自覚症状(グーデリアンの場合)
とあるドイツの郊外。
鬱蒼と繁る森の中を抜けた、高級住宅地の一角でジャッキー・グーデリアンは見覚えのある男を見つけた。ナンパした女性に、用があるので連れて行ってほしいとせがまれて廻した車で待っている間にだ。
その男は、普段のトレードマークである髪型をしていなかったので最初は気づけなかった。何気なく車の中から覗いていたグーデリアンは、綺麗な男だなとぼんやり思っていたぐらいなのだ。しかし、美人に弱い男グーデリアンはその顔に、常日頃何かにつけて邪険にあしらってくれる知人の面影を見たのだった。
薄い色素の髪が、ほっそりとした肢体に似合う柔らかさが見て取れる。整った顔立ちは今しがた門から別れを告げた相手に、やさしい微笑みを浮かべていた。
グーデリアンでなければ、その男が彼だとは気付かなかったであろう。常の彼ならば、ツンツンと頭をおったてて、神経質そうにいつも顔を顰めているのだ。
それが、品の良い服を着こなし、柔らかく微笑んだりしていれば驚くというもの。確かにいつも仕立てのいい服を身に纏ってはいたのだが、表情が鉄壁の堅さで周りをシャットアウトしていれば、ただの堅物にしか見えない。
「ヘイ。妙な所で会うな。」
声を掛けたくなる衝動のまま、グーデリアンはその彼、フランツ・ハイネルに手を上げて己の存在を教える。
「……なんで貴様が此処に居る。」
地を這うような低い声と、不機嫌になった表情で一瞬ばかり驚いたハイネルが声を絞り出した。
「やだなぁ、もう。ジャーマン美人とデートよ、デート。」
陽気な声で手を振る男を、ハイネルは睨めつける。貴重な余暇に顔を合わせたいと思わない男グーデリアンに、気分を害されたまま停めていた車へと歩き出す。
「おい、無視はないだろ。折角親しくなれる、かもしれない機会なのによ。」
「貴様とだけは、親交を持ちたいとは思わんな。」
「んもう、相変わらずなんだから…そんなだと、もてないぞ。」
「構わん。貴様はサッサとジャーマン美人の所にでもしけ込んでいろ。」
いつものように、当人達は気付いていない掛け合い漫才が始まる。
「ふーん、そう言う自分はどうなんだよ。さっきの顔を皆にみせてやりたいぜ。」
「お祖母さまの見舞い、だ。くだらん事を言うな。」
「へー。そうなの、どうこれから一緒に遊びに行かないか?」
いつの間に車から降りたのか、背中を見せて会話していたハイネルの後ろにグーデリアンが立っていた。ドアを開けて乗りこもうとするハイネルを、引き止めて会話を続けたくなったのだ。
「なんだ、まだ用があるのか。私は無いからな、失礼。」
冷めた眼差しであしらうハイネルに、グーデリアンはガキのような衝動を押さえられなくなり、向かい合わせたかと思うとその唇にいたずらを仕掛ける。
「!」
よもや、男とキスするとは頭に無かったハイネルの身体が跳ね上がった。軽いバードキスならぬ、情熱のフレンチ・キスを。
激しく抵抗するハイネルにお構いなしで、グーデリアンは口内をむさぼる。
ただ、からかってやるつもりが本気のキスになっていく。自分でも止められない熱さ。
クールビューティな彼を、熱くたぎらせたくて蹂躙するが、大人しくされるままのハイネルでは無い。鳩尾に一発、容赦無い蹴りを入れてグーデリアンを引き離した。
「貴様、冗談はほどほどに…」
睨みつける翠の双眸に、グーデリアンは息を飲む。鮮やかに煌くその瞳は、怒りによってますます宝石のように、綺麗だった。
「へへへ。お堅いと評判だからな、レースクイーンのお姉様方にも声をかけないからてっ きり経験もないのかと思ってさ。」
満足したのか、グーデリアンは太太しく笑った。
「貴様に心配される覚えは、ない。」
手の甲で、唇を荒く拭いてハイネルが車に乗りこむ。激情に駆られて手が出てくるかと予想していたが、それに反してハイネルは感情が一気に冷えたようだ。
凍てつく眼差しで、グーデリアンを睥睨する。
「覚えていろ。次の時は、貴様をこれ以上に無いほど負かしてやる。」
これ以上、グーデリアンの傍に居たらどんな嫌がらせを受けるか判らないので、ハイネルは退く事に決める。何故、グーデリアンが己に絡むのかも判らないのだ。
遠ざかるハイネルの車を、グーデリアンはヒタリと視線外さずに見つめる。
待っていた女性の事など、毛頭になくなったグーデリアンは走り去る車を、不敵な笑みで送り出して煙草に手を伸ばした。
気の迷いかと自分でも判断できなかった感情が、今の口付けで決定的となった事にグーデリアンは気付く。咥えた煙草を外し、自然と指先が自分の唇をなぞる。
両手に麗しい女性を侍べらすしか考えになかったのに、あのよりにもよって犬猿の仲とも見られがちなフランツ・ハイネルを手に入れたいと思うのだ。
女性のように豊かな胸も、まろやかな尻も無いのに、心惹かれる。
「さあ、早く逃げろよ。だがな、俺は手に入れるぜ。」
一人ごちるグーデリアンの表情は獣じみた、獲物を狙うソレのように遠のく車を見つめている。まるで、レースの最中にいるかのように。
ここまで自分を狂わしてくれるとは、と自嘲が洩れた。
ハイネルは気付かない。いや、自分の容姿すら人の眼を惹くのだということすら知らないだろう。いつも見せる邪険な態度は、グーデリアンを逆撫でる。
女には無い、ギリギリのタイトロープ。
「慌てなくても、必ず会えるんだよなぁ。」
何せ、職種は同じレーサーなのだから次の開催地で顔を合わすのは、当たり前だ。
仕掛けは万全にしなければ。相手は、あのハイネルなのだ。生半可な態度では、眼にも入れてもらえない相手。
グーデリアンはハイネルが欲しいのだと、自覚する。
そう、このゲームは自覚した方が勝ちなのだ。
「どう絡めとるか、だよな。」
最近熱く燃えられなかったレースに、俄然意欲が沸いてくる。
早速、連絡をつけられないよう切っていた携帯電話に、手を伸ばして車のエンジンをかけた。負ける訳には、いかない。
やっと、ハイネルの眼がグーデリアンを真正面から見たのだ。ここで勝たなきゃ、男が廃るというもの。いや正確にはグーデリアンが目をつけたのだが。
ハイネルは、色んな意味でグーデリアンを楽しませてくれる。手に入れたいと思ったものは全て手にしてきたグーデリアンに火が点る。
「お楽しみは、これからだぜ?ハイネル。」
喉の奥で笑い、誰にも見せた事の無い表情でグーデリアンはかの想い人を思い描くと車を走り出させた。
グーデリアンが仕掛けるゲームが今、始まろうとしていた。
まだレースは続いている。熱い風となって、栄光を勝ち取るために、カップとハイネルの両方を必ず手にするのだ。
貪欲なほど勝利の美酒に飢えた男と、それを迎え撃とうとする男。
ドイツの森だけが、その審判となって静かにたたずんでいる。
とりあえず、了かな?
久乃とおこさんが小説をくださいました。とってもとってもうれしいです。本当にどうもありがとうございました。
私はですね、このお話のグーがとっても好きです。このお話のグーって、いい意味でちょっと『悪』のにおいがしませんか?『本気になっちゃいけない』と思いつつも、本気になってしまいそうな、そんな感じのオトナのいい男!ステキです・・・。
(私、ハイネルファンとか言いながら、いつも目がいってるのはグーの方なんじゃ・・・)私が書くアホっぽいグーではこうはいきません!(笑)
ハイネルもクールでカッコいいですよね!つれないところがまたいいです。
そしてそして、何より気になるのが『とりあえず了』とのお言葉!『とりあえず』というコトは、当然続きもあるんですよね?タイトルも『Mr.グーデリアンの場合』ですし、これはもうハイネル編も書いていただくしか!(笑)
とおこさん、本当にありがとうございました!やっぱり、他の方が書いたグーハーはいい!(笑)