ひげそり


目が覚めると、隣で眠っていたはずのハイネルはいなかった。

いつもながらの早起きには感心する。俺は目覚ましがなろうがモーニングコールが来ようが、どうも起きることができないから。
しかし今朝は珍しく、ハイネルに殴られなくても目が覚めたようだ。
 朝日がすでに差し込む室内は、夕べの名残を完全に払拭している。時計を見ると、まだ朝6時。日の出の早いこの地は、ハイネルがいたく気に入って、オフにはしょっちゅう訪れる。
 ハイネルは、どこにいるのだろう。
 耳を澄ますと、シャワールームからかすかな水音が聞こえてくる。
 俺は大きく伸びをすると、彼の人がいるであろう場所へと向かった。


 ドアをあけると、ハイネルは洗面台に向かっていた。まだパジャマのままのハイネルは、パシャパシャと顔を洗っていた。
 いつも俺が起きる時には完璧に身支度が整っているハイネルだから、なんだか得をしたような気がする。
「モーニン、ハニー」
 声をかけると、ハイネルは勢いよく洗面台から顔を上げた。
 濡れたまま鏡を通してこちらを見たハイネルは、ビックリしたように目をまんまるくしている。
「・・・どうした、妙に早いじゃないか」
 おはようも言わないで、その言い草かよ。
「なんか目が覚めた。そんなに驚かなくてもいいと思うんだけど」
 拗ねて見せると、フンと鼻であしらわれる。
「いつもいつもそうやって自分で起きてくれるといいのだが。毎朝、私がどれだけ苦労してお前を起こしているか知っているだろうに」
 傍らのタオルで顔を拭きながら、ハイネルはそう言った。
 せっかく早起きしたのに、誉められるどころか嫌味をちくりと言われるのは、ちょっと悲しい。
そりゃー、毎日毎日殴られたり蹴られたりベッドから突き落とされたりしないと目を覚まさない俺も悪いんだけどさ。
「今朝はちゃんと起きただろ。ご褒美のちゅうとか欲しいなー」
「するか、馬鹿」
 こちらに向き直ると、怒ったような顔をする。
「けち」
「けちで結構。お前も早く顔を洗え」
 そう言うと、ハイネルは洗面台を片付け始めた。

 ヘアブラシとローション、そして電動でないかみそりと、小さな器に入った刷毛。
「あれ?お前、ひげ自分でそんの?」
「普通はそうだろう」
 不思議そうに、顔をかしげる。
「じゃなくって・・・、かみそりでひげそるんだ」
 いまどき珍しい、T字ではないかみそり。理髪店などで見るような、本格的なものだ。
「電動シェーバーはあまり好きではないんだ。こっちの方が綺麗に剃れるしな」
 もともと、ハイネルは体毛が濃い方ではない。ひげだって、一日くらいほおって置いてもぜんぜんわからないくらいだ。
「オフなんだし、そんなに気合を入れて剃らなくてもいいのに」
「中途半端に生えているのは気持ち悪くないか?」
自分の顎に手をやると、ジョリジョリとした感触。そういえば、3日くらいほったらかしな気がする。
「俺はぜんぜん平気だぜ。こういうのも結構似合うだろ」
 にやりと笑ってやると、ハイネルが、嫌そうな顔をする。
「早く剃れ、みっともない」
「え、似合わないかなあ?」
 ワイルドでいいと、女の子達にもけっこう評判が良かった。
 しかし、ハイネルはお気に召さないらしい。
 ハイネルは俺から目をそらすと、憮然として口を開いた。
「・・・痛いんだ」
「は?」
 問い返すと、ハイネルはみるみる赤面していく。
「だから!・・・お前のひげがあたるから、痛いんだ」
 だから剃れ、とハイネルは真っ赤になりながら言った。

 ハイネルにあたって痛い。
 つまり。
 俺がキスをしたり、ほおをくっつけたり、あんなとこやこんなとこをごにょごにょするときに、あたって痛いと。
 それで、照れていると。
 うわ、かわいい。
「もしかして、夕べ痛かった?」
 とたんにパンチが顔面めがけて飛んできた。すんでのところで、受け止める。
「ごめんって!冗談だよ」
「だったらそんなににやけるな!」
「いや、ちょっと夕べのこと思い出しちゃって」
「思い出すな!」
「そう言われても・・・」
 真っ赤になって捲くし立てるハイネルは、とてもかわいい。
 背だって高いし、俺よりは細いけれどきちんと筋肉がついたいい身体をしているし、整った顔立ちをしているけれど童顔なわけではない。端から見たら、めちゃくちゃいい男だ。
 それでもかわいいと思ってしまう俺は、心底こいつにイカレテルんだと思う。
「え、ええっと、それじゃさ、俺のひげ剃ってくんない?けっこう伸びてるし」
 そろそろ折れないと、ハイネルのご機嫌を本当に損ねてしまう。
「嫌だ」
「そんなこといわないでさー、ハイネル。自分だとどうしても剃り残しがあるんだよね。なかなかすっきりしないからさ。ハイネルだったら、上手に剃れるだろ?きっと」
「・・・」
「ね、頼む!」
「・・・」
「オネガイシマス!」
「・・・そこまで言うのなら、仕方がないな。こっちへ来い」
 溜息をつきながら、ハイネルは俺を手招きした。


 ベッドに寝転がった俺は、神妙な顔のハイネルを間近に見て悦に入っていた。
 ハイネルの細い指が、俺の頬や顎を上下し、クリームを丁寧に塗り込んでゆく。
「まったく、伸ばしすぎだぞグーデリアン」
 憎まれ口をたたいているが、綺麗な翠眼は真剣そのものだ。
 落ちてくる前髪を煩わしそうにかきあげると、じっと俺の顎先を眺める。
「毎日はメンドクサイからな。剃らないですむなら、そのほうがいいかも」
「永久脱毛でもするか?」
「げ、勘弁してくれよ」
 俺の目に視線を移すと、ふふんと笑う。
「このくらいの長さだと、抜くのも楽しそうだな」
「やーめーてーくーれー」
 痛いのは嫌だーという俺のおでこをぺちりと叩くと、ベッドから降りた。
 程なくして戻ってくると、ホットタオルを俺の顔に乗せた。
「落とすなよ。しばらくそのままでいろ」
 そう言うと、ハイネルはまた立ち去った。

 寝起きの顔に、熱いタオルがとても気持ちよかった。眠いような、目が覚めるような不思議な気分がする。
 思えば、朝からこうやってハイネルにかまってもらうのも悪くない。
 いつもは「早く起きろ」「早くご飯を食べろ」「トレーニングに行け」「設計の邪魔するな」なんて、怒鳴られてばっかりだから。
 オフくらい朝からいちゃいちゃしててもいいじゃないかと思うけれど、ドライバーオンリーの俺からは想像もつかないくらい忙しいハイネルの時間は、何かと用事で埋まってしまう。
 そりゃねえよなあ、なんて思うけれど、
「監督が頑張っているのは『グーデリアンを勝たせるため』なんだぞ」
なんてチーフから言われたら、ハイネルが忙しいのさえ嬉しくなってしまうから、俺も単純だ。

 でも。
たまにはゆっくりと二人だけの時間が欲しいと持っても、罪じゃないと思う。

 そんなことを考えていると、ハイネルがベッドに乗ってきた。手には先ほど見たかみそりと小さな器が納まっている。
 タオルを取ると、俺の顔を覗き込んで、頬に指を走らせる。
 満足そうな表情をすると、「口を開けるなよ」と言ってから、小さな器から白い泡のついた刷毛を取り出し、泡を俺の顔に塗りつけてゆく。
 けっこうくすぐったいのだけど、笑うと怒られそうなので我慢する。

 俺の目の前には、揺れる前髪と深い翠眼。
 じっと俺の頬を見つめるハイネルの瞳は、さながらマシンを覗き込むときのようだ。そういう眼で眺められると、くすぐったい気分になる。
 視線が合わないのはちょっと悲しいが、こんな間近で無心なグリーンアイを見ることはあまりないので、得をした気分だ。
 ハイネルが俺に向ける視線と言えば、怒っているのがダントツに多い。レースのときは燃えた眼をしてるし、夜は熱っぽく潤んだ瞳を拝むことができる。
 でも、こういうのもなかなかいいかもしれない。

 まんべんなく俺の顔に泡を載せたハイネルは、かみそりを手にすると少し考え込んだ。
 そして俺の左側に回りこんで腰を据えると、ぽんぽんと自分の腿を叩いた。
 ・・・それは、ひざまくらってことデスカ!?
 眼で尋ねると、ハイネルはこくりと頷いた。

 ブラボーー!

 叫びだしたいのをぐっと抑えると、俺は頭を移動させた。
 よりいっそう、ハイネルの顔が近づく。
 近くで見ても、整った顔をしている。・・・右手に光る刃物が少し怖いけれど。
「絶対に動くなよ。危ないからな」
「はーい。オネガイシマス」
 俺はハイネルの暖かさに満足しながら、良い子のお返事をしておいた。
 
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 剃り終わった俺の頬に、ハイネルは指先を滑らせている。頬から顎、反対の頬、鼻のした、また頬。
「ハイネル」
「ん」
 生返事なのは、集中しているから。我ながら、自分の顔にやきもちを焼いてしまいそうで、苦笑する。
 剃り残しがないかチェックをしているのだろう。覗き込みながら、丹念に、指を進める。
 ハイネルの方から、俺に触れてくるなんてことはほとんどない。キスをするのも、抱きつくのも、俺の方だ。
 だから、この状況に興奮してる自分は、おかしくない・・・と思いたい。
 膝枕のうえに、抱え込まれるようにして顔を撫でられてるだけで、脈拍があがっている。
 ハイネルのにおいに包まれて、体温を感じる。
 だから、ハイネルを抱きこんでしまっても、俺のせいじゃないと思う。
「うわ!何する、グーデリアン」
 ベッドに押し倒されて声を荒げるハイネルは、とたんに不機嫌そうな顔になる。
 それでも、パジャマのままで髪も下ろして眼鏡もしてないから、恐さがいつもより5割減だ。
 強烈に愛しさがこみ上げてきて、俺はハイネルに熱烈なキスをする。
「うーーん、愛してるよ、ハイネル!」
「だからなんでお前はそう脈絡がないんだ!」
「俺的には自然の行動なんだけど・・・」
「どこがだ、この馬鹿!」
 じたばた暴れる身体を抱きこんで、もう一度キス。
 舌を絡め、口蓋をくすぐる。温かいハイネルの身体を、思い切り抱きしめる。
 いつのまにか俺達は、絡まりあいながらバードキスとフレンチキスを繰り返している。
「ねえ、もう痛くないだろ」
「そうだな・・・私が剃ってやったんだから、あたりまえだ」
「じゃあ、スリスリしていい?」 
「だめ」
「いいじゃん、ハイネルー」

 ベッドの上で、朝からじゃれ合う。
 こんな朝も、たまにはいい。


                                    Fin



 た・・・たまにはじゃなくて、毎日そんなんでいいです!毎日そんな風に朝からベッドの上でじゃれあっててください!!!!

 ・・・・し、失礼いたしました(笑)。

 私だったら1日ももたずにギブアップしてしまうであろう忙しい日々の中、あいりさんがこんなにステキな小説を書いてくださいました。ありがとうございました!
 私はグーかハイネルの一人称で話を書くのがとても苦手です。というか、あまりにも苦手すぎて一度も試したことありません(笑)。ですので、グーやハイネルの一人称でお話を書ける方は、それだけでもうセンボウの的なのです。
 今回のグーデリアンは、男の人特有のかわいらしさにあふれていてステキですよね!こういうグーデリアンにこんな風に一心な思いを向けられたら、ハイネルも甘やかしまくってしまいたくなるのではないでしょうか。
 そして!「ひげがあたって痛い」と言って照れているハイネルもめちゃめちゃかわいかったです!
 あいりさん、お忙しい中、こんなにステキなお話を下さって本当にどうもありがとうございました!とてもうれしかったです。

                         


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