嘘吐き
真闇の中、見下ろした私の目の下でよく眠っている、筋張った筋肉に守られたグーデリアンの日に灼けた、首筋。それに両手を添えて、私は思い切り締めた。彼の肌に這った私の手指はやけに白くて、やり切れなかった。
手に力を込めると、眠ったままのグーデリアンが眉根を寄せた。なおも締めれば、苦しげな呻きが厚みのある唇から漏れ出す。
彼の肌の弾力のある手触りが好きだった。とても健康的な色艶をして幾許かの傷を持つ、じっと体を張って戦い続けて来た男の躱。
ただひたすら彼の顔を見ていた。瞼が震えて僅かに青空が覗き出そうとする。私は彼の瞳の色も好きだった。グーデリアン、お前はいつも私を好きだと言うけれど、今目を開いたらお前はどんな目で私を見る?
…このまま締め続ければ、この男は直に死ぬ。力を緩めもせずに、私は泣いた。
ぞくり、と突然身が震え、私は暗闇の中で目を覚ました。身じろぎした瞬間に、自分の頬を何だかやけに熱いものが転がりおちるのを感じた。
とても哀しい夢を見たのだと思う。醒めた後でも胸が締め付けられるような想いが残っていた。
目線だけ脇を見ると、金髪の大柄な男がすやすやと、自然な姿勢で寝息をたてて眠っていた。…生きている。
腰を騙し騙し身を起こすと、一緒に被っていたブランケットが捲れてグーデリアンの裸の肩口から腰辺りまでが露になった。よくよく冷静なトレーニングに基づいてきっちりと鍛え尽くされた美しい筋肉の連なりを、ふと手で辿ってみた。…そのとき、対比された自分の手の甲の白さに、一瞬どきりとした。
さっき夢の中で、この男は私の目の前で一度死んだ。夢が願望の現れならば、私はこの男を殺したいのだろうか。あれほど辛く切なく感じながら。
私は身に何も纏っていないが別に寒さを感じなかった。だが何となく寒かろうと思い、グーデリアンにははだけたブランケットを少し引き上げて掛けてやると、安心しきった顔で男は寝返りをうち、私の背後に丸まるように身を屈めた。こうして眠っている顔は、獰猛な肉食獣というよりは大型犬のようだった。
いつでもこの男は、お前だけだと私に囁く。自分の全ては私のものだと、私の全てを自分にくれと、私をかき口説く。
私以外の誰かが、彼の心の中に位置を占めているとは思わない。だが、私も彼の心の中には居場所を持たないのだ。
彼の言葉は全て戯れ言。どんな言葉を吐こうと、この男は誰の物にもならない。
それでも私はこの男を仕方なく愛する。この自分勝手で、獰猛で、常に快楽を追い求める、どうしようもない生き物を。
かつてこの男は自分の命は私のものだと、そう言って笑った。私が彼に微笑まなければ自分には価値がないと。
何かの弾みで私の表情が綻びて、悲しい顔を垣間見せたなら、必ず飛んで来てこの大きな手で私の両頬を挟み"笑って"と言いながら一緒に泣き出しそうな顔をした。
"大好き"と毎日毎夜囁いては、私の心と体と思いのままに振り回す。私のものにはならないくせに、私をその手に収めるずるい男。
私の手に掛けてしまえば、お前は私のものになるだろうか。この手で息の根を止め、その肉を啖い、熱い血をすすり尽くして全てをこの腹の中に収めれば、お前をこの手に入れることが出来るのだろうか。
以前、ふとそんな存念を口にしてしまったとき、グーデリアンは蒼く深い瞳で私をじっと見つめて、真剣な顔をして言った。自分はいつでも私のものだけれど、信じられないならいつでもそうしてくれて構わない、と。
だが私はお前の言葉を信じられないのじゃない。どんなに言葉が真実であっても、お前の存在はそういうふうな生き物なのだから仕方がない。…そういうふうに出来ているのだ。私はそう思う。
眠り続ける男の上に覆いかぶさるように、その首筋に鼻を埋め頬を擦り寄せるようにすると、首の温もりと一緒に、太い頸動脈のとくとくと力強い拍動を感じた。暖かい。
少し身を起こして厚みのある裸の背を片手でゆっくり撫でると、くすぐったいのか躱が身じろぎをした。中途半端な長さの私の髪を、静かな寝息が僅かに揺らす。私はそのまましばらく寝顔を見ていた。
お前がそうしてもよいと言ったように、この手に掛けてお前を手に入れようか。お前が私だけのものになるなら、私は何を失っても惜しくはない。
この関係に倦んだわけでも無ければ、悔いているわけでもない。むしろ。
健康的に引き締まった体とは対照的に白い華奢な腕が一本、すうっと忍び寄ってその掌がグーデリアンの太い喉に寄り添う。続いてもう一本。
両の親指がぴたりと喉仏の脇に擬せられる。
ああこれは姿勢が悪い。これでは力は入らないと私はグーデリアンの腹の上に乗り上げた。どこかで見たような光景だなと思いながら私は愛しい男の首に両手を掛け
…その瞬間グーデリアンが両目を開いた。綺麗な真昼の青空の色彩が、動揺一つせずに私を見る。厚みのある唇が動いて、…呻きを
「……お前がそうしたいなら、俺は抵抗しないよ。」
男のやたらに大きな片手が上がって、そうっと私の頬を撫でる。その感触を、顔の輪郭を、私の骨を確かめるように。
「…愛してる、ハイネル。」
……手に掛けてもいいと言ったくせに、啖ってもいいと言ったくせに、私だけのものだと言ったくせに。今この瞬間にそんな穏やかな顔をするなんて。ならばどうしてあんな夢を見させたのだ。
私が見下ろすグーデリアンの顔の上に、何やら滴がぽたぽたと後から後から落ちて行く。
うそつき。嘘つき。嘘吐き。
崩れ落ちるように身を伏せて、私は相手のそれに唇を寄せた。
……愛している。

↑上のイラストはよしのさんのお話に合わせて稲荷さんが描いてくださったものです!大切かつ印象的な一言がイラストの中に刻まれているため、お話を読んでいただいた後にイラストも見ていただくべく、ここに飾らせていただくことにいたしました!このハイネル、ステキですよね!哀しげに流している涙とひそめられた眉が印象的です。
稲荷さん、よしのさんの独特な世界観がさらに広げられるようなイラストをくださってありがとうございました!
・・・このお話はヘタにあまり感想などをいれてしまうと、せっかくの雰囲気を壊してしまいそうなので手短にまいります。
よしのさんご本人にも述べたんですけど、よしのさんの文章には何というか・・・「質量」を感じます。読みやすいんですけど、ずっしりとした手応え、読み応えのある文ですよね。
元より重みのある文体を使われるよしのさんなんですけど、このお話はさらに密度が濃い感じがしました。
個人的に、私はこういう雰囲気って大好きです。なかなかグーハーだと書きにくいと思うんですけど、さすがよしのさん、見事に昇華してくださいましたよね!
濃密な、息苦しささえ感じそうな重苦しい闇の気配が感じられてぞくぞくしてしまいました。
よしのさん、本当にありがとうございました!