EVERYBODY WANTS TO BE LIKE YOU(BUT ME).



 突然だが、フランツ・ハイネルと言えば誰もがうらやむ美貌の持ち主である。

 白皙の肌、通った鼻筋、きっかりとした弧を描く眉。
 理知的で、それでいて艶めかしさをも感じさせる薄い唇。長身でスラリと整った肢体。
 そして何より彼を印象づけているのは、一目見れば目を奪われずにはいられない深く澄んだ緑の瞳だった。この瞳にじっと見つめられれば、どんな人間も胸騒ぎを覚えずにはいられないだろう。
 キバツな髪型と無粋なメガネに隠されてはいるが、それでもその端正な容貌を完全に消し去るまでには至っていない。
 その上彼はドイツの超巨大自動車会社の御曹司。MITの教授としてスカウトが来るほど素晴らしい頭脳の持ち主で、おまけにモータースポーツの最高峰、CFの若く才能あふれるドライバーときている。


 本人は今一つ自覚がないようだが、彼はありとあらゆる人間の羨望の的だった。






「ハイネルさん!」

 テストランを終えてS.G.Mのピットに戻ったハイネルを最初に出迎えたのは、チームクルーのクレイグ・ハワードだった。差し出されたタオルを受け取りながら『ありがとう』の言葉とともにハイネルがほほえめば、クレイグの瞳が歓喜に輝く。
 ハイネルはきっと、クジ引きで負けてタオルをハイネルに渡すことができなかった他のクルーたちが、ピット奥ですごい目をしてクレイグをにらみつけていることになど全く気づいていないに違いない。


「あの、ミネラルウォーター飲みますか?」


 クレイグを押しのけるようにしてミネラルウォーターのボトルとともに登場したのは、メカニックのトムだ。にこにこと笑っているその顔を見ていると、とても『今はいらないから』とは言えなくて(こう見えてもハイネルはけっこう優しいのである)、ハイネルはやはり礼を言ってそのボトルを受け取った。
 トムはどう見ても『うっとり』としか表現しようのないまなざしをハイネルに向けている。
 もし心の声を音にする機械がこの場にあったなら、『ハイネルさんに口付けられているあのボトルになりたい!』というトムの心中がバクロされたに違いない。



「いてっ!何すんだよ、マルコ!」


 ハイネルに見とれていたトムをムリヤリ脇に押しやるようにし、続いて現れたのはデータ取り担当のマルコだった。ご丁寧にトムの視界をさえぎり、ハイネルの目に彼が入らないような位置に立ってハイネルに話しかける。


「ハイネルさん。テストランをしてみて、マシンの調子はどうでしたか?」

「ああ、・・・やはりしっくりいかないな」

「そうですか・・・・」

 だが、ハイネルはマルコに落胆するヒマを与えなかった。すかさず言葉を続ける。 

「だが、テストランをしてみて原因に見当がついた。恐らく油圧変換システムに問題があるのだろう。コーナーを処理している時、独特の感覚でマシンがもたつくからな。その方面のデータを集中的に洗い出してみてくれ。後はブレーキディスクの消耗が予想値よりも大きいからそちらのチェックを」

「は、はい!」

 マルコはハイネルに指示を受けるや否や、オリンピックに出場できるのではないかと思われるほどの機敏さでデータルームに飛び込んで行った。
 他の年若いスタッフたちは、ただただ感心したように自分たちと同じ、下手をすれば自分たちよりも年下のドライバーの整った顔を見つめている。彼らの顔には一様に尊敬と憧れがないまぜになった表情が浮かんでいた。

「いつものことながらハイネルさんはマシンにくわしいから頼りになります」

「そうだよな。普通のレーサーじゃこうはいかないよ。どこのチームのレーサーとはいわないけど、”なんかステアリングがあのセクションでグーッてくる”だの”タイヤの減り方がガンガンきてて何かヘン”だのしか伝えてくれない人間相手じゃ、マシン調整にも一苦労だ」

「そりゃそうだ!!」

 聞く者が聞けば誰に対するあてこすりなのかすぐに分かるような物言いに、チームスタッフたちの間にどっと笑いの波が起こった。
 目下のところ、フランツ・ハイネルの一番のライバルと目されているスター・スタンピードチームのエースドライバー、ジャッキー・グーデリアンが感覚派のドライバーで、理論派の先鋒をきっているハイネルの走りとは対照的なドライビングをすることは周知の事実である。

 グーデリアンと顔を合わせるたびに、上品に整った顔には似合わない罵詈雑言を機関銃のように彼に浴びせまくるクセに、実はハイネルは他の人間がグーデリアンの悪口を言っているのを聞くとハラが立ってしまうという、甚だ勝手な思考回路の持ち主だった。
 だが、チームクルーたちはもちろんそんなことは知らない。彼らはハイネルのことをそれはもう女神か何かのように崇拝してしまっているので、彼と折り合いの悪い(と、彼らは信じている)グーデリアンのことを親のカタキとばかりに敵視しているのだ。

 表情には出さずにムッとしているハイネルをよそに、スタッフたちはひとしきりほぼ日課となっているグーデリアンの悪口で盛り上がっていた。そして、いつも締めでは『それに比べてうちのドライバーは』という結論にたどりつくのだ。
 今回も例にもれず同じセリフが出てきた。

「まったく、頭の足りないドライバーを抱えたチームは大変だよ。そこいくとうちのドライバーはマシンシステムにはくわしいし、呑み込みも早いし、生真面目で練習熱心だ。・・・オレたち、あなたのようなドライバーの元で働けることを誇りに思ってるんですよ、ハイネルさん」

「そうそう。オレ、ほんの少しでもいいからハイネルさんのようになれたらって思うんです。本当にすごい人ですよね、あなたは」

「オレも!オレもそう思います。あなたに少しでも近づけるよう、がんばりますから!」

「ありがとう」

 聞きなれた賛辞に、それでもハイネルは笑顔を浮かべて礼を述べた。
 整いすぎていて冷たい印象を与えがちな彼の容貌は、薄く口元に笑みをひらめかせるだけでかなりイメージを変える。派手な華やかさはないけれど、目を奪われずにはいられない、柔らかくて優しいその表情。
 そのかんばせはまるで冬にひっそりと咲く白い花のように、清らかに整っている。
 普段はあまり見せないそんな表情を浮かべれば、相手は天にものぼる心持ちを味わうだろう。



 フランツ・ハイネルはそんな、稀有な能力と魅力を有した人間だ。
 整った容姿、怜悧な頭脳、誰にもひけを取らない出自に、厳しく己を律することのできる精神力。
 誰もが憧れ、『こんな風になりたい』と思われずにはいられないほど全てに恵まれた青年。


 だが、ハイネルに少しでも近づき、彼のようになりたいと思っている人々は考えたことがあるのだろうか?


 ・・・ハイネル自身は、周りの人間が自分のようになることを、少しも望んでなどいないのだということを。













 その日はスポンサーの一人との会食で遅くなってしまった。
 ハイネルは急ぎ足で街中を歩き、時計を目にする。すでに深夜になろうとしていた。
 これ以上急ぐのも何だかムダなような気がしてきて歩調をゆるめ、ついでにかっちりと締めていたネクタイもわずかにゆるめる。

 スポンサーの最後の言葉は、またいつものセリフだった。


『みんながキミのように頭のいい、呑み込みの早い人間ならいいのだが』


 もちろん彼は、ハイネルに対する賛辞のつもりでその言葉を口にしたのだろう。
 だが、そのセリフを思い出すとハイネルの整った細い眉がしなやかにひそめられるのだった。
 言葉ではうまく説明できないのだが、そういう言葉を口にされるたびに自分の中で割り切れない思いがわだかまっていくようなのだ。

 だが、その思いの正体が何なのか自分ではうまくつかめなくて、そのことがさらにハイネルを苛立たせるのだった。


        『あなたは素晴らしい。だからあなたのようになりたい』


 結構なセリフではないか。それだけ自分は認められているということだ。何をイラつくことがある?

 ・・・・そんな風に自分を納得させようとしても、どうしてもスッキリとしない。

 ふと足をとめる。


 何気なく視線を横に巡らせ、高台にあるこの場所からは見事な夜景を目にすることができるのだということに、その時彼は初めて気がついた。恐らく、そんなことにも気づけないほど気が張っていたのだろう。

 ハイネルは一人、低い石の壁にもたれて眼前に広がる夜景を目にした。
 闇色の海に沈んだような夜の町。
 身を切るような寒さの夜だと言うのに、赤やオレンジ色の無数の明かりが闇を照らし出して溶け込み、まるで夢の世界のように町自体が柔らかな光を放っているように見えた。

 静かな息を一つ吐き、ハイネルはじっとその景色を見つめ続けていた。
 数え切れないほどの町明かり。その明かり一つ一つの元で誰かが誰かと生活している。夢を見たり現実に追われたり泣いたり笑ったりしながら毎日を過ごしている。
 あんなに数多くの明かり一つ一つに、いろんな人間の人生という名のドラマが詰め込まれているのだ。

 ひたひたと身に押し寄せる冷気は、まるでそんな普通の人たちの間に入っていけないハイネルの孤独感をいや増すようだった。


 ・・・そう。


         『あなたのようになりたい』


 そう言われるたびに、同時に声なく指摘されているような気がする。


        『・・・・・・あなたは、私たち他の人間とは違うから』









「ハイネル!ハイネルじゃないか!どうしたんだよ、こんな所で!」

 物思いに沈んでいたハイネルは、突然場違いなほど明るい声をかけられて驚きに背中を揺らした。
 見れば、皮のジャケットにジーンズといった、いかにもな服装に身を包んだジャッキー・グーデリアンがこちらに駆け寄ってくるではないか。

 グーデリアンはハイネルが驚いている間に、あっという間に彼の元まで辿りついていた。その顔にはハイネルと会えて心底うれしいと思っているのがありありと分かる表情が浮かんでいる。

 何だかそんな彼を見ているのが意味もなく照れくさくて、ハイネルはわざとぶっきらぼうに答えた。

「スポンサーとの会食の帰りだ。お前こそどうしたんだ?どこぞの御令嬢にでもフラれたか?」

「違うよ。ダチにばったり会っちまってさ。久しぶりだからって飲み歩いてたらこんな時間になっちまったんだ」

「お前!レーサーとしての自覚があるのか!?すぐにホテルに戻って体を休めるんだ!本選を控えたこんな大事な時期に・・・」

 途端に眉をつりあげたハイネルに、グーデリアンは肩をすくめることで返した。

「おいおい。オレはお前を女神サマみたいに崇拝しちゃってるお前んとこのチームクルーじゃないんだぜ?お前の命令なんて聞く義務はないね」

 とたん、ハイネルはムッとする。整った顔が不機嫌そうにゆがんだのに気づくと、グーデリアンはあっさり謝ってきた。
 自分のことを心配してきてくれた人間に返すセリフにしては失礼すぎたと思ったのだろう。

「ゴメン、ハイネル」

「謝るくらいなら最初からそんな失礼なこと口にするな!」

「ホントにゴメン。・・・実はさ、今日テストランの後にハイネルといっしょにコーヒーでも飲みに行こうと思ってS.G.Mのピットに行ったんだぜ?」

「え?」

 そんなのは初耳だった。スタッフの誰一人としてそんなことをハイネルに告げてはこなかったのだ。
 心底驚いた顔をしているハイネルに、グーデリアンは苦笑して後を続ける。

「そしたらもー、お前んとこのチームクルー、オレのことをまるでバイキンか何かみたいに追い返そうとするんだぜ!ひでーよな。オレ、何にもしてなかったのに!・・・・その時点ではまだ」

「それは・・・知らないこととは言え、済まなかった」

「ハイネルが謝る必要ないよ」

 グーデリアンは笑いながらそう言い、黄色い頭をガシガシとかいた。そんな仕草はハイネルには絶対に見られないものだ。服装といい言葉遣いといい仕草といい、グーデリアンとハイネルは綺麗な対称線を描いている。


「たださ、ハイネルがクルーみんなに大事にされてるから、ヤキモチ妬いただけなんだ」

 何気ないセリフだったが、ハイネルは内心ドキリとしてしまった。『ヤキモチ』の言葉に反応してしまったのだ。
 恐らくグーデリアンは、同じドライバーとしての自分の心情を口にしただけに違いない。自分がスタンピードのクルーたちに、ハイネルほど大切に扱われていないという意味で言ったのだろう。

 だが、一瞬、・・・本当に一瞬だけ、ハイネルは別の意味にとってしまったのだ。

 自分でもどうかしている、と思いながら、ハイネルは慌てて視線をそらして夜景に見入っているふりをした。
 グーデリアンもハイネルの視線にすぐ気づき、彼の横に立って石垣に体を預ける。

 

「スゴイ景色だよな。・・・・キレイだよなぁ」

 グーデリアンが弾んだ声で言う。ハイネルも静かにうなづいてもう一度夜景を目にした。

 ・・・なぜだろう。一人で見ていた時には、あの数々の光の中に入れない自分がとてもさびしく感じられていたというのに、横にグーデリアンがいるというだけで素直にその美しさを感じ取ることができる。
 グーデリアンは、そばにいるだけで周りの人間の心をほぐしてしまうような暖かい雰囲気に満ちていた。それはハイネルでさえ例外ではなく、彼は隣にいるグーデリアンには悟られないよう、細く長い息を吐いた。緊張がとけた時のような吐息だった。


「こうやって町の明かりを見下ろしてるとさ、ホントに地上にも星が散らばってるみたいに思えてくるよな」

 グーデリアンが楽しそうにそんなことを言ってくる。

「・・・でも、あそこに住んでる人たちは、オレたちみたいな、高台にいて自分たちを見下ろす人種になりたいって思ってるんだろうな。オレたちはレーサーだろ?普通の人たちにとって、レーサーっていうのはカンタンになれるもんじゃない。憧れの対象じゃないか。オレたちにとって、あそこに住んでいる人たちが灯している明かり一つ一つが星に見えるのに、向こうはオレたちを見上げていつかあんな高い場所までたどりつきたい、って思ってるんだぜ?オレたちのことを『スター』って呼んでさ。不思議なもんだと思わない?」

 ・・・・不思議なのはグーデリアンの発想の方だ、とハイネルは思ったが、言葉にはならなかった。
 グーデリアンは時折、明晰だと言われるハイネルの頭では考えもつかないような突拍子もないことを口にしてくる。だが、その言葉のひとつひとつが妙に納得させられる側面を持つのも事実だった。


 こんなことを自分に言ってくる人間を、他にハイネルは知らない。
 その考え方も、容姿も、グーデリアンには『ジャッキー・グーデリアン』という人間だけが持つ独特の存在感があった。

 そんなことをつらつらと考えながらハイネルがなんとなくグーデリアンを見つめていると、その視線に気づいたグーデリアンが笑ってこんなことを言ってきた。

「こんなにキレイな夜景を、ハイネルと一緒に見られてうれしいよ。ただでさえキレイな景色が余計に貴重でキレイなもんに思えてくるもんな」

 そんなセリフ、軽く流せばいいと思うのに、ハイネルにはそれができなかった。赤くなっているのをグーデリアンに知られたくなくて、あわてて顔をそらせる。


「お前は相変わらず口が軽いんだな。誰にでもそんなことを言うんだろう?少しは私みたいに落ちついたらどうだ?いつまでもふらふらしていないで・・・」

「オレは他のヤツらとは違うよ」

 自分のセリフを思わぬ部分でさえぎられ、ハイネルはいぶかしく思ってグーデリアンを見た。


「オレはハイネルみたいにはなりたくない。だからハイネル、そんなセリフはオレには効果ないぜ」


「え?」


「だってオレ、ハイネルみたいになりたいんじゃなくて、ハイネルをオレのものにしたいんだもん」

「なっ・・・」

 さすがに、そんなセリフは今まで言われたことがなくて、ハイネルはぎょっとして目を見開いた。
 今までもグーデリアンはハイネルにデートしてだの好きだのと、『同性の友人にかける言葉としてはちょっと変わっているのではないか?』と思えるような言葉を口にしてきてはいたのだが、ハイネルとしては『グーデリアンは軽い人間だから、冗談でそんな言葉もかけるのだろう』くらいに思ってきた。
 ・・・・そう思い込もうとしてきた。


 でも今は。・・・今のは。


 胸がざわめいてきて、頬が熱くなってくる。夜の闇のせいで赤くなっているのを悟られないように願いながら、内心でパニックに陥っていると、照れくさそうな、子供っぽい笑みを浮かべたグーデリアンが後を続けた。薄い闇に包まれているので定かではないが、その鼻先がわずかに赤く染まっているように見えるのは気のせいだろうか?


「オレ、今日お前んとこのピットに行った時にさ、お前んちのクルーに言われたんだ。『ハイネルさんはあなたのような人とは違うんだから』って」

「そんなことを・・・」

 またハイネルが謝ろうとした気配を察したのか、グーデリアンが先に謝るなよ、と笑顔混じりにクギを差してきた。
 それから、その笑顔は苦笑へと変わる。

「オレ、もう少しで叫んじゃうところだったよ。『そんなの分かってる!』ってさ。『あんたたちはハイネルのことが大好きで、ハイネルに憧れてて、ハイネルみたいになりたがってる。でもオレは違うんだ!』って。・・・・ヤキモチ妬いたんだよ、当然みたいな顔してお前のそばにいつもいて、そんなこと言ってくるヤツらにさ」

「え・・・」

「ハイネルのこと好きなヤツらが多すぎて、ときどきイライラするんだ」

 それはどういう意味なのだろう?
 ハイネルにはグーデリアンの言いたいことがわからなかった。
 彼の言いぶりではまるで、グーデリアンが自分に好意を抱いているように聞こえる。だが、彼は『オレは違う』とハッキリと口にした。

 ハイネルには、クルーたちが自分のことを好いてくれているかどうかなど全く分からなかったが、少なくともグーデリアンはそう思っているらしい。そして、ハイネルに好意をいだいてくれているクルーたちとグーデリアン自身は違う、と言っているのだ。それはクルーたちとは違って、グーデリアンはハイネルのことを好いてはいないということを意味するのではないのだろうか?

 ハイネルの論理的な頭脳では満足のいくつじつまの合う答えを導き出すことができなくて、彼は困惑したようにグーデリアンを見つめた。
 そんな彼の混乱を察したらしく、グーデリアンは石垣から体を離し、ハイネルの方にまっすぐ体を向けなおした。


「ハイネル。ハイネルの周りにいるヤツらはみんなハイネルのことが大好きだ。ハイネルに憧れてて、少しでもハイネルみたいな存在になりたがっている。・・・でもオレは違う」

「・・・それはつまり、お前は私のことなんて好きでもなんでもないということなんだろう?」

 そんなつもりはなかったのに声が少しかすれてしまって、ハイネルは歯噛みしたい思いに刈られていた。グーデリアンの言葉にショックを受けている自分がショックだったのだ。
 だが、グーデリアンは晴れやかな笑みを浮かべて後を続けた。


「違うよ。オレはハイネルのことが大好きで、ハイネルに憧れてる。でもハイネルみたいにはなりたくないんだ。みんなお前に憧れて、お前みたいになりたがってる。でもオレは違う。オレはお前みたいになりたいわけじゃない」

「?」

「オレはオレ。お前はお前。それでいいし、それがいいよ。そう思わない?」

「グーデリアン・・・・」

「だって、オレがお前を好きなのは、お前がオレとは全然違うから。お前がオレと全く同じような人間だったら、近くにいる意味がないだろ?」

 彼らを照らし出しているのは街頭の薄暗い明かりだけだったというのに、グーデリアンの青い瞳はこんな時でもクッキリと鮮やかだった。
 そして、彼の朗らかな声は陽光に満ち溢れた真夏の草原を思い起こさせる。
 ハイネルはただ言葉も忘れ、目の前の青い瞳に見入られていた。


「ハイネルはそのままでいてよ。オレとは全然違うフランツ・ハイネルっていう人間のままで。オレもオレのままでいる。お前とは全く違うジャッキー・グーデリアンっていう人間のままでさ。その上でハイネルにオレのことを好きになってもらうんだ。フランツ・ハイネルと何から何まで違う、このジャッキー・グーデリアンっていう男を。それでなきゃオレがハイネルを好きになった意味がない。だろ?」

「・・・・全く違うからこそ惹かれる・・・」

 ハイネルはつきものが落ちたような顔をしてグーデリアンを見つめていた。
 確かにグーデリアンは他の誰とも違う。今まで自分にこんなことを言ってきた人間は一人もいなかった。



 他の誰とも似ていない、そして自分と全く正反対のジャッキー・グーデリアンという人間。
 自分はグーデリアンが持っていないものをたくさん持っているし、認めたくはないけれどグーデリアンも自分に持っていないものをたくさん持っている。


 だから、だから自分はこんなにもグーデリアンに・・・・。


 今まで無意識のうちに回避しようとしていた所に考えが及びそうになって、ハイネルはハッとして頭を振った。
 頬が熱い。
 グーデリアンはオープンで誰とでも仲良くなれるタイプの人間だ。同性の友人に『好き』だと告げるのに何のためらいも抵抗も感じないに違いない。
 それなのに自分一人が妙に意識してしまっているようで、悔しいのか気恥ずかしいのか分からないような、複雑な思いがハイネルの胸に浮かんでくる。
 グーデリアンはそんな彼の胸中に気づく素振りもなく続けた。


「オレはハイネルとは全然違う人間だし、ハイネルはオレとは全然違う人間だ。だからきっとオレはこんなにお前のことが好きなんだ。だろ?」

「・・・お前は、自分の周りにいる人間全てのことが好きなんだろう?お前はそういう男だ」


 悔しさのあまりにそんな憎まれ口を叩けば、グーデリアンは意味ありげにハイネルを見つめた後、親指で眼下の街並みを指し示した。

「ハイネル。あの街並みの明かり一つ一つ、どこに誰が住んでるかわかる?あんなにキレイな景色をキライな人間はいないだろうけど、あの明かりのうちのどれか一つが特別なんてことありえるか?確かにオレはみんな好きだよ。キライな人間なんてまずいない」

「やっぱりそうじゃないか」

「ハイネルはさ、あの明かりを灯してる人たちみんなに同じように好かれたら嬉しいか?ちょうどお前んとこのチームクルーたちみたいにさ」

「・・・話をそらすな」

「そらしてないよ。オレはこう言いたいだけ。『オレにとってハイネルは特別だし、オレのハイネルに向ける”好き”も特別だ』ってさ。・・・みんなと同じじゃガマンできないんだ。ハイネル、お前は千人の人間に憧れと好意を向けられたら嬉しいか?」


「私は・・・」


 ハイネルの声は小さく、闇の大気に吸い込まれてしまいそうだったが、確実にグーデリアンの元にまで届けられた。




「・・・・私は、一万の人間に遠くから好意を寄せられるより、たった一人の人間にそばにいてもらいたい」



 言い終えると、グーデリアンはハイネルの袖口をつかんで自分の方に引き寄せた。不意の動きにあらがえず、ハイネルはたたらを踏んで彼の元に身を預けることになってしまう。

 気がつけばグーデリアンに唇を奪われていた。唇をふさがれたまま、ハイネルはキレイな瞳を見開いて突っ立っている。
 あまりにも驚きすぎて、拒むことさえ考えつかなかった。自分の体が細かく震えていることに気づけないほど彼の思考は真っ白に灼きついてしまっている。

 わずか数秒の優しい口付けをほどこした後、グーデリアンはそっと唇を離した。目を見開いたままのハイネルと視線を合わせる。
 澄み渡った空や海をそのまま切り取ってみせたような青い瞳には、からかうような色は微塵も浮かんでいなかった。
 

「誰もがハイネルに憧れて、ハイネルみたいになりたがってる。それから、みんなお前のことが好きだ。・・・オレも含めて」

「・・・・グーデリアン」

「そしてオレはこう思う。オレがお前に『好きだ』って告げる時は、他の誰とも違う思いが込められてるんだってことに、お前が気づいてくれればいいのにって」

「グーデリアン・・・・」


 『好きだよ』、という言葉とともに再び下りてきた唇は、今度は先ほどよりも長くハイネルに触れていた。
 暖かなグーデリアンの指が、柔らかなタッチでハイネルの頬やうなじに触れている。もう片方の手は彼の腰をしっかりと抱き寄せていた。

 そしてグーデリアンは、他の誰にも聞かせないささやきをハイネルの耳元に流し込む。


「ハイネルが好きだよ。お前に憧れ、お前を好きだって言ってくる、他のどんな人間よりもずっと。だからオレは、お前とは違う人間でありつづけたい。たくさんある星たちの一つになんてなりたくない。お前にオレをジャッキー・グーデリアンという名前のたった一人の人間として意識してほしいし、オレはお前をフランツ・ハイネルっていう名前のたった一人の人間として好きなんだ」


 体だけではなく、心までが震えるような感覚を味わいながら、ハイネルはグーデリアンからの口付けを受けていた。






 遠くで輝く星のようにあがめられたってうれしくなんてない。
 
 例えどんな人間にうらやましがられたって自分は自分。他の人間のようになりたいなんて思わないし、他の人間に自分のようになってほしいとも思わない。


 例えすべての人間に求愛されたとしたって、例えすべての人間に憧れられたとしたって、自分が思いを返せるのはたった一人なのだ。
 自分とは全く違う、そしてそのことに誇りを持てる人。


 ・・・でも、それはまだグーデリアンに伝えないでおこうとこっそりとハイネルは思う。

 何といっても、フランツ・ハイネルは誰もが憧れ、そうなりたいと思うような素晴らしい人間なのである。例え心の奥底ではたった一人に心をつながれてしまっていたとしても、もう少しだけ自由なふりをしていてもバチはあたらないと思うのだ。


 眼下に広がる美しい夜景を見つめながらそんなことを考えていると何だかおかしくなってきて、ハイネルは小さな笑みをもらした。

 これからも自分はフランツ・ハイネルでいつづけるし、グーデリアンはジャッキー・グーデリアンでありつづけるだろう。
 
 そんな単純で当たり前のことがとてもうれしかった。

 星明りに負けないほどまぶしく光輝きまたたいている町の明かりが、そんなハイネルにエールを送っているように見えた。





 恐らく、胡太郎さんは『夜景を楽しむグーハー』というお題を下さったからには、こう・・・しっとりしたオトナなムードのグーハーをお望みだったんだろうと思うのです。

 ・・・・。・・・・・な、なにこれ!?(ガクゼン)
 胡太郎さん、本当にすみませんでした・・・。

 そしてさらに!以前日記で書いたんですけど、このお話はSNOWの『Everybody wants to be like you』から題名をいただきました(で、そのためにCDを買ってきたと!相変わらずアホです・・・。)
 『誰もがキミみたいになりたがってる』というので最初はグーを連想したんですけど(やっぱりアメリカの星ですし!)以前胡太郎さんが『ハイネルが幸せなら』とおっしゃっていたので、ハイネルの方を軸にしてみました。最近胡太郎さんグーデリアン寄りになりつつあるようなんですけど・・・(笑)。
 しかもハイネル出張ってますけど、持ち上げられてはいるものの、別に彼幸せじゃないですよね・・・・うーん・・・。

 ところで毎回申し訳ないのですが、私はサイバーカーの仕組みが全然分かっていないので今回もデタラメです。その点もすみません・・・。いつかサイバーカーの勉強します。いつか・・・。

 胡太郎さん、キリ番ゲットとリクエスト、本当にありがとうございました!私はいつになったら謝らなくてもいいような内容のお話が書けるんでしょうか?・・・・・気が遠くなってきました・・・。
                            


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