With・・・


『人生って旅をするようなモンだな、って思うんだ』
 そう言ったのは自分と同じ髪、同じ瞳をした人だった。
 彼は湖水のような澄んだ碧眼を笑みに細めながら収まりの悪い金髪を抑えるようにキャップを被った。
 帽子の鍔の部分を後に、アジャスターからはみ出した前髪を煩そうに跳ね上げ、彼はレーシングスーツの胸元のジッパーを下ろした。
『色んな人と出逢い、色んな人と別れて行く。それでもその全てが無駄じゃなくて、自分ってモノを作り上げる要素なんだ』
 スーツの両袖から腕を抜き、それを腰で結んだ彼の掌にはいつの間に出したのか、コインが3枚。
『だから、じっとしてるよりは動き回って、色んな事を見たい、聞きたい、知りたい。限りある人生だ。何だって経験しないよりは経験してたい』
 彼の意外に長い指が1枚のコインを天高く弾き、落下したそれを手の甲で受ける。
 裏か表か、50/50。
 勝つか、負けるか…
 大きな声で裏!と叫べば、一緒に居た幼馴染も同じ事を叫んでいて、真似すんなよぅ!なんて言い合えば呆れ顔で、それでも微笑む彼。
『残念、お二人さん。表だよ』
 それでもまぁ、ジュースくらいは奢ってやるよ、と差し出された残りのコイン2枚。
 二人だけがジュースを買い、彼は手ぶらなままで来た道を戻る。
 春先なのに照り付ける陽。
 カラカラに乾いた大地を見るにつけ、アメリカは広い、と思った。
 自分が住んでるL.A.と、婆ちゃん家のあるケンタッキー、そして彼が出場するレースの行われるサウスリムシティ。その全てが似て異なる世界。
 思った事を口にすれば、深まる彼の笑み。
『そうさ。アメリカは広い。けど、世界はもっと広いんだ。色んな場所・色んな人・色んな事を知りたい』
 元居たピットまで戻れば、メカニックの彼を呼ぶ声。
 軽く手を上げ、彼は再びレーシングスーツを着込む。
『でも、そうだね。旅は一人でも出来るけど、やっぱり、一番大切な人とだったら、幸せだろうね』
 笑い、被っていた赤いキャップをカップに齧りついてた俺に被せ、彼は再びオペレーションシートに座った。
 見送る俺達に手さえ振って見せて。
 



「!!」
 深層部まで沈み込んでいた意識が唐突に現実へと引き上げられ、体中の筋肉が痙攣を起こしたようにビクリと跳ね、まるで600km/hのGでマシンを走らせてる時みたいに心臓が早鐘を打っている。当然呼吸も忙しく、体中にじっとりとした汗を感じる。
 真っ暗な視界に、柔らかな背中に、自分が夢を見たのだと知る。
 夢…だが、あれは実際に在った事だ。
 インディを征した事の報告を兼ねて、大好きな従兄弟の参戦するサーキット場へ行った。
 第一戦はアメリカ、グランドキャニオンでのレースだったから幼馴染のジャン・クロフォードと一緒にバイクでのツーリングを愉しみながら観戦しに行ったんだ。
 従兄弟が負けるとは微塵も思っていなかった。
 何しろ従兄弟は前年度チャンプなのだ。
 笑顔でピットを出て行った彼を、俺はジャンと二人で見送った。
 レースが終わったら、どこで何を食うか、とか何か言いながら見送ったのに、彼は帰って来なかった。
 ロバート・マーシャル。
 彼の『旅』はあの日、終わってしまったのだ。
 望んでも居ないだろうのに、突如打たれた終止符。
 彼は一人で旅立ってしまった―――
「どうした?」
 明快なテノールボイスが耳を打つ。
 同じベッドで背中を向けていたハズの人が、何時の間にかこちらを向いている。
 闇の中でも見紛う事無き凛とした輝きを放つ緑柱石の瞳。
 全てを慰安する深緑の瞳。
「夢を…見たんだ」
 寝起きのばかりとは言い難い掠れた声がイヤだったけど、ぶっきらぼうに、でも、心配そうに差し伸べられた指と言葉。
「どんな夢だったんだ?」
「うん、あのさ…この先もずっと俺と旅してくれる?」
 緑柱石の瞳が驚愕に見開かれ、呆れた風情で細められる。
 そして、俺の頬を冷んやりとした指が撫で、表情同様の呆れたような声が投げ掛けられる。
「旅ならしてるじゃないか。CFのロードで世界中を周るし、何より…」
 そっと囁かれた言葉に、思わず涙が零れた。
 
「人生っていう名の旅路を、私はお前と歩んでいるつもりなんだがな」

 ロブ、これが一緒に旅してくれてる俺の一番大切な人。
 幸せだよ
 誰よりも―――



 皇 飛楓さんが、こんなにステキなショートストーリーを下さいました!ハラショーー!!!

 皇さんはスゴイです。何がスゴイって、御自分のHPと美葉さんのHPで連載なさっているのに、さらに私にもこんなステキなお話を下さったりしているのです。手が四本くらいあるんじゃないでしょうか(笑)。
 しかも、前回いただいたのはかわいらしいグーハーのお話でしたが、今回のお話は緊迫感あふれる(かつ穏やかさも感じられる)レースの雰囲気が十分伝わってくるものでしたし、他でなさってる連載ではとってもアダルト(笑)な感じのお話を手がけているのです!これだけ違った雰囲気のお話を同時に書きすすめながら、どのお話もすっごくおもしろいところがすごいですよね・・・・。
 見習え!と言って見習えるものではありません(笑)。

 さらにさらに、皇さんていろんなことをご存知だよなぁ・・・と、メールなどを読ませていただくたびに感心することしきりです。私物知らずなので、それだけで皇さんをそんけーのまなざしで見てしまいます!(笑)

 このお話、グーを包みこむようなハイネルがとっても好きです。多分、同じレースにたずさわるものとして、グーが感じているいろんなことを自分も分かっていて、その上でああいう言葉が出てきたのではないかなあと思います。

 皇さん、ステキなお話を下さって本当にありがとうございました!



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