黄昏の血族、暁の王


 足首がひりつく様に痛い。
 覚醒できないまぶたを無理矢理引き上げ、グーデリアンは枕から頭を起した。
 見れば分厚すぎるカーテンの隙間から太陽の光が注ぎ込み、彼の足首に落ちている。
 ちっ、と舌打ちをして、だるい身体を引きずり、忌々しい光をさえぎった。
 途端に部屋には闇が戻る。
 (…ったく、厄介な身体だぜ…)
 夕べは疲れと飢えとで朦朧とした意識のままベッドに潜り込んだので、カーテンの隙間に気づかなかったらしい。
 焼きが回ったもんだと思っても、なにせここしばらくまともに食餌をしていないものだから、仕方がない。
 目を閉じれば思い出すのはその白い首筋。
 四六時中そばにある、薄い色素の下の青い血流。見ないようにすればするほど、気が付くと卑しい視線で盗み見ては、生唾を飲み込む自分。
 (あ、ダメ…腹へってキモチ悪…)
 ベッドに突っ伏し、実際は感じているはずのない空腹を宥めようと必死になる。
 これがいつものような美女相手ならば、酒に誘ってホテルに連れ込み、オトナの時間と称した夜の戯れにかこつけて、いろんな意味で「いただいて」しまえばいいのだが、今回の相手は訳が違う。
 いや、今回、というと語弊があるかもしれない。
 「食餌」には困っていないはずの自分が、こんなにもこだわるただ一人の人…。
 無論、用意にベッドへ誘うわけなぞいかない。
 何と言っても相手が悪い。
 そんなことをしたならばきっと、
 (貴様は今日限りクビだ〜っ!とか叫ばれちまうだろうしなぁ…)
 悪食なつもりはないので、選びたいのはやまやまなのだが、一筋縄ではいかない相手にこだわる余り、餓死というのもマヌケな話だと、仕方なしに今までどおり、一夜の美姫にオタシミついでに献血をとは思うのだが、そんな日に限って美味しい相手にありつけない。
 おまけに、最近はありつけたとしても、ちょっとだけいただいてしまうと満足には程遠いまま、ため息と共に開放してしまうことの繰り返しだった。
 理由はわかりすぎている。
 飢餓感。
 生理的な飢餓感ではなく、心が求めずにいられない。
 目の前の違う首筋を見るたびに、フラッシュバックするのは、夢にまで見るあの白い首筋。
 決して細すぎはしないが、美しい筋の流れに沿った青い静脈の透ける首筋。その奥からかすかに聞こえる錯覚すらある、生命力に満ちた動脈の流れ。
 いっそ官能的ですらあるそれを思い出してしまっては、眼前にある、飢えを満たす為だけのそれなど、放り出したくなるのも当たり前だ。
 だがこのままでは飢えて滅びるか、気が狂うかの二つにひとつである。
 いっそ滅びてしまうことに憧れがないわけではないが、そうすると、初めてできた大切なものにも永遠に別れなければならない。
 初めての「執着」。
(なんでまったく…こんな厄介なことになっちまったんだろうな…)
 四百年の時の流れに取り残されながら、こんなに滅びの予感に脅かされたことは一度もなかった。
 時の歯車からはみ出した自分は、すべてのものから置き去りにされていく。
 忌み嫌われる「伝説」の中で身を潜め、「執着」するという言葉を忘れ去るのにそう長い年月はかからず、むしろ滅びという死に対して、憧憬する抱いていた自分がこんなにも「存在すること」へ執着を抱いている。
 「自分」が「存在」を思い出したもの。
 それはたった一人の人間。
 フランツ・ハイネル。
 そしてたったひとつの世界。
 モータースポーツ。
 あいつを見たから、レースを始めた。
 レースを始めて、思い出した。
 風と、燃える想いと、存在していたいという欲望と。
 誰かと共にいたいという願いを。
 「吸血鬼」と呼ばれるものに成り果てた自分の最期の望みは誰よりも、何よりも強く、深い。

 滅びの瞬間は、かの人の骸を抱いて眠りたかった。


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