数えあげる
「あのバカがピットに戻ってきたら、監禁しておけ!
金輪際、あんなヤツをアテにしたりせん!!!」
ものすごい怒り声が、銀のシュティールから戻ってきて、クルー全員が気圧された後、唖然とした。
新型がレース早々にクラッシュしたのを見た、監督の怒りはもっともだったけれど
背骨が凍るような、怒声に鼓膜を震えさせた全員が、つぎに発した言葉は
「監督って・・・・・やっぱ、アテにしてたんですねえ・・・。」
だった。
知ってか知らずか、クラッシュしたドライバーは暢気にレースの見学を続けている。
怒られないように、味方に日吉を巻き込んでという辺りが、子供じみた無邪気さを演出しているから
結局憎めない。
で、その彼が、他ならない監督の一挙一動の変化を楽しむのが日課に近いものであることを知らないクルーはいない。
黙っておこーぜ、と誰ともなく言って、みんな自分の仕事をこなした。
そして、レース終了後も、今だ感情の収まらなかったハイネル監督は弾みがついたように言ってしまったのだ。
「まったく、アテにならんヤツだ!」
しかし、クラッシュしたドライバー氏は、ゆっくり見学していたおかげですっかり落ち着いて、普段通りになっていたので当たり前のように返した。
「おお!ハイネル〜。今更だけど、オレのことアテにしてたんだあ!」
クルー全員が、絶対黙っておこうと思っていた、キーワードがこともなげに出されたことで、
開いた口がふさがらない状態に全員なってしまったのだが、
何よりも、監督自体が、非常に引っ込みのつかない状況になってしまい、しかもそのそもそもの原因は自分の発言である事実が
彼を赤面させ、顔だけでなく体全体から
”しまった!”
との、叫びを上げさせていた。気の毒である・・・。
しかし、グーデリアンのいつものパターンから予測するに、ここで自分が何らかの反応を起こすことが目的の一つだとも考えられる。
長い付き合いだ、多少は学習している。しかも周りは人だらけだ。
ハイネルはグーデリアンの前では、もう滅多にやらなくなった昔の癖を呼び起こした。
短気な孫を気にした、彼の祖母が言い聞かせたことば
・・・・・・怒る前に10数えてごらん・・・・
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10
数えてから深呼吸一つ。
監督の顔になったハイネルは言った。
「その言葉が今後の展開に何らかの影響があるとは思えん。おしゃべりだとするなら今の状況では無意味だ。」
これで切ったから、この話は終わり、と少なくともハイネルは自分ではそうしたつもりだった。
さて、その夜もふけて。
ハイネルは、バスタブにつかっていたときから、ベッドの上に座っている今までずっと数え続けている。
明日のための、今日のデータ。状況、天候、敗因・・・。
正確に言うと、もう記録済みのデータを頭の中で整理しなおす作業であった。
「アテにしすぎていたんだな、私が。」
「オレのこと?」
うわっと、ハイネルは飛び退きそうになった。
考え事が深かったため、ベッドの足下の床にグーデリアンが座っているのを見落としたのだ。
「いつからいたんだ?」
「言うねー。いつから気づかなかった。」
「お前も屁理屈だな。」
「そんなとこでじーっと考えてられちゃなあ。」
ベッドルームに二人のこと以外を持ち込むのって反則じゃねえ?と、グーデリアンが笑いかける。
「今日のことなら、私のパターン一つでしかない。お前自身がどうこうというわけではないから気にするな。」
あくまで、ハイネルが持っているデータの一つだと言う。
それを生かし切れなかったのは自分の責任。誰も替われない。
今夜はハイネルの視界の中に入るグーデリアンが、カーペットに座ってベッドに背を凭せ掛けているせいでその蜂蜜色の髪が見えているだけだ。
そのためかいつになく、ハイネルは饒舌だ。
「つまりは言っても仕方がないレベルのことだけがまだ、私の中にあるわけだ。」
「子供なら八つ当たりするレベルのもの?」
「そうだな、昼間、ちょっとやりかけたが?」
いや、自分は少なくとも、八つ当たりを好まない。高ぶった感情は・・・
「あんたさ、とっさに、10数えてただろ。」
「何だ、知ってたのか。」
「なーに、オレも言われた口なのさ。」
「お祖母様にでもか?」
笑う声と共に、髪がゆれるのが見える。
「原因はわかった、次回にも備えられる。私の内側は私が始末をつければいい。簡単なことだ。」
「ハイネルが自分で始末ねえ・・・。」
また、数え上げて、というつもりだろうか・・・。
「ハイネル、原因ならそろそろ数えるの、やめろよ。責める方向に流れたら何もならない。」
「そうだな。」
「次は、オレに数えさせてよ。」
何をだ、と聞く前に、ハイネルは驚いて咄嗟に体を後ろにずらしたが、バランスを崩して仰向けに倒れる形になった。
グーデリアンが、ハイネルの足首を掴んで、その甲に口づけたからだった。
「今日、ハイネルのために走り回った足に。」
うやうやしいとも言えるキスで、それが感謝を表しているのだとは、いかに鈍いハイネルでも理解できたが・・・。
突拍子もない、としか彼には言いようがない、グーデリアンの行為なのである。
しかもグーデリアン限定なのだが、ハイネルはこういった意外性に非常に弱かった。
固まっている間に、グーデリアンはベッドに上がってきて
にこにこと、ハイネルの手を取る。
細く、形は良いものの、堅く、また熱を持っている爪の先に
「今日、ハイネルのために必死になった指の先に。」
と、一本一本、キスを落とす。
腕に、肘に、ローブは着たままで肩に。Gを精一杯受けた首に。
「オレのクラッシュを一番に聞いた耳に。」
と、キスされた時はもう、かなり、普段の自分になっていて、疲れずに微笑が出た。
「怒ってばっかりだった、こめかみに。」
これには、鼻をつまんで返すくらいの余裕が出た。
額、目蓋、鼻、頬とキスが降り、
「今日、必死になって使った頭に。」
と、髪をかき分けるようにキスされたときには、長く細いためいきがもれた。
グーデリアンの胸に、ハイネルの頭は引き寄せられていたわけだから、彼の鼓動もそのままハイネルの耳に流れていく。
ささくれていた自分の内側がなめらかに治まっているのが分かる。
グーデリアンがすることは、変わっていないわけだから、こう穏やかになったのは自分が、向きを変えることを覚えたからだ。
ヤスリをかけるにしたって、木目の向きを決めなければ、いつまでもなめらかになりはしない。
向かいあわせにささくれだったものが、同じ向きでなめらかに、一つの棘もないように静かに変えられる。
そうだ、彼のキスは、うるさいものではなくて、自分にイヤでも入り込んでくるものではなくて。
「オレって、今、ハイネルをなぐさめられた?」
ほの赤くなった目元を、ハイネルはグーデリアンの目線に合わせた。
今はコイツがいる。
子供の時にできた方法だけで、今の自分がおさまりが着くはずがないではないか。
もう子供ではない自分が。
「充分とは言えないだろうな。」
「やっぱり?」
「お前を怒鳴りつけるのに、どこを一番使ったと思っている?」
それで、ここ、とグーデリアンはハイネルの舌を吸いあげるようなキスをしたのだ。
こんなことはコイツとしかしないのだから、してみるとやはり、アテにしてないことはないなと
揺さぶられていく意識の中で、ハイネルは思った。
THE END
Bethieさんのサイトで1401番を踏んで残念に思っていたら、運良くキリリクということにしていただけたのでした!
キリリクの内容は、「キスをしてハイネルを慰めるグー」でした。ただし、メインのキスは唇以外の場所でお願いします、というはなはだめんどくさい条件をつけております。図々しいです里見さん!(笑)
BBSでのやりとりをご覧になった方はもうご存知かと思うのですが、このヘンテコな指定つきのリクは遠回しに裏展開をおねだりしたのではなくて(笑)、Bethieさんの書かれるお話はさりげない日常の一幕を描いたお話でも何というかセクシーで色っぽいので、ちょっとしたキスする仕草なんてとても色っぽいのではないか、と思ったからなのです。そして思った通りでした!素晴らしい・・・・グーハーに関してのみ私の判断力は素晴らしいですね!他にまったく発揮されない能力なのが悲しいですが。
Bethieさんの文は何というか新鮮なフルーツみたいな感じがします。瑞々しい感じですよね!
そして、いつもBethieさんの二人のやりとりはハキハキ(ていうのもヘンですが)していて小気味がいいというか、カッコいいんですよね!それでいて互いの愛情の深さがきちんとつたわってくるのがうれしいです。
それにしても、Bethieさんのお話世界で展開される独特の空気っていいなあ・・・いつもうっとり浸らせていただいてます。
Bethieさん、素敵なキリリク小説をありがとうございました!