いつか君と見る夢を
今は離れていても、ひとりの夜でも寂しくない
いつか君と見る夢を抱きしめて眠るから
雨上がりの空にかかる虹は
僕らをつなぐ夢の掛け橋
どんなに離れていても、この空は君へと続いてる
「・・・熱でもあるのか?グーデリアンは。何かうわ言を言っているようだが」
テスト走行の様子を見に来たハイネルは、無線から流れてくる奇妙な声に眉をひそめた。
その言い方があまりにも真剣で、思わず吹きだしてしまうスタッフたち。
確かに自分たちも最初はそう思い、今日のプログラムを変更してはどうかとハイネルに相談しに行こうとしたのだ。
しかし、1回目の走行が終わって車から降りてきたグーデリアンはいたって元気で疲れている素振りもなく、むしろ上機嫌と言っていいくらいだった。
そして心配そうに自分を見守るスタッフたちに向かって、朗らかにこう言ったのだ。
<今日は朝からこの歌が頭ン中を回ってるんだけど、誰か題名知らない?>
「歌??あれが?!」
「本人はそう言ってますけどね、もとの歌とは似ても似つきませんよ」
そう言ってスタッフのひとりが差し出したCDのジャケットには、女性のシルエットの写真と「スリーピング・ビューティー」の文字が印刷されていた。
グーデリアンにテレビの生出演の依頼が来たのは、それから10分後のことだった。
今夜「スリーピング・ビューティー」がテレビに初お目見えするのを記念して、彼女を驚かせるためのとっておきのゲストとしてグーデリアンに出てほしいのだという。
「スリーピング・ビューティー?誰それ??レスラー?!」
「・・・こんなヤツをゲストに呼んで大丈夫ですか?相手の女性に失礼になりませんか」
花束を渡してもらうだけで十分だと言われ、グーデリアン本人も(訳分からんままに)乗り気では、ハイネルに断る理由はなかった。
スポットライトを全身に浴びながら、ジャンヌは静かに目を閉じた。
今、テレビの画面には「スリーピング・ビューティー」という名前の由来になった出来事が再現ドラマの形で紹介されている。
交通事故に遭い、意識不明の状態で眠りつづけるジャンヌを毎日見守っていた両親の切ない心情がつづられ、そして場面は感動のシーンを迎える。
1年後、事故に遭ったちょうどその日に突然目を覚ますジャンヌ。
「夢じゃないかしら!」と叫ぶ母親に向かって言った言葉。
「夢じゃないのよ、ママ。彼が私にキスしてくれたの」
ドラマの少女のセリフに違和感を覚えて、ジャンヌは思わず目を開けた。
彼?
そんな曖昧な言い方を自分はしただろうか。
その時、ひときわ大きくファンファーレが鳴り響いた。
「ではここで我らが眠れる歌姫の目を覚まさせた王子さまにご登場願いましょう!ジャッキー・グーデリアンさんです!!どうぞ!!!」
インタビュアーの仰々しい声が何を言ったのか咄嗟に理解できなかったジャンヌは、自分の目を疑った。
まばゆい光を通り抜けて、彼が現われた。
あの日と変わらぬ笑顔で自分を見つめる、ジャッキー・グーデリアンがそこにいた。
ジャンヌは、これこそが夢ではないかと思った。
「思ったとおり、いい女になったな。ハニー」
「覚えてるの?私のこと」
「その唇は忘れようったって、忘れられないさ」
あの日、自分がもらったのと同じピンクの薔薇の花束を渡しながら、それはふたりの秘密だよ、と言うようにグーデリアンはジャンヌの唇に軽く指をあてた。
あの頃は自分で自分のことが好きではなかった。
こんな自分だからグーデリアンに振り向いてもらえないのだと思い込んでいた。
だから、グーデリアンに花束を渡そうとして道に飛び出して事故に遭い、ベッドに横たわる自分を見た時も、嫌いな自分という殻を抜け出せたような気がして嬉しかった。
肉体が眠っているあいだも実は意識は高いところで目覚めていて、グーデリアンを追いかけていた。
そしてあの日、同じ場所で再び彼に会った。
今度こそ、花束を渡そうと思った。
そのためには、こんな自分のままでは絶対だめだと思った。
自分以外の誰かにならなければいけないと思った。
いつもそばに居るあの人になりたいと願った。
そうすれば自分の夢が叶うと思っていた。
でも、それは間違いだった。
間違いだと気づかせてくれたのは、他の誰でもない、グーデリアンだった。
『ハイネルの背中なんかにくっついて来なくったって、君は十分魅力的さ』
『あと3年たったらきっといい女になるだろうに。その時にまた会いたいねぇ』
その言葉に応えたくて、自分の気持ちを伝えたくて、歌を歌い始めた。
いつかどこかでグーデリアンに届くように。
「この歌、君が歌ってたんだな。気がついたら俺も歌ってたよ」
そう言ってジャンヌの歌に合わせて歌い出したグーデリアンの歌は、とてつもなく調子はずれなものだったけれど、奇妙に心地よいハーモニーとなってジャンヌの心に響いた。暖かな涙が何もかもを溶かして、自分を生まれ変わらせてくれているようだった。
雨上がりの空にかかる虹は
僕らをつなぐ夢の掛け橋
どんなに離れていても、この空は君へと続いてる
違う場所で同じ夢を 同じ場所で違う夢を
数え切れない夢の色に染まる橋を渡って
今夜は僕が君の夢を見よう
ビルの屋上で月夜の風に吹かれながら、グーデリアンはひとり煙草の煙を燻らせていた。
眼下にはネオンの街並みが広がっている。
その視線をもう少し足元に近づけると、テストコースの明かりが見える。
隣のエンジンシャーシ棟の窓から、何か作業をしているスタッフたちの姿が覗ける。
ハイネルは今ごろ自分の部屋でパソコンの画面を睨んでいるのだろうか。
最高のマシンで最高のレースをするために、みんな、がんばっている。
今夜はシュティールで寝ようかな。
ガラにもなくそんなセンチメンタルな気分になって愛車のもとを訪れたグーデリアンは、先客の姿を見つけて思わず微笑んだ。
車の中でファイルを抱えて眠るハイネルを、月の光が優しく照らしている。
犬猿の仲と評された自分たちが、今、こうして同じチームで共に戦っているのも考えてみれば不思議な話だ。
夢の橋を渡ったってことか。
ふたりをつなぐ、虹の橋を。
<終わり>
このHP、私の書くお話をとっぱらって、稲荷さんや他の方が書いてくださったお話をのせておいた方がどれほどいいかと思いつつある今日このごろ、皆様お元気でお過ごしでしょうか?(笑)
『雨がやんだら』は少しコワイ感じの雰囲気でお話が展開されていて、それはそれでステキだったんですけど、その三年後という設定のこのお話はまたガラッと違った感じでとってもいいですよね!
このお話のグーデリアン、すごく男っぽくて大人っぽくてカッコいいですー。ステキ!
グーデリアンて、こういうさりげない優しさを見せることができる男、という感じがしませんか?(私、夢見すぎでしょうか・・・)
稲荷さん、本当にありがとうございました!いつも楽しませていただいています!