ヒート・オブ・ザ・サマー
二人はうだっていた。うだりきっていた。
暑い。とにかく暑い。問答無用に暑い。
ハイネルはちらりと部屋のすみにあるコンパネを見やった。デジタル数字が摂氏にして32度をさしている。湿度も高く、不快指数は実に80%を超えていた。
見ているだけで暑くなりそうなので、ハイネルはさっさと視線をそこからひきはがす。そして、同じ部屋の中にいるグーデリアンの方をそっとうかがった。
グーデリアンは、フローリングの床に寝転んでクッションを下にひき、キレイなお姉ちゃんの載っている雑誌をぱらぱらとめくっている。平気そうなふりをしてはいるが、あきらかに集中していない。やはり、グーデリアンも暑いのである。
ハイネルは内心でホッとし、けれどホッとしたことをグーデリアンに気づかれないよう、すました顔をして自分もF1雑誌のページをめくった。
そもそも、なんでこんなコトになってしまったのかと言うと、いきなり部屋のエアコンが壊れてしまったのがいけなかったのだ。
ピットではいかにも暑そうな監督スーツを身につけつつも、涼しげな顔をしているフランツ・ハイネルだが、なにしろ生まれはドイツ。涼やかな森の国育ちである。精神が肉体を凌駕してしまうタイプなので(そのため、しばしば肉体の方が先に悲鳴をあげてしまい、過労で倒れてしまったりもするのだが)、レース中はそれほど暑さを感じないで済んでいるのだが、もともと暑さには強くないのである。もっとハッキリ言えば、弱い。
今滞在しているのはイタリア。イタリアの夏は、気温こそ上がるものの湿気が少ないので過ごしやすいはずなのに、夏には滅多に降らないはずの雨が明け方盛大に降ったせいで、異常なほど蒸し暑くなっている。
その蒸し暑い夏の朝、この家のエアコンがご臨終になった。しかも!セントラル・ヒーティングならぬ、セントラル・クーリングシステムを導入しているこの家では、大元のクーラーが壊れてしまえば、どの部屋に行ってもエアコンは使えないのである。暑い暑い暑い!のオンパレードだ。
短い夏の休暇の仮宿として、この家を借りたのはグーデリアンの方だった。当然、ハイネルのイヤミ攻撃が始まるわけである。
「どうせお前は、安いとか近くにキレイな女性が住んでるとか、とにかくそんなくだらない理由でこの家を選んだんだろう!だからエアコンが壊れるなんて事態に陥ってしまったんだ!!」
「なんだよ。オレはただハイネルは静かな方がいいだろうと思ったから、落ちついた感じの家を選んだだけだってのに。ハイネルだって、着いたときには喜んでたじゃないか!」
「設備に不備があるなんて思ってなかったんだ!」
「オレのせいじゃないだろー。オレが壊したわけじゃなし」
とまぁ、いつものごとく、めくるめく口ゲンカが繰り広げられたわけだ。ところが、話していると余計に暑い。とくに、ハイネルは頭に血がのぼりやすいため(グーと話しているときのみ)、体中がカーッとほてってきてしまうのだった。
「もうこんなに暑いのは耐えられない!私はどこか涼しいところに出かけてくる!」
ハイネルは素直に自分の思いを口にした。
すると、生来のいたずらっぽい気質が顔をのぞかせたのか、そのセリフに(やめておけばいいのに)グーデリアンが敏感に反応した。さっそくからかいの言葉を投げかける。
「あれ?ハイネル、いつも『東洋の思想では、”心頭滅却すれば火もまた涼し”と言って、精神さえしっかりしていれば、夏の暑さや冬の寒さなどどうというコトはない!』って言ってるじゃないか。アレはウソだったわけ?」
もちろん、それはあくまでもピットでの話だ。なにしろ、夏のGPになると、マシンの中は高温サウナ状態になる。グーデリアンは夏にマシンテストをやるたびに、暑い暑いとわめきたて、やれアイスを買ってこいだの、プールで泳ぎたいだの騒ぎたてるので、長袖の監督スーツをピシリと着こなしたハイネルがいつもそんなことを言って、自チームのドライバーを戒めるのだった。
だから、『それはそれ、これはこれ』にしておけばいいのに、ハイネルはハイネルで生来の負けん気が顔を出し、ついついグーデリアンに反抗するようなことを言ってしまった。
「なにがウソなものか!ちょっと言ってみただけだ。私は、少しくらい暑かろうがぜんぜん平気だ!何しろ精神修業ができているからな!お前こそどこか涼しいところに出かけてきたらどうだ!?」
「オレ、暑いなんてわめいてないぜ。最初っからハイネルが一方的に暑い暑いって文句言ってただけだろ。オレはこの部屋で、のんびり過ごすんだもんねー、だ」
「それは奇遇だな!私も今日一日くらいはゆっくり部屋で過ごそうと思っていたところだ。大体、エアコンが壊れているくらいなんだ!!エアコンを使わずにすむなんて、エコロジーの理念にかなっていて素晴らしいじゃないか!」
「・・・ムリしちゃって」
「お前こそ!途中で『やっぱりあちー。外行ってくる』なんて言うなよ!」
・・・・・・こうして、二人は汗をかきながら、部屋の中でうだうだと過ごしているのである。不毛だ。
真夏のガマン大会は、それから何時間も続いた。二人とも相手にたいする対抗心が強いため、『二人で涼しいところに行こうよ』のカンタンな一言がどうしても言えない。
ハイネルはまたグーデリアンに気づかれないよう、コンパネに視線をすべらす。摂氏34度。もう限界に近い。
「あー・・・えーと・・・」
「ん?」
わざとらしい声をハイネルが出すと、グーデリアンが雑誌から顔をあげた。
「・・・・・暑いな」
暑さのあまり脳がオーバーヒートしてしまったのか、いつもなら意地を張って言えないようなセリフが、ポロリとこぼれ落ちた。
素直なハイネルのセリフを耳にして、グーデリアンの顔に優しい笑みが浮かぶ。
「うん、すっごく暑いよな」
グーデリアンがからかいの言葉をかけてこなかったので、ハイネルはほっとした。ここでもしグーデリアンが『あれ?ハイネル、もうギブアップ!?』などと言おうものなら、血を見ていたことだろう。
グーデリアンが優しかったので、ハイネルが安堵の息をもらす。なんだか、そのしぐさが子供のようでかわいかった。
子供が大人のようすをうかがうように、ハイネルが緑の瞳を心配そうにすがめてグーデリアンの表情を探ってくる。
「あの・・・暑いから、よかったらもっと涼しいところに・・・」
そこまでハイネルが口にしたところで、グーデリアンは雑誌を床に置き、立ちあがってハイネルのすぐそばにまで行った。ソファに腰かけたハイネルが、少し不思議そうな顔をしてグーデリアンを見上げている。
きっと、グーデリアンの脳もこの暑さでやられてしまっていたのだろう。暑くて暑くてたまらないというのに、子供みたいな表情を見せるハイネルを見ていたら、彼のぬくもりを確かめたくてたまらなくなってしまった。
グーデリアンは悪いのは全部この暑さのせいにして、自分は本能に従うことにする。
「・・・・・グーデリアン」
ハイネルが、少しとがめるような声を出した。何の説明もなく、いきなりソファーの背もたれを倒し、グーデリアンが自分の体にのしかかってきたからである。
「よくさ、暑いときに熱いもの食うのがいいって言うだろ」
お互いの体は、もうお互いの体温を感じられそうなほど近くに接近している。場所がソファの上だけに、のしかかられてしまえば、ハイネルに逃げ場はなかった。どうしていつもいつもこうグーデリアンは唐突なのだろう、と思うが、その強引さがキライではない自分には何もできない。
多分ムリだろう、と思いつつも、ハイネルはせめてもの抵抗を試みることにした。
「私は聞いたことがない。暑いときに、熱いものを食べるなんて非論理的だ!」
「たしかに、非論理的だよな」
思いがけず、グーデリアンはハイネルのとっさの言葉に納得したようだった。もしかしたら、今回は大丈夫かも、とハイネルが安心しかけたとき、グーデリアンが笑った。タチのよくない笑みだった。
「・・・でもさ、人を好きになったりとか、抱きしめたくなったりするのって、全部非論理的なモノだろ?そこがまた人間らしくていいと思わない?」
「いや、私は思わないな!私は理性の人間だから、論理的なことが好きなんだ」
ハイネルは焦る。だが、やはりムダなことだった。グーデリアンの太い腕が伸びてくる。
「・・・じゃ、オレが論理的なコトが好きなハイネルに、非論理的なコトのすばらしさを教えてあげよう」
グーデリアンの腕は熱かった。ふつうよりも体温が高めのグーデリアンの体は、体温が低めのハイネルにはいつでも熱いと感じられるのに、今日はまた格別だった。
「・・・熱いぞ、グーデリアン」
「ハイネルはけっこう冷たいな、体温が低いから。んー、いい気持ち」
「お前はよくても、私は熱いんだ!」
「熱いのは好きだろ?・・・・ハイネル」
耳元に流しこまれた息も、驚くほど熱かった。
暑くて、・・・熱くて、ハイネルは何も考えられなくなっていく。熱気がこもった室内で、二人はさらに熱に取り込まれ、やがて何もわからなくなっていった。
・・・・・いま、ハイネルは中途半端にシャツを身につけただけの状態でソファに横になっている。あいかわらず部屋は暑かった。死ぬほど暑かった。
狭いソファだというのに、隣にはグーデリアンまでいる。暑苦しいことこの上ない。
・・・・・それでも。暑い部屋のこの暑い場所から、ハイネルは去りたいと思わないのであった。
ヒサコさん、1400番をとってくださって、ありがとうございました!この話をどうか受けとってやって下さいませ。
「エアコンが故障してしまってうだってるグーハー」って、書きにくいかな、と思っていたのですが、書き始めてみるとなんだかスラスラ書けました(いえ、質はともかく)。話の出来はともかく、今の時期にはタイムリーなのではないかと思います。暑いよぅ。
ヒサコさん自身がとてもステキな小説を書かれる方なので、こんな脱力小説を押しつけるなんてヒドイものだと思うんですけど、私なりにがんばったつもりです。ええ、これでも・・・・・・。
リクエスト小説やイラストを書いているときは、少しでもリクエストをしてくださった方に喜んでいただけたら、と願いつつやっています。ちょっとでも、ヒサコさんに喜んでいただけたらいいのですが。
それでは、また気が向いたらキリ番、ねらってみて下さいね!