ファースト・キス
挨拶のキス、情愛のキス、親愛のキス。
グーデリアンは指を折りながら数える。
後は何だろう……?ごめんなさいのキス、お帰り、ただいまのキス。
ああ、そうだったとぽん、と掌に拳を叩いて思いつく。
ファースト・キスって何時したんだっけ、と。
「で、そんな非常に下らないアホみたいな事で私の家に貴様は深夜2時に押しかけて来たと言うのか。」
一気に言い切ったハイネルは、瞳を眇め(と言うか先程まで寝ていたのか半分寝入っている目で)グーデリアンをねめつけた。
「えー、だって気になるじゃん。それに、アレだ。同郷のよしみって言うじゃん?良いじゃん、教えろよ」
ニコニコニコと、本当愛想だけは溢れんばかりに振り撒いているグーデリアンはガウンを羽織り、ドアの入り口に身体を凭れさせているハイネルに向かって問い掛ける。
「グーデリアン。」
「何?」
「言っておくが私は、アメリカ人になった記憶は無いが?」
「俺もドイツ人になった記憶は無いぜ、まぁ、何だ!同じステイツのチーム同士じゃん!!硬い事考えるなって!」
「……………貴様は少しは考えろ。」
言っても無駄だと思ったのか、ドアの前で押し問答をして他の住民の迷惑になると思ったのか(恐らく後者だ)ハイネルはふん、と鼻を鳴らすとドアから身を翻してしまう。
「おーい、ハイネルぅ〜!!」
お邪魔します、とも今晩は、とも言わず当然の顔でグーデリアンはハイネルのプライベートルームに脚を入れる。
未だ二人がサイバー界で『ルーキー』と呼ばれていた時代。
そして世間様が二人を『ライバル』と祭り上げ始めた時期。
何もかも、こんなに価値観の違うヤツなんて絶対、間違い無く、神にかけて相容れる事は無いだろう、と互いが思っていたのに、何故か二人はプライベートな時間を時折、冗談みたいに一緒に過ごす事が多々有って。
年もそう離れていないのも手伝い『絶対仲良くなる事は無いだろう』と思っていたのが、実は『言いたいことを言い合っても平気な仲』になれるのかも知れない、と互いに思い始めている時期でも有った。
要は、初めて出来た同い年の……喧嘩も出来て、趣味は全然合わないけれど、それが又新鮮な『友人』だった。
ちょっとだけ、グーデリアンの突拍子も無い行動は目に余ったが、それもそれで後になると『新鮮』じゃないか、とハイネルは思えるようになった。
柔軟な思考は、斬新なアイディアを産む母親だとハイネルは思っている。
人として、根本的に悪い奴じゃないと判るようになったのが又……くすぐったくて、嬉しかった。
今まで出会って来た数多の人間は、自分の背後に聳え立つ山々に登りたくて仕方無い、そんな打算と計算の塊ばかりで、お陰でハイネルは年も若いのにちょっぴり人嫌いの気質に陥っていた。
素直に、友人として人と付き合う、と言う行為が出来なくなりかけていた時に出逢ったのがグーデリアンだった。
軽率で、情緒の欠片も無くて、女ったらしで、あまちゃんで。
よくよくそれで、厳しい世界で生き残れたモノだと感心してしまう程度には、ハイネルからすればグーデリアン、と言う人成りは甘いシュガーの塊だった。
だが、その甘さを味わってしまったら……友人としてのグーデリアンも悪くない、と思えてしまうのだから、自分も彼に感化されてしまったのかも知れない。
深夜の訪問だと言うのに、先程の嫌味程度でハイネルは結局グーデリアンに『酒か?コーヒーか?ココアか?』と飲み物のオーダーを聞いているのだから、甘かった。
そんなハイネルに、ニコニコニコと本当に何が嬉しいのかグーデリアンは笑いかける。
……………まさか変な薬をやって来たのでは有るまいな?とハイネルが危惧してしまう程度には。
「あ、ココアが良いな!ハイネルのトコで飲むココアってさ、何か特別な物入れてるの?」
マジマジと、まるで自宅で寛ぐようにソファに腰を下ろしているグーデリアンをハイネルは不思議そうに見返す。
「いや、普通の市販品だぞ?」
ハイネル自身、ココアなんて子供の頃以来口にした事は無かった。
この男が自分の部屋に上がりこむようになってから……せがまれて、近所のストアで購入した、本当に有触れた品物だった。
なので、毎回箱に書かれている説明書を眺めながらグーデリアン用に作っていく。
「そうなの?ふーん……ハイネルが入れてくれるココアって、メチャメチャ美味いからさ、外で飲めなくなっちまったぜ。」
「ふん…………」
そうか、とも、上手い口だな、とも返せずにハイネルは黙々とココアを作る。
グーデリアンは、言葉が上手い。
流石に、サーキットでダース並に女を侍らせている訳ではないのだな、とこんな時妙にハイネルは感心するのだった。
自分用には、夕食時に飲みかけだったワインを取り出し、グリューワインを即席で作って。
ミルクパンでミルクを温め、適温になったソレにココアを注いで出来上がり。
「ほら、熱いから気を付けろよ。」
「あ、サンキュ。」
ついでに、今日ストアで買った………自分では食べないのに……クッキーも添えてやる。
「で、何だって?」
温かなワインの芳香を楽しみながら、クッキーを頬張っているグーデリアンに先程の質問を促してやる。
「ああ、キスについて考えたんだけどさ、ハイネルの国って頬にするじゃん?」
「挨拶の事か?」
「うん、そう。」
「お前の国だって、するじゃないか。」
「まぁね。」
軽く肩を竦め、グーデリアンは笑った。
両手を相手に回して、頬に親愛を篭めてのキス。
敵意が存在しない、と言う態度の表れ。
「………っと、まぁキスの起源の講釈はこの際置いて置いて。」
グーデリアンは、クッキーに手を伸ばして……んー、と呟いて、又手を引っ込めてしまう。
「……………?」
何だ、とハイネルがみれば……其処には丁度、先程のクッキーが見事半分程無くなっていた。
ふ、とハイネルは可笑しくなってしまう。
長男……と言っても、目の前の男は末っ子で、自分は長子だった。
その違い故の遠慮なのだろう、幼い頃からの。
「グーデリアン、夜中に私は食べる習慣は無いから全部食べてくれ。余らせたら湿気らせてしまう。」
捨てるのは勿体無いからな、と付け加えると恐らく……ハイネルの分として残しておいた半分のそれを、グーデリアンはへへ、と笑って手を再び伸ばす。
「じゃ、お言葉に甘えて。」
このクッキーも美味いなぁ、とグーデリアンはモグモグさせながら頬張っている。
誰も取りはしないのに、まるでハムスターの様に頬を膨らませて。
それを見ながら、明日も同じクッキーをショッピングカートに入れてしまいそうだな、とハイネルは思うだった。
「ああ、それでさ、ハイネルっのファーストキスって何時だったの?」
「…………………それを知ってどうするんだ。」
「や、何となく。あ、因みに俺はね〜、そう言う意味でのキスは10歳だったよ。」
初体験は12だったけどね、とあっけらかんとグーデリアンは続ける。
「道理で乱れた性生活な訳だ。」
ふぅ、とハイネルは溜息を漏らす。
「で、ハイネルは?」
ワクワクしながら聞いて来るグーデリアンは、ハイネルから答えを聞かなければきっとテコでも此処を動かないだろう。
やれやれ……と、ハイネルは手にしたマグカップで咽喉を潤し、舌で唇を拭う。
「………………?何だ?」
「や、何でも無い。」
余りにじっと見詰めて来るグーデリアンに、ハイネルは小首を傾げつつ……記憶の糸を手繰り寄せる。
「…………そう言う意味、のキスなら……私はお前とは違うから、16の頃だぞ。」
その半年後、同じ彼女とハイネルはベッドを共にした……初恋の相手では無かったが、特別な……今ではいい思い出になってしまっている…そんな女性だった。
「ハイネル………実は奥手?」
「ああ、ハイハイ。」
此処でグーデリアンの言葉を否定しても、後々からかいの種になるのは必至なので、敢えてハイネルは軽く流す。
「そっかー………16の頃かー……ちぇっ、俺、もうちょっと早くハイネルに逢いたかったぜ。」
「……………何故?」
いい加減、睡魔が寄せて来たハイネルはふぁ、と欠伸を逃して余り考えずに聞き返してしまう。
目尻に溜まった涙を拭うと、上目使いで見詰めるグーデリアンのアイス・ブルーのそれとぶつかる。
「………………今は内緒。あー、俺もなんだか腹一杯になったから、眠くなっちまった〜、ハイネルぅ〜、今晩お泊りさせてv」
「……………ったく……」
この時間帯に、グーデリアンを一人で往来に叩き出す程アメリカの治安は宜しくない。
それが分かっていながら、訪ねて来るグーデリアンもグーデリアンだが、彼が、玄関を潜った時から既に泊まらせる積りでいた自分に、ハイネルは本当に自分は甘ちゃんだと思わざるを得なくて。
「………ソファベッドで良いなら貸してやろう。」
「サンキュー!!」
手馴れた仕草で、自分の座っているソファをベッドに仕立てていくグーデリアンの背中を見詰め、ああ、と思いながらハイネルは寝室に布団を取りに行く。
その背をグーデリアンは、視線だけで見送る。
「…………ほんと、ハイネルのファーストキスの相手になりたかったぜ。」
はぁ、と自分らしくも無い溜息をグーデリアンはノロノロと吐くと。
クルクル回る天井扇を見上げるのだった。
ひえみさんにお話を書いていただきました。
キリ番を主張したような形なんですけど、ホントにすみません・・・まだキリリク制度がない時代(時代って)の話でした・・・勝手にキリ番制度を作るな!(笑)すみませんでした。
そして、ひえみさんのところに展示してあったお話はレイアウトがとてもキレイだったんですけど、やはり私のところで展示するとこんな味もそっけもないことに・・・かえすがえすすみません。字の大きさ等だけ名残が・・・。
き、気を取り直しましてお話の感想を述べさせて下さい。
このお話、すっごくかわいいですよね!ひえみさんのお書きになるグーハーは、いつも二人の姿がいきいきしていて、読んでいるとわくわくしてしまいます。等身大の二人が目の前に存在してるように感じられるからなのかな、なんて思ったりもするのでした。
で、キュートなのにひえみさんのグーハーはなにげにさらりとアダルトでもあるのでした!(笑)
ひえみさんのグーはホントにかわいいです。クッキーをハムスターみたいに頬張るところを想像して、み、見てみたい!と悶えたのは私だけではないはずです(笑)。
ハイネルのファーストキスの相手になりたいっていうことは、ハイネルとキスしたいって思ってるってことですよね!?この後の展開を勝手に想像してニマニマしてしまいました。まだ子供っぽいところのあるグーと、そのグーに対して自分でも甘いな、と思いながらもついつい優しくしてあげてしまうハイネルの関係、って新鮮です。
ひえみさん、本当にありがとうございました!