君を呼ぶ瞳
青白い光に満ちた部屋。細くあけられた窓のすきまから入りこむ風が、薄いカーテンを生き物のようにはためかせている。
意志あるもののように白い布がふわり、ふわりと舞う。揺れ、はねあがり、かと思うと息絶えたかのようにはたりと動きを止める。その動きは、見るものを幻惑の縁へとひきずりこんでいくようだ。
カーテンの向こうに広がる世界には、いったい何があるのだろう?その布をとりはらい、奥にある世界をのぞきこんだなら。
・・・二度とこちらの世界には戻ってこれないのかもしれない。
ハイネルはあいかわらず、ぷりぷりと怒りながらファクトリーの廊下を歩いていた。その後を数人のスタッフたちがうなだれながらついていく。
「大体、ユーレーだの何だの、非科学的なんだ!君たちはそれでも最先端のテクノロジーを結集して造り出されたCFマシンにたずさわっている者たちなのか!」
「す、すみません、ハイネルさん・・・」
ハイネルが怒るのもムリはなかった。
ただでさえマシン調整が佳境に入ってきていそがしい時だというのに、どこかスタッフたちが上の空なのだ。不審に思ったハイネルが問いただしてみると、スタッフたちの仮眠室の一室に、ユーレイが出るというウワサがたっていると言う。
とたん、ハイネルはいつもの3割増し髪を逆立てて怒りだした。その怒りの内容というのがまたスサマジイ。
『よりによって、こんな忙しい時に大事なスタッフたちの気を散らすようなコトをするなんて、信じられん!礼儀や思いやりといったものはないのか!』
世界広しと言えども、ユーレイに礼節や心配りをもとめるのはハイネルくらいだろう。だが、スタッフたちはほぼ全員が『ハイネルらぶらぶ(はーと)』状態なので、もちろんハイネルにツッコミをいれることもなく、クジ引きの結果選ばれた数人がこうしてハイネルのお供についてきている、というワケなのだった。
ハイネルはだかだかと廊下を突っ切り、目的の部屋の前へとたどりついた。ノブに手をかける。
「私が徹底的に調査して、原因を科学的につきとめてやる!」
意気込みもすさまじく、ハイネルは大きな音をたてて扉をあけはなった。
その美しい緑の瞳が驚愕に見開かれる。
部屋は不思議に青白い光に満ちていた。
カーテンがひるがえる。ひらり、ひらり。
その、表面に。
大きな、どこか獣じみた顔つきの男の顔が大きく映し出され、カーテンといっしょにゆらゆらと揺れていた。部屋と同じ、生気の感じられないその青白い顔。
男は黒々とした髪と、瞳をしていた。その目がハイネルをとらえ、ハイネルの緑の目とからむ。
その瞬間、男がハイネルにニヤリと笑いかけた。・・・・・気がした。
「ハ、ハイネルさんっっ!?」
「ハイネルさんっっ!!」
・・・・ハイネルは見事にひっくり返り、後ろにいたスタッフたちに床に激突する寸前のところで受けとめられたのだった。
「ハイネルが倒れたんだって!?」
スタッフの知らせを受け、グーデリアンは文字通り飛ぶような速さで駆けつけた。トレーニング中だったため、まだ髪の先から汗の滴をしたたらせている。
見ると、ハイネルは完全にのびてしまっている。もともと白い顔が今は紙のようだった。まぶたを伏せているせいで長いまつげが見てとれ、こんな時だというのにとてもキレイだ。
「とりあえず、また過労で倒れたってワケじゃないんだな?」
脈と呼吸を確かめた後、安堵のため息をついてグーデリアンは言った。
「はい。ビックリなさっただけだと思うので、しばらく休めば大丈夫だと思います。後は僕たちでハイネルさんを医務室に運んでいきますので、グーデリアンさんは安心してトレーニングに戻って・・・」
まだ年若く、経験も浅いスタッフが言い終わらないうちに、グーデリアンはハイネルを抱きあげていた。目を丸くしているスタッフに、ウインクを一つ投げてよこす。
「覚えときな、新入り。ハイネルを抱きかかえていいのは、このオレだけなんだよ」
「ハイネル、ハイネル。大丈夫か?」
長いまつげが何度か細かく震え、やがて夢のように美しい緑の瞳が姿をあらわした。意識がもどったとたんガバリと起き上がり、ベッドのはじで丸まってしまう。
そのしぐさはまるきり子供のようで、グーデリアンは目を丸くして彼を見つめた。
ハイネルは自分の膝をかかえながら、グーデリアンの背後をうかがうように目をこらしている。
「・・・・・・・・あいつは!?」
「あいつ?」
「見たんだ!半分動物みたいな顔をした男が、私の方を見て笑ったんだ!あの、あの笑い方は尋常じゃなかった!もしや、もしや、私の命を奪ってシュティール(の時代というコトにしといてください)の秘密をさぐるつもりか?」
「いやお前、こわがるにしてもポイントずれてるだろ、それ・・・」
もちろん、ハイネルはグーデリアンの言葉など聞かずに(多少人とはズレた)恐怖におびえている。グーデリアンは彼が落ち着くまで、ずっとそばにいてあげたのだった。偉大な愛のなせるワザだ。
その時は少しハイネルが過労気味だというコトで、ゆっくり休息をとることを対応策とした。疲れのせいで幻覚を見たのかもしれない、というマコトに常識的なところで結論が落ち着いたのである。2,3日もするとハイネルも元の元気を取り戻し、ユーレイ騒ぎなどなかったかのように精力的に仕事をこなし始めていた。
だが、もちろん話はそれだけでは終わらなかった。
すっかりくだんのユーレイ騒ぎのことなど忘れ去っていたハイネルが、たまたま資料を取りに仮眠室に行った時・・・出たのだ、また。
ハイネルはまたもや卒倒あそばしになったが、幸運にもすぐにスタッフに発見され(ちなみに、そのスタッフはグーデリアンに言われた言葉を律儀に実行し、わざわざグーデリアンを呼びに行った)大事にはいたらなかった。
そんなコトが何回か繰り返され(さすがに三回目からはハイネルも慣れ、卒倒はしなくなったが)、もともと薄かったハイネルの肩が、ますます薄く感じられるようになった頃だった。
「もう私はガマンできない!」
「ハイネル?」
ハイネルがキーボードを打つ手を止めたかと思うと、いきなり立ちあがって叫んだ。自分はまったく用事などないのに、『ハイネルがいるから♪』という理由だけで部屋に入り浸り、ヒマそうにしていたグーデリアンが不思議に思って顔をあげる。
見ると、ハイネルは何かを決意したかのように、固くこぶしを握っていた。そのままグーデリアンには目もくれずに部屋を出ていこうとする。当然、あわててグーデリアンも後を追ったのだった。
「絶対に、何かトリックがあるはずなんだ!あんな・・・非科学的なことが起きるわけがない」
ハイネルは例の部屋で、物色を始めていた。まずは一番アヤシイ窓枠から。窓の外をのぞいたり、丹念に様子を調べていくが、変わった様子は見受けられない。
スタッフたちが仮眠に使う部屋なので、調度品もそれほどないし、特に凝った作りの部屋だというわけでもなかった。
「あの・・・あのユーレイは、絶対に私からシュティールの秘密を盗みだすつもりに違いない!そうはさせるか!」
『それは絶対ちがうだろう』とグーデリアンは思ったが、口には出さなかった。彼もオトナになったものである。ハイネルが一生懸命部屋の中をなにやら物色している間、ヒマつぶしにとグーデリアンはスタッフの誰かがベッドの枕元に置いていったらしい本を手にとった。キレイな彩色のほどこされた絵本だ。
『君を呼ぶ瞳』と題名が記されている。何気なくグーデリアンはページを繰っていく。ずいぶん上質な、むしろ成人に向けた絵本のようだった。中世を舞台にした精緻なイラストが目を楽しませてくれる。
読み進めていくにつれ、グーデリアンの青い瞳が不審にすがめられた。
絵本の主人公は、黒髪に黒い瞳の騎士である。勇猛果敢なその騎士はさまざまな功績をあげ、やがてその国の王女を娶ることとなった。騎士が一目見て恋に落ちた、美しく理知的な王女である。
だが、婚姻の儀式が執り行われる前日、新たな戦さが起こった。黒い騎士はその戦いに駆り出され、まさに黒い疾風となって戦場を駆け抜けた。この戦ささえ、この戦いさえ終われば、もう剣を取らずにすむ。美しい王女とともに、安らかな日々を重ねていくだけだ。
恋人の身を案じて駆けつけた王女に向かい、敵の返り血にまみれた騎士は馬上から手を差し伸べ、王女を呼ぶ。
”come・・・”
そこまで読み進み、グーデリアンは一枚の絵に見入られた。そこには美しく、身なりのよい女性が描かれている。
・・・・挿絵の中の王女は、美しい緑の瞳でじっとグーデリアンの瞳をのぞきこんできた。
「あ・・・」
その時、かすかにハイネルが声をもらした。ほとんど無意識のうちに漏れでてしまったらしい、ほんのわずかな声だ。グーデリアンは本を置き、静かに立ちあがった。青い瞳にわずかな緊張が見てとれる。
彼は自分の横に立つハイネルを見た。ハイネルの瞳が大きく見開かれている。薄青い光を受けて不思議な色に染まった緑の瞳を見つめた後、グーデリアンはゆっくりと前を見た。
・・・・声を出さないでいられたのは奇跡だ。
白いカーテンが大きく舞い、そこに男の顔が映し出されている。たしかにハイネルが言っていた通り、彼は獣じみた顔をしていた。だが、それゆえにかえって高貴な雰囲気さえ漂わせている。
野をかける野生の獣のような、緊張感に満ち、誇りの高さをうかがわせる顔つきだ。
黒々とした瞳がハイネルを、ハイネルだけを見つめていた。
カーテンが激しく舞いはじめる。まるでハイネルに向かってその手を伸ばそうとしているかのように。
ハイネルは硬直してしまい、動けないでいるようだ。獲物をとらえようと、カーテンがひるがえる。男の顔の映像はだんだん大きくなっていき、上半身、下半身とみるみるうちに像を結んでいった。彼は中世の騎士が身につけるような、磨きこまれた甲冑を身につけていたが、奇妙なことに、その甲冑の胸の部分には暗く深い穴がポッカリとのぞいているのだった。
「あ、・・・」
ただでさえ白いハイネルの顔が、真っ青になっている。恐怖にかられているのに男から視線をそらすことができず、緑の瞳をこらして男の黒い目に見入られていた。
「ハイネル!」
グーデリアンがハイネルに声をかけると、彼はハッとしたようにこちらを振り仰いだ。グーデリアンの存在に今気づいたような顔をして、いきなり胸に飛び込んでくる。
しっかりとその体を受けとめて、グーデリアンは再び男を見た。
今度は男もグーデリアンを見返す。グーデリアンは自分で自分が不思議だった。本当ならばもっと恐ろしい思いをしていてもいいはずだが、ちっともそんな気分がわきあがってはこないのだ。
それよりも、得体の知れないその男に、不思議な共感さえおぼえている。同じ志を持つ戦友を前にしたような、懐かしい友人に再会したような・・・何か、心の深い部分で黒い騎士と通じるものを感じとっているのだ。
一体、何が?何が自分との共通点なのだろう。
グーデリアンはさまざまに考えをはりめぐらす。その間も、いよいよ風は強くなり、カーテンが激しくはためいていた。
ぎゅっと、グーデリアンに抱きつくハイネルの腕が強くなる。こんな時だというのに、思わずグーデリアンの口元が緩んでしまった。
「オレって、実はけっこうおいしいシチュエーションに置かれてる!?」
「何か言ったか?」
「いや別に。何にも!」
グーデリアンは答え、ハイネルを抱いた手に力をこめた。
騎士の手がゆっくりとあがった。ハイネルの体が痙攣したようにビクリと震える。緑の瞳はもはや見入られたように騎士の黒い瞳からそらされなかった。
騎士の唇が開き、声にならない言葉をつづる。
”come with me”
その言葉を合図としたように、いきなりハイネルの全身から力が抜けた。あわててグーデリアンは腕の中の彼の体を支える。彼は完全に意識を失っていた。
”come … to me.”
グーデリアンはハイネルの体を大切に抱きかかえながら、憑かれたように男を見た。男の黒い瞳に浮かんでいるのは憎悪ではない。狂気でもない。
騎士の目に宿っているのは、深い悲しみと、・・・・愛情だった。愛する相手を真摯に求めつづける目だった。
・・・・・グーデリアンがハイネルに向けるのと同じ瞳だ。彼と騎士の共通点はそこにあったのだ。
グーデリアンは左手でハイネルの体を抱えたまま、右手を伸ばして置きっぱなしになっていた絵本を引き寄せた。
騎士に視線を注いだままページをめくる。
次のページには、愛しい王女に手を伸ばしたまま、後ろから剣で刺し貫かれた騎士の姿が描かれていた。手負いの敵の兵士が放った、最後の一撃だ。、緑の瞳をした美しい王女が、驚愕に目を見開いている。
グーデリアンはその図を目にするといたましげに眉をひそめたが、毅然とした態度で男に向き合った。
「ハイネルはあんたの王女じゃない」
グーデリアンの声は、静かで優しかった。その青い瞳には、騎士にたいする尽きぬ労わりと共感、そして、それでも尚譲れぬものを持つ、強い光がたたえられていた。
「ハイネルはあんたの王女じゃない。ハイネルは・・・フランツ・ハイネルは、オレのモノなんだよ」
グーデリアンは騎士の目の前で、意識のないハイネルに口づけをした。無意識のうちにハイネルが相手のぬくもりを求め、腕をまわしてくる。
青く、白く、不思議な光に満たされた空間で、グーデリアンは優しい口づけをハイネルにほどこし、そっと唇を離した。そして、まっすぐに騎士を見詰める。
「あんたの王女は、きっとどこかで今もあんたを待ってる。早く探しに行ってやれよ。緑の瞳の美人っていうのは、けっこう寂しがり屋だって相場が決まってるんだぜ?」
オレも経験済みさ、と笑みを交えて言うと、騎士の表情が一瞬優しく和んだ・・・かのように見えた。そして再びカーテンがひるがえったかと思うと、後にはどんな痕跡も残ってはいないのだった。
ハイネルはその日のことをまったく覚えてはいなかったし、グーデリアンもとりたててそのことを話題に出そうとはしなかった。あいかわらずレース関連の仕事に追い立てられて忙しい日々が続いていたし、何となく、グーデリアンにとって、あの騎士のことは誰に告げることもなく自分の胸のうちにそっとしまっておきたいことだったからである。
あの、優しく、気高く、誇り高い騎士は、あれから一体どうしたのだろう?
同じグリーン・アイズに見入られた者同士として、何かグーデリアンと騎士の間には通じるものがあったのかもしれない。
グーデリアンが何となく、そんな少しものさびしいような、切ないような気分で物思いに耽っていると、不意にハイネルが彼の目の前に何かを差し出した。
「?」
「お前宛てだ」
不思議に思って手にとって見れば、差出人がリサとなっている。今彼女はドイツの実家にいるので、わざわざポストカードを送ってくれたようだ。簡単な時節のあいさつに始まり、グーデリアンの体調を気遣い、レースでのよい結果を望む旨が、簡潔かつ心温まる文体でしたためられている。リサの暖かい心遣いをうれしく思いながら、彼は何気なくカードを裏返した。
とたん、彼の指が止まる。
「どうした?グーデリアン」
「こ、これ・・・このカードの絵柄・・・」
「ああ、それか」
ハイネルは何でもないことのように言うと、ヒョイとそのカードを取り上げ、図柄に見入った。そこには、肖像画風のタッチで、緑の瞳をした美しい女性と、黒髪に黒い瞳の男性が描かれている。とても穏やかで幸せそうな二人は、カードの向こうからこちらを優しく見つめてくるのだった。
「何でも、ずっと昔のうちの先祖らしい。肖像画が実家にあるんだが、母が気に入ってその肖像画をモチーフに、カードを作らせたんだ。その男性の方は戦さでひどい傷を胸に負って生死の境をさまよったのだが、女性の・・・どこぞの王女だったらしいが・・・献身的な介護で一命をとりとめたんだとか。あまりにも眉唾で私などはまったく信じていないのだが、さすがにリサはロマンティックな話が好きらしいな。好んでその図柄のカードをよく使っている」
「そっか・・・・そうなんだ・・・」
感極まったような声を出したグーデリアンに、ハイネルは思いきり不審げな視線を投げた。
「いきなりどうしたんだ?グーデリアン」
グーデリアンはその言葉にはこたえず、ハイネルの耳元に小さなキスを一つ落とした。
それから、ハイネルのキレイな緑の瞳をまっすぐにとらえ、言う。
「オレも、例え死にそうな目にあっても、絶対ハイネルのところまで帰るから!ユーレイになったって、絶対ハイネルを探し出してみせるからな!」
「グーデリアン?」
ハイネルは合点がいかないとばかりに首をかしげたが、グーデリアンにはそんなコトはどうでもよかった。抗議の声にも耳をかさず、ハイネルの体を抱きあげる。
あの日以来、絵本はなくなっていた。スタッフに聞いても、誰一人絵本など持ちこんではいないと言う。
それでも、グーデリアンは忘れないだろう。黒い髪と黒い目をした誇り高き騎士と、緑の瞳をした美しい王女の物語を。
な、長い・・・・。だんだんお話が長くなる傾向にあって頭を抱えている里見です。もっと短くピリッとした短編は書けないものなんでしょうか・・・。読んでくださった方、本当にお疲れさまでした!
気を取り直しまして。このお話は3232番をとって下さったるみ子さんに捧げますので、受け取ってやって下さい。ええ、例えイヤでも!(笑)
『スリーピーホロウ』を大分パクッたんですけど(笑)あんなに見事な倒れっぷりは再現できてないかもしれません。い、一応がんばってハイネルに卒倒してもらったつもりなのですが。
何というか、当初考えていたオチとまったく違うものになってしまって『一体何なの!?』という感じです。コワイお話じゃなくて、ちょっと不思議な雰囲気のあるお話を書きたかったのですが、中途ハンパなコメディみたいになってるし・・・。せっかくリクエストしていただいたのに、長いだけであんまり面白くないお話になってしまって、すみませんでした!あの・・・こんなんでも、カウントさせていただいてもよろしいでしょうか?ひそかに私、るみ子さんに逆キリ番リクエストをさせていただく日を楽しみにしているんです(笑)。
改めまして、キリ番ゲットとリクエスト、ありがとうございました!