイネルは大人しくグーデリアンの膝に頭をのせ、横たわった。静かな重みを膝に感じ、グーデリアンはなぜか不可思議な充実感を感じていた。このささやかな重みに幸福感を得ている不思議を追求することはせず、彼は労わるようにハイネルの肩に手を置いた。
その仕草でグーデリアンを前にして張っていた気が緩んだのだろう。意識せず安堵したような吐息がハイネルの唇からこぼれ落ちる。ようやく自分があるべき処に戻ってきたかのような、そんなため息だった。
二人は言葉を交わすことなくただ頭上を見上げた。緑の木々の透き間から光がこぼれ落ちて惜しみなく二人に降り注いでいる。
炭酸が弾けて泡がつぎつぎとわきだしている時のように、光も次々と生まれては辺りを満たしていく。あまりにも純粋な光のしずくは、手を伸ばせばすくいとれそうなほどくっきりとした形をかたどって後から後からやってきた。
「オレさ」
柔らかな光と影が降りかかる世界で、グーデリアンは頭上を見上げながらぽつりとつぶやいた。夏の大気に彼のつぶやきは瞬く間に溶けて消えていく。
「・・・・オレ、ハイネルのことキライじゃないよ」
なぜだかその言葉がとても優しい響きを持っているように感じられて、ハイネルはそっと目を閉じた。わずかに・・・ほんのわずかに触れたところからグーデリアンの体温を感じる。
グーデリアンのレーサーらしい節くれだった手が彼らしくもなくためらいがちに伸ばされ、そっとハイネルの額にかかった髪を払った。その仕草が優しくて、ハイネルは自分でも気づかないうちに勝手につぶやきをもらしてしまっていた。
「・・・・私もだ」
今となっては懐かしい、でもそれほど遠くはない思い出。
あれから幾らか時が過ぎ、二人の立場もずいぶんと変わった。ライバルチームのレーサー同士から、同じチームの監督とレーサーへ。
だが、本質的なものは今も少しも変わっていない。
常に近くに立ち、互いの存在を意識し、競い合い、高め合う。・・・・そして、今は支え合ってもいる。ちょうど今、グーデリアンがハイネルの体を包み込むようにして寄り添い合っているように。
「あの時さ」
グーデリアンは背後から優しくハイネルの体に腕を回しながら言った。
「オレ、葉っぱの合間からキラキラ見えてた太陽の光を見ながら、ガラにもなく思ってたんだ。ああなんかこれって、ハイネルに対するオレの気持ちみたいだよなって」
その時のことを思い出してでもいるのだろうか。くすり、と彼の唇から笑声がもれた。ハイネルは答えず、ただ自分の体に回されたグーデリアンの腕に、そっと自分の指先を置いた。
そのささやかだが充実感のある感触に、グーデリアンはゆっくりと笑みを深くする。
「あんなにいっぱい葉が茂ってるのに、それでも遮りきれずに光がこぼれ落ちてる。まるで、・・・・忘れよう、考えないようにしようって思ってもあふれてくる、『ハイネルが好きだ』っていうオレの気持ちみたいだなって。あの頃はまだ、・・・・今みたいな『好き』じゃなかったんだけど」
それでも認めるのには勇気がいったんだ、とグーデリアンは独白した。確かに、・・・確かに自分たちが今の関係に至るまでには、いくつもの勇気と決断を必要としてきた。そして、それら全てを乗り越えてきた自分たちの今日の姿を誇りに思う。
本当は、この夏の空のようにいつでも晴れ渡った心境でいられたわけではない。いろんな困難も挫折も経験した。だからこそ、今こうして互いの体温を感じ取れる距離に互いが存在していることの幸福を噛み締めずにはいられない。
「あの日、明るい夏の光が、隠れていたオレの気持ちのほんの一部分を照らし出してみせた。オレの気持ち・・・隠しきれないくらいにオレの体中いっぱいにあふれ出てた、ハイネルが好きだっていう気持ち」
もう一度つぶやくように繰り返し、それからグーデリアンはあの時そうしたように、ハイネルの小さな頭を自分の膝の上に乗るように促した。逆らわず、彼は長い足を伸ばして横たわると、グーデリアンの膝の上に頭を預けた。
そうして、そのまま無心な子供のように澄んだ緑の瞳を上げてグーデリアンを見つめている。
グーデリアンは続ける。
「あの時、・・・ハイネルの重みを自分の膝の上に感じた時、幸せっていうのは色も形も重さもないものだけど、オレの幸せってヤツに重さがあるとしたら、こんなにささやかなものなのかもしれないなって思ったよ。そして、オレはそんなことを考えてる自分にものすごく幸福を感じてた」
夏の盛りだと言うのに、辺りはひどく静かで夏特有の喧騒など微塵も感じられない。かすかにそよいでいる風は頬に優しく、緑の木々が風に揺らめいて複雑な影をゆらゆらと彼らの上に落としていた。
光と影の無音のさざめきが彼らに押し寄せ、また去っていく。
世界はすべての音を無くしていた。ただ、光だけがあふれるほど天から降りかかっていた。静かに、惜しみなく、まるで尽きぬ想いのように。
夏の光がくまなく世界中に降り注ぎ、明るく満たし、鮮やかに再生させていく。
ハイネルの頭上から、キラキラと光が降ってくる。澄んだ青い空から、太陽のカケラが後から後からこぼれ落ちてくる。
少し眩しいな、とぼんやりとした頭で考えていると、そっとその光を遮る影があった。グーデリアンだ。
少し身を屈めたグーデリアンが、上からハイネルをのぞき込んでいた。褪せた色の金髪が光に彩られて、髪の縁が光に溶け出しているかのように金色に輝いている。本当にキレイだった。
木々がどんなに覆い隠そうとしても、天からこぼれ落ちる光をすべて遮ることはできないように、どんなに仕舞い込んでおきたくても隠しきれない強い想いがある。
その想いを目に見える形にしてみせたのなら、きっとこんな色をしているのだろう、とハイネルは思った。木々の緑に透ける、そしてグーデリアンの髪を縁取る透けるような金色の光。暖かくてキレイで、・・・そして少しだけ胸を切なくするような色。
キレイだな、とハイネルは素直に思った。キレイだな、ずっと見ていたいな、・・・・と。
すると、その光がどんどん近づいてきた。ハイネルはわずかに唇を開き、声にならない声を紡ぐ。
ああ、・・・・・・・・光が私の元にふりおちてくる。
そのまま、柔らかく唇をふさがれた。その感触に促されたかのように彼は瞳を閉じる。
長いまつげの先も、光に透けて琥珀色に輝いていた。白くなめらかな頬にも淡い影が落ち、風の動きに合わせてゆらゆらと揺れている。
愛しげな仕草で頬をなでるグーデリアンの指の感触。それから、目を閉じていても脳裏に浮かぶ柔らかな光の波紋。・・・自分にとっての光そのものの、グーデリアンの存在。
そんなものを感じつつ、ハイネルは軽い眠りに引き込まれていった。見下ろすグーデリアンの唇に淡い笑みが浮かび、彼もまた木の幹に体を預けて瞳を閉じる。
夏の光が、そんな彼らを守るように優しく柔らかく包み込んでいた。
超季節外れの一品。皆様、お楽しみいただけましたでしょうか?・・・楽しめるわけがない!(笑)この前すでにクリスマス話を書いてしまい、次はバレンタインかと思いきやもう夏ですよ皆様!!このサイト、季節を先取りしすぎです(笑)。←ここで「先取りじゃなくて、まだ夏のまんまで遅れてるんじゃないの!?」とのツッコミは受けつけません。カナダはもう冬です!(笑)
えーと、このお話は、何番でしたっけ・・・多分34000番を踏んでしまったかもしれない私の代わりに、一番違いを申告してきてくださったたつきさんにリクエストしていただいて書いたものです。たつきさん、今ごろ申告してくださったことを後悔しまくっているのでは・・・。
なんでしょうか。なんか私、話を書く時のツボがヘンなところにあるみたいなのです。
『グーに膝枕してもらうハイネル』って、いくらでもシチュエーションを考えられる、書きやすく、かつ皆さんが楽しめる素晴らしいお題だと思うのですが、それにもかかわらずこのお話を書く時には悶え苦しみました(笑)。
ちなみにこの話、最初に書こうと思っていたものとは話の感じも展開もまったく変わってしまったんですけど、これはこれでいいかなーなどと思っています。
たつきさん、ものすごく季節外れになってしまって申し訳ないのですが、よろしければ受けとってやっていただけると幸いです。わざわざキリの一番違いで悔しいなんていう(うれしさのあまりの)作者泣かせの申告をありがとうございました!もし今回のことで呆れていませんでしたら、次はぜひピンポイントキリ番をとってやって下さいませ!