すいーと・ちょこれーと

 2月になったある日の事。

 はいねる君は一人台所で腕を組み、目の前にあるちょこれーとと睨めっこをしていました。

 ずっーと、ずーっとテーブルの上に乗ってあるちょこれーとを見て、1分おきにふかい溜息をつきます。

 ここは台所と言ってもふぁくとりーに付属している簡易キッチンなのですが、はいねる君はここに篭って既に1時間がたとうとしていました。

 同じちーむ・SGMのおじさん達は『何事だろう』と心配げに、はいねる君のいる台所の前でうろうろしています。

 いつもなら、ぱぱぱーっととっても美味しいお料理を作ってすぐSGMのおじさん達に声をかけてくれるのですが、今日のはいねる君はいつまでたっても料理を作るふうでもなくじっと一点を見つめて黙って立っているのです。

 しかも、はいねる君がいつもは食べないちょこれーとを片手に持って台所に入って行ったのを見ていたおじさん達は、あっちオロオロこっちオロオロと作業も手につかず、はいねる君のする事を見守っていました。

 ふと、はいねる君の綺麗な緑色のお目々がおじさん達とばっちり合います。

 途端にはいねる君は顔を真っ赤にして、うつむいてしまいました。

 おじさん達はワタワタと、見ていないフリをしたのですがしっかりと見ていた事がバレて蜘蛛の子を散らすように作業に戻って行きます。

「あ……」

 何か弁明しようとはいねる君が声を出したのですが、続く言葉がありません。

 

―うっ―

 

 はいねる君は困ったように固まってしまいます。

「はあーっ」

 悩ましい溜息を一つ吐くと、はいねる君はちょこれーとを手に取りました。先日、にっぽんの女の子達が教えてくれた事を思い出します。

 

『2月14日は、バレンタイン・ディと言って好きなコにチョコレートで告白する日なの。日本では立派な行事の一つなのよ』

 

 はいねる君が日本びいきと知って、菅生あすかちゃんとみきちゃんがアオイの今日子さんをも交えて日本の行事を教えてくれたのです。その時に、本命と義理というちょこれーとが有るという事も教えてくれました。

 

『照れやな女の子はね、義理チョコを配って密かに本命にだけ差をつけるのよ』

 

 義理チョコというのは、日頃お世話になっています♪これはちょっとしたお礼の気持ちです♪というものだとまで説明してくれました。そして、本命チョコというものは『好きです♪』という気持ちを表わすのだと言う事も。

 勿論、告白ばかりでなく付き合っている者同士でも贈る愛の気持ちと言っていました。

 義理チョコというものはピンときませんでしたが、はいねる君は親切に教えてくれた女の子達にお礼を言って、その場を離れたのです。

 

―何故、チョコレートなのだ?―

 

 日本のチョコレートメーカーが作り出した行事とも知らず、疑問に思うはいねる君でしたが『好きな人に告白する』と聞いて、なんだか微笑ましい行事だと思いました。

 ドイツではあまり聞かない行事なのです。心の気持ちをモノの形にするのは、少し気がひけますが女の子達の会話はとっても弾んでいて、そういうものも有りかもしれないと考え直しました。

 その時には何も考えていなかったのですが、ふと14日という日が近づくにつれはいねる君はちょこれーとを買ってしまったのです。

 ここにまた一人チョコレートメーカーの戦略に引っかかった人間が生まれてしまったわけです。

 ただ、その後の事をどうすれば良いのが判らずに困っているのです。

 SGMのおじさん達にも感謝の意を表わして、ちょこれーとを渡そうとは思っているのですが『義理』ではなんだか悪い気がします。

 それに、どうやって『本命』に渡すかも難題でした。

『本命』がにっぽんの女の子達の行事を知っているはずは無いと、判ってはいるのですがはいねる君は悩みます。

「あいつはダイエットもしなきゃならんのに、なんだってコレを買ってしまったのだ…」

 ちょこれーと屋に入ってビックリしたのですが、今のちょこれーとにはシュガーレスタイプのものやカロリー控えめなものなどが売っているのです。

 でも、ちょこれーとはちょこれーと。

 しかも、そのまま渡すよりはと台所に入ったのですが決心がつかないはいねる君なのです。

 買ったちょこれーとは、かなり大きなものでした。はいねる君は一人、台所で溜息をついてばかりです。しゅてぃーるの設計を進めている時でもこれ程悩んだ事はありません。

 とにかく見てばかりいても埒があかないので、目の前のちょこれーとを湯煎にかける事にしました。

 

 コトコトコト。

 

 鍋の中にボールを浮かべて、ちょこれーとのカケラを入れていきます。沸騰したお湯に気を付けて、はいねる君は溶けていくちょこれーとを見つめました。

 はいねる君の凝り固まった悩み事も一緒にとろとろ溶けていくような気分になります。

 睨みつけるような真剣なお顔も、徐々にほわわ?とした柔和な笑みを刷いています。

 慎重に溶けたちょこれーとの入ったボールを取り出しました。

 今度はボールを冷水の入っているパットの中に置きます。持参していたナッツやクッキーのかけらを取り出して、パラパラとふりかけます。

 ボールの中をくるくると掻き雑ぜて大きなスプーンで掬い上げます。

「こんなので本当に固まるのだろうか」

 お菓子作りは初めてで、何だか粘土遊びをしている気分になります。

 ぱうだーしゅがーをほんのちょっぴり混ぜてあるココアパウダーに、ぽて、とちょこれーとを落しました。はいねる君はもう片方の手で持っている小さなスプーンで、器用に転がします。

 

 ころころころ。

 ぽて、ころころころ。

 

 はいねる君は何回か繰り返すうちに、楽しくなってきました。

 どうにかボールの中のちょこれーとがなくって、かなりの量のとりゅふが出来あがった頃。はいねる君のお鼻のてっぺんには、ちょこん、とココアパウダーがまぶされていました。

 けれど凝り出したら止まらない性格のはいねる君は全く、気づきません。

 にこっと笑って、ボールなどのお片付けに入っています。

 

―できた―

 

 すっかり出来あがった『とりゅふ』に満足です。

 作っている間、しゅてぃーるの事もぐーでりあんの事も、それを渡すという事も忘れていました。SGMのおじさん達は熱中しだしたはいねる君の邪魔にならないよう、台所には近付いてきません。

 とっても楽しそうに作っているはいねる君だったので、そっとしておいてくれたのです。

 はいねる君はほんの少しだけ『とりゅふ』を別にして、残りのたくさんをお皿に山のように積みました。丁度、お茶の時間なのです。

 SGMのおじさん達の休憩に、どうやら間に合ったと腕時計を見てティーセットのワゴンに乗せました。

 はいねる君はお茶の準備をして、半ば自室と化しているマシン設計室にコソコソと逃げるようにして戻っていきます。

 おじさん達は見ていないフリをして、はいねる君が扉をしっかり閉めるのを確認すると一斉にはいねる君の準備してくれたお茶の前に群がりました。

 

『ごっくん!』

 

 おじさん達は自分達の為に、いっしょうけんめい作ってくれたのかと大感激です。

 じわーっと目尻に涙をためて、『とりゅふ』の味を堪能しました。おじさん達は、はいねる君の事をとっても大好きなのです。

 そして、しっかり味わったおじさん達は改めて誓い合いました。

 

『はいねる君を泣かす奴は、許すまじ!』

 

 おじさん達が決意に燃えている間、はいねる君は設計室の中で再び『とりゅふ』と睨めっこをしていました。

 たくさん作った中で、特に力作と思われる精鋭の『とりゅふ』がきれいにらっぴんぐされて置いてあります。

 

―どうしよう…こまった―

 

 目を瞑って、眉を寄せて考えているはいねる君は何だか、近寄りがたいです。

 とっても深刻なお顔をしていて、哲学者のようです。

 

『ぐーでりあんは、アメリカだし…わざわざ持って行くのも癪にさわる…いや、よしんば持って行っても何と言って渡せばいいのだ』

 

 ぐるぐると考えていたのは、ぐーでりあんにどうやって出来あがった『とりゅふ』を手渡そうかという事と、その言い訳だったのです。

 作ったまでは良かったのですが、その後の行動に移せません。

 わざわざアメリカに行くのも『好きだよ』と言っているようなもの。

 だけどぐーでりあんに、そう思っていると読み取られたくない、と思ってしまうはいねる君の複雑怪奇な想い。

 上手く素直になれないお年頃なのです。

 ちょこを渡すくらい、『ばれんたいん・でぃ』を知らなければ受け取る方はその行為の意味など判らない事なのですが、ソレを意識してしまっているはいねる君は、『ぐーでりあんに渡す』という事に躊躇ってしまいます。

 ちょこはあげたいけど。自分からは行動に表わしたくない。

 作っちゃったけど、あげられないジレンマ。

 色々と渡すしゅみれーしょんをして、はいねる君は一人お顔がほてってしまいます。

 はいねる君は随分と照れ屋さんなようです。

 

―ぐーでりあんに、私だとバレなければ良いのだ―

 

 暫くアレコレ考えていると、妙案が浮かびました。

 くもっていたお顔をぱっと輝かせて、はいねる君はいそいそとペンを手にします。

カキカキカキ、キュキュッ。

 強力テープでしっかり梱包して、はいねる君はにっこりと微笑みます。

 誰も見ていなかったのが、もったいない位の笑顔でした。

 梱包された表側には、

【すたんぴーとの、じゃっきー・ぐーでりあんさま】

 と、達筆で書かれています。

 はいねる君はソレをしっかりポケットにないないして、設計室を後にしました。

 途中、SGMのおじさん達が休憩を終わらせて作業に戻っているのが見えます。

 口々にお礼を述べるおじさん達に、はいねる君ははにかむよう笑みを見せて外出する旨を伝えました。

 おじさん達も笑顔で送り出してくれます。

 ふぁくとりーから少し遠ざかって、はいねる君はちょっぴりホッとしました。

 

―よし、腹を下した人間はいないようだな―

 

 はいねる君は味見もしないで、ぐーでりあんに届けるのは少し心配だったのです。結果的、お世話になっているおじさん達に毒味係をさせてしまったはいねる君でした。

 本当は自分で食べてみたら良かったのですが、はいねる君は少々甘いものが苦手なのです。

 これで心配事が一つ減り、はいねる君の足取りも軽くなります。

 向かう先は、ドイツの郵便屋さん。

 そこではいねる君は差出人を書かないまま、ぐーでりあん宛てのちょこ菓子を包んだ郵便物を預けます。

 チラリ、と郵便屋さんが『差出人は?』という顔をしたのですが気付かぬフリをして誤魔化しました。

 ちゃんと届けてもらうようお願いして、はいねる君はふぁくとりーへ戻ります。

 

『そうだ…しゅてぃーるにも、ちょこの代わりに極上おいるを準備しよう♪』

 

 まだまだ組み立ててもいないしゅてぃーるにも、何かやらなくちゃ、と考えたはいねる君はウキウキして設計の仕事に取り掛かります。

 はいねる君は自分の妙案に欠点がある事に気付いていません。

 どこから出したのか判るという、消印というものの存在を。

 勿論ぐーでりあんが受け取った時、それに気付くかどうかは別の話ですが…。

 どうにかちょこを渡せるよう手配して、ご機嫌になったはいねる君。

 くるくる自分で自分の想いに振りまわされながらも、たった一人に対する『想い』がはいねる君の中で少しずつ、ゆっくりと小さな形になって育っているようです。

 今はまだ、自分の中だけで満足している想いを胸に仕舞いこんでいる本当にちっちゃな想い。

 

 夜がきて、はいねる君は窓から見えるお空に目を向けます。

 

―ちょこをぐーでりあんが食べてくれますように―

 

 そっとお祈りしながら、ベッドの中に潜り込みました。

 しっかりお布団に包まりながら、碧のお目々はお外をみつめたまま。

「おやすみなさい、ぐーでりあん」

 そっと呟いた先の人物は、蒼いお目々にキラキラ輝く金の髪。そのお日さまのような笑顔を想い浮かべ、ちょっぴりお顔を朱くしながら目をとじます。

 明日には、てすとが控えているのです。しっかり休養はとらないといけません。

 

『だぁいすき……』

 

 暖かい想いを抱いて薄く笑みを浮かべたまま、はいねる君は眠りの国の住人になりました。

                                                      おしまい





 とおこさんにこんなにかわいらしいお話をいただいてしまいました!
 かわ・・・かわいいーーっ!・・・と、叫んでしまうほどかわいいハイネル・・・。こんな風に思われたらグーじゃ
なくてもメロメロになっちゃいますよね!
 これ・・・これ・・・続きとかないんでしょうか?私、このお話に限っていえばグーが憎い、憎いです!(笑)こ
んなにかわいいハイネルに、こんなに一途に思ってもらえるなんて!
 せっかくのバレンタインに、なんでアメリカにいるんだ、こらグー!・・・と、何の罪もないグーにいいがかりを
つけたくなってしまうほど、キュートなハイネルなのでした。 ・・・はいねる君、とお呼びするべきでしょうか?
(笑)

 とおこさん、ありがとうございました・・・(じーん)。雪が舞う寂しい窓の外の光景を眺めつつも(ホントに雪降
ってるんです)、心がとっても暖かくなりました。
 こちらには『death by chocolate(チョコレートによる死)』っていう変わった名前のお店があるんですけ
ど、こんなにかわいいはいねる君にチョコレートもらってしまったら、それこそ感激で死んでしまいそうです(
笑)。グーにしてくれとはいいません、せ、せめてはいねる君お手製のトリュフをおすそわけしてもらったSGM
のおじさんの一人にしてください・・・(笑)。



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