黄昏時の独り言
私は、『スキ』という定義がまだ、解らない。
マシンは、たしかに好きだ。そして、かわいい妹のリサや他の身内も好きだ。
小動物も嫌いではない。
だが、『スキ』とは何かが違うとわかっている。人をスキになる事とは、一体どういうものなのだろうか。
いまだ、そういう感情が解らないのだから自分は一生の中で、人をスキになるという事がないのではなかろうか。
気に入っている存在はあるのだが、多分それは違うはず。
私は本当に誰かをスキになれるのだろうか……。
ハイネルは、めずらしく持余し気味の時間で自分の中の空虚さを久方ぶりに、再認識していた。いつもならばその隙を狙って、蒼い瞳の陽気な男が現われてハイネルにちょっかいを出してくるのだが、それもない。
サーキットの中は、夕陽に照らされてなんとも言い難い景色となっている。
薄紅のぼかしたオレンジ色と言えばいいのか。なんとも焦れるような色なのだ。
幼い頃に見た事のあるような、風景。
「そういえば…夕焼けを見たと認識した事が最近、なかったな。」
この場に居るのは、ハイネル一人。
マシンのいないサーキットは、廃墟のように佇むだけ。必要の無い時には振返られない無機質な場所。
なんだか世界に独りだけ取り残されたような感覚に陥る。
手を伸ばして、先に行くことの叶わない寂寥感。
見えない壁に拒絶されているようだ。
その中で風だけが穏やかにハイネルを受け入れる。
いつもなら時間が自分を取り巻き、目の前の景色にすら目が行かず過ごす日々をうそのように感じて、ハイネルは小さく自嘲した。
「私はここまで、感傷的な人間だったのか?」
問いは答えを求めてはいない。
蒼い瞳を持つ男が居たならば、即座にYESと応えていたかもしれない。
『へい、ハイネル。お前さんは綺麗過ぎるンだ。その仮面の下に何があるって、俺にはちゃんと視えているからな。』
ハイネル自身が気付かない、感情の機微まで察しているような男が前にそう言ったのを憶い出す。
何をあの男は解かっているのだろう。
何を知っているというのだろう。
「毎度、勝手なことをほざいてくれる。…何が、『視えている』だ。」
あの時、心の奥底まで見透かされそうな眼差しで言った男を小さく罵倒する。
何故そう言ったのかも判らなかった。
突然に言われて、カチンときた時には容赦無く口で叩きのめしてやったはず。
なのに、懲りずにあの男はハイネルの前に現われるのだ。
蒼い瞳で意味ありげに見つめながら。
あの蒼い、人のものとは思えない鮮やかな色彩はハイネルの好む色。
だがその持ち主には、いささか困惑させられる。
『みていろ』と言ったり、子供みたいに所有ブツの主張をされたり、あの手この手といった手段を用いてハイネルを振りまわしてくれるのだ。
本来ならば、その存在を視界の全てから抹消するはずなのにソレが出来ない相手。
だから気に入っている、と結論付けたのだがハイネルにはそれの理解が出来ない。
「呼べば直ぐ来る、と言ったではないか。」
呟いた言葉は、無意識に紡がれたもの。
だいたい呼んでもいない。ただ、胸のうちで蒼い瞳の男を思い出しただけなのだから。
あまりにも濃い夕焼けに、人恋しくなっただけ。
「ああ、そういえばこの色は幼い頃に一度、夢でみたな。」
どんな夢だったのかも憶えてはいないが、その色彩だけは心に焼きついてしまったほどもの哀しく感じた。
『誰か』を捜して、でもその『誰か』は自分を置いて戻っては来ないと判っていた夢。
涙の出ない哀しさというものを夢の中で教わった。
だから、人と接するのはキライなのだ。
子供心にあの気持ちは、怖かった。
今ならば鼻先であしらえるのに。
「どうして人は、スキという定義を導き出せるのだろうか。」
疑問に思っている事の一つ。何故、スキと判るのだろう。
コノ人がスキな人。コノ人がイトシイ人。
他人に敬意を払えるのは、そういう事をいとも簡単に見つけ出せるから。
ある意味自分は出来損ないなのだろうと判っている。
なのに、あの蒼い瞳は言葉にしないで訴えてくるのだ。
『ハイネルノ、存在自体ガイトシイ』『オレガ視テイルカラ』と。
無言の誘惑。
何もかも絡み取られるような錯覚に陥るのは、一度だけではない。その都度、気付かれないように息を詰めて見据える眼に力を込めて、撥ね返すのだ。
まだ自分は、一人で立っていられると。
それに縋るのは『自分』が許さない。
だから時々、自分は『自分』の定義が判らなくなる。
二律反するモノが自分の中にあるのだ。
蒼い瞳に向けて、その困惑する事が面に出た時があったのだろう。
『それは、ハイネルにとって大事なコトなんだな。』
苦笑するような眼差しだった。
幼い者に見せるような、大人なカオであの男はそうのたまったのだ。
なんでも判っているふうな、生意気だけどあたたかいモノだった。
アレは、キライなものではなかった。
「私も疲れているようだ、とりとめのないつまらん事を考えてしまうとは。」
きっとこの夕焼けの所為。
だからこの独りの時だけは、許されよう。
こんなあまい考えは、今だけ。
「やはり私には、『スキ』という定義は解からないな。」
もう考える時ではない。考えなければならないものは沢山あるのだ。
ハイネルは背筋を綺麗に伸ばして、踵を返した。
もう夕焼けは、薄墨色にかわっている。
気付いていないのは、本人だけ。
何も小難しく考える事はないのに、振りまわされる感情をハイネルの矜持がゆるさないだけ。誰にも好きという定義など解からないのに、当て嵌めようとするのが無理というもの。持余したのは時間ではなく、彼の人の想い。
いや気付いているだろうに、気付いていないフリをしているのだ。
だから、ハイネルも口にはしていない。
それを判っていて蒼い瞳の男も敢えて、口にしない。
二人だけの無言のシーソー。
「私はお前の事は……だかもな。」
ふと、紡いでみたくなる言葉もある。
だけどまだ、それは誰の耳にも拾われない。
呟くだけで満足してしまうとハイネルは無意識に笑みを零した。
了
とおこさん、カッコいいお話をありがとうございました!
なんとお嬢さん、このお話はハイネルの一人称ですよ!私、実を言うとグーとハイネルの一人称ほど難しいモノはこの世にないだろうと思っているのです(笑)。とくにハイネルって難しそうですよね・・・。←あまりに難しそうなので、トライしようと思ったことさえない私・・・。
このお話のハイネルは、グーに惹かれつつも、まだそれが明確な形にはなっていない頃ですよね!知的でクールなハイネル・・・カッコいいです!
そして・・・ごめんなさい(笑)!私、このハイネルの一人称を通して語られるグーデリアン像にメロメロです〜(笑)。だってだって、グーってば、凛としているんだけれど、その分つれないハイネルを気にするどころか、そういうハイネルのこと全部を好きでいて、なおかつ包み込んでくれてる感じがするんです!
あと、端的で簡潔で、それでいてどこか余韻を残すような文体がステキでした。
とおこさん、いつもありがとうございます!今回のお話もとってもステキでしたわ!