神を忘れて、祝へ そのとき



 ハイネルはいつもよりも長い祈りを捧げていた。
 手袋を外し、剥き出しになった白くて長い指が痛々しい。

 
 今日の彼は髪をおろし、メガネもコートの内ポケットにしまわれたままである。いつもは隠されている優美で繊細な印象を与える容貌をさらしたまま、彼は一心に祈っていた。


 今日はハイネルの誕生日。そして、もうすぐ日付がうつり、クリスマスイブへと変わろうとしている。
 もちろん、祈りつづけるハイネルの背中を見守るようにして立っている、グーデリアンの姿も見うけられた。
 新しいものが建設されたため近いうちに取り壊されることが決まっている古い教会で、ハイネルは一人膝を折る。彼とグーデリアン以外は無人の教会は静まりかえり、しんと冷え込んでいた。
 いつもよりも長い祈りをさまたげることなく、グーデリアンは自分も短い祈りを捧げた後、じっとハイネルの背中を見つめていた。




「すまない、グーデリアン。待たせてしまったな。幼い頃からの習慣は、なかなか改められないらしい。・・・毎年この頃には教会にきて祈りを捧げるのが常だったから」

 長い祈りを終えると立ちあがり、裾を払いながらハイネルはグーデリアンに声をかけた。今日の彼はいつになく穏やかな、けれどどこか寂しそうにも見える表情を浮かべている。
 グーデリアンは首を左右に振ると、ほがらかな声を出した。

「いいよ。オレ、ハイネルが祈ってるとこ見るの好きだから。人が一心に何かを考えているのっていいよな。オレがカミサマだったら、一生懸命祈ったり願ったりしてる人の思いは、みんな叶えてやっちゃうね」

「ずいぶん気前のいい神だな、それは」


 ハイネルはそう答えると、外に出ていくべく扉に手をかけた。
 今日の彼はどこか変だ。妙に穏やかだし、どことなく元気がないようにも思える。
 グーデリアンはそのことに気づいていたし、実を言うとその理由にも思い当たることがあったのだが、ただいつもと同じようにハイネルに接していた。
 時折、青い瞳を心配そうに、なおかつ見守るようにすがめながら。


 彼らがハイネルの誕生日、そしてクリスマスをともに過ごすようになってから、まだそれほど長い時がたったわけではない。
 昨日、彼らはいつものようにケンカをし、話をし・・・抱き合った。仕立てのいいセーターとスラックス、裾の長いコートに包まれたハイネルの体には、グーデリアンと抱き合っていた証がハッキリと残っているはずである。
 ・・・そして、赤い跡がいくつも残る首筋には、銀のクルスが。
 
 その小さな銀の物体は、今日はやけに重く、冷たい感触を伝えてくるようだった。




 教会を出て、ハイネルは頭上を振り仰いだ。白い雪が舞っている。
 この世でもっとも汚れを知らない純粋な色をした雪が、音もなく、後から後からハイネルの髪に、肩に降り積もっていく。

 どこからかクリスマス・キャロルが風にのって運ばれてきていた。
 ハイネルは足をとめたまま、ただじっと暗い空から舞い降りる雪を見つめている。


「・・・子供の頃は、ただクリスマスのくるのが待ちどおしかった。誕生日とも近かったし、純粋に楽しみにしていられた。家族とともに過ごし、暖かい夕食をとり、プレゼントを開く・・・・。毎年ドキドキしてたな」

「今は待ち遠しくないのか?」

「・・・複雑な気分だ。特に今日は・・・」

「ハイネル・・・」

 ハイネルが何を言いたいのかを察して口を開きかけたグーデリアンを、彼は手をかざして止めた。

「自分で決めて、自分の意思で私はここにいるんだ。・・・誰かのためじゃなくて、自分のために。罪悪感がないかといったら嘘になるけれど、後悔なんてしていない」


 そう言って、ハイネルは手袋を外したままの手で首元を探った。


 小さな、けれどハイネルにとっては重い意味をもつクルス。グーデリアンも何かを信仰する人々の思いは尊重していたが、自らが何かに深い信仰を捧げているということはなかった。
 それでも、ハイネルの心の葛藤は彼にも伝わっている。

「今夜の雪は、きっと積もるだろうな・・・」

 ハイネルはつぶやき、両手をかざして雪の粒を受け止める。細かい粒は彼の手のひらに乗ると、その熱に耐えられずにみるみるうちに溶け出していく。
 『寒い』と思う間もなく、寒気にさらされていた指が温かいもので包まれた。
 グーデリアンの大きな手が、ハイネルの手を優しく包みこんでいる。その手を取り、目線の高さまで差し上げると、グーデリアンはいたずらっぽい笑みを浮かべながらこう口にした。


「さぁハイネル。今日くらいは神様のことは忘れよう」


 グーデリアンのセリフは、ハイネルにとって思いもかけないものだった。みるみるうちに緑の瞳が大きく見開かれる。
 あまりにも不謹慎な言葉に、自然ハイネルの言葉もとげとげしいものとなった。

「お前は・・・何を言うんだ。クリスマスは神の生誕を祝う日なんだぞ、神の存在を忘れたら始まらないじゃないか。私は、この日だから、だから・・・」

 なおも言い募ろうとするハイネルを、グーデリアンは止めた。唇を唇でふさぐことで。
 いつもグーデリアンがハイネルに与えるキスは情熱的かつ官能的で、ハイネルの意識のすべてをさらっていきそうになる。
 けれど、今日のキスは違った。暖かい唇が、優しくハイネルに触れてくる。

 グーデリアンの暖かさ。誰にも見せない心のうちで、ハイネルはいつもグーデリアンのことを、とても暖かい人間だと思ってきた。心も、体も。
 その暖かさゆえに誰からも求められ、愛されている男が、自分だけを求め、愛してくる喜び。そんな何ものにも代えられない尊い気持ちをも、グーデリアンという男はハイネルに与えてくれたのだ。

 優しいキスをほどこした後、まだわずかな吐息さえ感じられそうなほどの距離で、グーデリアンはささやくように口にした。


「今日だからこそだよ、ハイネル」

「何が?・・・」

 問いかけるハイネルにほほえみかけ、グーデリアンはキスを落とす。両頬に一度ずつ、目元、鼻先、そして口元に。
 メガネ越しではなく、まっすぐにこちらを見つめてくる緑の瞳がとても綺麗で、グーデリアンはそっと長いまつげに乗った雪のかけらを唇で吸い取った。

「グーデリアン・・・?」

 いくつもの小さなキスがくすぐったいのだろう、わずかにむずがるような仕草で肩をすくめたハイネルに仕上げのキスをほどこし、グーデリアンは答えを与える。


「今日だからだよ、ハイネル。今日はクリスマス。みんなが優しい気持ちになれる、特別な日だ。街中に愛があふれてる。・・・こんな日だからこそ」


 そしてまたキス。今度は耳元に、髪に、首筋に・・・。グーデリアンがキスを落としていくたびに、愛情という名の目に見えない優しい感情がカタチとなって、皮膚を通してしみこんでくるようだった。
 厚いコートごしにもグーデリアンの力強い腕と、そのぬくもりを感じられる。



「・・・こんな日だからこそ、今日くらいは神様も許してくれると思わないか。神を忘れて愛する人のことだけを考えても・・・」



 グーデリアンの言葉は、ハイネルの心だけではなく、穏やかな夜の街全体に、あまねく静かに染み渡っていくようだった。



「どんな人も、今日だけは許されると思うんだ。自分の大切な人のことだけ考えて、今日という日を祝っても・・・」



 雪が降っている。
 すべてのものを覆いつくし、真っ白に染め上げる雪が。
 こんなに細やかな雪も、やがて降り積もり、一面を真っ白に染め上げていくように、グーデリアンの言葉も少しずつ、けれど確実にハイネルの胸に浸透していく。
 思えば、初めて会った時からグーデリアンはそういう人間だった。あまり人に心を動かされることのないハイネルが、彼のことだけはどうしようもないほど気になり、翻弄された。
 今も、グーデリアンが自分に語りかけてきた言葉の数々はハイネルの心の奥底に大切にしまわれている。
 他の誰でもない、グーデリアンが口にした言葉だから、ハイネルの心に届き、いつまでも色あせないで残っているのだ。



 いつの間にか、ハイネルの口元に淡い微笑が浮かんでいた。
 雪にも邪魔されないよう相手のすぐそばに立ってその瞳を見つめながら、ハイネルはゆっくりと口にした。


「祝おう、グーデリアン、今日というこの日を」


 そして、ハイネルもキスをする。ほんの一瞬の、手のひらに乗せるとみるみるうちに溶けていく一片の雪のように存在感の希薄なキス。それでも、グーデリアンは確かに彼の唇のぬくもりを感じ取れたはずだ。

 二人はキスを送りあう。
 ありとあらゆる喜びに満ちたこの世界で、誰よりも大切な人に。

 雪が降っている。

 雪は静かに、そして優しくすべてを覆い隠していく。街も、人も、・・・・・そして、罪も。


「ハイネルの優秀すぎるアタマは、普段いろんなコトをいっぺんに考えてるだろ?マシンのこと、家族のこと、会社のこと、・・・たまには、カミサマのこと。今日くらいはすべて忘れて、オレのことだけ考えていてくれてもいいんじゃない?」

 
 その言葉に、ハイネルは苦笑を返した。『まいった』の意思表示にグーデリアンの頬に小さなキスを一つだけ落とす。

 どちらともなく腕が伸ばされ、彼らは寒さのせいで水が凍りついた噴水のかたわらで抱き合った。行き交う人々の存在など忘れさり、彼らはただお互いの腕の暖かさに酔う。
 肩に、髪に積もっていく雪さえも気にせず、彼らはキスを交わした。
 グーデリアンの指が、自然にさらされたハイネルの艶やかな髪をすき、さらに顔の角度をかえて唇を合わせる。

「ハイネル」

 キスの合間、グーデリアンは何度も彼の名を呼んだ。

「ハイネル・・・」

 答えを求めるわけではなく、ただその名を呼んだ。何度も何度も。飽きることなく。
 そのたびにハイネルは閉じていたまぶたを押し上げ、潤んだ緑の瞳でグーデリアンを見つめる。グーデリアンもその目を見つめ返すとまた目を閉じ、キスに戻っていく。
 キスはどんどん深くなっていき、抱き合うお互いの腕にも力がこもっていく。
 グーデリアンはハイネルの首筋を支え、グーデリアンのコートをつかんでいたハイネルの手が、大きな皺を作る。
 
 一度だけグーデリアンはキスしていた唇を離すと、ハイネルの鼻先に口づけた。少年のように屈託なく笑って楽しそうに言う。

「クリスマスの日はみんなハッピーにならなきゃ」

 そしてまたキス。

「今日くらいは、どんな人も辛いことはすべて忘れて、ハッピーになれればいい。・・・・もっとも、オレの場合は」

 そこで一度言葉を切ると、グーデリアンはハイネルの白い顔を、自分の両手で包みこんだ。寒さとキスのせいで赤くほてった顔をゆっくりとなで、両頬にキスを落とす。

「ハッピーになるのはカンタンだよ。ハイネルといて、キスしてればこれ以上ないくらいにハッピーになれる」

 そして顔を近づけていくと、いくぶん頬に赤みを増し、顔をうつむかせたハイネルがぶっきらぼうに口にした。

「・・・今日くらいは、お前が幸せになれる手伝いをしてやってもいい」

 
 クリスマスだからな、と続けてハイネルは視線をそらす。
 あいかわらず素直じゃないハイネルに笑い、グーデリアンはまたキスに戻っていった。言葉ではなく、グーデリアンの背中にしっかりと回されたハイネルの腕が彼の気持ちを伝えてくる。
 グーデリアンは改めて、強くハイネルの体を抱き返した。

 今日は、すべての人が幸福になれる日。神の存在を忘れ、愛する人のことだけを考えていても、今日くらいは許されるだろう。

「祝おうハイネル」

 キスの合間。グーデリアンのささやきが降りてくる。


「祝おうハイネル・・・。オレとお前が出会って、今こうしていることを。神のことを忘れて、お互いの存在だけに酔おう。今夜はずっと抱き合ってよう・・・」

 




 

 西の神も、東の神も、北の国も、南の国も。

 白い肌の人も、黄色い肌の人も、黒い肌の人も。

 どんな宗教も、政治も、思惑も。

 今日だけはすべてを忘れて共に祝おう。
 銃を捨てた腕で抱き合い、ののしりあっていた唇に同じ歌をのせ、すべての煩雑な思いを捨て、ただ穏やかな静けさの中で、同じ時を生きている奇跡に浸ろう。

 共に祝おう。

 この時を。過ぎ去っていくだけで二度とは戻れない、この大切な一瞬を。
 愛する人の手を握って。




         ・・・・Happy Christmas.







 まず最初に、たちばなさん、キリ番とって下さって(+リクエストしてくださって)ありがとうございました!

 自己申告をしておきますが、このお話には元ネタ(?)というか、ベースにしている歌があります。高橋幸宏さんの『神を忘れて、祝へよ X’mas time』という歌なんですが(ほとんどそのままパクッてますしね、題名・・・)、『神を忘れてクリスマスを祝うとはいかに!?』と題名だけを見た時点で不思議に思っていたのですが、内容を知ってとても心を打たれた思い出がある大好きな歌なのです。
 CDを日本に置いてきてしまったのが大変悔やまれるうちの1枚です(笑)。

 急いで書いてしまったのでヘンになってしまっているかもしれないですけど、私としては大好きな言葉をグーに言わせることができてとてもうれしかったです。 たちばなさんにも少しでも気に入っていただけるとうれしいです。
 しかし・・・宣言通り、ヘンテコなクリスマス話になってしまいました。ふつー、クリスマスって言ったらイチャイチャですよね!なぜにこんな暗いムードになってしまうか私のクリスマス話・・・。需要をムシしてすみません(笑)。
 『私に時事ネタは合わない!』というコトが、私自身も皆さんも、今回のことで身にしみて理解できたかと思います(笑)。
 関係ないんですけど、雪の出るお話を書いてたら、次の日にホントに雪が降ったのでビックリしました(UPは1日遅れてしまいましたが)。

 たちばなさん、リクエストしてくださってどうもありがとうございました!どうかステキなクリスマス、そして新しい年を迎えてくださいね!


                        

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