9月8日


「データが足りんな。
今回のコースのことを考えると・・・」
「耐久性という面では、装甲を強化した方が・・・」
「エンジンに関しては、現在3種類の開発を平行しています。
最終決定は、ドライバーとの相性もかなり考慮に入れないと」
マシンの改良をメカニックチームと真剣に打ち合せをしている場所。
企業秘密のそこには、張り詰めた緊張とそこに見合った意見がふさわしい。
そんな場所に!
「ハイネル〜!」
ノックも無しに・・・・陽気なハイトーンで入ってくるバカが何処にいるか!!!
ホワイトボードに数値を拾っていた手が、その声につられて関係の無いラインを引いてしまった。
ずれかけた眼鏡を整えても、わざと振り向かずに背を向けたまま、上がりそうな血圧をなんとか阻止しようと深呼吸。
シュトロゼック・プロジェクトのモーターホームの1つに設置した会議室。
他のチームに情報が漏れないように、チームエリアの中心部にある。
今のような関係の無い者が乱入してこないよう、施錠も完璧に指導しておいたはずだ。
「鍵が掛からなかったのか・・・」
私の呟きを拾ったらしい。
最後に入ってきたスタッフが、大きく否定の声をあげた。
「掛かっていました!
オートロックの信号も確認しました!!」
「じゃあ、なぜこのバカが、ここに入ってこれるんだ!!!!!」
思い切って振り向き、案の定ニヤニヤ笑っている乱入者をマジックで指し示した。
Tシャツにズボンのラフな格好ということは、トレーニングの合間かサボってきたか。
もしも後者なら、監督である私への挑戦と見なすぞ!
「ひっでぇな〜
エースドライバーにむかってバカバカ言うのは、ここのチームくらいだぜ?」
「真実を言っているまでだ。
それにしても、どうやってここに入ってきたんだ!?」
「ここに用があるんだって言ったら、通りすがりのスタッフが開けてくれたんだけど?
っていうかさ、毎回毎回会議のたびに扉の暗証コード変えるのやめない?」
「情報漏えいには細心の注意が必要だと、何度説明させる気だ!」
・・・スタッフには、重要な会議の時にはこのバカを入れるなと周知徹底の必要があるな。
全体のミーティングなら、グーデリアンがいた方が良い方向に進むこともある。
だが、こういった専門分野の会議では正直邪魔なだけだ。
マシンに関しては私が一目置くほどの走りを見せるくせに、内部の構造や理論については全くの無関心。
初めは、ドライバーも一緒にシュミレーションをした方が良いかとメンバーにも入れていたが、居眠りに関係の無い意見での脱線等、弊害が多く途中で外したのだ。
本人も退屈な会議だから抜けれてラッキーなどと言っていたというのに・・・そういえば、何故わざわざ入ってきたんだ?
「今は会議中だ。
話なら後で聞くから出て行け」
「えぇ〜!
そういって、ハイネルが時間とってくれたこと無いし。
前なんて、オレ明け方までハイネルが来るの待ってたのにさ〜」
よほど何か言いたいことがあるのか、いつもならここで退散するのに引かない。
周りのスタッフも、会議が進まずどうしたものかと私とグーデリアンを交互に見ている。
・・・仕方あるまい。
「私のモーターホームの鍵だ。
何時になるかは保障出来ないぞ」
「ラッキー!」
私の手から放物線を描き、鍵が見事にグーデリアンの手の中に納まった。
「念のため確認しておくが、この時間は基礎体力トレーニングの時間だな」
壁に掛けられた時計を見上げ、グーデリアンに冷ややかな笑顔を向ける。
「まさか、このレース間際の時期に、サボってないな?」
サボっていたら、反省会から始めるぞ!と瞳には殺気もこめておく。
「大丈夫、大丈夫。
ちょっとしたランニングの途中に寄っただけだから」
ウィンクで応えるバカに思いっきりペンを投げつけた。
「さっさと走って来い!!!」
ペンを避けて、脱兎のごとく扉から消えるグーデリアン。
「・・・どうぞ」
スタッフの1人がペンを拾い上げ、私の手にそれが返ってきたのを合図に、まるで何事もなかったかのように会議は再開された。
毎回でないにしろ、なにかと乱入してくるグーデリアン。
始めはスタッフも戸惑っていたが、慣れ、とは恐ろしいものだな。
私は気持ちを切り替え、再びボードの前に立った。





「お帰り、ハニー」
モーターホームの扉を開けた途端、待ち構えていたグーデリアンに抱きすくめられる。
「離せ、バカ!!」
扉が完全に閉まっていないのに、当たり前のように唇を近づけてくるな!!!
ビクともしない腕の中でもがきながら、何とか扉をロックすることに成功する。
「誰も見て無いって」
耳元で囁かれる声は低いテノール。
こんなときにしか聞けない甘い声は反則だ。
それだけで、いろいろなことを思い出す自分に叱咤。
唇を当たり前のように重ねられ、何度も触れるだけのバードキスを繰り返す。
それだけのことでも、私の鼓動は指先にまで伝わり震えそうになる。

グーデリアンとキスをしている。

その現実に、未だ私は幸せを感じて持て余しているようだ。
ペロリと唇を舌でなぞられ、やっと開放されるたのかと目を開けると、
「・・・濃厚なのしたい〜」
拗ねた子どものように、唇を尖らせているグーデリアンに苦笑してしまった。
「ダメだ。
お前のキスはうますぎて、レース前にするようなものじゃない」
恋愛に関しては、グーデリアンのペースで振り回されると私にはついて行けないことの方が多すぎる。
レース前は特に・・・気分が高まっているせいで、好きに任せると噛み付かれているような荒いキスや、ブレーキの利かないマシンのように性急に求めてくる。
レース前の自分ではどうしようもないくらいの高ぶりを知っているし、以前まではこの時期に女性と抱き合っている姿をピットで何度も見かけていたら、グーデリアンがどうやってそれを処理していたかも分っている。
・・・知っている上で、酷なことをしていると思ってはいるが。
免疫のない私には、受け止めきれない。
トレーニングを増やして、発散してもらうしかない。
監督として初めてレースに挑んでいる私に気を使ってか、グーデリアンもバードキスまでと譲歩してくれたのだから。
・・・それにしても、いつもと違った香りが鼻につく。
「・・・桃か?」
密着した身体から伝わってくる甘い匂い。
「あ、分る?
なんかさ、ファンからの差し入れにボディーシャンプーがあってさ〜
フルーツの香りがいろいろあって面白いんだよ、それがまた!
どうせだったら、リサちゃんが使うかな〜って思って残りは全部持ってきた」
私の身体を這い回る腕を叩きながら、グーデリアンの肩越しに部屋を見渡す。
ノートパソコンの脇に詰まれた色とりどりのパッケージ。
出る前にはなかったから、あれだな。
「ファンはお前のために選んだのだろう」
これ以上の密着は頬が高潮してきそうだったので、グーデリアンに気付かれる前にその腕の中から身を引く。
手に持ったままだったバインダーを机に置いて、その袋に目を落とすが・・・
「・・・明らかに女性向だな」
「なんかね、汗臭いのオレもいいけど、清潔なオレもいいとかなんとか。
ハイネルのモーターホームに入れるなんて久しぶりだし、試しにシャワーのとき使ってみたんだ。
すれ違った加賀に爆笑されたけど」
目に浮かぶ光景だな・・・
「ありがたく受け取っておく」
グーデリアンには、確かにイチゴやメロンといった香りは不釣合いだ。
「鍵はパソコンの上にあるだろ?」
「あぁ」
鍵を確認し、いつも置いている机の引き出しにしまう。
グーデリアンには椅子に座るよう促し、上着をハンガーにかけながら話しかけた。
「待たせて悪かったな。
何か飲んでいたのか?」
会議はいつもより早くは終わったが、グーデリアンのトレーニングが計画通りなら1時間以上はあったはずだ。
「自販機で買ってきたコーラを・・・」
「グーデリアン!」
その名称に思わず睨みつける。
「だ、大丈夫だって。
前に思いっきりケリーにも絞られたから、ノンカロリーを選んだし」
机の上の空の容器に手を伸ばし成分を確認する。
確かに、0カロリーのようだな。
目を離すと高カロリーなものばかりを飲んだり食べたり。
ドライバー管理のスタッフチームは、私に報告するとき俯いてばかりいるのだ。
スタッフが悪いわけじゃなく、この暴飲暴食魔が悪いことは分っているから私も特に注意はしていないのだが。
グーデリアンの体調管理を任されたスタッフーケリーは、変動する体重にかなり責任を感じている。
「それより、話はなんだ?
明日もお互い早い」
「ハイネルには、久しぶりの2人きりの時間を楽しもうって気持ちは無いわけ?」
パソコンデスクの椅子を移動して、向かい合わせの形で座ろうとしたら腕を捕らえられた。
熱っぽい瞳で見上げられ、その熱にさらわれそうになるが。
「・・・私はお前ほど器用じゃない」
どうにか踏みとどまる。
レースのこともグーデリアンのことも、一緒に考えられるような容量は持ち合わせていない。
両方一度に考えていたら、どちらも疎かになりそうだ。
空色の瞳を見下ろし悪いなと肩をすくめる。
「ちぇっ」
腕を離され、ようやく椅子に腰を下ろした。
「見せたいものがあってさ」
ボディーシャンプーの下敷きになっていたそれを、立ち上がって取り出してくる。
袋ごと手渡され、中を開けてみなっとウィンク。
・・・おかしなものじゃないだろうな。
不安がよぎるが、袋から中身を取り出す。
「・・・雑誌?」
シュトロゼック・プロジェクトのロゴマークをバックに、私とグーデリアンが撮られている表紙。
先月受けた日本の雑誌のインタビューが掲載されているようだな。
全開のオフ期間に訪れた日本で、一誌だけ頼み込まれて取材を受けていた。
中を見てみるが、日本語で書かれているためさすがに全てを理解できない。
サイバーフォミュラ以外にも、バイクレースやバスケットボール、サッカー、野球など様々なスポーツが掲載されているようだ。
「発売は、8月3日の9月号だと説明を受けていた。
一週間早い・・・見本誌か?」
「あの記者のレディが、刷り上ったからって一番にエアメールで届けてくれたんだよ。
チームにも送るらしいから、そのうち届くんじゃない?
最終の原稿チェックで、チームからOKがすんなり出たから彼女喜んでたぜ」
・・・記者の、レディ。
その単語に、心が不快感で揺さぶられる。
「そ、覚えてる?
黒髪を腰まで伸ばしたストレートヘア。
ハイネルと同じくらい色白でさ〜」
・・・印象に残っている。
記者とは思えないほど、手入れの行き届いた長髪。
スゴウチームのミスアスカよりも、私たちがイメージする日本人の黒髪に近かった。
小柄で、華奢で、グーデリアンに何を言われても笑顔を絶やさず・・・

べキッ

気付いたら、私の手の中で新品同様だったソレが形を変えていた。
「ハ、ハイネル・・・?
どうかした???」
ごちゃごちゃと話しかけるグーデリアンを睨みつける。
そうだ、忘れもせんぞ!
ヤマトナデシコだの、芸者だのと、ベタベタしていたあのときのグーデリアンのにやけきった顔!!!
サーキットの種馬と騒がれていたのに、チーム移籍で急に大人しくなったら変に探られるかもしれない。
だから、以前と同じように振舞う必要があるとは分っていたが。
写真とインタビューが終わっても、2人はこそこそと部屋の隅で話し込み微笑みあっていた!
しかも!!
その日の夜に泊まったホテルで、グーデリアンは彼女から貰ったんだと私に女性用の着物を・・・!!!!!

ベキベキッ

私の中で完全に雑誌が曲がり形を変えてしまった。
あぁ!
思い出すだけでも、眩暈がする!!!!!
「ハ、ハイネル???」
「・・・気分が悪い。
さっさと出て行け!!!」
「えぇ!?」
ひしゃげた雑誌をグーデリアンの胸に押し付けて、扉から追い出して即ロック。
「ちょっと〜、ハイネル!!」
ドンドンと扉を乱暴に叩かれる。
「周りのスタッフに迷惑だから、とっとと帰れ!!!」
イライラする!!
私はまだわめき続けるグーデリアンを無視して、ノートパソコンの電源をつけた。
次のレースまであと10日。
コースに沿ったマシン開発に、どれくらい時間を掛けても足りないというのに!!!
こんな嫌な想いをするなら、会議を早く切り上げるんじゃなかった!!





「ハイネルってば〜」
何度叩いても無反応の扉。
結局言いたかったことは言えないまま締め出されてしまった。
ため息をついて、その場に座り込む。
月明かりと照明で、周囲が明るいのは救いだな。
ハイネルのことだから、多分ちょっと仕事したあとに冷静になって、オレが居るかどうかの確認のために扉くらい開けに来るだろう。
くしゃくしゃになった雑誌を丁寧に伸ばす。
自分の顔も印刷されてるのに、なんでここまでグシャグシャに出来るんだ?
映りが悪くて気に入らなかったとか???
スタジオで嫌がるハイネルの肩に手を回し、オレは満面の笑顔。
ハイネルは少し視線を外しながらも、優しく微笑んでる。
オレとしては、可愛いと思うんだけどな〜
ちょっと頬染めててさ。
表紙で微笑むハイネルを見ているだけで、ニヤニヤと頬が緩んでしまう。
って、これじゃただのファンだ!
自分の行動が悲しすぎてため息。
両想いのはずなのに、こんなに近い距離にいるのに。
ハイネルはレースが絡む期間、監督の仮面を外さない。
オフの合間に舞い込ん出来たこの雑誌のインタビュー。
旅行もかねて、日本に行ったついでに受けたものだ。
ハイネルは、新チームの特集でとしか聞かされて無いようだけど。
インタビューで仲良くなった彼女からは、他にも意味があるんだと教えてもらっている。
日本人っていうのは、語呂合わせが好きな民族で。
2月9日は、日本語の発音から肉の日。
3月3日はひな祭りでもあるけど、耳の日でもあったり。
そんな具合にいろんな意味を日付に重ねているらしい。
今回の雑誌が、なんで新チーム誕生の時期やオレやハイネルの誕生日でも無いこんな秋号になったかって言うと・・・
『9月8日って、日本語ではグーハーって重ねられるんですよ』
『グーハー・・・あぁ!
ミィのグーと、ハイネルのハーか!!』
『そうなんです!
それにファンの子が気付いて、編集部に特集リクエストの手紙が多数届いたんです。
他の雑誌に比べたら、今回の撮影2ショット多かったでしょ?
8月9日にもリクエスト来てたんですけど。
期待していたファンの子達は、8月号で対応出来ていなかった分も合わせて、9月号では必ず特集してくださいって手紙に書いてましたよ。
例のシュティール疑惑事件で、日本では更にお2人の知名度が上がってるんです』
くすくすと笑いながら教えてくれた。
雑誌をめくれば、きちっとスクリーンをバックに撮られたものもあれば、空き時間に談笑するオレ達を撮っているものもある。
広報には許可を取ったらしいけど・・・
オレの横で、無防備に笑っているハイネル。
眼鏡は外していないから、多少のカモフラージュはされてるけど。
・・・これが来週には日本で発売されるのか〜
買占めに行くには、レース期間と重なるしなぁ。
またまたため息。
オレとハイネルの記念日なんて、オレの中では数え上げたらきりが無いくらいあるけれど。
日本だけとはいえ、はっきり2人の日だと言える嬉しい日付。
そんな日は一緒にいたい。
急にこの日は絶対一緒に過ごして!なんて誘っても、駄々をこねてる子どもみたいだと笑われそうだったし。
彼女に頼み込んで速達で送ってもらったんだ。
シワだらけの雑誌にもう一度目を落とす。
さっきすれ違った加賀にも、表紙に印字された言葉が『9月8日はグーハーの日!』とはっきりそう書いてあることを確認してもらった。
急に怒り出したハイネルのご機嫌が早く直りますように。
そして。
9月8日に一緒に過ごす誘いが、受理してもらえますように。
そんな願いを込めて、オレは夜空に輝く星を見上げた。




9月8日というこの世界の祝日(笑)にふさわしいお話をAYAKAさんにいただきました。
近未来、グーとハイネルが実在しているパラレルワールドでこの日が実際に『グーハーの日』と認識されるようになったら私たちみたいなヨコシマグーハーファンはうれしいような恥ずかしいような、非常にビミョーに想いを味わうのではないかと思います。(笑)

というくだらない思いはさておき。AYAKAさん、今勢いにのってらっしゃるだけあってグーハーのお話をテンポよく書かれているのが本当にすごいな、と思います。
私が今回のお話で好きなセリフは、ハイネルの「お前のキスはうますぎる」といったもの。お堅い彼らしく拒んでおきながら、さらっとそんなことを言っちゃうのが彼らしいですよね。グーとしては、そんなセリフで煽られて、でも相手が無意識のうちに口にしてることが分かってるので強行突破も出来ないしで悶々としていそう(笑)。
AYAKAさんのグーハーの魅力の一つは、やっぱりこの「初々しい焦れったい感」なんだろうな、と思ったりするのでした。
9月8日。グーデリアンの想いが報われて、この日は無事に二人が甘く幸せな一日を過ごせているように祈っています。ハイネルも、これまで経験したことのない自分の感情や、恋愛に手馴れているグーの速いペースに呑み込まれないようにするのが手一杯なだけで、グーのことはとても好きなのが伝わってきますよね。彼にとっても二人で過ごせる特別な一日は嬉しい時間のはず。
二人共にとってこの日が素敵な一日となりますように!

AYAKAさん、この日にふさわしい素敵なお話をありがとうございました!


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