ホリディ


 ホリデー。なんと心踊る言葉だろう。

 ハワイ。タヒチ。ギリシャにローマ。
 世界中のあらゆる場所が、『おいでおいで』と手招きしているようだ。

 ナイアガラ。ルーブル美術館。ピラミッドに金閣寺!

 ああ、世界はなんと魅力に満ち、人を引きつけることだろう。
 世界は広く、人生は短い。少しでも時間に余裕ができたなら、旅に出るべきだ。ぜひ。
 人生これ旅。月日は白代のかかくにして行きかう人もまた旅人なり。一寸の光陰軽んずべからず。人の世もこれに同じ(意味不明)。

 さんさんと日が差しこむリビングルームのローソファに寝転がりながら、グーデリアンは幸せの絶頂で調子はずれの鼻歌を歌っていた。曲名はかのスタンダードナンバー『VACATION』。すこぶるわかりやすい男である。

『V.A.C.A.TIONー♪In the summer sun♪Oh,Yeah!』
「夏休みの計画をたててる小学生じゃあるまいし、よくそこまではしゃげるな」
 テーブルをはさんだ向かい側のソファに腰をおろしたハイネルが、呆れたような口調で言う。
 だが、グーデリアンはまったく気分を害した様子がなかった。なにしろ、今日の彼は機嫌がいいのである。
「だってさー。一週間のオフだぜ、一週間のオフ!!これが喜ばずにいられますかってんだ。ずーーっとテストテストで大変だったから、こんなときにはパーッと発散しないとな」
「お前の場合、普段からなんだかんだと発散しているだろう。ストレスなんてたまっているわけがない」
「ハイネルみたいなワーカホリックには、オレのナイーブな心情はわかんないよ」
 どの口で言うか、というようなセリフだが、ハイネルは鼻で笑ってそれに答えた。
「いつから『ナイーブ』の言葉の意味が『無神経』にかわったんだ」
 これ以上会話がこの調子で進んでいったら険悪な雰囲気になってしまっていただろうが、さすがに二人きりのときには、あまりそういうことにはならなくなっている。なにしろ、同じチームにいてさえも二人きりでいられる時間は貴重なものなのだ。ケンカで浪費してしまってはもったいない。
 この時も絶妙のタイミングでグーデリアンが折れた。
「はいはい、もう分かったからさ!さっさとどこに行くか決めようぜ。宿の予約とか、やらなきゃいけないことはいっぱいあるんだからさ!」
 たしかに。オフはもう間近にせまっている。観光シーズンではないので、それほど苦労はしないだろうが、早めに押さえておくにこしたことはない。ハイネルもついつい大人げない言動をとってしまったことを恥ずかしく思ったのか(いつものことなのだが)、コホンとわざとらしい咳払いを一つしてから、テーブルの上に並べておいた旅行用パンフを手にとった。
 ちなみに、彼が選んだのは美しい寺院の数々を見ることができるトルコ、東洋の雰囲気を味わうことができ、尚且つ胡弓博物館があることで有名な台湾、さらに広大な敷地と莫大な展示物を誇るスミソニアン博物館があるアメリカである。
 すかさず、グーデリアンからブーイングがとんだ。
「トルコや台湾ならともかく、なんでアメリカなんだよ!わざわざ自分が生まれ育った国に行かなくたっていいよ」
「お前のことだから、どうせスミソニアン博物館になど足を運んだこともないだろう?」
「運びたくないもんねーだ!それよりさ、海に行こうぜ、海!プライベートビーチ!誰もいない海で生まれたままの姿になって抱き合うんだ!うーん、ロマンティックだよなぁ」
 ハイネルはわざと聞こえないフリをした。トルコのパンフレットをめくりつつ、『この銀細工の精緻な美しさは素晴らしい』などとわざとらしく独り言を言っている。
「じゃあさ、同じアメリカでもユニバーサル・スタジオなんてどう?いろんなアクション活劇が見られるし、すっごく楽しいんだぜ。乗り物も楽しくて、『ジュラシック・パーク』なんて、乗ったら全身水びたし!ぜったい楽しいからさ」
「うーん・・・それよりも、パリはどうだ?ルーブル美術館は何度足を運んでも飽きないからな」
「パリ!?フランスならディズニーランドかなぁ」
「じゃあ、インドはどうだ?亡き王妃を偲んで建てられたタージ・マハルの美しさを、もう一度目にしたい」
「なんでわざわざ墓(?)なんて見に行かなきゃならないんだよ」

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」


 グーデリアンとハイネルはもともと趣味嗜好がまったく違うので、話がことごとく食い違う。話せば話すほど旅の目的地を決められなくなってしまいそうだった。
「グーデリアン、お前はいつも強引じゃないか。たまには私の行きたいところでいいだろう!」
「ハッキリ言って、ハイネルの行きたいところは、オレの行きたくないところなんだよ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
 
 しばらくの間彼らはお互いの顔を見合っていたが、それで何がわかるわけでもない。
 長い沈黙の後、小さく息を吐いたハイネルが言った。
「じゃあ、こうしよう、グーデリアン。お前が行きたい国を決めていい。その代わり、日中は別行動だ。それぞれに行きたいところに行って、ホテルに戻ってからお互いの一日を報告しあう。どうだ?これならケンカしないで済むし、いっしょにもいられる」
 ハイネルとしては、これでもお互いの希望に添えるようにと考えたつもりだった。普段なら頭に血がのぼって『勝手にしろ!私も勝手にするから!』くらいは口にしていてもおかしくないシチュエーションだ。だが、ハイネルはそうしなかった。それはつまり、ハイネルもグーデリアンと出かけたいと心から願っているということだ。
 言葉にはしなかったが、ハイネルは内心で、そのことをグーデリアンが分かってくれればいいのに、と思っていた。

 だが、ハイネルがそう口にしたとたん、グーデリアンの眉が下がり、みるみるうちに悲しげな顔になった。
「オレはいやだ。どうして一緒にいられる時間があるのに、わざわざ離れてなきゃいけないんだ?」
「・・・・・グーデリアン」
 『でも、』とハイネルは言葉を続けようとした。ハイネルだって、グーデリアンと離れていたくて言ったわけではない。ケンカするくらいなら別行動をした方がマシだろうと思ったまでだ。
 だが、グーデリアンはハイネルに『でも』を言わせなかった。
「ケンカすることを心配するより、ハイネルといられなくなることの方を心配するぜ、オレは。好きな場所に旅行に行けるから楽しいんじゃないんだよ。好きなハイネルと旅行に行けるからこんなに楽しいんだ」
 
 ・・・ぜったいに口に出したりはしないが、こういう時、ハイネルは自分自身に舌打ちをしたくなる。こういうことを言われると、全てグーデリアンの願う通りにしてやりたくなってしまうからだ。
 グーデリアンはいつも、子供のように澄んだ青い目をして、まっすぐな言葉を放ってくる。そうしてハイネルの心をつかみ、抗えなくしてしまうのだ。

 ・・・・・ずるい男だ。

 こっそりとハイネルが内心でそんなことを思っていると、さらにグーデリアンが殺し文句を口にした。

「・・・・オレ、ハイネルといっしょにいられるなら、どこにも行けなくてもいいよ」
「・・・・・お前はまた、そんな調子のいいことを言う」
 少し赤くなったハイネルが、どこか困ったように言う。赤く染まった鼻の先がかわいくて、グーデリアンはそこにキスをした。

「じゃハイネル、改めて。どこに行きたい?」
「・・・・どこでもいい。・・・・・・お前と一緒なら」

 またグーデリアンのキスが落ちてきた。
 歌うような口調で世界各地の国や名所を数えあげる。


 ハワイ。タヒチ。ギリシャにローマ。
 ナイアガラ。ルーブル美術館。ピラミッドに金閣寺。
 グランドキャニオン、スミソニアン博物館、ブルーモスク・・・・・。

 世界は魅力に満ち、人生は短い。
 人生これ旅なりとうたった詩人もいるし、旅こそ人生だと言った小説家もいる。
 新しい場所に出かけ、いろんな人々と出会うのはすばらしい。
 観光旅行?旅の基本だ。
 静養するため?それもいい。
 新たな自分を発見したい?大いに結構。
 旅はすばらしい。人それぞれに旅の目的はあるだろうし、目的なんてなくたっていいだろう。海外に行くだけが旅じゃないし、いつもの道をはずれ、ちょっと遠回りしてみるのだって立派な旅だ。
 人間、新たな場所を求めて旅することは、必要な行為なのだ。
 
・・・それでも。
 ・・・・・・それでも。たった一人の人といっしょにいること以上には重大じゃない。

「どこに旅行するんでもいいけど、隣にハイネルがいなくちゃイヤなんだ。オレには意味がない」
「・・・どこに行ってもすぐにケンカするのに?」
 そうそう、とグーデリアンはあいづちを打って楽しそうに笑う。
「それも旅の醍醐味だろ!こう旅に出てるとさ、新鮮な気持ちでケンカできるじゃないか!」
「よく言うな。お前がそんなにケンカ好きとは知らなかったぞ」
 照れているハイネルがとてもかわいい。
「オレが好きなのは、ケンカじゃなくてハイネルだよ!」
 そう言って、グーデリアンは笑いながらハイネルにキスをした。鳥がついばむような、軽くて優しいキスを何度も送る。ハイネルはくすぐったがったが、その行為をやめさせようとはしなかった。
 グーデリアンはそのままハイネルが座っている方のソファに向かって大きな手を広げ、ハイネルを抱きしめにかかる。二人が抱き合う拍子に、ハイネルが広げていた旅行先のパンフがバラバラと床に落ちた。トルコ、台湾、アメリカにハワイ・・・。色とりどりの写真で飾られたパンフレットの表紙が手招いているというのに、二人は目もくれないでしっかりと抱き合い、キスをかわしている。
 

 さぁ、旅に出よう。

 目的地はどこでもいい。目的は何でもいい。
 ただ。

 ・・・・・・・・どこにいても、ぜったいに一緒にいたい人がいるだけ。






 キリ番の1500番をとって下さったみゆみゆさん、ありがとうございました!どうかこの話を受けとってください。出来はともかく、私はこの話を打っていて、心底旅行に行きたくなりました(笑)。いいなー、もうハワイでもインドでもタイでもユーゴスラビアでもどこでもいいから旅行に行きたいよーっ!ってなモンです。
 私としては、少しでもこれを読んでくださった皆さんやみゆみゆさんが『私も旅行に行きたいなぁ』と思って下さったらな、と願っています。
 あと、多分こんな細かいところを気になさる方はいないと思うんですけど、作中にハイネルがイヤミで『いつからナイーブが無神経の意味になったんだ』と言ってるところがありますよね?実は英語の「ナイーブ」は使いようによっては実際に「無神経」の意味にもなるらしいです。(よく知らないけど)。ま、ここでは日本語的な意味で使っていると思ってください。知的なハイネルサマにまちがったことを言わせるわけにもいかないので、一応お断り。アホな私が気づいてないだけで、今までに山ほどまちがったことをハイネルに言わせているような気がしないでもないですけど(笑)。

 「どうでしたか?」とお聞きするのもコワイような出来のお話ですけど、広い心で受けとってくださるとうれしいです。みゆみゆさん、キリ番をとってくださって本当にありがとうございました。よろしければ、またお願いしますね!

   


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