It's me burn you forever (6)


照りつける太陽に、まばゆく光る白い雲。
どこまでも広がる青い空の下、くっきりと黒い影を落とす緑の木々。

せめて風でもあれば、という祈りも虚しく、
砂埃を巻き上げて吹きつけるのは熱風。


ただ歩いているだけで汗がしたたり落ちる。

夏は暑ければ暑いほど夏らしくてイイ、
なんて思ったこともあるけれど。

途絶えた会話の次のひとことも見つけられないほど、
暑さに思考力が奪われる。

頭に浮かぶのは「暑い」のひとことだが、
それはさっき二度と言うなと封じられた。


「暑い暑い言って涼しくなるのか。夏の盆地に来れば暑いに決まってるだろうが。なにを今更驚いているのだ、愚か者」


そう言われても暑いものは暑い。
暑いと言っても涼しくならないのも知ってるけど。

駅からホテルまでは歩いて10分くらいだから、
黙っていてもいいんだろうけど。

黙っていると暑さだけが感じられて、
余計に暑くなる気がするのだ。

他のことを考えようとしても何も思いつかないから、
少し前を歩くハイネルについ目が行ってしまう。


タンクトップに短パン姿の自分と違って、
出張帰りのハイネルはスーツのまま。

上着くらい脱げばいいのにボタンまではめて、
ネクタイも緩めず、


「ハイネルは暑くないの?」
「何を聞いていたのだ、貴様。夏の盆地に来れば暑いに決まってると言っただろうが。脳みそ溶けて耳の穴でも塞がったか」
「えー・・・でも汗かいてないよね」

と、
思わず目の前のハイネルの白い手を掴んだら。


「ただでさえ暑いのに暑苦しい真似をするな!!」


その手を取られて投げ飛ばされて。
尻餅をついたところへ更に何かがぶつけられて。

鼻に当たったソレが何か確かめようと目を開けてビックリ。


「え!?何ナニナニ??」


押し寄せてくる、鹿、鹿、鹿。の、口。
なんだ?!可愛い顔してニッポンの鹿は人を食うのか!!

助けてハイネル!!!

「って、え?あア、コレ?これか??コレが欲しいのか」

噛まれるかと思った鼻を素通りして、
もぐもぐ動く鹿の口は服の上に散らばる薄茶色の物体に集中。

見覚えのあるそれは、鹿せんべい。
ハイネルを駅まで迎えに行く道中で、山積みにしている露店を幾つも見た。

「ああアア食え、食っていいから、ちょっとどいて痛ッ」

そのつぶらな瞳には食い物しか映っていないのか、
倒れた自分は道端の石ころと同じなのか、
躊躇なく踏み越えて迫って来る。

恐るべし、鹿。
そして鹿せんべい。

ぶつけられたモノの正体が分かったと同時に、
ハイネルが助けに来ないことも判明。

鹿に自分を襲わせている間にホテルに行って、
そこから行方をくらませるつもりに違いない。


「そうはさせるか」


ただ汗だくになったり鹿に食われそうになるためだけに、
夏の奈良に来たわけじゃない。

ハイネルが今回日本に一週間出張すると聞いて、

ピンときた。


ハイネルはきっと墓参りに行くのだと。


そうでなければ、日本企業が一斉に休みを取る「お盆」を挟んで、
わざわざ出張の日程を合わせることはないはずだ。

目的は新しいマシーンの主要部品の生産工場の選定視察で、
一週間で広島、愛知、横浜の3箇所を回る。

広島から愛知への移動の間に「お盆」の8月13・14・15日があり。

地理的に言えば、広島から愛知の間には京都・奈良があり。

日本好きなハイネルが、移動日と休日を兼ねて、
歴史的文化的に見どころが豊富な京都や奈良で過ごすというのは、
誰の目から見ても自然な展開で。

夏休みというには短すぎるけれど、
こういう機会でもないと仕事中毒のハイネルは休みも取らないだろうから、
ゆっくり観光して楽しんで来て、なんて言って、

スタッフはみんな笑顔で送り出していた。



でも、


俺は知ってしまっていた。


ちりぢりになった千羽鶴をひとつにしていた時に、
見てしまった。

メールでの会話の中に、
奈良という言葉があった。

試作車のチェック会の予定日に対する返信で、
故郷の奈良に帰省するという日程が書いてあった。

<奈良と言うと、大仏があるところか>
<いや、奈良と言っても、うちはもっと田舎で、電車も各駅停車しか止まらないんだ>


メールはそこで終わっていて、肝心の地名は分からない。


だから、


リサに頼んでハイネルの泊まるホテルを教えてもらって、
先回りして待っていた。


ハイネルが奈良に泊まるのは、今回が初めてだという。


だとすると、


俺をドライバーとする新しいプロジェクトが始動したことをキッカケに、

過去に対してケジメをつけに行く気になったということだろうか。


それも、
ひとりで。


一緒に行くと言えば、
お前には関係無いと言われるだろう。

確かに、
自分でも最初はそう思っていた。

相手が誰でも関係無い。
どんなヤツだったのか知る必要はない。


でも、
今は違う。

既にこの世にない相手でも、
ひとりのライバルとして、ちゃんと向き合いたい。


だから、

自分も来た。


正々堂々の勝負を申し込むために。





「タンクトップと短パンで死にそうになっていたヤツが、浴衣なんてよく着る気になったものだな」
「大丈夫、電車の中は冷房がきいていて涼しいから」

各駅停車の電車は空いていて、浴衣姿のハイネルはすぐに見つけられた。

「並んで座るな。貴様とそろいの浴衣なんて考えただけで暑苦しい」
「しょうがないだろ、アロハみたいでイイと思ったのは全部レディースだったンだから」
「それでも三色くらいの中から選べただろうが」
「これからお墓参りに行くって言ったら、ホテルの人がこのディープブルーのを着せてくれたんだ」

不愉快そうに眉をひそめていたハイネルの表情が、「お墓参り」と聞いて困惑に変わる。

事態がおそろいの浴衣よりも更にハイネルにとって厄介なものになったからだろう。


窓を流れる景色は、光と緑に満ちて明るくのどかだ。

鬱蒼と茂る森や、健やかに伸びる林。
絨毯のように広がる若々しい緑は、田んぼと言ったか。


「いいとこだな。のんびりしてて」


ハイネルは答えない。


「あんまり車も走ってないみたいだけど」
「・・・・・・どうしてレーサーなんかになったのか」
「え?」


何気なく言った言葉が、
思いがけない重さを持って返ってくる。

窓の外を眺めるハイネルの横顔は、
サラサラと額にかかる前髪で表情が見えない。


「レーサーになって何が良かったのか。息子はまだこんなに若いのに。あなたにさえ会わなければ、息子は死なずに済んだのではないか。地元に残って田んぼや畑をやって、静かに暮らして行くほうが、どんなに幸せなことだったか。二度と顔を見せないでほしい。そう言われた。無理もないと思った。そのとおりだとも思った」


淡々と語る声も、感情を抑えて揺るがない。


それが、


かえって切なく胸をしめつける。


「でも、レース中の事故で亡くなったわけではないんだろう?」
「遠征先に向かう途中で列車事故に巻き込まれた。ここで畑仕事をしていれば絶対に遭遇しなかった事故だ」

だから、ハイネルに会ってレーサーにさえならなければ、と遺族が考えてしまっても無理はない、と。
納得して、自責の念も抱え込んでしまったのか。

「葬式にも出れなかったし、お墓の場所も教えてもらってない。それは仕方のないことだ。だから、」

だから、ひとりで迎え、ひとりで送っていたのか。

「今日この電車に乗ったのは、どんなところで暮らしていたのか見てみたくなっただけだ」


そう言ったハイネルの視線が、窓の外から自分の携帯へと移る。
液晶画面の表示と、同じ形をした山と川がゆっくりと近づいてくる。


写真を受け取ったのは、あのメールの後だろう。


もしかしたら、お盆で戻っている相手が、
この景色のどこかにいるかもしれない。

その気配を感じられるかもしれない。


そんなはかない期待もあったのか。


墓参りを諦めるのは、
遺族への配慮か。


でも、

ハイネルにとっても大切な人だったのだから、
悲しみを分かち合えたかもしれないのに。

どうして憎まれ役になることを選んだのか。

不器用な誠実さが、
今もまた本当の望みとは裏腹な言葉を選ばせる。


「お生憎様だったな。私について来れば墓参りが出来ると思っていたなら、大間違いだ。そもそも、どこの馬の骨とも分からん貴様なんぞに参られては向こうもいい迷惑だろう」

なんていつもみたいな憎まれ口を叩いている場合か。
素直になれ、ハイネル。

「大間違いはそっちだハイネル。せっかくここまで来たのに、景色だけ見て満足なのか?そんなわけないだろう」


反論しそうなハイネルを引っ張り上げるように立たせて電車を降りる。
停車時間は30秒ほどで、ドアはハイネルの鼻先で閉まった。

改札の脇に掲げられた時刻表は空白だらけで、


「進むも戻るも次の電車が来るのは1時間くらい後だぜ。どうする?ハイネル」
「・・・・・・どうするもこうするもあるか!こんな何もない炎天下に1時間も居られるか!!」


という理由でもつけないと歩き出せないほどの意地っぱりなのか、
単に冷静な現状分析の結果なのか。

ホームの自動販売機でスポーツドリンクのペットボトルを買って、
一気に飲み干し踏み切りを渡るハイネル。

「待てよハイネル、山ならコッチだろ」
「山と川があの位置に見える場所は、線路の向こう側だ」

なるほど、と思ったその時、

ゴーンとどこかで寺の鐘が鳴った。


傾きかけた日差しに目を細めながら、
鐘の音に向かって線路沿いの道を30メートルほど歩く。

近くに川があるからか、木陰の中を吹き抜けてくる風は涼しい。


最初に気づいたのは、線路脇に並ぶ墓石。


なだらかな斜面の草むらを降りると墓地に入れるが、
そこから入っていいかどうかは疑問だ。


「・・・・・・外国人だから許してもらえるんじゃね?」
「そういう問題ではないだろう」
「じゃあ、ハイネルはここで待ってろよ。俺がちょっと見て来てやるよ」

ためらうハイネルを置いて斜面を滑り降りると、

「見て来てやるって、お前漢字読めないだろうが!」

案の定、呆れ顔でハイネルが追いかけて来て。


桶と柄杓を探して水を汲んで持って来るように言われ、
墓地を抜け、寺の建物の前に出ると、

花壇の中に井戸があるのが見えて。

小柄な女性がひとり、花と桶と柄杓を持って歩き出そうとしているところだった。

「ダイジョウブ?持ちますヨ」
「あらあら、まあ、オッケーですわ。だいじょうぶ、持てますて」

いきなり現われて自分の持ち物に手を伸ばす外国人に、警戒するのも無理はない。
が、そんな女性の警戒心は3秒で消せる自信がある。

そう、言葉はカタコトでも笑顔で通じる。

「エー、と、次、ボク使う。OK?」
「ああ次使いたいの?そお、なんや急いではるの??じゃあ、ちょっと頼むわね。すぐそこやから」


「暑いねー」「アツーイ!」「アメリカ?」「アメリカ!」などと、
単語のみの会話をしつつ、歩きながらハイネルを探す。

長身のハイネルの姿を遮るほどには、
並んでいる墓石は大きくないのに姿が見えない。


「ありがとね、うちのお墓はそこ曲ったとこ」


と、指をさされた墓の前に、

ハイネルがいた。



「誰やろ」



屈んで手を合わせているハイネルの後ろに、
不思議そうに首を傾げた女性が近づいてゆく。


これは。
この女性は。


もしかして。


だとすると俺が先に、
ハイネルに声をかけるべきか?


どうする?!
と、


迷ってるうちに、
立ち上がったハイネルがゆっくりと振り向き。


足を止めた女性と目が合って。


それでもまだ首を傾げている女性を真っ直ぐみつめると、
袂から出したメガネをかけ。



「フランツ・ハイネルです」



ひとこと名乗って、深ぶかと頭を下げた。



ほんの一瞬だったのか、
かなり時が流れたのか、



わからないくらいの沈黙があって。



「ようこそ、おいでくださいました。お参りいただいて、この子も喜んでると思います」


思ったよりも静かで穏やかな母の声は、
更に意外なことを告げた。


「うちに寄ってください。預かってるものがあります」



そしてそれきり母親とハイネルは言葉を交わすことはなく、
俺は名乗りそびれたまま、ふたりの後をついて行った。



写真の山と川はまさにここから撮った、
という場所に、その家はあった。


彼の部屋は2階にあるそうだが、
通されたのは1階の仏壇の前だった。

その部屋には大きなテレビが置いてあって、
何かのトーナメント表が壁に貼られていた。

なんだろう?と思いつつ、
そのうちの1本だけ赤いペンでなぞられている線をたどっていると、

スイカの載った皿を持って入ってくる母親と目が合って。

「ああそれ、甲子園」
「コウシエン?」
「そう、ああ、そうやね、コウシエンだけでは分からへんわね、ベースボール。ハイスクールのベースボール。テレビ見る?」
「そうだグーデリアン。私は彼女と大事な話があるから、お前はここでテレビ見せてもらえ」

なんだそれ。
俺はコドモか。

「何なら私の分のスイカも食べていいぞ」
「って、なんで俺だけスイカにテレビなんだよ」
「ああホラ見て見て。これうちの子の母校」

湧き上がる歓声に目を向ければ、
そこにいるのはユニフォームを泥だらけにして白球を追う少年たち。

「主人は今、応援に行ってるんですわ。そこに飾ってあった写真持って。この子も甲子園めざしてたからね、そら行きたいやろ言うて。テレビに映るかもしれんね」

グラウンドからスタンドに切り替えられた画面に映るのは、
軽快なブラスバンドの応援に、

「あ。可愛い」

笑顔のチアガール。

「あアあれ、お隣のミっちゃん」
「ミっチャン?」
「イエス、ミっちゃん。コーコーニーネンセイ」


英語風に言ってみてくれても分からないんだけど、
ハイネルの話を聞いて抱いた印象よりも、
ずっと母親は気さくな性格の人のようだった。

もっとも、
辛い思い出とは関係ない自分だから、
態度にもこだわるものがないのかもしれないけど。

「さっきピンチすぎてね、見てられへん思て出て来ちゃったのよ」
「ピンチ?負けてるの??」
「いや。今、同点に追いついて、勝ち越しのランナーが3塁にいる。彼が戻ってくればサヨナラだ」
「おお!なんだいきなりクライマックスか」

と、言った途端に響く快音。

鋭い打球が野手のグラブを弾いて飛んでいき、
アナウンサーの「サーヨーナーラー!」の叫びとともに、ランナーホームイン。

手を叩いて喜ぶ選手たち、応援団、そして、

お母さん。

ハイネルも静かに嬉しそうで。


まるで彼が仲を取り持ったかのように、

それまでふたりの間に漂っていた何とも言えない緊張感が、いっぺんに消えていた。




「ハイネルさんが来はったら渡してくれ言うて、頼まれたのはこれですわ」

母親が仏壇の引き出しから持って来たのは、細長い紙の箱だった。

ハイネルの前に置かれた時、カチャカチャっと中で軽く何かがぶつかる音がした。

俺には何か全然分からないけれど、
息を呑んでみつめるハイネルには、

箱を見た瞬間に、直感的に何か分かったようだった。


「どうぞ、開けて見てください」


促されても手が出ないハイネルを見て、
母親が、そっと蓋を開け。


箱を静かに傾けた。


「え?鉛筆・・・・・・??」


滑るように出てきたのは、きれいに削られた鉛筆12本。


なんで?!


「手術が決まった時、病院のベッドであの子が削ったんです。何か欲しいものないかて聞いたら、鉛筆1ダース買うて来て言うて。なんで鉛筆やねん、しかも1ダースて何にするん?て聞いたら、リハビリや言うんですわ。カッターナイフで削って指先の感覚を確かめたいとか言うてね」


でも、リハビリなんて口実やったんですわ、
と母親は笑った。


「ほんまは最初から、ハイネルさんにあげるつもりやったんです」


リンゴの皮を剥いている自分の隣で、
1本1本、
丁寧に、
楽しそうに削りながら、

話すともなく語ったのだそうだ。


「自分にもし万が一のことがあって、その後にハイネルさんが訪ねて来はったら渡してって。すぐに来られへんかっても、来るまで何年でも預かっといて、必ず渡してって」


その時は、縁起でもないことを言わんといて、と怒ったのだそうだ。

そんな遺言みたいなこと聞きたくない。


ただでさえ手術は危険で不安なのに。


日常生活を営むだけでよいのと、
レーサーとして復帰するための手術は違う。


無理な手術をしないでほしいと願っても、
息子は聞き入れてくれなかった。



そして、



「堪忍え、ハイネルさん。こないに大事なもん預かってんのに、二度と顔を見せンといてくれなんて言うて。あの時、ほんまに悲しかってん。私らにしてみれば、この鉛筆は形見みたいなものや。最後にあの子が触った、温もりも残ってる。それをなんで他人に渡さなあかんの?それも、こんな目に遭わせた張本人やないの。そんなん厭や。絶対厭や。そう思ってしまったンよ」


頭を下げる母親に、
ハイネルは激しく首を振った。

必死に涙をこらえているらしいハイネルは、
無言で首を振っていた。

首を振りながら、
鉛筆の箱を母親の手へ返そうとした。

母親はハイネルの手を取って、
優しく、でも力強く箱を押し戻す。


「ええのよ、ハイネルさん。これはハイネルさんのものなんやから、受け取ってちょうだい」
「でも、」


申し訳ない、と俯くハイネルの顔を上げさせて、
母親は言った。


「ハイネルは新しく何か作ろうと決めたら、下絵を描くのにいつも新しい鉛筆をおろすンやて。自分に万が一のことがあって、その後にハイネルが訪ねて来ることがあったら、それはきっと新しい夢を持って何か始めると決めた時やろう。俺は、その夢を応援したいんやって。その先もずっと。前へ進め。夢を追え。せやから、必ず渡してくれ、って」



それを聞いた途端、
ハイネルの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

一度こぼれた涙は、もう止まらなかった。



やられた。

さすがだ。



俺は、
まだ見ぬライバルに脱帽した。


リードしていたかと思ったら、
あっというまに追いつかれて勝ち越された気分だ。


でも、



負けない。





「でも、」



って、何が「でも」だハイネル。
お前はこの期に及んで「でも」も何もないだろう。


「自分だけ形見もろて悪いとか思てはるの?それやったら、安心して。アレ見てホラ」


ハイネルの肩をたたきながら、窓際を指さす母親。
夕陽を浴びて光るガラス越しに、咲き誇るヒマワリが見える。


「あの子が亡くなってから、花束が届いたンよ。その中のヒマワリが、種を蒔いたら生えたの」
「花束?」
「私らの結婚記念日のプレゼントやて。花屋さんに予約してあったそうやわ」
「プレゼント?!プレゼント!!ああああ、オカアサン、チョとコレ見て」

何を騒いでいるか!と言いたげな勢いで睨むハイネルには構わず、
テーブルに広げる千羽鶴。

これは俺が持っているべきものではない気がして、
折って畳んで袂に入れて、

本人の墓前か家族に返すつもりで持って来ていたものだ。


「ココ、ココ。ハイネル、覚えてるよね?」

最初に試乗した時の、感想のメール。
ドイツ人のハイネルと日本人の彼のメールは英語で、
母親には読めないかもしれないから。


「エーと、『アリガト、ハイネル。サイコーのマシーンだ、生きてて、ヨカッタ。スッゴク、ハッピー』」
「・・・・・・『生きてて良かったと感謝するなら、私ではなく、まずご両親に伝えろ』」


号泣していたハイネルが息を整えるのを待ちながら、
自分たちの声が母親の耳に届くのを確かめながら、

続ける。


「『デモ、突然、生んでくれてアリガト、って言うの、ムズカシ』」
「・・・『では、結婚記念日に花でも贈ったらどうだ』」
「あの子ったら、それで・・・・・・」


メールをみつめていた母親の頬を、
涙が伝った。


「・・・・・・・・・幸せやったんですね、レーサーになって」


噛みしめるように呟く母親の表情に、
初めて満足そうな安堵感が浮かんだ。


そして、


「貴様でも、役に立つことがあるのだな」


珍しくハイネルからも褒められて。


「どうだ。惚れ直したか」

と、耳打ちしたら。

「惚れ直すも何も、いつ私が貴様に惚れたというのだ」

バカバカしい、と、あからさまに顔をしかめられて。
先に帰れ、と追い払われた。


まあ、いいさ今日は。
母親とふたり、これから積もる話もあるだろう。

そんな席に居座るほど俺は野暮じゃない。


仏壇に線香をあげて、
お椀みたいなベルをチリチリチーン!と景気よく鳴らして、

相手にとって不足は無い、
これからもよろしく、

と挨拶。


駅に戻って、
各駅停車の電車に乗って、
ホテルに戻って来る頃には、


すっかり夜で。


昼間はいったいどこに居たのか不思議なくらい、
大勢の人が辺りを埋め尽くしている。


公園の遊歩道に点々と灯されているのは、
ランプかと思ったらキャンドルで。

人の流れに身を任せて歩いていくと、

その灯りは公園に面した寺の庭や池、
階段にも続いていて。

そういえばハイネルが、日本の「お盆」には、
死者を供養するランタン・フェスティバルがある、
と言っていたけれど、

これは、
そんなしんみりした雰囲気ではないような。

ゆらゆら灯るオレンジや赤や緑のキャンドルの火は、
穏やかで暖かみがあって、

見ていてなんだかホッとする。


「記念に、おひとついかがですか?」
「キネン?」

声をかけられて振り向くと、そこには小さなテントがあって、
白いすりガラスでできたグラスキャンドルが並んでいた。

「コレは、ナンデスカ?死んだヒト、ナムナム拝ム?」
「いいえ、ナムナム拝むはマントー・エ、万灯会。これはトウカ・エ、燈花会です」
「トウカ・なに?」

売り子の男性に手招きされて近づくと、
グラスの中に入ったキャンドルの先っぽを見せられて。

「トウカは、灯心の先にできる花、フラワーの形のかたまりのことで、これができると縁起が良い、つまりラッキーですわ。皆さんが幸せになりますように祈る、えー、ホープ、ハッピーカムカム、キャンドル」
「オー!ハッピーカムカムですカ!!スバラシイ!!!」
「イエース、サンキューサンキュー」

笑顔でそのグラスを渡された。

お金を払おうとしたら、
ついでに提灯もいかがですか、と言われた。

足元が真っ暗で危ないということと、
初めて見る提灯がカッコ良くて、
それも買った。


幸せを運ぶキャンドル。

どうせならハイネルと一緒に灯したかったけど。


陰ながら幸せを祈るっていうのも、
ちょっと渋くていいかもしれない。



 稲荷さんが「It's me〜」シリーズの第六弾をお送り下さいました!
 日本の夏って独特の雰囲気がありますよね。ギラギラした日差しと体にまとわりつくような湿気。
 稲荷さんが書いてくださった今回のお話には、「お盆」や「高校野球」がからんでいることもあってそんな日本特有の夏の雰囲気がとてもよく出ていて、読んでいて強烈な日差しの中で見る田んぼや木々の緑の濃さやセミの声、時折吹いてくる風の心地よさが感じられるようでした。
 ハイネルや「彼」の家族の方が抱えている「彼」に対する想いが切ないけれど優しい視点で語られていて、その二人を見ているグーデリアンの優しさや心の広さも胸にじんわりと浸透してくるようでした。
 それにしても「彼」も凛としていてカッコいいですが、グーもまたカッコいいですよね!ハイネルは果報者だなぁ、とこのシリーズを読んでいるといつも思います。

 実は奈良への小旅行に稲荷さんと他の友人と行ったので、今回稲荷さんがそのときの経験をお話に織り交ぜて下さっていたのがうれしかったです。鹿かわいかった!そしてせんべいハンターでした・・・(笑)
 稲荷さん、素敵なお話、いつもありがとうございます! 

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