お正月を過ごそう♪
ジャッキー・グーデリアン氏とフランツ・ハイネル氏は、日本の国際空港・成田で辟易とした顔をしながらニューヨークへと飛び立った。
確かに国際空港ならばそれ相応の人出を予想していたのだが、その予想を遥かに越えた人ごみに、ジャッキー・グーデリアン氏もぐったりとしてしまうほどのものだった。
ハイネルのバースディを彼の人の故国・ドイツで祝い、グーデリアンはハイネルの予定など聞きもせず強引に、ニューイヤーはアメリカで過ごそうと電光石火の早業で手配したのだ。
それが何故、日本の成田に居たのかと言えば、嫌がるハイネルが譲歩して首を縦に振った交換条件が、日本に寄ることだった。
いわく、『日本の正月と言うものを知りたい』
日本贔屓のハイネルらしい一言だった。この一言でグーデリアンが固まりかけたのは、ハイネルに内緒である。
それではグーデリアンの予定『ニューヨークでしっとりぽっくりとニューイヤーを迎える』が狂ってしまうと慌てたのだがどうにか、年内には日本を発つという事でハイネルが了承してくれた時にはホッとしたものだ。
日本に着くといつの間に連絡を取っていたのか、ハヤト達が空港にまで迎えに来ており、正月を迎えるための買い出しまで付き合ってくれたのである。ハイネルの手際の良さに感心しつつ、グーデリアンとしては日本に着いたら温泉でゆっくりハイネルと湯につかり、あ〜んなコトやこーんなコトをしようと目論んでいたが、おもいっきりアテが外れてしまった。
ぶうたれるグーデリアンを尻目にハイネルはアスカから、正月を迎えるにあたって手配するモノなるリストを受け取り、グーデリアンの相手もそこそこに計画を立てて速やかに買い物をして廻っていた。
その間、二人の間に接触もなくハイネルはアスカに、グーデリアンはハヤトにと引っ張りまわされながらも着々と準備を整えていったのである。
この時から、グーデリアンの頭の中にあった当初の計画は、狂っていったのだが絶対、ハイネルとアツアツのニューイヤー・ホリデーを過ごすと夢見ていたグーデリアンはまだ、気付かなかった。
慌ただしく買い物をして、ハヤト達の日本の家に招かれて騒ぎまくったのもグーデリアンである。ハイネルが相手をしてくれない、とグレられない状況を作ってしまったのもグーデリアン。
まあ、そこのところをしっかりと把握してスケジュールを詰めていたハイネルだったのだが、グーデリアンにばれないのをイイ事に黙って冷ややかな眼差しを送るのみだった。
そう簡単に、いつもグーデリアンの思惑に乗ってばかりではない。
そんなこんなで、ニューヨークのペントハウスに着いた時には、かなり体力を消耗していた。そして、家に入る前に食料品の買い出しも全てハイネルの采配で済ましていた。
たくさん買いこまれた食材は、見慣れぬ物も入っていたがグーデリアンは口を挟まず黙って荷物持ちに徹する。こんな時ハイネルに何を言っても無駄なのは学習していた。
少しばかり重たいな〜、とかさっさと家に帰ってゆっくりしたいな〜、とか思わなくもなかったが、ご褒美を大人しく待つ子供のようにハイネルの後をついていたのである。
「グーデリアン、早く荷物を持ってこい」
すたすたと先に入っていくハイネルは、玄関先で思わずしゃがみ込んだグーデリアンを待たずにドアを閉める。
正月飾りというモノは、『大晦日』(これは、日本でハヤト達に聞いて仕入れた十二月三十一日の別名である。この単語を耳にした時には又一つよい言葉を聞いたものだと満足したハイネル氏であった)までに終わらせなければならない。
日本人のハヤト達に日本で会い、正式な日本の正月の過ごし方を伝授してもらったハイネルは、もうその事で頭がいっぱいになっていた。
常のマシン設計をしているハイネルとは違い、鼻歌でも聞こえてきそうなほど上機嫌なのだ。楽しむべき時には大いに楽しむべし、を実行している。いや、マシンは陶酔してしまうほどの魅力があるのだが、精神的にゆとりを持つというのは、別格である。
多少グーデリアンが邪魔をしても、チラリと視線を投げるくらいでハイネルは自分の家のように、グーデリアンのペントハウスで正月準備に勤しんでいた。
「グーデリアン、何をしている。手伝わなければ間に合わないだろうが」
まずは大掃除から、とアスカに伝授してもらった手順に添って掃除機をかけながら、ソファーにふんぞり返るグーデリアンの前で仁王立ちになってハイネルが柳眉を吊り上げた。
「ハイネル…そんな今更掃除しなくても、ハウスキーパーにまかせてあるんだから大丈夫だって……で、何をしろと?」
ぶつぶつ文句を言いつつもグーデリアンは殺気を感じて、ハイネルにお伺いをたてた。
「貴様の部屋だろうが…綺麗に整理整頓を常に心掛けておれば、こんな事 はしなくても済むのだ」
まるで日本のおっかさん達のような小言である。
全くやる気なしの返事を返しながら、グーデリアンはドア・ベルの音を耳に拾っていそいそと、ハイネルの前から逃げ出した。
『…ミスター・ジャッキー・グーデリアン?こちら、日本からお届けもの です』
インターフォン越しに用件を聞いていたグーデリアンは、日本からの届け物と聞いて、ドアを開けた。
ハヤト達に会った時、クリスマス・プレゼントでグーデリアンが前から欲しがっていたモノを贈った、と聞いていたのだ。そしてソレを使用する為に、日本からニューヨークですぐ使えるよう変圧器も手に入れてきている。
かなり大きな荷物をはしゃぐ子供のように持ってきながら、グーデリアンはハイネルに開けて見ろ、と促した。
「一体、何なのだ?」
「へへへ…イイモンだって。これが無いと正月が来ないってさ」
ウィンクしながら、開けろと言うそばから自分で梱包を解いていく。
「こら、散らすな…ん?テーブルか…」
「じゃん!コタツ、だっ」
テーブルの真ん中には、日本人にはおなじみの赤外線ヒーターがついている。
「……で、敷くものと掛けるものは、どうするつもりだ…」
ハヤト達から贈られてきたのは枠組みされた脚の付いたすかすかのテーブルと天板だけである。コンセントもつけたところで、ハイネルが指摘してきた。
「………」
頭をがしがしと掻いて、グーデリアンが苦虫を潰したような顔になった。
セットで贈ったと聞いていたのだがだが、見当らない。
ハイネルが肩を竦めて、掃除に戻っていく。
「…それが済んだら、シメナワとカドマツを飾ってくれ」
つれないハニーのお言葉に、グーデリアンは凹む。
「敷くものと掛けるものだな…よし…」
無い、と判るとどうしても欲しくなるものだ。代わりのものを探しにグーデリアンは寝室へと向かった。
「敷くもの敷くもの……あるじゃん。掛けるのは……」
キングサイズのベッドの下から、がさごそと取り出したのは綺麗にキルティングされたカーペットと、ベッドカバーだった。アメリカのアルバム・キルトと呼ばれる古くから伝わる手法のキルト。
祖母がグーデリアンの為に、親族の女性たちに声を掛けて作ってくれた品だ。普通ならば結婚式の祝い品なのだが、レースの為にいつも心身休まらないレーサーという職業に就いたグーデリアンの心配をしていた祖母の心情がこもっている。
「グラン・マに祝ってもらお♪ハイネルと使うから、いいか」
彼の祖母がそんなつもりで贈ったのでは無いことぐらい百も承知だが、誰か親しい人にお祝いしてもらいたいくらいなのだ。
やっと手に入れたハニーは、ダーリンに対して冷たいし。
ダーリンの事より、日本の『お正月』の方がイイみたいだし。
女性にはついぞ見せた事の無い、ガキのような拗ね方をグーデリアンはしていた。
ドイツは寒いと言って連れてきたニューヨーク。だけど、ニューヨークだって実は変わらずに寒い。場合によっては、なお寒かろう。
いつもいつもハイネルの実家にお邪魔していては、メイク・ラブも出来やしない。
かと言って故郷に連れていけば、グーデリアンス・ファミリーが黙ってはいないだろう。グーデリアンに負けず劣らず美人に弱い家系なのだ。
押しの強い家族を敵に回して、ハイネル争奪戦が繰り広げられるのが目に見えている。押しに弱いハイネルがそれらを前にして、ジャッキー・グーデリアンの相手をしてくれる可能性は低い。
元来、面倒見は良いハイネルなのだ。初対面の人間にはとっつきにくく苦手意識を掻き立てるのだが、付き合いが出来てくればハイネルの良さが判ってくる。
ハヤト達にしても、ただ黙って立っているだけで頼りになるお兄さんと認識してからは、懐きまくっているのだから。(菅生修という、スィート・ブラザーがいるにも係わらずだ。まったく贅沢なお子様達だよな)
それはもう、グーデリアンが苦笑だけで済まされないほどに。
だから、今年のニューイヤーは、誰にも邪魔されない環境の場所で、たった二人で過ごそうと決めたのだ。(お祭り男のグーデリアンがそこまで決意を固めているのをハイネルは、気付いてくれない)
ハイネルにだって邪魔はさせない。
チームの仲間にだって妬いてしまうほどのグーデリアンは、ハイネルを一人占め出来る環境を作りたかった。
「……グーデリアン、まだ呆けているのか。掃除がイヤなら、モチでも買ってきてくれ」
リビングからハイネルの声が届く。
「シメナワ、カドマツ。それからモチか?」
長い指を折って、ハイネルに言われた事をキルト片手に復唱する。
「そうだ…すっかり私とした事が失念していた。餅は欠かせないのだ」
他に買い忘れがないか、腕組みをして考え込むハイネルの隣りを通りぬけ、グーデリアンはリビングの方へと戻る。
キルトを炬燵に掛けて、グーデリアンは防寒コートを着ると買い物に出る。これ以上、ハイネルの機嫌を損ねては喧嘩になると判断出来よう。(まるでカミさんに追い立てられる亭主だよな〜これって)
十分その事が予想できるグーデリアンは、素直に走っていった。後ろで微苦笑を洩らしているハイネルに気付きもせず。
ハイネルはグーデリアンを見てないフリして、ちゃんと様子は見ていたのだ。
グーデリアンが何を企んでいるのかも、大体わかっている。協力するのは構わないが、彼・ハイネルは『お正月』の魅惑に勝てなかった。
「悪いな、グーデリアン。夜には、ゆっくり過ごそう」
聞こえないであろうグーデリアンの小さくなる背中に、バルコニーから見つめて呟く。
そう、彼にはまだまだしなければならない事が山積みなのだ。
「掃除は、済んだ事にしよう。次は…オセチだったな」
料理好きのハイネルは、これまた丁寧にノートパソへ入力していたおせち料理の作り方を立ち上げると、使いなれないキッチンに向かい合った。
日本料理は得意な分野ではないが、伝統あるお正月料理(本当は日本の母の手抜き料理…いや、ゆっくり家事から解放される為の料理)とレクチャーされれば、しっかりきっちりとしなければならない。と妙な使命感に駆られているハイネルである。
しかもグーデリアンに食べさせるのだ。不味いものは作りたくない。となれば、ハイネルも真剣に作りだした。
キッチンの中を確認して見ればパスタ鍋や圧力鍋もあった。かなり拘りのある揃え方にハイネルは満足の笑みを浮かべた。
何故グーデリアンが圧力鍋を所持しているのか疑問も残ったが、結構調理器具も揃えてあり、手際の良いハイネルは次々に料理を仕上げていく。
しかし彼にいきなり生粋のお節料理を教えるとは、いかにアスカでも出来ずそれらしい料理を書きとめて渡していた。
グーデリアンが出掛けてかなり時間が経ったのだが、集中すると何も見えなくなるハイネルには、その経過がわからないほど。
アスカにプレゼントされた『お重』に、綺麗に盛っていく。
大体一息吐いた時には夜も近く、外はイルミネーションが色とりどりに輝いていた。
「あのバカは、まだ帰ってきていないのか」
ほったらかしになっている炬燵に目を遣り、乱雑に掛けられたキルトをきれいに掛けなおす。
その上に、お重とオレンジ(炬燵にはみかん!とアスカ達が力説していたのを思い出して、ハイネル氏はキッチンに盛られていたオレンジを置いたのだ)。
それと放置されていた門松(大きいのは運べなかったのでミニ門松)を玄関の外側に左右へ分けて置く。
すっかりお正月飾りを見て飾って、ご機嫌なハイネル氏であった。やはり、強行軍を承知で日本に立ち寄って良かったと一人悦に入っている。だが、後一つの飾りモノを手にして、ふと悩みが生じた。
「これは…どうしたものか……」
注連縄を片手に寒い中、薄着であるにもかかわらず考え込む。少し寒いか、とは思ったのだが手に持つモノをどうしようかと思案すれば、少しくらいなら寒さも我慢できると思ったらしい。
そんなハイネルの所へ、猛ダッシュで突っ込んでくる男が一人いた。
「ハイネル!なんで、そんな薄着で外に立ってンだっ」
白い息を吐きながら、グーデリアンが掛けつけてきた。鼻のアタマを赤くしながら、真剣にハイネルを怒る。彼特有のオーバー・アクションで怒気を露わにして。
「いや…お前に頼んでいたが帰ってこないから、飾り付けをしようとして みたのだが、…シメナワどうしようか」
だが怒られていると認識していないハイネルは、手元の注連縄を困ったように見ている。
「馬鹿野郎!そんなもん、後からでイイだろ…冷えているじゃねーか」
「誰が馬鹿野郎だ…喧嘩を売っているのか」
むっとした顔で、ハイネルがグーデリアンと睨み合う。
「ハイネル…頼むから、ニューヨークの寒さを軽く見ないでくれ」
怒っているはずなのに、怒られている気がするのはグーデリアンの気のせいか。どうもすれ違う会話に脱力しかけながらも、グーデリアンはハイネルを心配する。
「いや、すぐ中には入るつもりだったのだ。何をそんなに慌てている?」
「だーっ……。風邪ひいたらどうするんだよ。人の健康管理は、厳しくチェックするくせに、自分はどうなんだってんだ」
ハイネルの手から注連縄を取り上げ、括られた縄を広げる。
「なんだ、これは…」
「だから、どうするか考えていたのだ」
でろ〜ん、と相撲の『まわし』のように藁が垂れ下がっているが、その長さは玄関だけでは長すぎた。
「一体…日本の玄関ってこんなに広かったか?」
グーデリアンの疑問も当たり前だろう。田舎の日本家屋であれば、玄関は広いので注連縄が必要だが、平均の一般家庭では注連縄をする所もすくないだろう。
「確か…ハヤト達は『門松か注連縄のどちらかをすればいいはずではないか』と言ってはいたが…お前と決めようにも、あちこち動き回っていたから聞けなかったし」
どちらも選びがたく、ハイネルは両方購入したのだ。まあ両方とも意味が別な飾りなのだからどちらとも飾ればいいのだが。(注連縄は魔よけ、門松は年神を祭るものなのだから、どちらか一方では一寸片手落ちというわけだし)
「仕方ない…括った状態に戻して、入口にかけよう」
腰蓑のようにし始めたグーデリアンから注連縄を取り上げ、ハイネルが巻き直す。
取り上げられた時触れたハイネルの冷たい指に、グーデリアンが顔を顰めて注連縄を奪い返す。
「ハイネルは、中に入る。後はするから…その指冷た過ぎる」
家の中を指差して、グーデリアンはハイネルに有無を言わせず中にいれた。餅を探して手間取った事を後悔する。
有名人なグーデリアンが道を歩けば、人々がほっとくわけが無い。
まあ元々アメリカのスターなのだから、邪険にされるわけでも無く、またグーデリアン自身もファンは大事にするほうなのだ。ニューイヤー・カウント・パーティに混ざらされ、ついつい楽しんでしまった。
ハイネルがどうこう言わないのを判っているから、であるが、少しのつもりでいたら大分時間が経っており、大事なハニーが待っているとうそぶいてその場から帰ってきたのである。
どうにか餅を忘れないよう足早に、ファンに捕まらないよう気をつけて家路に急いで見れば、途方に暮れたハイネルの佇む姿が見えた。
出迎えてくれたのかと、喜び勇んで近づけば薄着で立っているしで。
こっちが心配しないと自分を顧みないハイネルは、そのうち病気になるのは間違い無いと思う。
注連縄を玄関の上にあるフックに掛けて、グーデリアンも早々に家の中へ入った。
「出来たか?」
玄関で待っていたハイネルは、グーデリアンの手に注連縄が無い事に目を向けている。
すっかり身体は冷え切っているはずなのに、少しは暖まろうとか思わないのだろうか、このドイツ人は。
「やった、やった。…ハイネル、もういいだろ?これで『お正月』だ。後は、ゆっくりしようぜ」
もう心境は、小さい子供に教え諭すお父さんだ。
リビングに向かえば、ハイネルの準備したお重とみかんが目に入る。
「ハイネル…これ」
「『お正月』だからな。しかし、いいのか…このキルト敷くには勿体無い代物だぞ」
「いいって。その内、ちゃんと見繕うから…で、この餅は?」
買ってきた餅を振りまわし、テレビのスイッチをいれる。
もうカウントダウンが始まろうとする頃だ。
「ああ。これが無いと、年が越せないのだ。小皿に一つ載せてくれ」
丸い餅を一つ、グーデリアンが小皿に載せるとハイネルがその上に、小豆を一つ載せた。(これってもしかすると…うちの地方だけかしら)
「餅の上から、零すなよ」
「へ?何するわけ…」
温かいコーヒーを二つ炬燵に持って来て、ハイネルが座る。
グーデリアンも不安定な小豆を落さないように気を付けて、ハイネルの向かい側から炬燵に足を突っ込んだ。
すでにぽかぽかしている炬燵に、顔が綻ぶ。図体のでかい男が炬燵で背中を丸めると、それはそれで愛嬌のあるものだ。
「これで日本は歳神という神様に、感謝するそうだ」
グーデリアンから小皿を受け取って、そっと頭を垂れてハイネルがお辞儀をする。
「へぇ…流石いろんな神さんの居る日本だね『歳』に感謝すンの…俺もするの?」
「勿論だ」
「……」
ハイネルを真似てグーデリアンも小皿を持って、お辞儀をする。
「な、これでセレモニーは、終わりだろ?」
暖かい炬燵の中に、グーデリアンが足を伸ばす。
「ああ…後は、明日いや、もうすぐ今日だな。このお重を食べるくらいだ」
「ハイネルのお手製?」
「…そうだが」
目を輝かせて尋ねられ、ハイネルは口澱む。初めて挑戦したおせち料理だから味の方が心配なのだ。
「俺、ハイネル自身も食べたい。駄目?」
炬燵の中でグーデリアンの足が、ハイネルの足に絡んでくる。
大の大人が二人で入っている炬燵は、小さいものだ。
ハイネルの足が、見えない炬燵の中で逃げる。
テレビの中では、カウント・0になり誰それ構わずキスの交換をしている。
「ハッピー・ニュー・イヤー。ハイネル」
炬燵の中では逃げ回っているのに、炬燵から出ないハイネルへグーデリアンが蕩けるような笑顔で、新年の挨拶を口にする。
最後までどたばたしたけど…サイッコーの年越し年明けだよな?と言うように、ハイネルには聞こえた。
「『あけまして、おめでとう』だ。いい年にしたいものだな、ジャッキー・グーデリアン」
グーデリアンの足を炬燵の中で押し返し、挨拶を返す。ふと思い出したように立ちあがり、ハイネルは掛けていたコートの内ポケットから小さな和紙のぽち袋を取り出した。
「これを忘れるところだった…ほら」
ほら、と差し出されたソレは日本人には馴染みのある『お年玉』という文字がプリントされてある。
「何なに?何かハイネルがくれるの?」
少し膨らみぎみの袋をグーデリアンがいそいそと、開けた。
中には布で包み縫われたお守りが、二つ。それには『交通安全』『勝守り』と漢字で記されている。裏を見れば『野々宮神社』。
一体いつ、ハイネルはこれを手に入れたのか…。
「なあ、これって…何?」
「『お守り』だ。安心しろ、宗教の違いに係わらず持っていても構わないらしいぞ」
確かにグーデリアンは、神道ではない。そして、グーデリアンが聞きたかったのはそういう事でもない。
「俺のこと、心配してくれてンの?」
レースの最中、いつ大怪我をするか判らないのがレーサー。かつて同じレーサーとして活躍していたハイネルが、お守りをくれたのである。
神頼み。レース中には神に頼るなんて保守的な考えは浮かばないが、見ている方からすれば神に縋りたくなる、心の負担。
ハイネルもソウなのだろうか。
「体力だけが取り柄のお前などは、心配してない。私が心配なのは、私の可愛いシュティ―ルが、壊されないかだ」
毎回乱暴な運転でシュティールを操るのは誰だとばかりに、ハイネルは素気無い。レースが始まる前に少しでも乗りこなしたい気持ちは判るが、強引に手綱を取るようなグーデリアンを見ていれば、マシンの方を心配してしまう。
「ふ〜ん…で、この『勝守り』は?勝たなきゃならない、勝つためのレーサーたる、俺の為のモノだよな」
手強いハイネルに、グーデリアンは流し目をおくる。
「それは……神に祈るばかりが、『決まり事』ではあるまい。そうだな…それはお前に、神に誓ってもらう為の『お守り』だ」
勝たせてください、ではなく勝ちにいくという神への宣言か。
いい訳めいた、自分までも誤魔化そうとするハイネルにグーデリアンは無言で見つめる。
『それだけ?』と雄弁に物語る眼差し。
『それ以外に何がある』とうろたえるような眼差し。
無言の駆け引き。
徐々にその距離が狭まって、焦点も定められないような位置まで近づいて言葉もなしに、キスをする。強情を張る必要の無い相手なのに、わがままを言うように突っぱねる相手。
だから包み込んで、めいいっぱい甘やかしたい相手。
バカもするし、恋多き相手。
融通もきかないし、身持ちの堅い相手。
探り合うような恋だけど、互いに生半可な想いで付き合っているわけではない。真剣勝負の恋だから。
立場は、フィフティ・フィフティ。公に出来る仲ではないけれど、共に戦っていくパートナー。
だけどたまには、甘えあうのもイイじゃないか。
今は休息の刻だから。目を瞑って、ココロで感じるままに。
とまどいをみせるハイネルにグーデリアンがソレと判らせないような繊細な気遣いでリードしてみせる。
そのグーデリアンの想いにハイネルは包まれている事を、身体と心で感じ取る事が出来た。けれど億尾にもださない。
深い森を想わせる碧眼を柔らかく細める。
今年は正月気分を満喫できた。次は、是非とも日本で『餅つき』なるものと本当の『正月』を迎えたいものだ。
そのためにならば、ここは少しばかりグーデリアンに譲ってやってもいい。)
レースが開催される春まで、後すこし。
たまにはグーデリアンに甘えさせてやろうかと、ちょっぴり雰囲気に流されそうなハイネル氏であった。
了(汗)
とおこさんが、素晴らしすぎるお年賀を私と皆さんに下さいました!いえ・・・じ、実は・・・まだ許可をいただいていないのですが、時事ネタですので一刻も早い方がいいだろうと勝手に判断してまたもや事後承諾です・・・。とおこさんの優しさに甘えまくってしまってすみません!
それにしても、いつもはクールな文章を書かれるとおこさんですが、こんなにほのぼのした感じのお話も手がけられるのですね!すごいです・・・。
なんだか、『日本式のお正月』にこだわりまくってるハイネルがほほえましくてとってもかわいいです。
さらに、そんなハイネルを横目に、どうやったらハイネルと2人っきりの時間を過ごせるんだろうと頭をめぐらせているようなけなげなグー!こんな2人もとてもステキですよね。
とおこさんの描き出すグーハーは、いつもギリギリの線でお互いを探り合っているような、駆け引きに満ちた魅力的な関係なんですけど、文章内にもある通りに、たまにはこんな風にゆっくりと甘い雰囲気を過ごすのもいいんじゃないかな、と思います。
とおこさん、いつもお世話になっております。本当にありがとうございました!カナダにいる私も、日本のお正月気分を楽しませていただきました!そういう意味でもとってもうれしかったです。
※後日注・・・このお話は、私がカナダに滞在している時にとおこさんが送って下さったのでした。