Freedom
朝日がゆっくりと夜明け前の沈黙を破って姿を見せる。
薄闇の中からコントロールタワーが、その長い影をコンクリートに落とした。
決勝当日の朝。
早くもけたたましくシャッターを上げる音が聞こえる。
フランツ・ハイネルはホームストレートに立っていた。
昇り来る太陽に向かい、その白い顔を上げる。
徐々に拡がる、バラ色の朝焼けに染まる空気を胸一杯吸い込んで、瞳を閉じる。
逆巻く歓声、猛るエグゾーストノート。
熱狂と興奮の坩堝と化したスタンドが、脳裏によみがえり、ささやかな自分を飲み込もうとする。
(…今日勝てば…)
今日勝ちさえすれば、今期のワールドチャンピオンという栄冠が、彼のドライバーとチーム、そして、チャンピオンマシンデザイナーの肩書きが、彼自身の上に降りてくるのだ。
(あの熱気に――)
…耐えられるだろうか、自分は。
焦りすぎはしないか。
臆病になりはしないか。
栄光というものはそれこそ手から零れ落ちる砂のようで、ほんのわずかなタイミングを逃しただけですべてがすり抜けて行ってしまうのだ。
ハイネルは知らず、拳を握り締めていた。
自分の指示ひとつで、今年のすべてが決まる。
胃がひっくりかえりそうだった。
こんな風になったのは、初めてCFに参加した新人のとき以来かもしれない。
ハイネルはゆっくりと息を吐いた。
それからもうひとつ深呼吸をしようとしたとき。
「Hey!ハイネル!」
突然聞こえてきた声に、びくりと肩を揺らして目を見開く。
と、コースの向こう、最終コーナーを回ってきたらしい一台のスクーターが見る見る近づいてきた。
その上で手を振っているのは――
「…グーデリアン」
目の前のゴールラインを、自分へとまっすぐ割り込んでくる。
それはハイネルの目前でタイヤを鳴らして止まった。
「なにやってんの?こんなとこで」
背後から上る朝日が、グーデリアンの髪を黄金に染め上げる。
ハイネルはまぶしそうに目を眇めた。
(まるで…)
「…オ、オマエこそ、こんな早くにどうした」
「ん…?コースの下見」
この男でも、みなぎる闘争心と止まらない奮えを押さえ切れない時があるのだろうか。
それでも、ハイネルは胸を張って相手を見下ろす。
「そんなことはわかっている」
この男の姿をみて沸き起こった思いは、わざと隠して。
すとんと、パズルの欠片がはめこまれたように落ち着いた自分を、絶対に教えてはやらない。
「おれだってね、たまには早起きするのよ?」
不貞腐れた口元へ、左ナナメ45度の角度で視線を流す。
「その早起きを吉とだしてくれよ」
踵を返せば、浮かぶのは微笑。
だが、結果が出るまでは見せてやらない。
「……まかせなさいって」
不敵に変わった笑みが、振り返らなくてもわかる。
(まるで、朝日に縁取られたブロンドが、王冠のようだった…)
路面温度が上昇を始めた。
FIN
暮川さんが素敵なお話を書いてくださいました!
私事で恐縮ですが、ちょっと確認していただけばすぐお気づきかと思うんですけど、私は短いお話が書けません。短いお話をスキッとまとめられる方って本当にうらやましいです。
レースをやっているグーハーはやはり二人の原点だと思いますし、私自身が単純にレース好きだということもあって本当に楽しませていただきました!暮川さんの「レースが好き」という気持ちがとてもストレートに伝わってくるお話だなぁと思います。好きな気持ちが読み手にまで真っ直ぐ届く、そういうお話っていいですよね!
これからのスリリングなレースが脳裏で展開されそうな、緊張感に満ちたわくわくするような思いをさせてくれる素敵なお話を下さってありがとうございました、暮川さん!