5
突然、スタンピードの翼がついに力尽きたかのように動きを止めた。
ハイネルとグーデリアンは、急速に落下していく幻獣の背中にすがりつく。
地上に落ちる直前、スタンピードはようやくほんの少しだけ翼を動かした。そのお陰で、二人と一頭は何とか無事に着地する。二人は幻獣から振り落とされてしまったが、幸いにも下が柔らかい草地だったので怪我をすることはなかった。
「おいスタンピードっ!」
「スタンピードっ!」
二人は立ち上がると、すぐに幻獣へ駆け寄った。スタンピードは目を閉じ、ただ苦しげにいなないている。
「翼が、こんなに……」
矢こそ落ちていたものの、スタンピードの両翼は大きく裂けている。二人とも幻獣の翼がどんな構造をしているのかは知らなかったが、この状態でここまで飛んで来るのがどのくらい大変かということだけは理解できた。
「待ってろ、今……」
『無駄だハイネル。この世界の人間の治癒魔法は、幻獣には効かないんだよ』
「だが、それでは……」
傷ついた翼へ当てようとした手のひらを押し止めるように脳裏へ響いてきた言葉に、ハイネルは思わず身を硬くする。
『このくらいの傷、普段なら自力で治せるのだが、どうやら扉を打ち破った時に思ってた以上に体力を消耗してしまっていたらしい。S.G.Mくらいなら行けると思ったのだが、やはり無理だったようだ』
二人には、幻獣が苦笑いしているように見えた。
「ス、タン、ピード……」
グーデリアンの言葉は、妙に途切れ途切れだった。
『グーデリアン、誤解するな。別に死ぬわけではないのだ。ただ、この世界では実体化できないという話なのだから。頼むから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ……ハイネルも』
二人とも、もはや何も言うことができなかった。
ただ、やみくもにスタンピードの身体を撫でさする。
『ここは学院の裏にある丘だ。さすがに追っ手ももう来ないだろうし、S.G.Mまでは歩いてもさほどの距離じゃない。……グーデリアン、立派な剣士になってハイネルに迷惑をかけるなよ。ハイネル、グーデリアンのことをよろしく頼む。どうしようもない奴だが、これでもこの私の召喚師だった男なのでな』
「おいスタンピードっ!」
「スタンピード……」
緑の瞳には幻獣らしからぬ、出来の悪い生徒を見守る教師のような優しい笑みが浮かんでいた。
『じゃあ、な』
ぽんっ、と小さな爆裂音がして白い煙が沸き上がったかと思うと、次の瞬間には幻獣の姿はきれいさっぱりと消え失せていた。
「スタンピードっ!」
グーデリアンの悲痛な叫び声は、満月まで届きそうだった。
「俺が、わがまま、言わなけ、りゃ……」
グーデリアンは拳をうち震わせながら、ついさっきまで幻獣がいた地面にはいつくばっていた。
「俺が、上級部でも魔法の授業を受けたいだの、ハイネルを助けたいだの、そんな事思わなけりゃ、あいつは……」
「グーデリアン……」
ハイネルはグーデリアンの背中へ手を伸ばしかけて、途中で止めた。グーデリアンの背中が、他者を拒絶しているように思えたのだ。
「彼は言ってただろう? 別に死ぬわけではない。ただ、この世界にいられなくなっただけだって」
「俺にとっては同じ事だっ!」
振り向いたグーデリアンがハイネルを睨み付けて一声大きく叫ぶ。
「あ……」
ハイネルにはグーデリアンにかけるべき言葉が思い付かなかった。
だが、そんなハイネルの様子を見て我に返ったのか、グーデリアンはがくりと肩を落としてうつむく。
「……ごめん。ハイネルに八つ当たりするなんて、てんで筋違いだよな……」
うつむいたままのグーデリアンの肩が、ゆらゆらと不自然に揺れ始める。
膝をつかんでいた手の甲に、ぽたりと水滴が落ちた。
「うっ、くっ……」
かすかな嗚咽が唇からもれ出る。
「グーデリアン……」
ハイネルは今度こそためらわず、グーデリアンへ近付いてその大きな身体を胸にかき抱いた。
「ハ、イネ、ル……」
グーデリアンは顔を隠すようにハイネルの胸元へしがみつく。
ハイネルはそれに逆らわず、ほっそりした指で麦穂色のくせ毛を梳くように頭を撫でてやった。
「……そういえば、私は礼を言うのを忘れていたな」
「え……?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げたグーデリアンに、ハイネルは笑い掛けながら言った。
「助けてくれてありがとう、グーデリアン。そして……スタンピード」
その時、ハイネルの眦からも小さな水滴がほろりと零れ落ちたのを、グーデリアンは見逃さなかった。
「ハイネルっ!」
グーデリアンはハイネルをきつく抱きしめた。
もちろんハイネルも腕に力を込める。
満月に照らし出された丘の上で、二人はそのまましばらくじっとしていた。
「早く学院に帰らないと。きっと学長が心配している」
「いいよ、ハイネルをこんな目に遭わせたんだ。少しぐらい心配させてやろう」
「……そうだな」
もちろん学院側は少しも心配していなかった。なぜなら、名雲が遠くを見ることができる魔法を使って、状況を逐一観察していたからだ。
「はあ……。女子生徒たちがよく言う『らぶらぶ』というのは、こういうことを言うのでしょうかね?」
紫煙を吐きながらふんぞり返っていた名雲は、そう呟いてため息をつく。
余談だが、この『遠くを見ることができる魔法』は『シュピーゲル』と言う。むろん、S.G.Mの研究院である『シュトルムツェンダー』課程を終える際の必須習得魔法なのである。
「グーデリアンっ!」
自習室に、ハイネルの怒声が鳴り響いた。
季節が移り変わり、ハイネルはもちろんのこと、グーデリアンも無事に上級部へ進学することができた。グーデリアンは一時とはいえスタンピードを操ったことが認められ、魔法関係の授業を受講することも許可されている。
とはいえ、だからと言ってグーデリアンの魔法の資質が急に向上したわけでは無論ない。相変わらず魔法の授業中はハイネルの横顔ばかりをずっと眺め続けていて、講義内容なんぞろくすっぽ聞いちゃいない。実技をさせれば失敗ばかりする。
必然的に、グーデリアンは魔法に関してはS.G.Mきっての秀才であるところのハイネルの手を煩わせてばかりいた。
明日は古代魔法語の試験がある。古代魔法語はその名の通り、スペルを唱える際に使用する言語だ。これを理解せずして魔法を使うことはできない。
自習室で試験勉強するというグーデリアンに、ハイネルは不本意ながら付き合わされていた。だが基本文法すら全く理解してないグーデリアンに、そろそろハイネルの脳の血管が切れそうになる。
「おまえは一体、今まで何をしてたんだ?」
「だって、こーんなミミズがのたくったような字なんて、読める方がおかしいって」
「バカモン! そんなことでは今はまだよくても、二回生になれんぞっ!」
「うーん、それはちょっと困るかも」
何しろグーデリアンにとって魔法の授業は、ずっとハイネルと一緒にいられる至福の時である。これがなくなってしまっては一大事である。
「じゃあさハイネル」
「何だ?」
「古代語で『愛してる』って何て言うの?」
「はあ〜?」
ぱかんと口を開けたままグーデリアンを見返すハイネルの頬が見る見るうちに赤く染まる。
「優等生のくせに知らねーの? じゃあ『好き』って言うのは?」
「貴様っ! い、いいかげんにしないと……」
グーデリアンを殴りつけるべく分厚い古代魔法語辞典を掴んだハイネルだが、すんでのところで思いとどまった。
あれは確か基礎魔法媒介学の試験の前日だった。ハイネルは今日と同じように自習室でグーデリアンの一夜漬け勉強に付き合わされていた。
ところがグーデリアンは『どんな宝玉よりハイネルのほうがきれいだー』などと訳の分からないことを抜かし、あらんことかキスしようとしてきた。頭にきたハイネルは即座にグーデリアンへ鉄拳を喰らわせてやった。
自習室とは本来、当たり前だが静かに勉強すべき部屋である。そんな場所で大立ち回りを演じたせいで、二人はその後一カ月間、自習室への出入りを禁じられたのだ。
グーデリアンにとっては、自習室に入れないことなど何でもない。だが三度の飯より勉強が好きなハイネルには、この状況が死ぬほど辛かった。
ハイネルは振り返ってカウンターへ目を向けた。自習室の監視当番らしい名雲が、薄気味の悪い笑みを浮かべながら虎視眈々とこちらを見ているような気がするのは錯覚だろうか。
(ここでまた騒ぎを起こして、出入り禁止になっては元も子もない……)
グーデリアンに目を戻すと、彼は頬杖をついてぼんやりと窓の外を眺めていた。
その表情が、いつも陽気な彼らしくなく妙に物哀しそうだ。
(あれ? ……ああ、そうか)
自習室の窓からは学院の裏にある丘が見える。ハイネルはグーデリアンが時々花を持ってそこへ行っていることを知っていた。
あれから三カ月ほどたつが、グーデリアンは二度と再びスタンピードを召喚する呪文を唱えようとしなかった。一度ぐらい試してみたらどうだと言うハイネルに、グーデリアンは寂しそうに笑った。
『でもさ、もし失敗したら、奴がかわいそうだろ?』
「グーデリアン」
「え? なになにハイネル」
今までの表情が嘘のように、グーデリアンは全開の笑顔をハイネルへ向けてくる。
軽く咳払いすると、ハイネルは言った。
「明日の試験、もしおまえの成績がよかったら、一緒に裏の丘へ行こう」
「え……」
「何だ鳩が豆鉄砲を喰ったような顔をして。いや、一人で行きたいのなら別にいいのだが」
「えへえ……」
グーデリアンは泣きながら笑っているような顔になった。だが次の瞬間、何と机を飛び越えてハイネルに抱きついてくる。
「ハイネル、大好きだーーーっ!」
「な、何をするーっ!」
グーデリアンの大きな身体を受け止め兼ねたハイネルが椅子から転げ落ちた。グーデリアンはかまわずその上にのし掛かると、顔中にキスの雨を振らせようとする。ハイネルは身をよじってそれを避け、グーデリアンを殴りつけようと拳を振るう。
当然大騒ぎとなった。
「はい退場。二人とも一カ月の自習室出入り禁止」
機会を狙っていたとしか思えない程絶妙なタイミングで間へ割って入った名雲によって、二人はあっという間に自習室の外へと追い出された。
このお話は私が笠崎さんにキリ番リクエストをして書いていただいたものなのですが、実は・・・・一番違いだったんですよね・・・(笑)。
一番違いだったのが悔しくて泣きついた私に、笠崎さんはこんなステキなお話を書いてくださったのでした・・・(涙)。
笠崎さんのお話はどれもグーデリアンやハイネルの関係が自然でムリがなくて大好きなんですけど、以前笠崎さんのサイトで読ませていただいたファンタジー小説がとってもステキで読んでいてワクワクしたので、リクエストをしていいと言ってくださった時に、それではぜひファンタジーを書いていただこう!と決心したのでした。他にも候補はたくさんあったのですが(笑)。
このお話ではファンタジーなグーハーと学園ものなグーハー、一つで2倍楽しめてとってもお徳ですよね!いつも思うことなんですけど、とても大人っぽいのに、ハイネルに対して子供みたいに真っ直ぐに愛情を向けている笠崎さんのグーが大好きです!かわいい上に頼りがいがある!
もちろん、頭がよくてキレイで、その上照れ屋さんなハイネルも大好きです。笠崎さんのハイネルは何だかんだいってグーに対して面倒見がいいところがたまりません(笑)。
エンディングもグーハーらしくっていいですよね。そして・・・実は私はこの話の名雲がとても好きなのでした。『らぶらぶ』と口にする名雲・・・(笑)。
笠崎さん、へんてこ設定からは考えられないようなステキなお話をありがとうございました!次にリクエストさせていただける幸運な機会があれば、スタンピードと再会するお話なんかが読みたいです・・・・『グーとハイネル』の『らぶらぶ』なシーン付きで!(笑)