想像さえ、したことがなかった。
こんな未来が待っていることを。
人ひとり分の生涯は、思い出で作られている。
一秒ずつの過去を重ね、死に至るその時まで、ゆっくりと、しかし確実に積もってゆくのだ。
だが、膨大なその量の中にも、確実に運命だと信じられるものが、一体どれほどあるというのだろう。
子どものころは仕方がないが、それでも己の判断を任せてもらえることなら何でも自分の意思で決めて進んできた。
すべて己の責任であれば、それが成功しても喜びは大きく、失敗しても己の何かが至らなかったわけで、誰をも恨みようもなくなる。
積み重ねてきた過去は、すなわち自分の軌跡である。
そして、未来を心の中に見据えた時、すべての瞬間が経験として己に反映されるのだ。
―――たった一人の存在を除いて。
グーデリアンの持ち物の中に、エメラルドや翡翠などがあしらわれているものが多いことにハイネルが気付いたのは、もう随分前になる。
普段はTシャツにジーンズ、テンガロンハットというスタイルが定着している彼ではあるが、祝勝会などの改まった場所ではそれなりにきちんとスーツも着こなす。
何かと型破りな行動をすると思われがちではあるし、それもまた事実ではあるのだが、決してTPOを弁えていないわけではないのだ。
そして、そんなちょっとしゃれた格好をする時のグーデリアンの、タイピンやカフスといった小物に、緑色の宝玉が使われていることに気付いて違和感を覚えたのが始まりだっただろう。
グーデリアンの色の印象として、やはりTシャツの白、ジーンズの濃紺、バンダナの赤などで、それは本人は意図してなのか否か、星条旗と同じ色である。
何より、どんな時でも自信にあふれた蒼穹色の瞳が人々の視線を惹きつけてやまないのは、一部の女性たちが騒いでいることでも有名であるし、長めにしている陽をはじく小麦の穂色の髪も、彼の明るい性格を象徴しているように言われることが多い。
総するに、ハイネルに言わせれば、
「騒々しい派手な原色の男だな」
ということになる。
だからこそ、そのグーデリアンからはイメージできない色の装飾品が、余計に目についたのかもしれない。
おそらくは女性からの贈り物なのであろうが、なぜ―――と、出会って間もないころに不思議には思ったものだ。
だが、喧嘩ばかりとはいえ近しくなるうちにグーデリアンの誕生日が5月であることを知り、エメラルドや翡翠がその月の誕生石と気付いてからは、自分の中で納得したからだろう、ハイネルの目にとまらなくなったのだ。
それが、実際にグーデリアンが身につけなくなったからだと、ハイネルが気付くまでには、かなりの時間を要したのだが。
「緑色の?」
水と油のように、他の誰よりも相容れない相手だと思っていたことが、ずいぶん昔のことに思えるようになった頃、ふとハイネルは過去の互いの姿から思い出したように尋ねてみた。
「あれはまだ私がSGMにいた頃だろうか、お前は石の付いた装飾品をもっていただろう?」
グーデリアンは、ハイネルに時期を限定されてようやく思い出したように、ああ、と手を打った。
「そんな前のこと、よく覚えてるね」
「いや、当時、お前からはイメージできないものをつけているなと、逆に印象的だったからな」
「そういう時はさ、冗談でも『ダーリンのことはひとつ残らず覚えてるからね』とか言えないのかよ」
「思ってもないことは言えんな」
「…そういうハイネルちゃんが俺は好きだからいいんだけどさ…」
いじけるように呟いたグーデリアンを、だがハイネルはものともせず、答えを促した。
「あれはねー、サイバーで名前が売れ始めた頃にファンの子たちからもらったもんなんだ」
曰く、誕生石はラッキーチャームになるんだと。
「別にそれで勝てるとは思わなかったし、何よりレース中にそんなもん付けてられないしね」
それでも、せっかくの好意ではあるし、売ったり捨てたりするのもむしろ面倒で、だからそれ幸いとパーティなどに利用させてもらったのだとグーデリアンは告げた。
「だが、ここずっと使ってないではないか」
気に入ったものなら、壊れるまで、いや壊れても修理が可能ならば直してでもずっと使い続けるハイネルには、むしろグーデリアンが使わなくなったことの方が気になった。
「失くしたのか?」
良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把なグーデリアンのこと、どうせそんなところだろうと問えば、グーデリアンは片頬をゆがめるように笑って見せた。
「だって、女の子からもらったものなんてつけてたら、ハイネルがヤキモチ焼くし?」
「なっ」
さも当然のような口ぶりに、一瞬にして真っ赤になったハイネルを見て、グーデリアンは相好を崩した。
「まあ、それもあるけど、本当はさ」
ふたりきりしかいない部屋で、それでもハイネルの耳に顔を近づけて囁くように続けた。
「だってさ、俺はもう、どれだけ金を積んだって買えない緑玉を手に入れたんだからね」
内部に傷が無数に抱えた、それは天然の輝きを強く強く内包していて、誰より何より煌めきを放つもの。
グーデリアンという一定方向からの衝撃や高熱には極端に弱いけれど、それも愛しくて。
いつでも冷静なようで、実は猫の目のように変わる表情は、星の煌めきをはらんでいて、値段などつけられないほどに高価で、希少な。
けれど、石言葉の『幸運・新たな始まり』は、グーデリアンにとっては紛れもなくその通りで、ハイネルに出会えた幸運、出会ってからの幸運、そしていつだって新しいことに果敢に挑んでいるのだから。
古代エジプトの時代ではクレオパトラも愛用していたと伝えられており、富と権力の象徴でもあったとされているけれど、グーデリアンにとっては、それは富や権力よりも価値があるもの。
「では私は、何よりも価値のあるラピスラズリを手にしているのだろうか」
体を重ねた後の、気怠い体を持て余しながら、ハイネルはぼんやりと天井を見つめた。
グーデリアンはすでに夢の中にいるようで、時折ハイネルの体にまわした太い腕をぎゅっと確かめるように抱きしめるほかは、ほとんど動かない。
ほんの数年前まで、グーデリアンとこんな関係になるなんて考えたこともなかったし、当時の自分に今の自分の姿が信じられたとも思われない。
それでも、今ある自分も、自分が選択して来た道も、間違っているとはハイネルは思わない。
ハイネルの夢を叶えるためには、おそらくグーデリアンは重要な要素で、きっと生きてゆく上でなくてはならない人なのだろう。
「成功の保証、か」
12月の誕生石は、ラピスラズリ、ターコイズ、タンザナイト。
どれもグーデリアンの瞳のような色だと思う。
グーデリアンが誕生石を身につけていると知った時、そういえばハイネルも母やリサが蒼い石を選んでくれたことがあることを思い出したのだ。
その時は、別に何とも思わなかったのだが、今考えれば、それは今ある未来を暗示していたのかもしれない。
グーデリアンがハイネルを緑玉と呼んでくれるのならば、ハイネルにとってグーデリアンこそがまさに宝青なのだろう。
それは、数あるパワーストーンの中で最高の力を持つ守護石といわれるラピスラズリよりも、もっと毅く、ずっと美しく、輝き煌めくたったひとつの、ハイネルだけの星。
人の一生ってのは、愛で作られていて。
たとえどんなに孤独だと思っていたって、どこかでその人を思ってる人は必ずいる。
そして、その愛を感じた時、人はどこまでも強くなれる。
想うことも、想われることも、見えなくとも、決して消えるものではないから。
同じ感情が同線上に並び立ち、交わった時、それは時間という概念に縛られない、永遠のものとなる。
お互いが少しずつ歩み寄り、大きな空を越えて出会い、ふたりだけの世界で、新しい人生を始めよう。
想像さえし得なかった未来を。
今、分け合いながら、ともに―――。
といきゃっとさんにお誕生日に関係するお話をいただきました!ありがとうございました!
何回も言っててどれだけ図々しいんだ!という感じで恐縮ですが(笑)、私は誕生月がグーと同じなので、前々から『せっかく五月の誕生石はエメラルド(かつ十二月の誕生石は青い石!)なので、どなたかが『五月の誕生石はエメラルド。ハイネルの目もエメラルドのような(グーハーオトメですから!笑)グリーンということで引っかけて書いてくださらないものか』とずーーっと思っていたのでした。
今回その願いが叶ってとてもうれしいです。しかも書いて下さったのがといきゃっとさん!幸せでした。ありがとうございました!
といきゃっとさんの書かれる文章は、やっぱりいつ読んでも柔らかでしなやかな印象ですね。読んでる間や読み終わったとき、とても暖かい気持ちになれるのでした。
グーとハイネル、この二人が互いにとってどんなに大切な存在なのかが伝わってくるお話で、しかもグーがカッコいい!やっぱりグーに似合うエメラルドはハイネルしかない!という感じでしょうか。
といきゃっとさん、とてもステキな作品を本当にありがとうございました!