報告書


『報告書@
無事、面接を通過し、本日よりハイネル様のチームスタッフとなりました。
監督として、マシンデザイナーとして、ドライバーとして。
日々奔走されている姿には少しの妥協も感じられません。
あまりに日々ご多忙のため、睡眠や食事といった生活の基本を忘れられているようでスタッフ一同もそのことを危惧しています。
私の方からも、何度か食事をきっちりと取っていただけるようお願いしましたがなかなか聞き入れていただけません。
チーム第一のハイネル様は、この調子ではいつ倒れてしまっても不思議ではないと思われます。
特に、ドライバーとして走行する際の影響は著しく、あまり回数をこなすことが出来ない状態です。
少しでもご多忙のハイネル様をお手伝いできるよう勤めてまいります。
追記:S.G.Mからのスタッフには、我々御一族から指示を受けて入るメンバーについてあまりよく思っていない者もいるようです。ハイネル様に気付かれないよう進めるためにも、御一族からS.G.Mからのスタッフに通達をよろしくお願いいたします。』

『報告書A
本日、スタッフの二次募集でのメンバーが決定しました。
私同様御一族の息の掛かったメンバーも、3名無事通過しています。
また、夕方、ハイネル様の熱烈な自称ファンが、ハイネル様を強襲する騒ぎがおきました。
詳細はすでにご存知かと思いますが、ハイネル様にお怪我はありません。
チーム体制の強化へも協力をしながら、ハイネル様の身辺警護にも分担して当たりたいと考えています。
最近、ハイネル様は監督室での仕事が増えてきているように感じます。
マシンの開発は新しいエンジンを搭載し、これから改良に入るための走行データを集める段階にきています。
他のスタッフからは、その時期に来ていると誰よりも知っているハイネル様が、サーキットにあまり顔を出されないのを不審に感じている声が上がっています。
私の方からも伺いましたが、ハイネル様は特に何も応えず、他の話題へと移りました。
マシンについて、何か新しいアイディアが生まれているのかもしれません。』

『報告書B
スタッフの三次募集要項を添付いたします。
ハイネル様は、ご自分の認めた者にしか仕事を任せようとされません。
相変わらず、ハイネル様にかかる負担は大きいままです。
少しでも軽減できるよう、現メンバー全員でそれぞれの得意分野を明確にし配置を再検討しています。
今回の三次募集では、それぞれの分野で活躍し、知識も豊富な追加メンバーを送り込んでいただけるようよろしくお願いします。
今週に入り、ハイネル様に大きな変化がありました。
ハイネル様は、マシン開発に専念するとスタッフに告げられました。
ご自分の設計したマシンを乗りこなすとき、自信に満ち溢れていた頃と比べ最近は考え困れることが増えておられました。
おそらく、体力面での限界を感じておられるのだと推測しています。
ただ、悲壮感は感じられません。
以前から、ドライバーから退くということを、ハイネル様の中では決定付けられていたのかもしれません。
私がチームに参加する時点で、すでに監督室に篭り電話されていた相手と関係があるかもしれません。
連絡先がわかりましたら、至急報告いたします。
また、メンバーとしてこの事態を止めるべきか、ハイネル様の意志に沿うべきかの指示をよろしくお願い致します。』

『報告書B-追加
連絡先がわかりました。
ジャッキー・グーデリアンというサイバーフォーミュラドライバーです。
前回の大会では、スター・スタンピードに所属。
ハイネル様のライバルであると報道され、よく比較の対象にされていた方です。
ドライバーを引退すると公表されてから、グーデリアン選手との連絡はピットでもされるようになりました。
電話越しの会話は、まるで喧嘩のようですが・・・そのときのハイネル様の表情は、私がこのチームに入ってからはじめて見るイキイキしたものです。
グーデリアン選手の情報については別ファイルにまとめました。』

『報告書C
第三次スタッフの募集終了後、ハイネル様は休暇だといわれてハワイに行かれていました。
不在の間、チームで特に問題は発生していません。
本日になり、ハイネル様がハワイから帰国されチームに合流されました。
ハイネル様は、顔や身体を負傷されていました。
メンバー・スタッフ一同、詳しい事情を問いただしたのですが、あまりにハイネル様の表情がすがすがしく深く踏み込めませんでした。
第三次スタッフの募集では、5名のメンバーが合格となりました。
メカニックスタッフばかりですが、これからハイネル様が一番力を入れられる分野。
監督としてこれからチーム全体を指揮されるハイネル様のお力になれるよう、新たなメンバーと共に一丸となって仕事に取り組んでまいります。
そのためにも、メカニックスタッフのメンバーから1名リーダーを選び、2分野でしっかりとハイネル様のサポートに当たろうと考えています。
おそらくメカニックスタッフのリーダーも、我々メンバーから選びなおされると思います。
その者に、メカニック分野でのメンバーの中のリーダーも兼任を指示したいと考えています。
認可の方よろしくお願いいたします。』

『報告書C-追加
ハワイでハイネル様と乱闘騒ぎを起こした相手がわかりました。
すでに一部マスコミでも報道されていますが、ジャッキー・グーデリアン選手でした。
チームに専属ドライバーとして迎えると、ハイネル様からチームに対して正式発表をされました。
ハイネル様の表情は、毎日イキイキされています。
ただ、マシンデザイナーとして設計に携わる時間が増え、睡眠時間は以前にも増して削られています。
食事についても同様で、食堂にも顔を出さない日が続いています。』

『報告書D
第四次スタッフ募集では、メンバーの合格者はいませんでした。
第五次は、今までの固定観念に捕らわれない方法で選ばれると伺っています。
面接官として、私を含めたメンバーも加わるとのことですが、ハイネル様に気付かれないように合格させるのはかなり難しいかもしれません。
また、グーデリアン選手がチームのエースドライバーとして移籍することが、全世界にも発信され日々その対応に追われています。
マシン設定をハイネル様からグーデリアン選手へ全て変更する調整に、ハイネル様もパドックに寝泊りしておられます。
チーム全体の流れが大きく変わり、スタッフの中には離脱する者も数名出てきました。
ドライバーとしてのハイネル様と戦いたい。
そんな想いからこのチームに加入している者にとって、受け容れられない事実のようです。
メンバーは、ハイネル様のサポートを最優先に、ハイネル様の意思を尊重しながらその御身をお守りするよう指示されていますので、監督に専念されても変わらずお傍に仕えてまいります。』

『報告書E
ご一族では反対される方が多いと報告を受けていたグーデリアン選手。
本日チームに正式合流となりました。
スタッフ一同が唖然としたのは、ハイネル様とグーデリアン選手とのやり取りにあまりに遠慮が無いということでした。
私たちのような御一族の指示を受けている者を除いても、ハイネル様と話をするだけで緊張し、うまく言葉が出てこないと悩むスタッフが大半です。
けれど、グーデリアン選手とハイネル様はお互いの意見をぶつけ合い、時には乱闘騒ぎにまで発展しています。
念のため付け加えますが、お二人とも本気の殴り合いというわけではなく、コミュニケーションの一環ととれる程度のものです。
翌日には、何事も無かったかのようにお互い振舞われています。
普段は、チームの責任者として誰よりも完璧であろうとされていますが、グーデリアン選手に対してだけは年相応の表情を見せられています。
また、グーデリアン選手は我々スタッフ側の人間に対して大変友好的で、初日からすでにチームに溶け込んでいました。
選手によっては最低限しかスタッフと接触しないタイプもいるのに、グーデリアン選手らしいなとスタッフの一部はその様子を喜んでいるようです。
場合によっては排除するよう命じられていましたが、しばらく様子を見ることにいたします。』

『報告書F
グーデリアン選手が合流してから、チーム全体の士気が高まっていくのを感じます。
計画通りにこなそうとスケジュールに追われる日々に、気持ちも追いついてきたようでその様子にハイネル様も満足されています。
細かなスタッフ内部の不満も出ていますが、私よりもグーデリアン選手がいち早く察して動かれるため、ハイネル様の耳に届くまでには至っておりません。
私情ですが、グーデリアン選手の起用はこのチームにとってプラスになると考えています。
ドライバーの変更により、同じマシンでも全く違う走行ライン・スピードが実現しています。
メカニックチームからは、ハイネル様の体力を考慮していたリミッターを全て外したと報告を受けています。
記録は日々同じ人間とは思えないバラつきを示していますが、ハイネル様にとっては想定内の範囲らしく少しも動揺されていません。
ご自分では実現できない走行データに、新たなマシン開発の意欲を掻き立てられている御様子です。
ハイネル様からエースドライバーとして走行する負担が取り外され、少しは睡眠・食事の面が改善されるのではないかと期待をしています。』

『報告書G
スタッフも定着し、大会に向けてそれぞれの分担も明確になってきました。
私は、ハイネル様に一番近いチーム全体の補助を負かされていましたが、グーデリアン選手の調整も受け持つようになりました。
ハイネル様の仕事を少しでも軽減すべく、メンバー一同取り組んでいます。
ハイネル様は、相変わらず食事も取らずに仕事をされることが多かったのですが、昨日からグーデリアン選手が私たちスタッフとハイネルさまに夜食を届けてくれるようになりました。
ハイネル様とグーデリアン選手は、監督室で一緒に食事をされています。
それをよく思わないスタッフもいますが、監督とドライバーの意思疎通が出来ている方がチーム全体の方向性も定まり、レースによい結果を齎すと他チームからここにきたスタッフの中には逆に安心している者もいます。
もうしばらく様子を見て、ハイネル様の負担になるようでしたら中止させます。』

『報告書H
夜食とはいえ、食事を毎日同じ時間に食べる習慣ができ、ハイネル様の体調は以前に比べてかなり安定しています。
睡眠時間については、スタッフの誰より仕事の開始は早く、終了は誰よりも遅いためかなり短いと思われます。
食事の面で、私たちメンバーよりもハイネル様を補助したグーデリアン選手の方が、うまくハイネル様に睡眠時間の摂取を持ち掛けられるのではと思うのですが・・・何のためのメンバーだとお叱りを受けそうな報告で申し訳ありません。
ただ、ハイネル様が精神的にお疲れなのは相変わらずです。
特に今週に入ってからはお辛そうで、テレビの取材を急遽スケジュールに組み込まれた分、仕事に影響が出ているのかもしれません。
マシンの開発は良好です。
材料や部品の都合上、なかなか予備としてのマシンを作れずにいます。
ハイネル様がお気を悪くされない程度に、ご一族から援助していただけませんでしょうか。』

『報告書I
ハイネル様の疲れはピークに達している御様子です。
考え事をして、ピットで転倒されたり、ため息をつかれたり・・・明らかに仕事に対する集中力が低下されています。
ハイネル様の様子に、メンバー・スタッフ一同どうしていいかわからないのが本音です。
スタッフにもわかるほど疲れているハイネル様を見たのは初めてだと、S.G.Mからの古参スタッフも困惑しています。
メカニックメンバーからは、ハイネル様には考えられないミスの報告を幾つも受けています。
私たちメンバーやスタッフから休養を勧めても、ハイネル様は取り合ってくださいません。
顔色も悪く、貧血の兆候も見られます。
休養については、強行してでも早急に考えていただかなければなりません。
以前、ハイネル様の問題はメンバーだけで解決するよう指示を受けましたが、メンバー全員、グーデリアン選手に力を借りるしかないという結論に出ました。
メンバーでは、どうしてもグーデリアン選手のようにハイネル様の意思を捻じ曲げてもこちらの意見に従ってもらうという強行には出ることが出来ません。
申し訳ございません。』

『報告書J
大変お叱りを受けたグーデリアン選手のお力を借りての休養ですが、結果的にはハイネルさまの体調はかなり回復いたしました。
仕事上の設計ミス等も全く無くなり、大会に向けての集中力も上昇しています。
最終調整に選ばれたアメリカの地で、美味しい母国の味に出会えたとハイネル様はスタッフにも休養を取らせてくれたことに関して感謝の言葉を掛けてくださいました。
当初こちらのチームに私が加わった頃には考えられないことです。
グーデリアン選手が合流してから、ハイネル様のスタッフに対する対応はかなり柔らかいものに変わりました。
メンバーの力不足で、部外者に頼る形となり申し訳ございません。
けれど、御一族が心配されるほど、グーデリアン選手はハイネル様に悪影響を及ぼす方ではないという想いが私たちメンバーの中では定着してきました。
私たちメンバーでは、監督室から無理にハイネル様を退出させることも難しいことです。
これから、大会に向けて細かな調整を取ることになります。
集中されると、仕事以外、特にご自身のことが疎かになるハイネル様を、仕事から遠ざけ休養へと導くにはグーデリアン選手に頼るしかないのが実態です。
大変申し訳ございませんが、メンバーとして出来ることは、大会までにマシンを一日でも早く完成させ、ハイネル様に休養を取っていただける時間を作ることだけになりそうです。
報告について、期間が更に開くことになると推測できます。
他のメンバーからの報告も同様になるかと思われますが、ご配慮いただければと思います。』

『報告書K
期間が開き申し訳ございません。
本日のテスト走行で、同型サーキットで前回チャンプ風見ハヤト選手が出したタイムを大幅に更新することが出来ました。
全チームが新たな開発に取り組んでいるため気は抜けない状態ですが、ハイネル様はスタート地点に立てたと開発したマシンに満足されているご様子です。
大会まで、時間もありません。
無事、予備のマシンも製作出来、ハイネル様がテスト走行としてですがドライバーも兼任されることになりました。
体調が回復したとはいえ、無理をされるのは明白です。
メンバー一同、更にハイネル様のお力になれるよう取り組んでまいりたいと考えております。
大変申し訳ございませんが、時間との戦いとなってまいりました。
次の報告が更に開くことになるかと思います。
何かハイネル様に関わることで、事件が起こりましたら至急報告いたします。』

『報告書L
ハイネル様が、過労で倒れられました。
ご本人は大げさだといわれましたが、緊急入院することで1日だけですが休養をとっていただけるよう手配を致しました。
大会まであと一ヶ月となり、ハイネル様のスケジュールは過密度を増しています。
今回倒れるまで気付けずにいたのは、ハイネル様と夜食を共にしていたグーデリアン選手をハイネル様から離したことが原因です。
大会が近づくにつれドライバーとしての身体的な調整に入りましたので、私の指示で夜食を届けることをほかのスタッフに変更させました。
その結果、届けられるだけになった夜食に口をつけず、仕事に没頭されるあまり食事をほとんど取っておられなかったようです。
私の配慮不足で申し訳ございません。
時期的に、グーデリアン選手には大会に万全で臨んでいただき、ハイネル様のマシンでハイネル様が望まれている優勝をしていただくためにも、ドライバーであることに集中していただかなければなりません。
夜食を含めた食事の面に関しては、メンバーやスタッフが代わる代わるハイネル様の食事の時間に監督室に伺うことにしました。
会議を食事会と称し、同時に食事を取っていただく方式でこの問題を解消したいと考えています。
大会当日まで、二度とハイネル様が倒れることの無いよう取り組みます。
今回の失態大変申し訳ございません。』

『報告書M
ハイネル様が、過労でかなり体調を崩されています。
スタッフが気付くよりも先に、あまりハイネル様と接触されていないはずのグーデリアン選手が気付き私にフォローするよう指示をされました。
メンバーとして、いち早く気付けず申し訳ありません。
自分ではハイネル様との距離を縮められていたと思っていましたが、心を開いていただくにはまだ不十分で、かなりメンバーやスタッフの前では無理をさせていたようです。
大会に向け、あと二週間。
これからも無理をされ、私たちには気取られないよう振舞われると思われます。
少しでもお力になれるよう、気を引き締めて、少しの変化も見逃さないようハイネル様の一挙一動に目を配らせて参ります。
再三にわたる失態、大変申し訳ございません。』



     *     *     *     *     *     *     



『報告書N
本日無事ブラジルGPを終えることが出来ました。』

報告書Nを入力しようとして、ふと考える。
何処まで御一族には報告すべきか・・・
今日、見てしまったことを全て報告すべきなのか。
スタート直前。
マシンに乗り込んだグーデリアン選手に、インカムを通さず直接耳元で指示を与えるハイネル様。
選手よりも、緊張した面持ちのハイネル様に、グーデリアン選手はいつもの調子で話しかけていた。
あのとき・・・
「なぁ、なぁ、ハイネル。
もしさ、1位でフラッグを受けたら・・・」
「そう焦ることは無い。
まずは、完走だ。
他のマシンとの比較をこのレースでは重要視したい。
お前はリタイア率が高すぎるからな。
実際の走行データが私には必要だ。
かといって、表彰台をみすみす逃してまで完走をしろということでは無いぞ」
どのスタッフよりも、2人の近くにいたからこそ歓声の隙間から聞こえてきた会話。
「・・・完走と表彰台、ね。
わかってるって!
シュティールちゃんのデビュー戦だもんな」
マシンの計器を確認し、他のスタッフからインカムを通して路面状態や気温・湿度のデータを聞き取り始めたグーデリアン選手。
その後ろ姿を、ハイネル様は真剣な面持ちで見つめていた。
私が一瞬視線を外し、振り返ったとき目に入ったのは・・・きっとグーデリアン選手も気付いていない、まるで神聖な儀式のようなワンシーン。
これからレースに送り出すグーデリアン選手のヘルメット後頭部に、そっとキスをされていたハイネル様。
そこに、願いを、想いを、真剣に込められているのを感じた。
初めて、ご自分のマシンを他人に託したこの大会。
ご自身の全てを託したドライバーに何を想われているのか・・・
他のスタッフは、一瞬のことで誰も気付いていないようだったが、見間違いではない。
「じゃ、行ってくるね〜」
インカムを通した声とは裏腹に、真剣な表情でサーキットに向かうグーデリアン選手。
それを目で追うハイネル様・・・
チームにグーデリアン選手が合流してからの、ハイネル様のどこか不可解な行動の意味が繋がってくる。
どこまで、報告すべきか・・・
ノートパソコンが、電話回線の着信を知らせて点滅し始める。
画面を切り替えると、ディスプレイに映る相手は久しぶりに見る家族だった。
『パパ〜!
ママが、今日はパパ疲れてるからお電話ダメって言うの〜
でもね、ずっと良い子で待ってたし・・・』
「わかった、わかった。
ずっと帰ってないし、電話も出来てなかったもんな。
どれくらい良い子にしてたか、パパに教えてくれる?」
GP終了後、閑散としたモーターホーム。
すでに他のスタッフも、つかの間の休息を堪能すべく街に繰り出したり、各自に割り当てられたホテルに寝に帰っている。
モニター越しに久しぶりに見る愛娘。
小学校の制服姿も、最後に見たときよりサマになって見える。
その天真爛漫な声に、自分の肩から力が抜けていくのを感じた。
『・・・それでね、それでね!』
テレビで見た今日の大会の様子を、興奮気味に話している。
どうやら私の姿が映っていたらしく、どこか誇らしげだ。
以前、御一族の会社で働いていた頃と同じくらい、共に過ごす時間は少ないが・・・離れてしまった距離に比べて心は近くなっている気がする。
四方を壁にふさがれたビルの中、書類と数字に追われていた頃より、娘にははっきりと私の仕事が見えているせいだろうか。
『もう、ダメよ!
早くしないと、バスが出ちゃうでしょ。
お友達に、レースのこと話すんじゃなかったの?』
『あぁ!
パパ、もう行かなきゃ・・・遠いところで頑張ってるの、ちゃんとテレビで見てるからね!
良い子にしてるから、グーデリアン選手のサイン貰って来てね!!』
妻の声と交差して、聞こえてくる時計の音。
そうか、電話の向こうは朝の8時なんだな。
『ボクも!ボクも!
パパ、頑張ってね!!!』
大音量の息子の声と、画面いっぱいの瞳のアップに、わかっているよと笑いながら応える。
『ごめんなさいね、ケリー。
朝ご飯を食べているときに、ちょうどレースの結果をテレビで見て・・・』
息子を腕に抱いて、妻が微笑んでいる。
「ずいぶん興奮していたようだね。
ジャネットには負担を掛ける仕事になってしまったけど変わりはない?」
『大丈夫よ。
あなたこそ、変わりは無い?』
「大丈夫だよ。
会社で働いていた頃より、生きがいを感じている。
もうしばらく帰れないし、時差の関係もあってあまり電話も出来ないけれど・・・」
『そうね、私なりに調べてみたけど・・・世界各国を回るみたいね。
一緒にあの子達と調べていたから、お土産をとっても楽しみにしてようねって話しているのよ』
世界地図を買ってきてマーカーまでしているのとクスクスと笑っている。
言葉だけじゃなく、元気だよとその笑い声が伝えてくれる。
「いろいろと趣向を凝らすよ。
君たちに応援してもらわないと、この仕事は続けられないからね。
私の応援団長は、今回のブラジルでは何が欲しいと思ってる?」
たわいない会話も、この仕事に変わってからはとても大切なものだと実感できる。
いつも手に届く距離にいて、何かが起こったとしてもすぐに助けに行ける場所にいた頃とは違う。
絆の大切さを強く感じる。
家族には、負担を掛けてしまって申し訳ないけれど。
御一族からの直々の命令とはいえ、送り出してくれた妻には感謝という言葉だけでは足りない。
しばらく近況やこどもたちの成長振りを聞いて回線を切った。
モニターを報告書画面に切り替える。
私が御一族から与えられた仕事は、ハイネル様のことを第一に行動すること。
ハイネル様の意思を尊重しながら、その御身をお守りすること。
そして、メカニックチームのメンバーとは違い、数値的な実際のレースに関わることよりも実際の生活や行動を身近な視点で報告すること。
日々大会までの調整に追われながらも、全てのことを仕事としてこなしてきた。
けれど、実際に今日のレース経験し、仕事という枠を超えて心の底からチームに優勝をもたらしたいと胸が熱くなった。
ここに来るまでは、サイバーフォミュラには全く興味もなかったのに。
今は、ハイネル様とグーデリアン選手、そしてメンバー、スタッフと共に今回は逃した表彰台の最上部に輝きたくてたまらない。
レース独特の熱気は、大会が近づくにつれてチームを侵食していたそれとも違ったものだった。
思い出すだけで、あの歓声と熱気が脳裏によみがえる。

ハイネル様のことを、第一に行動すること。

その言葉に従うなら、書くことは決まっている。
私はキーボードに向かい、報告書を完成させた。

『報告書N
本日無事ブラジルGPを終えることが出来ました。
ここに書くまでもありませんが、結果は第二位。
ハイネル様は、この成績に心から満足された様子はなく、今回のデータから今後9レースの対策を早速練っておられるようでした。
様々なコースに対応できるよう、移動前後のオフもご本人は仕事に没頭されると予想できます。
今回も、グーデリアン選手の力を借りることになりそうですが、休息を十分にとっていただき万全の体制を整えてまいります。
遅くなりましたが、今回のハイネル様の支援プロジェクトメンバーに選んでいただきありがとうございました。
至らない点が多いですが、ハイネル様の体調管理には十分注意し、この第11回大会の結果にも繋がるような仕事が出来るよう日々勤めてまいります。』


AYAKAさんが今回送ってくださったお話は「こうきたか!」というスタッフ・・・それも、ハイネル家から派遣されたと思しき人物の視点でつづられたお話でした。
こういうのってすごく新鮮ですね!
第三者の目から見たグーハーやチームの様子を文でおっていくと、逆に彼らの存在が生き生きと感じられたりするのが不思議だし魅力だとも思います。第三者の目を通して、自分自身がグーハーの様子を目にしたり、スタッフの一員になったりしたような気になれるからでしょうか。
スタッフからの視点というのも新鮮でしたけど、報告書形式というのがまた目新しくて読んでいて楽しかったです。
カッチリとした文体を書き上げていたケリーなんですけど、最後の方で家族と触れ合っている場面では、一家庭人、「パパ」であり「夫」である彼の姿が柔らかくえがかれていて、ほのぼのと暖かい気持ちになりました。

こういう風に影から見守られているハイネルっていかにも「お坊ちゃん」という感じで素敵!
そしてもちろん、そっとグーのヘルメットにキスを送っているその光景も素敵です。ケリーの目を通して、そのひそやかな儀式のような一場面を私も目にできたかのような気になれました。
AYAKAさん、いつもありがとうございます!


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