勝利の女神と緑の目の怪物


勝者へのインタヴューは佳境に入り、ようやく終わろうとしていた。
しかしあるインタヴュアーがした単純な質問に対し、今回の優勝者であるジャッキー・グーデリアンが返した言葉に、場内は騒然とすることになる。
『今、この勝利を誰に一番伝えたいですか?』
「誰にって…?」
レース後の程よい疲れが見える男臭い顔は少し考え込んだが、やがてはっきりと言い切った。
「うん、そうだね…んじゃ、俺の勝利の女神に。」
その言葉の内容が場内に染み渡った途端、壮烈なフラッシュが発言者に浴びせかけられた。彼の影さえ壁に焼き付けられそうな勢いだった。
『勝利の女神ですかっ?つまりそれはグーデリアンさんの恋人ということですか?』
報道陣が固唾を飲んで見守る中、ほんわりと浮かんだ幸せそうな笑みがカメラで切り取られる。相手が誰であるか、報道陣の誰一人として知りはしなかったが、ジャッキー・グーデリアンが今とても幸せな恋愛をしているのは一目瞭然だった。
かつては、"世界の恋人"や"希代の女たらし"、下世話なところで"サーキットの種馬"などと呼ばれ数々の浮名を流しまくっていたグーデリアンだが、最近はとんとメディアに噂やネタを提供していなかった。当然その恋人について、飢えたメディアの質問は殺到する。激しい追求の質問の嵐の中、グーデリアンは微笑んだまま、それでもそれが誰であるかについては頑として一切明かそうとしなかった。
『じゃあ、一つだけ。グーデリアンさんから見て、恋人はどんな方ですか?美人ですか?』
その質問にも思わずにこりと笑ったグーデリアンが、どう答えようかと考えている間も、滝のようにフラッシュが浴びせかけられる。
「とんでもないくらいの美人だよ。いくら見ても俺は見飽きないね。……ただ、」
『ただ?』
「玉に疵なのが、"緑の目の怪物"でね、怖いんだ。」
言って茶目っ気たっぷりに彼がウィンクすれば、そのサービス精神に場内が沸いた。
『ハイネル監督のような緑の目、ですか?』
グーデリアンの発言のダブルミーニングに、思わず笑いだしながらお約束な突っ込みを入れるインタヴュアーまでいたという。

優勝ドライバーであるジャッキー・グーデリアンと、その傍らで後半呆れたように曖昧な笑みを浮かべていたチーム監督フランツ・ハイネルが去ったインタヴュー会場から、報道陣が一斉に飛び出して行く。それぞれの本社へと原稿を送信するために。



ジャッキー・グーデリアンはようやく長々と続いた祝勝パーティーから逃れて、宿泊するホテルへと単身たどり着いた。彼が誰より愛する恋人であり監督であるフランツ・ハイネルは、彼より先にパーティー会場から脱出して部屋に帰っている筈だった。その辺は抜け目なく、勝利のチェッカーフラッグを受けた直後に恋人の耳に囁いて打ち合わせ済みだったのだ。
フロントで自室のキーを受け取り、グーデリアンはエレベーターに乗った。手にしたキーはごくスタンダードな電子キーではなく、今時、と思えるほどのクラッシックな金属製で、彼の手に程よい重みを伝えてきた。
エレベーターのパネルの上層階のいくつかのボタンの傍らには、それぞれ鍵穴が空いていた。その階に該当するルームキーを差し込んだ上で、ボタンを押さなければならないような仕組みになっている。
ホテルに宿泊する客が有名人であった場合、報道陣や追っかけなどがどうにかして部屋番号を知りドアの前まで押しかけて行く場合もあり得る。だがこれによって、その階に宿泊する客だけがそこでエレベーターを降りることが出来る。いかなる客に対しても平穏なホテルライフを提供することも、ホテルの役目なのだ。
サイバーフォーミュラのトップレーサーであるグーデリアンの部屋も、当然そのような階に用意されていた。ハイネルの部屋はその隣であり、"どうせ同じベッドで寝るのにー"というグーデリアンの発言は、予約する段で念入りに黙殺されたのは一目瞭然である。


意気揚々とフロアに降り立ったグーデリアンは、既に黒いフォーマルのジャケットを脱いで肩に掛け、ネクタイを外し、ドレスシャツのボタンをいくつか寛げていた。パーティーの為にムースで固めて額を出すようにしていた金髪も、幾筋か乱れ落ちている。ごくノーマルな形のフォーマルに、ごくノーマルな髪形。それでもそれが絵になる大した色男ぶりだった。
グーデリアンはふかふかとした廊下の絨毯を踏んで自室の扉の前を素通りし、ハイネルの部屋の前に立った。気取った軽いノックを二つ。
「ハイネル?」
…部屋の中からのいらえは、ない。
「………あれ?」
パーティー会場からほっそりと端正な後ろ姿が抜けて行くのは、確認していた。絵画から切り抜いたように似合うフォーマル姿がやけに綺麗で鮮やかで、さんざめく人波の遠くに見える小さな姿でもそれがハイネルだとすぐに分かった。会場から逃れた以上、今日ぐらいは彼はこの部屋の中にいるはずなのに。
「どっか寄り道してるのかなあ。」
ハイネルが寄り道をするというのはどうにも想像できないが、何らかの事情があるのかもしれなかった。グーデリアンはふらふらとまたエレベーターでロビーに降り、フロントでハイネルの部屋を呼び出して貰うついでにルームキーの所在を尋ねた。
「キーは先程ハイネル様がご自身でお持ちになりました。」
フロントはキーボックスをチェックし、にこやかな笑みと共に先にグーデリアンに知らせて寄越した。
「…変だなあ。」
グーデリアンが不思議そうに首を捻ると、フロントの女性はつられたようににっこり笑って小首を傾げる。
真っ当なホテルは、他者の情報を一欠けらたりとも無関係な者には教えない。ただ、ここしばらく彼らが滞在したこのホテルでは、グーデリアンがハイネルの、ハイネルがグーデリアンの情報をフロントに聞きたがることが余りに多かったため、たまりかねたフロントが双方に確認を取り、結果お互いの情報はお互いに伝えてもよいことになったものである。
考え様によっては結構恥ずかしいことではないかとも思われるが、当事者二名が何とも言わなかったのでホテルスタッフは勿論黙ってこれに従った。
「…フロントでございます。ハイネル様、お休みのところ申し訳ございません。グーデリアン様よりメッセージをお預かりしておりますが、お伝えして宜しいでしょうか?」
フロントの奥で、フロントマネジャーが受話器を片手に流れるように言いながら、にこやかな目顔でグーデリアンに問いかける。グーデリアンは手を伸ばし受話器を受け取った。
「ハイネル?あのさあ…あ。」
グーデリアンが出ると不意にぷつりと通話が切れた。受話器をフロントマネジャーの手に返し、グーデリアンはにこりと笑いかけた。
「ま、いるのが分かればいいんだ。行ってみるし。…ありがとう。」
そつなくグーデリアンはフロントマネジャーに礼を言い、女性スタッフにはウィンクを送ると、再びエレベーターに乗り込んだ。


だが、やはり再び向かった扉はうんでもすんでもなかった。しかし機嫌の良いグーデリアンは諦めずに扉をノックする。
(居留守だな、こりゃ。…でも何でだ?)
どうして恋人にそんな態度をとられなければならないのか、どう考えても彼には分からなかった。しかも見事レースに勝って最高に気分の良い夜に。
少し彼は考え込んだが、答えは浮かばなかったし、相手が中にいるのは分かっているのだから、結局のところ遠慮などしなかった。
「ハーイネルー、いるんだろー?開けろよー」
このフロアには部屋はそう多くはない。落ち着いた色合いの廊下にはグーデリアン以外の姿はなかった。大きめの声を出し、少し荒く扉を叩いても誰かの迷惑にはならないと思われた。
「ねー、何でー?恋人じゃん、俺?」
ちょっと他人に聞かれたら(ハイネルが)困るかな、と自分でも思わないでもない発言を彼があえてすれば、途中で中からリアクションがあった。ドアの振動と共に、痛烈な打撃音が。
「………ハ、ハイネル?」
その後はいくら耳を凝らせてもやはり無音。完全黙秘のドアをしばし眺めた後、グーデリアンは負けじと呼びかけを再開した。
「ねー、開けてよ、……開けてくれないとなー、……えーと、ハイネルはー、俺とー」」
どう言えばどうハイネルが反応するか、グーデリアンには自分の事のように分かり切っている。わざとそういう言葉を選んだ甲斐あって、再び打撃音と共に今度は声が一つ返る。
「うるさいっ」
反応さえ掴めばこっちのものだ、とグーデリアンはドアにぴたりと寄り添った。
「ねえ、このドア開けてよ。さもないともっと色々喚いちゃうよ?…確かマネージャーもこのフロアじゃなかったかなーあ。ねーハイネル…」
出し抜けに扉が開いたのでグーデリアンは軽くよろめいたが、内側に倒れ込むようなことはなかった。何せ開いたといってもほんの少し、彼の掌の幅くらいだけだったのだ。彼が内心少し辟易して扉の隙間を眺めると、ぴんと張ったドアチェーンが見えた。
ハイネルの姿はそんな僅かな隙間からでは、勿論ちらりとも見えはしない。
「どーしてチェーンなんか掛けるんだよー。つれないじゃん、ハイネル。確かにちょっとパーティー会場に居すぎたけどさーあ。」
「…近所迷惑だ、声を落とせ。……何の用だ?」
ドアの陰にいるらしきハイネルの、不機嫌な声が聞こえた。グーデリアンが思わず本当に何もしてないかとここまでの自分の素行を本気で考え直したほどの、地獄の底から聞こえたような声だった。
「何の用だって…あの、さ…」
お前と甘い夜を過ごすために、とは流石のグーデリアンでも口が裂けても言えないような雰囲気がそこにあった。
「…お前の部屋は向こうだろう。」
冷静な言葉が辛辣な口調でグーデリアンに投げ付けられる。扉の隙間の向こうの気配を伺いながら彼は口を尖らせてみた。
「…何でお前そんな腹立ててるわけ?パーティーが終わったらお前の部屋に行くからさって言ったら、良いって言ったのお前だろ?」
つい先まで機嫌がよかったグーデリアンだが、何だか切なかった。恋人の言葉は余りに邪険で、そしてやはり全く理由が分からなかったので。
「どーして俺、お前にそんな風に言われなきゃいけないわけ?今日みたいな日には恋人と一晩中一緒にいたいと思うの、俺だけ?」
切ない気持ちそのままに隙間に囁けば、すう、と息を吸う気配があった。
「…ならば何故私の所へ来る。行けば良いだろう、恋人の所へ。」
「だから来たんじゃ…」
「お前には"勝利の女神"がいるのだろう?」
グーデリアンはしばらくその言葉に空色の目をぱちぱちと瞬かせたあと、がくりと頭を垂れて瞑目した。
(どうしてそんなとこに引っ掛かんだよ、馬鹿。)
彼の最愛にして唯一の恋人は、そんな些細な言葉に引っ掛かっていたのだ。
こりゃあ持久戦だな、と腹をくくって腕組みをしたグーデリアンは、扉に背をもたせかけた楽な姿勢をとる。そのまま隙間に顔を向けるようにして囁きかけた。
「……お前そんな言葉で腹立ててるの?俺に他に恋人がいるって思ったわけ?俺がそんな男だと思ってるわけ?なあ答えろよ、フランツ・ハイネル。」
声というのは意外に様々な情報を伝える。グーデリアンの顔から呆れたような笑みが消えたことを、そのくっきりとした言葉尻にハイネルも感じ取ったらしい。
「…"勝利の女神"の話を始めたのは、お前だろう?………女神と言えば当然ながら女だ。……とりあえず少なくとも私じゃない。」
闇雲に腹を立てていたらしい気配を消して、ハイネルの言葉が静かに返る。
(ああ、もうこいつってば…)
夕方からこっち、ハイネルは穏やかで曖昧な笑みを浮かべながらあらゆる人間をあしらっていた。その普段と変わらないようで何となく心もとない様子に気づきつつも、彼は疲労しているのだろうとグーデリアンは思っていた。しかしその実、彼の恋人は、彼の言葉を正に文字どおりに誤解してどうやらかなり深く傷ついて、悄然としていたのだとしたら。
それに気づいてグーデリアンは、今頃、と自分の鈍さを呪った。いつでも愛する恋人の事を思っていたいけれど、さすがにレース前後はレース関係を最優先してしまう。それはレーサーの性なのだが。
もう大分前のことのような気がするインタヴュー会場に、ハイネルも同席していた。そこで確かにグーデリアンは言った。『俺の勝利の女神に』、と。だがグーデリアンがそこに込めた言葉の意味は、一番伝えたいハイネルにはどうも全く伝わっていなかったらしい。
サイバー界随一と言われる立派で多才な頭脳を、こういう方面にもたまには使って欲しい、とグーデリアンは思いながら言葉だけは屈託なく続けた。
「……なあ、ハイネル。"勝利の女神"って、定義は何だと思う?」
「………女神の…定義?」
グーデリアンが隙間に向けて問えば、ロジックの好きなハイネルは釣り込まれて考え込んでいるのか、暫く扉の向こうは無言だった。
「どう?」
「定義と言われても…文字通り己に勝利を与えてくれる女神だろう?」
「そうだよ。でもさ、勝利って自分の手で掴むもんだろ?」
自分で言っておきながら何だ、とばかりにハイネルが不審げに身じろぎするのがグーデリアンには気配で分かる。
「勝利を掴むのが自分の手だとしたら、じゃあ勝利の女神って何をしてくれるんだろう?」
「………?」
「…俺の手じゃ届かない、俺の手じゃフォローしきれないとこを、助けてくれるのが勝利の女神だと俺は思うんだ。」
「……」
グーデリアンは目を閉じて背中の向こうに、きっとやはり毅然とした姿勢で立っているだろう愛しい恋人の気配を掴もうと、感覚を澄ませた。
こんなに好きなのに、言葉というものは何と不自由なものか。触れ合って力いっぱい抱き締めればきっと伝わるようなことが、どれだけ言葉を尽くしても伝わるかどうか分からない。
「ハイネルは俺に走るための最高のマシンを造ってくれる。そうだろ?」
扉脇の壁に凭れて、ハイネルはきっと彼の言葉を一言一句逃さないように聞いている。言い聞かせるように優しい声で、グーデリアンは続けた。
「俺じゃ全然分からないデータとか、情報とかを読み解いて、ハイネルは俺に教えてくれる。俺が勝つためのシステムを作って、チーム内を纏めて俺のために全員の力を完璧に集めてくれる。…ドライバーとしての俺を、最大限に活かすための環境は、全部ハイネルが造ってくれてると思うんだけど、違う?」
最終的に戦って勝つのはドライバー一人だとしても、そのために必要な様々なことを、どこのチームでも沢山のスタッフが支えている。グーデリアンの所属するチームでは、監督でもありマシンデザイナーでもありサイバーシステムのプログラマーでもありテストドライバーまで兼ねる凝り性で多芸で有能な男が、全てを統括している。その男の力がなければ今日の勝利はきっと無かったと、グーデリアンは間違いなく断言出来た。
「俺の手じゃ届かないとこを、全部助けてくれて、俺に勝利を齎してくれる。」
そして、荒れたときも、投げやりになったときも、もう駄目だと思ったときも、叱咤激励し、叱り飛ばし、殴り倒し、ごくごくたまに優しく抱きとめてくれもする。
「だから、俺の"勝利の女神"は、お前だよ、ハイネル。」
どんな他人でも代替物のない、そんな唯一絶対性も"女神"に例えるには格好だろう。少し気障かなとグーデリアンも自分でも思うが、きっと何度考えてもこういう表現になる。
「……俺、お前のことを自慢したかったんだ。皆の前で。ああいう言い方なら、思いっきり自慢できる、だろ?」
グーデリアンが囁けば、こつん、と小さな震動が聞こえた。壁に寄り添ったハイネルが頷いたか頭を振ったか。
「……………でも、"女神"と……」
結局問題はそこだけなのかもしれない。グーデリアンが大きな手で頭を掻くとセットしていた金髪は本格的に崩れて、ハイネルや誰もが見慣れた男のいつもの顔がそこに残る。
「そりゃ言葉の綾って奴だよ。」
「?」
「……だって、"勝利の神"って言ったら何かゴロも悪いし、生々しい割に効果なさそうじゃん。変なんだよ、言い回し的にさ。…だから"勝利の女神"、って言っただけだよ。それだけなんだよ、分かったかよ、ハイネル?」
扉の向こうは身じろぎもしなかった。
「変なことに引っ掛かんなよ。いつでも俺の気持ち、100%信じててよ。よく分かんないなら幾らでも説明するけどさ、要するに俺が一番勝利を一緒に祝いたいのは、お前なんだよ。俺にはお前しか、いないのに。」
グーデリアンが扉の隙間を覗く角度を変えると、扉脇に張られた鏡の隅にぼんやりとハイネルであろう人影の一部が見えた。彼は赤面しているようだ、といったら夢を見過ぎだろうか?
「………。」
「………ハイネル?」
「………。」
「なあ、何とか言ってよ。」
「………グーデリアン、」
その声を聞いた瞬間、グーデリアンはたまらなくなった。それほど、何とも寄る辺無い声だった。きっとハイネルはひどく無防備な表情で言葉を紡いでいる。
「……それにしても、お前が、緑の目が嫌いだとは知らなかった。」
一瞬グーデリアンは、これまでの経過も何もかもほっぽらかすように呆気に取られた。
「何で?すっごい好きだよ?目茶苦茶綺麗だし、第一お前の目だし!」
これは譲れないとばかりに力説すると、おずおずとハイネルの声は続けた。
「……緑の目の、怪物と……あれは私のことだろう?」
グーデリアンは向かいの廊下のクリーム色の壁を見ていた目を見開いた。聞き違いじゃなかろうかと思ったのだ。ハイネルの言葉に含まれた内容を理解したとたん笑いの発作が彼を襲い、そのまま彼は上機嫌の塊と化した。
「っ、お前、そんなに俺のこと、好き?」
「なっ……馬鹿なっ、私はっ」
不意にグーデリアンが笑い出したので、扉の中のハイネルは驚いた気配を見せて声を荒げた。
「悪い、お前が、この言い回しを知らなかったなんて、思いもしなかった。お前でも知らない言葉があるんだな!もしかしてスラングなのか、あれ?」
何と彼の恋人は可愛いのか!
どうしてこの男は、わざわざそんなところまで文字どおりに解釈するのか。あれは、確かに持って回って変わった言い回しではあるのだが、グーデリアンでも知っているくらいのごくごく平凡に使用される言葉であるのに。
止まらぬ爆笑に苦しみながら、グーデリアンは泣けて来るほど彼のことが心底好きだと思った。今すぐこのドアチェーンを引き千切ってこの腕に恋人を抱き寄せたかった。力一杯抱き締めれば、恋人は自分の心を知ってくれるだろうか?
ようやく何とか笑いが収まって来たグーデリアンは、それでも笑み崩れながら扉の向こうの恋人に教える。
「あのさ、greenって単語にはさ、"緑"って意味の他に色々意味があってさ、"妬む"っていう意味もあるってのは知ってるだろ?」
「…"妬む"…?」
「だから、緑の目の怪物、つまり"green-eyed monster"っていう言葉の意味は、さ、」
邪魔な扉を今すぐ越えて行きたい、その気持ちを堪えて言葉を紡ぐ。ごく短い言葉を。
「"嫉妬"。"嫉妬の鬼"、だよ、ハイネル。」
一瞬扉の向こうの気配がたゆたった後、しんと静まり返った。と、突如グーデリアンは扉に突き飛ばされてつんのめる羽目になった。
「うわっ、って、え?」
渾身の力で背から押され、その勢いに向かいの壁に手をついて振り返ると内開きの扉はぴったりと閉じられていた。
(………しまった。)
あんまりおかしいからと言って、あんまりハイネルの気持ちが嬉しいからといって、笑い過ぎたか、とグーデリアンは本気で焦った。
「ご、ごめんハイネル、俺、あのさ、あんまり嬉しかったからさあ…」
閉じた扉の前でグーデリアンはじたばたと弁明をしばし続けた。


これは駄目かなと彼が諦めかけた頃に、ちゃりん、とごく小さな金属音がした。何の音だろうとふと考え込み、口を噤んで見守るグーデリアンの前で、扉がほんの少し動いた。開いたのは指一本分の幅。
「…ハイネル?」
彼の恋人は、とにかく非常に頭がいいし、自分が悪いと悟った時点で素直にすぐ詫びる。なのにこういう方面にはひどく不器用で意地っ張りで巡りの悪い、その恋人の精一杯の譲歩を、グーデリアンはその隙間の幅に見た。大きな掌で押すと、すうっと引っ掛かりもなく扉は開く。
ドアチェーンの外された向こうに、彼がずっと焦がれていた姿が、じっと黙ってそっぽを向いて立っている。グーデリアンはその姿に笑いかけた。
「…好きだよ。」
レースにおける全ての責任がその肩に掛かるプレッシャー、その後のパーティーでの絶え間無い他者への応対での疲労に、ついでに上質の酒まで入って、珍しく消耗し尽くした風情が外から見えるハイネルが、それでもなお背筋だけは正して立っている。
いつでも、その自らに妥協を許さない姿には欲望を覚えるし、その頑なな程に手抜きをしない心に恋をする。綺麗で嫉妬深くて姿勢がよくて意地っ張りな、彼の勝利の源。
「……大好きだよ、ハイネル。俺にはお前だけだよ。」
相手を腕に閉じ込めて何度も囁けば、ハイネルは不意に体の力を抜き、視線はグーデリアンの肩越しの向こうへ放ったままぽつりと言った。
「……そんなことは…」
なに、とそっと促してやれば彼に体を預けた相手の、囁くようで変にきっぱりとした続きの言葉が肩口から聞こえた。
「…元から知ってる。」
「そう?」



発言をしてから数時間も経って、ようやく言葉は、最も伝えたい人に伝わった、らしい。






 シェークスピアですよーーー、皆さん!←いきなり何なのか・・・。
 私の記憶が確かならば〜(『料理の鉄人』風)green−eyedを嫉妬に喩えたのはシェークスピアですよね?(違ってたら大恥ですが・・・)初出は・・・忘れましたが!(笑)グーがシェークスピア・・・・よしのさんのグーってカッコいいのでめちゃくちゃ似合いますよね!しかも今回のグーときたら、パーティー仕様なのです!想像するだけでカッコよすぎて眩暈が・・・。
 私もう、こんないい男のグーに『最愛にして唯一の恋人』なんて称されているハイネルがうらやましい!・・・はずなんですが、やっぱりハイネルを恋人に持っているグーデリアンもうらやましいんですよね(笑)。

 すでにご本人にはお話したんですけど、よしのさんの描かれるハイネルはいつもキリリとしていてスキがなさそうなんですけど、今回のハイネルは嫉妬めいた気持ちを見せてくれたりしてとてもかわいいですよね!普段凛としているハイネルだからこそ、たまにこんな姿を見せられると愛しくてたまらなくなってしまうんだろうな、と思います。

 よしのさん、いつもうちのHPにはもったいないようなステキなお話を下さいまして、本当にありがとうございます!

 


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