晩秋のインディアンサマーのあたたかな日差しの中を、男がひとり、歩いていた。
その髪は黄金に色付いた木の葉の色をしており、その瞳は高い蒼穹の空の色をしていた。
だが、その肩よりも少し長めの髪は手入れがされておらず乱れきっており、その瞳は虚ろで焦点があっていない。
もとはがっしりとしていたのだろうと思わせるその体躯は憔悴して肩が落ちており、目の下にも頬にもやつれた感がぬぐえない。
服もくたびれ、履いている靴も踵が踏み潰され、重く引きずるように歩く男の足元で擦り切れていた。
男の目には、さわやかな風に踊る落ち葉も、空を渡る鳥たちの姿も見えていなかった。
ただ、脳裏に焼きついた、愛しい人の最後の姿だけが、そのまぶたの裏でいっそ惨いほどに克明に再生されていた。

ドクターを撃ったあと、ハイネルはそのまま銃口を自分の口の中に向け、その先端を真珠のように白い歯で咥え、深く深く澄んだ深緑色の瞳でグーデリアンを見た。
『私などが、おまえを好きになって、すまない』
おまえは、私にとって、羨ましいほどに眩しい太陽だった。
そう、微笑んだハイネルを、だが間半髪ほどでグーデリアンは自分の銃を掴んだ。
『馬鹿なことをするんじゃない』
抗議するようにグーデリアンを見上げる暗緑色の瞳に向かって、グーデリアンは初めてハイネルを怒鳴った。
『だけど、たとえ不本意でもこんな世界に生きた私が、おまえと同じ場所で生きられるわけはないんだ』
グーデリアンの手が直接汚れないように、自分でドクターを手にかけた。
何よりも、自分が、思えばもう長い間、そうしたかった。
だから。
『だけど、俺にはハイネルが必要なんだ』
ハイネルと同じ立場になりたかったからこそ、己の手で社を破壊した。
『ハイネルはもう、充分に苦しんだ。そろそろ幸せになるときなんだ』
とは言っても自ら失業者になった俺に、どれほどハイネルの助けになるかは心もとないけどな。
そう笑えば、やっとハイネルは苦笑まじりに、しかしはっきりと頷いて、捕まれた銃から手を離した。
『私なんかを愛してくれて、ありがとう』
血だまりの中に横たわるドクターに向かって、ハイネルは細い声でそう言った。
その声がドクターに届いたのかどうか、彼の顔は安らかだった。
そして、その夜、グーデリアンは初めてハイネルを抱いた。
陶器のように白くなめらかな肌がグーデリアンが触れたところから次第に熱を帯びて薄い桜色に染まる。
抑えようとしてももれてしまう熱いと息と甘い声に、ハイネルは胸元まで真っ赤になるほど恥じた。
『こんなことは、今までになかったのに』
まるでうわごとのようにハイネルは呟いた。
『今まで、どんな男に抱かれても、意識のどこかが冷静に、自分を見下ろしていた感じがあったのに、ジャックが私に触れていると思うだけで、意識が弾けとんでしまいそうになる』
両手で顔を隠すようにそんなことを言われて、グーデリアンは思わず下半身がずんと重くなったのを自覚した。
丁寧に、すみずみにまでキスを降らし、特にハイネルが声を詰まらせたところは丹念に慈しみ、白い肌にいくつも花びらに似た跡を散らす。
グーデリアンの肩口に顔をうずめ、麦穂色の頭を抱きしめてその悦に絶えるハイネルの姿は、今まで抱いてきたどの女たちよりも綺麗で、そして愛しかった。
ハイネルの中は、グーデリアンの意識が蕩けそうなほどに熱く、グーデリアンは自制が効かなくなるほどに何度もハイネルを追い上げ、そして何度も頂点を迎えた。
いつの間にか意識を手放してしまったハイネルの、目を閉じていると幼く見える顔を眺めながら、グーデリアンも眠りの底へ落ちていった。
そして、朝の光の中でグーデリアンが目覚めた時にはもう、ハイネルの姿はどこにもなかった。

グーデリアンは、半狂乱になって、部屋の隅々までハイネルの姿を探した。
クローゼットの中の服はグーデリアンと一緒に揃えたままになっており、ただ1着だけ、グーデリアンと初めて会った日に着ていたものだけがなくなっていた。
ふたりで選んだ食器も雑貨もそのまま残っており、唯一ハイネルがはじめから持っていた写真たても置き去りだった。
ただ、その中に挟んであった切抜きのグーデリアンの姿をのぞいては。
ハイネルの通った図書館も、ハイネルが気に入っていた個人商店の並ぶとおりも、すべて探した。
会う人すべてにハイネルの姿を見なかったかと訊ねたが、返ってきた答えはグーデリアンの肩を落とさせるものばかりだった。
「どうして…」
戻ってきた部屋で呆然と呟いたグーデリアンに、応えるものは沈みゆくオレンジ色の太陽だけだった。

そして、グーデリアンは夢と現をさまよう時間を過ごすようになった。
明るい日の光の中に、冴え渡る星の光のもとに、いくつもの、ハイネルと過ごした時間がフラッシュバックする。
親の敵を探すためとはいえ、ドクターに協力していくつもの命を殺めたと、ハイネルが真夜中に震えながら泣き叫んだこともあった。
『私には、人を愛する資格など、ないのだ』
ひそやかな月光に照らされ、儚げに呟いた時、グーデリアンは寝たふりをしていることしかできなかった夜もあった。
どんな時でも、ハイネルの姿は、グーデリアンの記憶の中で、壊れそうなほどに繊細で、涙を溜めたその綺麗な瞳で、それでもグーデリアンといられて幸せだと、儚く微笑んでいた。
そして。
『私などが、おまえのような人を愛してはいけないのだ』
ドクターを撃ったその手でハイネルは銃口を咥え、宝玉よりも綺麗な濃緑色の瞳でグーデリアンを見、止める間もなく引かれたトリガー。
横たわるドクターの身体の横にあふれる、深紅の血。
『ハイネルーーーーーっ!』
届かない手。
ドクターに折り重なるように倒れる細い身体。
ガラスでできた糸のように繊細なハイネルの、罪の重みで沈んだ心が、グーデリアンを愛したことでその重圧に耐えられなくなってしまったかのように。
それが夢と知りつつ、しかしそれは本当はハイネルが望んでいたことだもと知っていたグーデリアンの精神は、そのままその瞬間で時を止めた。

それから、何度も何度も夢を見た。
『そうだな、ロクサーヌ、なんてどお?』
『なに!それは女の名前ではないか』
『なんだよ、教えてくれないほうが悪いんじゃないか』
『そういうのなら、まずは自分の名前を先にいうべきではないのか?』
『グーデリアン。ジャッキー・グーデリアンだ』
『…ハイネルだ』
『ハイネル?それ、ファーストネーム?』
『フランツ・ハイネルだ』
そして、ぽっかりと意識が浮上した。
泣笑いしかできないほど、幸せだったあの瞬間。
だけど。
外は、しとしとと静かに小雨が降り続いている。
「ROXANNE…」
それは違わず、あの時ハイネルが口にした、ハイネルの両親の会社の名前。
忘れたと思っていた、グーデリアンの奥底で眠っていた昔の記憶。
初めてであったときに口をついて出てきたのは、偶然ではなかったのだ。
グーデリアンは急いでハイネルの、あの部屋へ向かった。

「探している人がいるんだ」
季節は移ろったのに、ここにはあの時と同じ匂いが立ち込めていた。
いい客だと思い込んだ女が媚を含んだ視線で見るのも構わず、グーデリアンは薄暗がりの中に立つ娼婦ひとりひとりに訊いてまわった。
「ロクサーヌという人を、知らないか?」
金茶色の髪と深緑色の瞳を持つ、誰よりも心が綺麗な人なんだ。
誰よりも、大切な人なんだ。
なぁ、誰か知っていたら教えてくれよ。
雨の日も、風の日も、雪の日も。
季節がめぐり、花が咲き、木の葉が落ちても、グーデリアンは訊ねつづけた。
誰もが首を横に振り、諦めない彼を鼻先で笑っても、気にしなかった。
「ハイネル…」
彼だけを、求めて。
彷徨い続けた。
そして。
「どうしておまえは諦めないんだ」
聞き覚えのある、照れ隠しに怒ったような口調で問うその声に、グーデリアンは太陽のように笑った。
「見つけた」
あの日のままに変わらない華奢な身体と媚を含まない凛とした眼差しを、グーデリアンはようやく腕の中に抱きしめることができた。
「だって、ハイネルを失うことに比べたら、こんなことなんでもないんだよ」
ハイネルの細い腕がグーデリアンの背中に回されるのを、客を捕まえそこなった娼婦たちが物珍しそうに見ていた。




 といきゃっとさんが連載して下さった「ロクサーヌ」が、完結いたしました!といきゃっとさん、お疲れさまでした。とても速いペースで書いて下さったのですが、きっとご本人も波にのってらしたのではないでしょうか?
 私、個人的にすごくラストの一文が好きなんです。なんていうか・・・映画的な映像が目に浮かぶようでした。

 それにしても、といきゃっとさんはハッピーエンドにするために頭を悩ませてくださったご様子。すみません、ぎゃーぎゃー騒いで!(涙)でも、それだけこのお話の中のハイネルの境遇や姿に強く共鳴していたのだということで許して下さると幸いです。
 そして、な、名雲が・・・(ここまで読まれた方でしたらもうお名前出してもいいですよね!)名雲が切なくて、かわいそうになっているのは私です(笑)。表現方法を間違えてしまったとは言え、彼の不器用な愛情はきっとハイネルも分かっていたのではないかな、と思います。
 ハイネルには彼の分までグーデリアンといっしょに幸せになって欲しいものですよね!

 といきゃっとさん、華やかで煌びやかでにぎやかな華世界の裏に流れる、切なくて物悲しくて、でもとてもキレイな物語を聞かせてくださって本当にありがとうございました!改めましてお疲れ様でした。



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