月の光の降る夜。
・・・あと24分。
『もう子供じゃない』と言ったのは誰だったか。
ジャッキー・グーデリアンは、標準より大きめの身体を小さく縮こまらせて何度目かのため息をついた。
今年から新しく走っている『サイバーフォーミュラ』というカテゴリーは、非常に面白い。
今までのインディも、スピードとエンターテイメントを求める形は十分気に入っていた。でも若くして上り詰めてしまった。物足りなくなってしまった。純粋に、レースをしてみたくなった。速さを競いたかった。
その気持ちは、満たされてきている。そして新たな欲も出てくる。
自分より速い奴がたくさんいる。その中でチャンプになりたい。奴らの上にシャンペンの雨を降らせたい。・・・・・・。
でも。今、このときだけは、CFに来たことを少し後悔している。
インディは自分の母国、アメリカで開催されていた。
もちろんアメリカは広く、サーキットからサーキット、テストからテスト、その中で身体が落ち着くことはあまりなかった。それでもちょっとした時間で実家に帰れて、ちょっと足を伸ばせば悪友が待っていた。
しかしCFの主な舞台はヨーロッパ。
いくらスタンピードがアメリカ資本といっても、テストは旧大陸。親しい人とは、ほとんど会えない。
ましてやルーキーイヤー。
大人な態度をとらないと、なめられることは必至。
・・・そんなのは絶対ヤダもんな・・・。
・・・特にアイツには。
そうふと思って、グーデリアンは苦笑した。
『完全にメディアの戦略にはまっている』と。
同じ年にデビューしたルーキー、フランツ・ハイネル(といっても彼は前回、スポット参戦しているのだが)とは犬猿の仲だ。目が合えば殴り合い、レースで相手の視界に入るとデッドヒートが繰り広げられる。世紀の天才レーサーだが、如何せんまだ血気盛んな若者。
とは、メディアが彼らの目立つ一面を拡大鏡で映して描いたもの。実際互いに衝突はあったが、それでも言われるほど仲は悪くない。むしろ変な絆さえ生まれたりする。
ただでさえCFは、古参のレーシングファンやマスコミからは『機械任せのスピードゲーム』と揶揄されている段階。それに加えてハイネルもグーデリアンも、いくら様々な分野で低年齢化が進んでいようとも、レース界にとってはハイティーンとはいえ、まだまだお子様。周りからのいわれなきプレッシャーや妨害、マスコミなどの嫌がらせが多かった。
互いに痛みを共有するもの同士、同じスピードの世界に浸るもの同士、それでもやはり互いに意識をして、その結果『ライバル』や『友情』の、ない交ぜになった関係が築かれていた。
だからこそ、こんな思いをしているとは知られたくなかった。
・・・まさか、誕生日に一人で過ごすことが寂しいなんて。
・・・あと18分。
腕を解き、足を開放させて椅子からのっそり立ち上がると、再びため息。
ここは自分に与えられたホテルの一室。
チームのメンバーはこの時間起きている者は、データの集計や整理。他は皆明日に備えて睡眠。誰も祝ってくれない。
・・・まあ、それも当然だよな。12時ジャストに『おめでとう』なんて・・・。
グーデリアン家では10歳の誕生日から『12時ジャストにおめでとう』と言われる習慣になっていた。もちろんパーティは当日の夜。だから一回のバースディで、2度嬉しいという寸法だ。
それがテストでヨーロッパにいる今はできない。
もちろん明日になれば、チームがある程度のパーティを開いてくれるだろうが。
・・・それでもやっぱり言われたい、なんてガキの言うことだよな。
少し寂びそうに笑いながら、冷蔵庫の中のシャンペンを取り、一人ホテルのテラスに出る。
・・・あと12分。
月の光がやさしく身体を包む。
ぼんやりと月を見上げながら、ちょっとした既視感にとらわれる。どこかで見たことのあるような色、鋭さ、優しさ。
グラスを弄びながら上を眺めていると、ちらっと視界を横切るものがあった。
何かが動いたほうに首をめぐらせると、そこには見たことのない人が立っていた。
・・・誰だ?確かこのホテルはFICCYが貸切ってるから、関係者しかいないはず・・・。
怪訝な目つきで相手を見ていると、そいつが近づいてきて、グーデリアンの前で立ち止まった。
・・・ずいぶん綺麗な奴だな。
そうグーデリアンが思ったのが先か、
「ジャッキー・グーデリアン」
とその人が口にしたのが先か。
どちらにしろその一瞬後にはグーデリアンはのんびりとしていた身体を、強制的に、俊敏に起き上がらせた。
「ハイネルっ!?」
普段は逆立てている髪の毛と、伊達ではないかと噂される眼鏡をはずして、ゆったりとした服を着ると、全く別人に見えた。しかも飛び切りの美人に。
「何を驚いている?」
「い、いや、普段とあまりにも違ったから・・・」
『綺麗』だと思ったことはふせて適当にごまかす。
「そういうお前も変わっているな。一人で、こんな所でひっそりとしているなんて」
「・・う〜ん。チームの皆は仕事か寝てるし、女の子達とって気分でもないからさ」
頭の後ろを掻きながら、言いにくそうに告白する。
「って、そういうお前は何なの?」
「・・・。この、月の光に誘われて、な」
「?ははっ。何それ」
「で、お前は?」
よくわからない答えだが、ハイネルは正直に答えた。
じゃあ、自分も正直に言わないと、イーブンじゃないよな。
視線を落として腕にはまっている、高性能のデジタル時計に見入る。
「あと6分なんだ」
「はぁ?」
「俺のバースディまで、あと6分」
顔を上げて怪訝そうなハイネルの瞳を、まっすぐ見つめる。
その瞬間に、パズルが解けた。
「それとこの場所と、どう関係があるんだ?」
ハイネルを見たまま、グーデリアンは動かない。
その表情はレース中の野性的な鋭さも、ギャル達といる時の男っぽさとも、パドック裏で垣間見せる年相応の子供らしさとも違っていた。
言うならば、老成した純真な少年、だろうか・・・。全てを悟ったような、新しい発見をした時のような・・・。
「グーデリアン?」
ハイネルの声にふと現実に帰る。
「あ、ああ」
「大丈夫か?体調でも悪いのか?」
「いや、そんなこたぁない。それよりも『心配するハイネル』ってのが俺にとってはよっぽどヘヴィーだね」
いつものおどけた口調で切り返す。それでも言葉に棘が含まれてないのを、ハイネルは感じ取ってくれたらしい。口角を上げて小さく笑うと、ゆったりと顔を上に向けた。
「月というものは、美しい。でも自らの光で輝いているものではないのだな」
独り言なのか、グーデリアンに語りかけるものなのか、そのどちらとも取れる大きさで言葉を発する。
「ハイネルは、月は嫌い?」
「嫌いではないが、太陽のほうがいいな」
「なんで?」
「自らの力だけで、力強く輝くことができるからな」
一瞬辛そうな翳がよぎる。
鳴り物入りのグーデリアンとは違って、目立った実績を持たずにCF入りしたハイネルはその『シュトロムプラムス社の御曹司』という、どうしようもない肩書きのせいで、グーデリアンよりも陰湿なバッシングが多い。
・・・だから、か。でも俺は・・・。
「でも俺は、月の方が好きだな」
「何故?」
「月って女性の象徴じゃない?」
「・・・はぁ。どうせそんな所だろうと思ってはいたが・・・」
ははっ、とらしくなく笑って、
「うそうそ。ホントはさぁ・・・」
そう言い掛けて、時計に目を落とす。
・・・あと2分。
「太陽って、眩しすぎて誰にも見られないじゃない?だからそれより、誰からも見られて、愛されて、身近に感じられて、ないと不安になるような、そんな感じの月の方が好きなんだ」
「・・・意外だな」
「なんで?『目立ちたがり屋』ってハイネルも予想してたでしょ?まんまじゃん」
「まあ、それもそうだが。それでも、な」
月を見上げる。青ともいえなく、緑ともいえないようななんとも不思議な光が降ってくる。
・・・あと1分。
目を閉じる。
神様、俺とのちょっとした賭け。受けてくれます?
・・・あと40秒。
隣でも空を仰ぐ気配がする。
・・・あと30秒。
この静寂の中、自分の鼓動はどう大気を震わせるのだろう。
・・・あと15秒。
・・・あと5秒・・・。
「グーデリアン」
「これも何かの縁だな。こんなタイミングで出逢うのは」
・・・あと1秒・・・。
カウント、0。
「ハッピーバースデー」
目を開けて、顔だけ横を向く。
珍しい。あのハイネルが微笑んでいるみたいに見える・・・。
つられてグーデリアンも嫌味ではない笑みで答える。
「サンキュー、ハイネル」
神様。俺の勝ちだね。
本当は、ハイネルの瞳にそっくりだったんだ。色合いも、鋭さも、優しさも。月ってヤツは。
月が似てるのか、ハイネルが似てるのかはわからないけど。
俺はこの光が好きだなぁ・・・。
二人の間の絆に、『恋愛』という要素が加わるのは、まだ少し先のこと・・・。
ただ、今は。
月のように、常に身近に感じられないと、不安になるだけのこと。
End
たちばなさんが書いて下さったグーのお誕生日話。素敵ですよね!お誕生日話はやはりこうでなくては!(お前が言うか!って感じですみません。笑)
文章が・・・何ていうのか、叙情的なんだけれどスッキリしていて、月のイメージにピッタリだなぁと思いつつ読ませていただきました。個人的に「この静寂の中」で始まる一文の響きやイメージが美しくて大好きです(もちろん他の文も大好きですが!)
月がもたらしてくれたほんのちょっとの奇跡が、きっとこれからの二人の人生に大きな影響を与えていくんだなぁと思うと、月の光の神秘的な部分や美しさが際立って見えるようです。
神様との賭けに勝ったグーは、今度は別の人生の賭け(ハイネルのこととかレースのこととか)に挑んでいくんでしょうね!
たちばなさん、素敵なグーの生誕話を下さってありがとうございました!