ZENITH


 ちょいと超光速で時を駆け抜けて、未来の君に愛してるって伝えてきていいかい?
君は君のペースで人生の時を刻みながら、少し先の未来まで、俺の愛の言葉を聞きに来てくれ。
人生の時を共に刻むこの“ステラ・ノヴァ”と共に。


 ホンモノの数倍は格好よく映ってみえる自チームのエースドライバーが、画面の向こうから発したセリフ。
前半はややおどけた明るい口調でウィンクを添えて。それが途中から低めの透るトーンで語尾だけがやや掠れる、彼独特のセクシャルなものを含み、どこか真摯さをも滲ませる。
そして緩く開かれた口元に男臭い笑みを浮かべて、ひたと見つめてくる青の眼差し。
 まるで転調する曲のように彼の2つのイメージを凝縮させたCMは、甘いおふざけの中にも誠実さが紛れ込んでいるような錯覚に陥らせる。その曖昧さが返って聞く者に興味と、彼の真の心を覗いてみたい欲求をかきたてる。
だから…
「…よくできている」
 そのCM映像を見たフランツ・ハイネルの第一声は素直に零れ落ちた。画面越しから口説かれている気分に陥った背筋のくすぐったさを、眼鏡のブリッジを押し上げる仕草でごまかしながら。
何というか…そこにいるグーデリアンは、彼がよく目にする表情と、声音だった。
 ハイネルの無表情と流暢だが堅苦しく聞こえる非の打ち所のないクィーンズ・イングリッシュのおかげで、彼を取り巻く周囲の誰一人、彼の内側の微震には気づかない。
「ありがとうございます。監督にそうおっしゃって頂ければ、この企画の成功に益々自信が持てます」
 この企画を進めている先方のプロジェクトマネージャーが饒舌に語り出す。
「弊社のCM及びポスター、カタログ、それらの媒体を見た女性がグーデリアンさんに自分が口説かれている気分になるものを目指したのですが、“世界の恋人”“サーキットの種馬“としてのグーデリアンさんのイメージだけでは当製品のコンセプトは満たさない為、撮影時には苦労したんですよ。グーデリアンさんのイメージを崩さず、けれど、特別な相手にだけ見せる本気のようなものを、表現してもらわなければいけなくて…」
 普段が“ああ“なので落差がある方が返って良いでしょう?と、プロジェクトマネージャーは笑った。
「でもグーデリアンさんがゴネてしまって…“そういう口説きのテクを公にさらしたら女の子達をオトせなくなる“って」
 グーデリアンらしいエピソードに会議室に揃っていた一同は一頻り笑った。空気が和んだところで、すかさずプロジェクトマネージャーが一人呆れ顔のハイネルへ向き直り、口調を改める。
場の空気を上手く操りながらメリハリを利かせてソツのない彼の商談の進め方を、ハイネルは嫌いではなかった。
「ちなみに御社とのタイアップ企画のファンイベントに関してですが、こちらもグーデリアン氏のイメージ戦略を元にしております。企画書の方は既に…」


 若干16歳でインディ500マイルを制したグーデリアンに社長が惚れ込み、以降、個人スポンサーとなった時計メーカー、ZENITH。
 ZENITH=天頂、宇宙の頂点、絶頂、真っ盛り。
 エンブレムは一番星、時計のフェイス(文字盤)の天頂に当たる時数12の下に刻まれている。
…天頂の星、まさにその名を冠するに相応しいグーデリアンをイメージモデルにしたことで、時計通以外の一般大衆へもZENITHの知名度はアメリカを中心に世界的に広まった。
 グーデリアンモデルとして発売されている「グランドクロノマスター レトログラード オープン エル・プリメロ」及び「クロノマスターオープン フライバック機能付エル・プリメロ」は、フェイスに刻む一番星にグーデリアンの瞳の色を模してタンザナイトを嵌め込んであるのが特徴である。
 (※クロノマスター=時の支配者の意、COSCの最高精度認定を受けたムーブ搭載のモデル名)

 今回、そのZENITHのレディース向け新作時計「未来のあなたに愛を語る時計“ステラ・ノヴァ”」のモデルをグーデリアンが勤めることになった。
ステラ・ノヴァとは新しい星という意味で、これもグーデリアンをイメージして名づけられた。
女性用でありながら、男性のグーデリアンをモデルにしたのは、“女性の品”というよりも“女性に寄り添わせる品”としての魅力を表現してみせる戦略からである。
その意味では、グーデリアンほど、女性から“寄り添いたい”と思わせるうってつけのモデルはいない。
 CM曲はグラミー賞も受賞した、ここ数年空前のヒットを飛ばしたラブソングで、世界中の殆どの人が一度はどこかで耳にしているという曲。
 この曲と世界の恋人ジャッキー・グーデリアンを起用したおかげで、ZENITHの新作レディース時計は発売前から非常に注目を集めていた。
 女性にとって“ブランドの時計”は受け入れ易いが、“時計メーカーのブランド時計”はどうしても男性主体の市場となっているのが現状である。
昔気質の職人気質で時計の各機能と精度を高い技術で造り上げる機械時計は、男性受けするがマニアックな機能や歴史は女性の価値判断からはあまり受けるものではない。
 ZENITHはルイ・ヴィトン傘下企業となって以降、特に早い段階から女性層向け時計に力を入れてきたが、今回発表する新作は最新技術によって“未来のあなたに愛を語る“独自の仕掛けを売りにしていた。
ただし、この機能を小さい時計内部に全て機械式構造で詰め込めば莫大な価格になり、一般ユーザーを引き込めない為、オーダーメイド品を除く一般販売品には一部電子部品を用い、外回り部品やギョーシェ彫りなどのデザインも手彫りでなく機械作業で作り上げている。
 その独自の仕掛けとは、いわゆる機械式時計の最高峰技術ミニッツ・リピーターの応用的なもだった。ミニッツリピーターがどの時刻でも繊細な内蔵部品でその時間ごとに音を爪弾いて知らせるのを応用し、未来・・・いつかのある日、その時計はある音楽を爪弾いて愛を語り出す。それがいつかはお楽しみ、というわけだ。
 仕掛けとしては、基本設定はクリスマスやニューイヤーといった一般的な記念日がデフォルトで設定してあり、付加価値として購入時にユーザーの誕生日を任意で確認し、販売・手渡し前に記憶させる。
時計がランダムで選んだいつかの年の誕生日やデフォルトの記念日に、その音楽は流れる仕組みだ。
その他のユーザー任意の記念日等も設定できるが、これは別途料金が必要となる。購入前、購入後いつでも追加設定可能である為、プレゼントとしても効果的である。
 そういった女性をターゲットにした製品の機能をロマンティックに見せる演出として、レースファンに止まらず女性層の知名度が高いグーデリアンと、天下のラブソングでイメージ戦略を展開しているのだった。




「その時計が未来に語り出すのは何なのだ?」
 会議上で誰かの素朴な疑問にプロジェクトマネージャーは現段階では社外秘だから、と答えなかった。
それで興味を引かれたわけでもないが、ハイネルは会議の後に自宅で会ったグーデリアンに…つまりオフィシャルからプライベートに切替えた後に、お前は知っているのか?と、尋ねてみた。
 ねぐらで寛ぐ野生動物みたいな格好でソファーに転がっていたグーデリアンは、わざとらしさの抜けた素の顔であっさり口を割った。
「オルゴールみたいな鉦や水晶を弾く音でグラミー獲った例のラブソングを数小節づつ、ランダムで奏でるんだよ。“いつまでもきみを愛しているよ、いつまでも〜”の部分とか、“今の僕が素敵ならば、それは共に歩む君が素敵だからさ”のトコとか“優しい言葉を紡ぎ続ければ君の唇は愛らしくなる”、“世界を優しい瞳で見続ければ、君の瞳は美しくなる”…ってなカンジ」
 で、全部のパターンをつなげると例の一曲が仕上がるというわけだ。一部その歌詞は“妖精”と呼ばれ世界で最も愛された女優が我が子に残した名言を引用しているのだが。
 時計をファッションとしてだけでなく、職人が作り上げた何十年でも何百年でも時を刻み続ける小さくも精巧な機械をずっと大切に持ち続けてほしいという願い。“ちょっと先の未来まで人生を共に歩んで”いつ何を語ってくれるのかドキドキしながら腕にはめ続けて待つ楽しみ。
造り手と持ち主の思いが重なり合って、いつかの未来にその音楽は奏でられる。持ち主は懐かしいラブソングのフレーズを聴きながら、グーデリアンの口説き文句を懐かしく思い出すだろう。そうして人生を勇気付けられ、また新たな未来へ歩み出すのだ。
「単純だが、こうまで気長な演出計画だと、間違ってロマンティックな気分にさせられそうな気もするな」
ハイネルのそんな感想に、グーデリアンは口の端を吊り上げるイヤらしい笑みを浮かべる。
「口説いてるのが俺だからロマンティックな気分にさせられちまったんだろ?」
「フォトショップで加工されまくった映像と、わざとらしさ満載の台詞回しの訛った発音に呆れこそすれ感銘なんぞするか!」
 嘘である。アメリカ英語だったがイントネーションも正しく落ち着いていて発音もはっきりしていた。
彼らしさを出す為にあえて肌荒れや金髪の日焼け加減もそのまま、画像加工がされていないのに映り栄えしていたことも知っている。
「あのなぁ〜!ゴシッパーみたいな下んねぇ批判すんなよ。あの撮影、すっげぇ苦労したんだぜ」
 荒げた声を発してぶすくれた調子になったグーデリアンに、なぜかハイネルは舌鋒を緩められなかった。
「何が苦労だ!あんなもの、普段から振り撒きまくって慣れた手管だったろうがっ」
 つんっと高い鼻梁を更に高慢に上向け、ハイネルは顔を背けた。この程度ならじゃれあいレベルで済むと思ったのに、背後でグーデリアンのオーラが怒りの色を帯びるのを感じた。
そんなに気に障ることを言ったか?…と一瞬途惑ったのを、微塵も感じさせない流れる動作で踵を返す。
グーデリアンの方がこうなると、ハイネルからは折れも引きもしないのでじゃれあいでは済まず、喧嘩にレベルアップしてしまうのだ。
だが、この時この件で喧嘩をするのも、グーデリアンに意地の悪い態度を取ってしまった理由を自身の裡に問うのも面倒に感じて、ハイネルはさっさと書斎へ向かう。この件はフリーズして、持ち帰った仕事をさっさと片付けたかった。
 グーデリアンが低い声で待てよ、とか何とか喚いたが無視して扉を閉めてやる。
だから…聞こえなかったのだ。閉ざされた扉の向こうで“慣れるほど振り撒いてんのが誰にだか分かってんのか”というグーデリアンの声が。




 GPXウィーク中に開催されるグーデリアンのファンイベントは、新作時計“ステラ・ノヴァ”の販促戦略の一環としてZENITH協賛で行われることになった。
開催はグーデリアンの母国アメリカGPXと欧州市場、販売層を意識してモナコGPXのグランプリウィーク中に行われ、発売日はモナコGPX明けの金曜日とされた。当然、発売初日にはフランスでZENITH主催の新作発表会が催され、グーデリアンも出席するという力の入れ様である。
 既に公開されているCMは想像以上の大反響で、グーデリアンはレースとは別の意味で時の人となっていた。公共の電波やネット、街頭スクリーンで、グーデリアンが見る者を口説き回っている。
ポスターは剥がされ、ZENITHのカタログに申込みが殺到する有様は、グーデリアンがスター・スタンピード時代に出演して好評を博したジーンズCMを凌ぐ騒ぎだった。
 そんな中で催され、予定通りの大成功を収めたアメリカGPXイベントから1ヶ月後のモナコGPX。
イベント参加者の中から一人だけグーデリアンから直接手渡しでステラ・ノヴァをもらえる発売日先行のプレゼント企画まである今回のイベントに、応募者数は軽く5桁を越えたという噂まで立ち、販売開始を翌週に控えたとあってレース関係以外にも駆けつけていた多くのプレスをどよめかせた。
 そしてイベント当日……

「ハイネルさん、お願いがあるんですが」
 風見ハヤトに請われて、ハイネルはそのイベントに顔を出すことになってしまった。
なんでもこのイベント参加者には購入優先予約も受け付けており、アメリカGPXイベントでの予約注文総数を聞いた営業部門が嬉しい悲鳴をあげたと同時に、販売スケジュールに暗雲が立ち込めたという噂も流れた。
こういった精巧な時計はどれほど大手メーカーで多くの技師を抱えていても製作可能本数は限られている。下手したら2回のイベント予約分だけで第一次製作数の半分を持っていかれてしまう可能性もあるそうだ。
 …という人気ぶりで女性のハートを掴んだグーデリアンと未来で愛を語る時計を、アスカが欲しい(勿論グーデリアンでなくハヤトからこの時計を貰うことに意義がある)ということで、こっそりどうにかならないか・・・と入手困難そうなシロモノに、ハヤトがハイネルというコネを頼ってきたのだった。
 グーデリアン本人に頼めればよかったのだが、今回この騒ぎもあってなかなか声をかけられる状況にないまま、イベント当日になってしまったという。

 頼られると断れないハイネルはやむなくハヤトと、なぜか加賀を伴って、イベント会場にこっそり顔を出したのだが…
 最初は会場に赴いて、ZENITHのプロジェクトマネージャーにアスカ用の注文を通すだけの筈が、面白がる加賀とハヤトに圧されて、あれよあれよという間に関係者やスタッフが陣取る舞台の裾に近いアリーナ横のスペースから3人で既に進行中のイベントを伺うことになってしまった。
 参加者として当選すれば先行でプレゼント用のものがもらえるからやってみますか〜なんてプロジェクトマネージャーにシャレで言われて(関係者にプレゼントが当たってはイベント的には失敗なのだが!)、どうぜ500人以上もいるこの会場で当たるわけもないと高を括るハイネル。
運良く当たったら大学から決勝当日に駆けつけてくれるアスカに渡せると意気込むハヤト(イベント成功とか自分もグーデリアンの関係者という意識はない)、当たったらグーデリアンのサイン付きで速攻オークション出品をしてやろうと狙う加賀。
そして、グーデリアンから直接手渡しで、あわよくば握手やキスまでしてもらえることを期待する500人以上のファン。
それぞれの欲望(一人だけやむおえない付き合い)の渦巻く会場で、遂にプレゼントのくじ引きが始まった。

 くじ引きのルールを説明する司会者の横で、愛想よく会場の各方向に手を振ったり、ウィンクや投げキスを送っていたグーデリアンが、目敏く舞台下端の機材やスタッフ達に混じるハイネル(+加賀とハヤト)を見つける。
こういった場を嫌う人物を発見した驚きに一瞬瞠目したグーデリアンに、ハイネルは嫌そうに顔を背けた。
できればグーデリアンには見つかりたくなかったのに、とその白皙の貌が苦味を帯びる。
 ファンに向けていた以上に深い笑顔をしてみせたグーデリアンへ、今すぐ彼の胸倉を掴んでなぜ!ここにいるのか説明したい!とハイネルは切実に思った。グーデリアンの笑みが「俺を見に来てくれたんだぁ」とか「ハイネルってばそんなに俺のファンなんだね」とか都合の良い解釈に思えたので。
だが、よもやそんなことを段上に上がって伝えるわけにも、ここから叫ぶわけにもいかないハイネルとしては、違う違うと首を横に振るしかない。
けれど、女の子たちの黄色い歓声を浴びながら、益々上機嫌になっているのがありありとわかる段上の男に、ハイネルはげんなりと肩を落とした。
「なんでぇ、教授。そんなショボくれてちゃ、当たるモンも当たらないぜ〜。一流の勝負師は運も自分で手繰り寄せねぇとな!」
 グーデリアンのファンサービスが会場を一巡した最後に、彼がこちらに気付いたことを加賀もわかっていながら、からかうように口と目を吊り上げて笑う。
「…加賀、なぜおまえまでそんなにヤル気になっているんだ?」
「加賀さん、まさか当たったら上乗せして売る気ですか〜!?ハイネルさんは勿論、当たったら僕に譲ってくれますよね!?」
「え…それは、勿論…だが、カザミ。当たる確率なんて…。いや、その前に加賀!関係者が転売するのは困るぞ」
「グーデリアン!てめぇが俺様の役に立つなんざ、こんなことぐれぇしかねぇんだから、頼むぜぃ!儲けさせてくれよぉ〜」
 各々の言い分を勝手にしゃべる3人を他所に、プレゼントのくじ引きが始まった。
くじは各ブロックごとに分かれた籠が回ってきて、一人ずつ引くのだが、グーデリアンのグッズにくじが付いていてファンにとっては外れても嬉しいというシロモノだ。係員が一人ずつくじを引かせて回る間に、舞台上のグーデリアンが他のサイン入りグッズや私物やらを投げてファンを湧かしていた。殆どライブのようなノリと騒ぎになっている。
 ハイネルが引いたのはシュティールのストラップ。梱包ビニールにスクラッチカードが貼ってあり、銀色の部分をコインで削るとナンバーが表れる。
削るモノがないと騒ぐ加賀に2ユーロ硬貨を貸してやったら当然硬貨は戻ってこなかったが、ハイネルはもう何も言う気が起きなかった。自分のスクラッチカードを握って何やら念じている加賀とハヤトから怨念に近いオーラを感じたので。
 そうこうしている内に、舞台の上では司会者が全員にくじが行き渡ったのを確認し、グーデリアンの前にスロットマシンのような物が運ばれてくる。
「それでは、グーデリアンさんに当選ナンバーを決めて頂きましょう!お願いします!」
 よっしゃ!…とヤケに意気込んで腕まくりするグーデリアンに、会場から「ジャッキーお願い!」という女性達の声が飛び交う。誰もが舞台上のグーデリアンを見つめ、その熱い願いのこもった視線を受けながら、グーデリアンがマシンのレバーを引くと、シンバルのような効果音と共に勢いよく3つ並んだ数字が回り始めた。
固唾を飲む場内に構ったふうもなく、グーデリアンがリズムよくボタンを叩いて数字を止めていく。その度に会場から歓喜と落胆の叫びがシーソーのように上がり下がりする。
 そして、ついに最後の数字がピタリと止まったと同時に、待ち構えていた司会者が声を張り上げた。
「当選ナンバーは…165!」
 騒然となる会場を見渡しながら司会者が当選者を探す。その横で、グーデリアンは何を考えているのか不明瞭な表情でハイネルの方を見ている。だが当のハイネルには彼の視線の意味を測る余裕はなかった。

 表情がヘンに強張っているハイネル、それに気付いてじっと見つめる加賀、その加賀の視線の意味を暫く考えてからハヤトが「え!?」という驚きと期待を込めた声を上げる。
司会者と係員が「165番の方、手をあげてくださ〜い!」と呼びかけ、ざわつく会場。加賀とハヤトの視線を中心に徐々に、徐々に周囲の視線がハイネルへと向いていく。それが次の視線を呼び、波のように広がって…
 多くの落選に対する無念と、当選者がなかなか名乗り出ない不審感による不穏な空気に圧され、そして何より手中のカードの番号が、ハイネルを俯かせる。こんな馬鹿なことがあるもんか、と唇を噛み締めても何の解決にもならないどころか、このままでは晒し者になってしまう。
 衝動的に回れ右して関係者エリアへ駆け込みたい衝動に駆られたハイネルを引きとめたのは加賀の手だった。ハイネルの手首を掴んでカードごと高くかざす。
「165番!」
 会場がどよめき、舞台のグーデリアンを大型スクリーンに映していたカメラがそちらへ向く。
スクリーンにもう片方の手で頭痛をやり過ごす時のように顔を覆って恨みがしげに加賀を睨むハイネルと、カードを掲げさせながらチシャ猫笑いを浮かべる加賀、喜色満面でぴょんぴょん飛び跳ねるハヤトが映し出されると、当選者の正体に会場が更にどよめいた。
 グーデリアンはしてやったり!の笑顔を閃かせると、何とコメントすべきか言葉を失っている司会者の横を擦りぬけ、「グ…グーデリアンさん??」と途惑う司会者を置き去りに大股で歩き出す。
グーデリアンの挙動に気付いたカメラが今度はそちらを映す。
 今すぐにこの場を去りたいという顔で、会場全体の視線の集中砲火を喰らっているハイネルの方へ歩み寄って、舞台上から見下ろすとウィンクをひとつ決めてから、マイクを片手に大きく息を吸った。そしてイベントを脚本通りに進行させるべく口を開いく……
「本当は未来だなんて言わずにいつでもどこでも何度でも愛を語るのが俺流なんだけどね・・・」
 そう前置いて、
「ちょいと超光速で時を駆け抜けて、未来の君に愛してるって伝えてきていいかい?君は君のペースで人生の時を刻みながら、少し先の未来まで、俺の愛の言葉を聞きに来てくれ。人生をこの時計…“俺自身”と共に刻みながら」
 舞台上から投げキスと共に、既に有名になっている口説き文句を確信犯的に少しアレンジして、朗々と一言一言を少ししっとりさせた声音で言うグーデリアンに、どう分類すればいいのか不明な黄色い歓声と爆笑が会場中から迸る。
 長身が祟って加賀達の影に隠れることもできないハイネルは、怒りと羞恥に染まった顔を俯き加減に、それでも憎々しげに舞台上にいる彼の窮地の原因を額で睨みつけた。その傍らで加賀が腹を抱えて笑っている。
 だが皆の、真の驚愕はその後にやって来た。
大型スクリーンに映されたグーデリアンの、台詞を言った後の表情…CMでは包容力のある表情で微笑むそこ。イベントやファンサービスでは彼らしい陽気な笑顔を軽やかに見せるのがお決まりのそこで。
グーデリアンが少し照れ臭そうに、だが零れんばかりに笑ったのだ。世界の恋人、現代のカサノバと呼ばれ眼差しと囁きだけでどんな女もオトすと言われる色事師が。
その彼の、見たことのない隙だらけの表情に気付いた会場中が一瞬絶句し、次の瞬間には先程以上に色めきたった絶叫があがった。失神した女性もいたというくらい、その時のグーデリアンの表情は…脚本や演出の虚構の元で安心して誘惑に乗れる類いのものではなかった。届かないと分かっていても彼を抱き締めたい、抱き締められたいと想ってしまう、そんな……


 いつまでも馬鹿笑いをやめない加賀と、カードごと拳を握り締めながら今にもブチ切れて喚き出しそうな(自分でで引いたくじでなければ即ブチ切れたであろう)ハイネルを、スタッフが慌てて舞台裏の関係者エリアへ引っ張っていった後。
 主催者側とスタッフが右往左往し、どうにか司会者がその場をうまくごまかして、プレゼントは再抽選となった。
予想外の展開を見せたイベントは、加賀の腹筋を筋肉痛にし、ハヤトを落胆させ、ハイネルに精神的大ダメージを与えたことを除けば、結果的に終始大盛況の大成功を収めたのだった。
 グーデリアンが男相手、しかも自チームの監督で犬猿の仲と広く認識されているフランツ・ハイネルを口説くという思いも寄らない?珍事件は、参加者に留まらず、それこそ超光速でファンの間に広まって、後々まで色々な意味で語り草となったのだった。




「俺、くじ運が昔からめちゃくちゃイイんだよね。“ハイネルの番号に当たれ〜”って、すっげぇ念じたんだ」
 ホテルの部屋で怒りを爆発させるべく仁王立ちで待ち構えて、帰った途端に喚き散らしてきたハイネルに、グーデリアンは怯むどころか嬉々としてそうのたまった。
当然、ハイネルがその能天気な頭に容赦ないゲンコツを落す。重力に逆らった髪型の頭から湯気が立つのではないかというくらい真っ赤になって激怒している。
「馬鹿か!私がどれだけ恥ずかしい思いをしたと思っている!?あんな公衆の面前で!…あんなことを言われて一生の恥だ!」
「痛ぇ〜っ。でも当選者にあの台詞言うって決まりなんだぜ」
「あんなもの!私が当選してしまった時点で、貴様が機転を利かせてその段階をすッ飛ばすか、すぐに再当選すれば良かったではないか!」
 怒り心頭でも正しい措置を並べ立てることのできるハイネルだが、グーデリアンが敢えてあのセリフを公衆の面前で言った、その心情までは察しないのだ。
「あんなの、俺がどれだけ本気で言っても笑い話で済んじまうんだからいいだろ〜、別に」
「本気だと!?それこそ我慢ならん!最初からあの台詞の“未来まで聞きに来い”というのが私は気に入らんのだ!何故おまえが先に行っているのだ!私はおまえに追い抜かれたりなんぞしない!」
 たかが宣伝用のセリフである。それでもハイネルの矜持に引っかかるらしい。しかも最初から…だなんて、本人は無意識でも自分に言われているような、もしくは自分に当てはめて聞いていたことを認めるような発言なのに。
そんなところが全部、グーデリアンには可笑しくも嬉しい。
「あんたらしいね。…だから舞台でも言っただろ?あんたが未来まで聞きにくる暇もないくらい、いつもどこでも愛の言葉を語り続けるからさ」
 な?…と無邪気な笑顔で首を傾げてハイネルの瞳を覗き込みながら恭しく手を取ると、その手首に嵌っているハイネル愛用のランゲ&ゾーネの腕時計にキスを落す。
 ハイネルはハッと小さく息を詰めた。そのグーデリアンのその行為は、口説き文句以上に彼がハイネルをちゃんと理解し尊重していることを示しているからだ。
グーデリアンはハイネルの腕にいつも嵌っているその傷モノの時計の意味を知っていて、持ち主ごとその持ち物を大切にしてくれている…その証のキス。
それを思い出したら、ここ最近の彼に対する自分の大人げのなさに少しバツが悪くなって、機関銃のごとく連射していた憤怒の言葉を途切れさせた。
 それを見逃さないグーデリアンが攻守を覆すべく更に宥めにかかる。
「それに八百長したわけじゃねーよ。俺、あんたが引いた番号なんて知らなかったし。たまたまだぜ。たまたま、俺の幸運と愛情が運命に勝っただけじゃん?すっげぇ偶然だよな!運命感じない?」
 なんてカラカラ笑う。
柳眉を顰めても、一拍だけでも言葉に詰まった時点で怒りの沸点が下降したことを、グーデリアンに悟らせてしまうのをハイネル自身気付かないまま。
「…絶望的な運命なら感じた!」
 偶然をも思い通りにしてしまう目の前の男に呆れながら、少し怖い運命を感じてしまう。コイツからは逃れられないのかもしれない。コイツの巻き起こす数多のトラブルや騒ぎや、それから・・・・・・
 悔しい苦味を伴いながらも甘い官能を呼び起こしかけた自分の思考を振り切るように、ハイネルは眦をきつくして取り繕うように言った。
「そもそも、そういう力はレースに使え!レースに!!」
「あっれ〜、ハイネルさん。レースに偶然はナイんじゃなかったっけ?全ては必然ですよね、プロフェッサー」
「!!・・・・・・っ」
 ぐっ、と詰まったハイネルへ半歩近付いて、吐息が産毛を擽るほど互いの距離を無くす。
「でもさ・・・これはホント。あの時、当選ナンバー当てる時、すっげぇ祈ったの。まさかあんたが会場に来るなんて思わなかったしさ。仮にもあんたの前で、“自分の言葉“じゃなくても”言わされてる“んでも、他の誰かに言いたくないよ」
「・・・グーデリアン?」
「だって、俺・・・愛を語るのは、もう一生あんたにしかしたくないもん」
「・・・・・・」
「カメラとかさ、大勢に向かってとかだったら平気だよ。そこにいる誰かや皆を瞳に映しながら、でも誰のことも見ていないから。でもさ、誰かを見て俺がそーいうこと言えるのは、もうあんただけだ」
 そう言って微笑むグーデリアンの表情と声音は、CMの彼を彷彿とさせる。
 …唐突に、分かってしまった。
CMのグーデリアンが、何故よく目にする表情や声音だったのか。
あんなに見慣れたものに感じられる手管に、周囲がああも大喜びで過敏に反応したのか。
 撮影時に製作側の要求にゴネたというグーデリアン。カメラ慣れしているとはいえ俳優ではない彼に、細やかな表情までは演技できない。上っ面のお愛想の仮面では済まされず、演技もできないから…
だから、あれはきっとファインダを透してそこにはいなかった自分に向けられたものだったのだ。
もうずっと…他の人間が新鮮だと感じるほどに、現代のカサノバを、彼の手管を、自分がいつも独占していたなんて。
 憑き物が落ちたみたいに怒りや不満が肩の力と共に消えて、無表情というより無垢な面持ちでハイネルは眼の前の男を見つめた。
 にっこり笑ったグーデリアンの表情が優しいのにホッとしながら、くしゃっと目尻の垂れた満面の笑顔がゼニスブルーの瞳を隠してしまうのが惜しいと、相反することをぼんやり思う。
 グーデリアンは照れとは違う少し惚けた様子で自分を見つめてくるハイネルの頬に手を添えて顔を寄せながら。
「だから、きっと俺にあの時あの言葉をあんたに言わせたのは“必然”なんだよ」
「……ああ」
 誰の為に慣れるほど振り撒かれている手管なのか、分かったから。
だから、グーデリアンのキスをハイネルは大人しく、受けた。いつもより少し積極的に唇を開いて自分から口付けを深くする。


 ・・・いつでも人生の転機に、気付いたらこの男が自分の傍らに立っていたように、
これからも少し先の自分の未来に、この男が確かにいる。そんな気配がするのだ。








「ダンナ、今度俺と一緒に宝くじ売り場行かねぇ?」
 翌日、加賀からその強運を活かしてプロデュースしてやるから35%手数料を寄越せ、という怪しい話しを持ちかけられたグーデリアンであった。
しかし、グーデリアンが宝くじを買って、加賀はプロデュース兼マネージャーを務める(←何の苦労もコストもかからないのでは?)プロジェクトが成功したという話はついぞ聞くことはなかった。


END



 myaさんにお話をいただいてしまいました!
 ずいぶん前にいただいいたというのに、折角だということで私のワガママでグーのお誕生日にあわせてアップさせていただくことにしてしまいました。このような素敵なお話を長い間独り占めしていてすみません!

 myaさんのお話は既にお目にした方もいらっしゃることと思いますが、「カッコいい」の一言につきますよね!レースがとてもお好きで知識も深い方なので、どのお話を読ませていただいてもグーハーのレーサーとしての側面を感じさせるところがすごいなぁと思います。
 このお話もそうですよね。

 そしてファンイベント!ファンイベントネタってすごく素敵だと思います(そう思って自分でも書いたことありますが、自分で書くと案の定ステキにならなかった・・・・笑)。何というか、自分もファンの一人になって、グーやハイネルの近くに行けるような感覚を味合わせていただくことが出来るのでした。
 このお話を読んでいてもたまらないものがありました・・・私も、私もグーに笑いかけてもらいたい!(と思うハイネルファン。笑)あの場にいて万一時計が当たったりしようものならホントに脳溢血で死んでたのでは(笑)。

 ファンのひいき目なんでしょうけど(笑)グーってやっぱり「特別な星のもとに生まれた」感じがしますよね〜。なのでこういうエピソードも無理なく納得させられます。もちろんそれはmyaさんの筆力のたまものでもあるんでしょうけど。それにしても、こんなに素敵なグーと、そのグーに唯一愛を語らせたいと思わせるハイネル。そんな二人の関係性が鮮やかに伝わっていて読んでいてどきどきしました。

 myaさんの書かれるお話は、これに限らず事実(レースや時計の知識等)の織り込みが巧みだなぁと思います。読みやすいしリアリティがあって。あっあと何気に、何の苦労もコストもかからないのにマネージャー等と言ってる加賀がすごくいい味出してて好きです。彼らしい!(笑)
 こんな素敵なお話を読ませていただけて幸せです。
 図々しくアップさせていただいてすみません。そしてありがとうございました!
 


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