CLOWNS / 30minutes



あの時、もしも、迎えが30分早かったら。
視線が絡むことも
きっと手が伸びることも無かった。



フランツ・ハイネルはそのときたった13才に過ぎなかった。
teenと呼ばれる年代の入り口に立ったばかりだった。
難しい、手に負えない、わからないと評される年頃に入ったのに、当時の彼はそんなものを断ち切って凍ったように透き通っていた。
将来を約束された家柄と財力と整った教育の環境に置かれて、
すべての雑音から遮断されたようなギムナジウムの中にあって彼自身がきっと思いこんでいた。
今、この手の外にあるものに手を伸ばす事はないと。
すべては自分の手に入り込んでくるもの。それ以外は雑音だ。
もし一瞬、目を向けることがあっても、すぐに自分は向き直れる。
わざわざ、負けるような嘲笑を浴びるような感情にまかせるようなことが自分にあるだろうか。
自分が道化になることがあるだろうか。
ありえない。
なぜなら、自らはフランツ・ハイネルなのだから。
それ以外の何者でもありえない、と。

彼はたった13才だった。

そして、その年サマースクールに参加するというたった13才の少年とわずかの間に強い出会いをすることになると
どうして思いついただろう。
そして、遠いアメリカから親に言われてしぶしぶ参加した彼もこんなことが待っているとどうして分かっただろう。
ジャッキー・グーデリアン。彼もteenと呼ばれるようになって間もなかった。


ともあれ、彼らはこうして出会った。







フランツ・ハイネルは、時計を見た。
迎えが遅れていた。

格式あるギムナジウムである此処は、なぜか当時校門の前に迎えの車を横付けすることを許さなかった。
清貧の誓願を重要とする修道会が関わっていたからであろうか。
かくして、彼は迎えが来るまで修道会付属の図書館で時間をつぶすことになったのだ。
ここは一般開放されてもいたので、人は多かった。ギムナジウムの生徒のみならず夏期休暇ともなればサマースクールの生徒も利用する。
自習室なら別にあるのに、とハイネルのような生真面目な生徒は眉をひそめるのだが大抵は帰省してしまうので関わり合うこともない。
ただ、今年は実家の事情で迎えに来る日がそもそも遅れたこともあり、見たくもない騒がしさを目にすることになった。
その上、迎えに来る時間まで遅れているので、その騒ぎのただ中にいることにまでなった。
サマースクールの外部生は、彼らがかなり品行方正にしていたとしても目をつけられる運命にある。
ただ、袖をまくっていたとか、ボタンを外してシャツを着ていたとか。かなり下らないとも思える理由でも。

そのときハイネルと目が合ってしまった少年も、そうした一人だったのだ。

割合に軽い本が置いてあるそのフロアで、棚の隙間から光を切り取ったような金髪が一瞬見えた。
ゆるく顔をむけて、それを目で追ったハイネルは持ち主と目を合わせることとなる。
いつもと違ったのは、合ってしまった目線を遠くに飛ばせなかったことだ。
ハイネルは、他人に興味が無い。自分という人間にも興味が無かった。
誰と目が合っても、次の瞬間には無かったことのように視線を飛ばしてしまえた。

それができなかった。

相手も出来なかったようだった。

本の隙間から、見開かれて自分に注がれる視線は薄暗い中でも光って見える青だった。
自分よりわずかに低い位置から送られる。
ことばもなく。
名も知らず。
それだけに息をするのも忘れるなどということがあるのだろうか。

ハイネルは息をのむ。
目を外さないままに、読みさしの本を棚に戻す。
そして、いきなり踵を返して足早に歩き始める。直感が此処から離れろと叫んだ。

「あ、あんたさ!」

米語だ、と思った。やや、うつむいて足音を立てずにただ歩く。
相手は、棚の反対側を歩いている。同じペースで。
こんなのは滑稽だ。棚の終わりまで来たらどうするつもりだ。
誰か見ていたとしたら、何をふざけているかと思うにちがいない。まるっきりの喜劇じゃないか。

そしてハイネルはぎょっとする。
誰か見ていたら?
この自分が、他人の目を意識する?なぜ?どこから?
その時に、まさに本棚の終わりが来て、目の前に壁と窓とそして、
棚の反対側から回り込んできた金髪の少年が現れた。

「どうして、逃げるの?」

金髪をかきあげて息をついた少年は聞いてくる。

「あんた、名前は?」

どうして、何故質問してくる?とハイネルは心中で問う。
一切の落ち度も欠けもなく思われていた彼は、彼自身のことで質問されることなど、今まで無かった。

「オレはジャッキー・グーデリアン。サマースクールで来たんだ。」

答えられないハイネルに、ジャッキーは一人納得したようで、ああ、という。

「図書館だもんな、ここ。デカイ声出しちゃいけないや。」

もっと近くで話していい?と傍に来る。ハイネルは反射的に壁に寄り掛かった。
息をする音、上がっている体温、心拍が感じ取られるほど近い、そんな隣り合わせに彼らはその時いた。

「あんたのさ、名前教えてよ。」

ジャッキーがひそめた声はかえって、ハイネルの別のところに深く響いた。
耳ではなく、どこか別のところで彼はその声を聞いた。それがどこかはまだわからなかったけれど。

「ハイネル。 フランツ・ハイネルだ。」

名乗るのにこんなに、後ろめたい気持ちになったことがあったろうか。
何もない。ただ、外部生と話しただけだ。

「今日、帰省する。」
「そっか。」

だが、その後ろめたさは次に自らが発した言葉で決定的になった。
帰寮するその日を、ハイネルは一日早く言ったのだ。
何故か、言ってしまった。
一日早く帰寮することを、彼はその一瞬で決めた。
そしてジャッキーはあからさまに嬉しそうに笑ったので、後ろめたさは倍増した。

「じゃあ、また会えるな。」

ハイネルは返事をしなかった。
迎えが来て、自分を捜している様子が見えたからだ。時間にしてわずか30分の遅れ。
目をやらないようにして立ち去りながら、次に自分が帰寮するときには彼が、ジャッキーが、自分のことを忘れていればいいと思った。
棚を挟んで走るなどと、道化はごめんだ。
もう、二人で道化になることがないように。
ジャッキーの方が、自分を忘れればいいと、そう願った。


でも

彼は忘れなかった。
あたりまえのように、覚えていた。

ただの、フランツ・ハイネルを。
道化のように滑稽に、棚を挟んで走ったその相手を。

そして互いに伸ばした手を、引っ込めることも決して無かったのだ。











あれから二年がたった。

彼は寮の自室で制服を整えている。

帰寮早々、寮監に呼ばれ、とがめられ、友人ももう知らない者もいない。
それでもフランツ・ハイネルはジャッキー・グーデリアンに逢うことを止められない。
成長期のアンバランスなところにあるフランツの肢体は細い。
カフスを止めようと袖を見れば、なんとはなしにその内側に目が移り、知らずに上がる腕にそって袖が落ちる。
その二の腕に内側に刻まれた、赤黒くも見える鬱血は人の唇の大きさだ。

開学以来の優等生。整えられた環境。約束された将来。その中にあって義務を果たす。

だが、その一つでも自分を見ているのだろうかと思う。
フランツ・ハイネルという、人間そのものを。

自分も気づかなかった。二年前はそれが自分だと思っていた。
自らの手に入り込んでくるものだけが自分の世界だと。

だが、あの日。自らは外へ、手を伸ばしてしまった。
そして掴んだ。
フランツ・ハイネルをそのままのフランツ・ハイネルとして捕まえ、愛する意志を惜しげもなく見せる存在に。
そして、自らも、ジャッキー・グーデリアンをそのままに愛し抜こうとしている。


ハイネルがかつて寄りかかっていた壁は、向きを変えて今は立ちはだかる。
人の常識が、モラルが。道徳が。
賞賛の声はいまや非難となって文字通り雨のように降りかかる。


人の多くは、その非難を傘でもさすようにして避けて歩く。
濡れれば、不機嫌になり、一刻でも早く乾かそうとするだろう。
でも、自分は傘をささない側の人間になったのだと不意に自覚する。
濡れても汚れてもかまわない。なにもかも。


カフスを止めて窓を見やれば、降り出す直前の雲が空に広がっている。
敷地の外れにあるフェンスのところで、ジャッキーが待っているだろう。
制服の黒いリボンタイが揺れる速度で、彼はそこへ向かう。
足早に行く間に、雲の色は濃くなり、雨の匂いはますます強くなる。
フェンスに手をかけたところで、ジャッキーが近寄り、一度その手を握った。

そのまま、そこにいるお前をオレは無くしたいわけじゃないんだと、いたわられているようにも思える手の温かさ。

ハイネルは首を横に振る。

そして、彼は今日も、自らフェンスを越える。

音もなく、ジャッキーの胸に身を預けながら
彼の呼ぶ「ハイネル、フランツ・・・。」という声をしみいるように聞きながら。
瞬きの間にも彼らはキスを続ける。

やがて雨が降り始める。
草がうなづくほどに強い勢いで。

激しい雨音に彼らのキスの音は隠れる。
それでも、頬を寄せるジャッキーには、雨の滴と恋人が滲ませた涙の違いがわかる。
フランツも、恋人の前髪から滴るしずくは自分の目に入っても愛おしい。
ずぶ濡れになったフランツの二の腕からは赤黒い痣が浮き上がる。
隠し通せない花弁のように。


「愛しているんだ」

「お前だけしかいらないんだ。」

ジャッキーがかきあげたハイネルの髪から束ねたように滴り落ちる雨水。
繰り返し
お互いに告げられる言葉。


他の何でもないお前が必要なんだと。
肩書きや飾る言葉に塗られたお前ではなく、ただのお前が欲しいのだと。


そうして交わされる言葉も、行為も、滑稽で愚かしいものかもしれない。

けれど、彼らはもうフェンスの向こう側の、傘をさす人達のところには帰れない。
そして、いつか雨上がる時、彼らは手を取り合っていとも簡単にそこを抜けていくのだろう。



雨を避けても
ずぶ濡れになっても

どちらを選んでも、必ず雨は上がることを彼らは知っている。


手に入れて離さない、きっと勝つのだと今日もキスを交わす。

冷たい雨の中で、愚かしくも、そこだけあたたかい相手の体温を閉じこめるように抱き合いながら。








THE END



 すみません・・・・!
 なぜ私がいきなり謝っているのかというと、これには理由があるのです。Bethieさんが書いたこの素敵なお話は、もともとご自身のサイトで希望された方のみに配信される予定でした。それを、それを図々しい私が「サイトの方にUPして下さい」と頼んだばかりに、やさしいBethieさんがそれならこちらで、とおっしゃって下さったのでした。
 私アレですか、そのう・・・ご、強引すぎですよね。私の書いてるグーだってこれほど強引じゃないだろう!(笑)
 すみませんでしたBethieさん!私は折角素敵なお話なので一人でも多くの方に読んでいただけたらと(勝手に)思ったんですけど、私のサイトにUPさせていただいたのではその任が果たせないし!(笑)

 とりあえず気を取り直しまして。
 私はBethieさんの書かれる文がとにかく好きで、いつもうっとりさせていただいてるのでした。Bethieさんの文て五感に訴えかけてくるんですよね!私は、自分が無味乾燥なつまんない文しか書けないので、こういう感性豊かなお話を書かれる方って本当にうらやましいです。
 そしてギムナジウム!ギムナジウムグーハーです。
 あのう・・・私はギムナジウムなハイネルって想像しただけでうっとりなのですが、それって少数派なのでしょうか?でもいいの!私は私の道をいくわ!(笑)
 Bethieさんのグーハーは、二人とも芯の部分が強くて、互いをただ一人の自分のパートナーと認めあってるのだということがとてもよく伝わってくるところが素敵だなぁと思います。
 そしてギムナジウム設定だとやっぱり色っぽいですよね!やはりギムナジウムはこうでなくてはならないと思います。
 私は、Bethieさん本人にもお伝えしたんですけど、特に「壁」の表現がすごく好きでした。あとはやっぱり傘の表現。
 そしてちゅー!ギムナジウムで制服でグーハーのちゅーですよちゅー!(笑)わずかな描写なんですけど、情景が目に浮かぶようで世界に浸らせていただきました。

 Bethieさん、本当にありがとうございました。そして私のワガママをお許し下さい・・・。



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