It's me burn you forever (5)

「これは、純粋に幾何学的な構成による合理的な結論だ。不思議でもなんでもない」

3分だけ時間ができたから、ついでに寄っただけだと言っていたハイネルの手のひらに、俺が3時間かかっても解けなかった謎の答えが乗っていた。

病室に次々に届けられる花束や見舞い品の中に、初めて見るものがあった。
日本のファンから贈られた「センバヅル」という舌を噛みそうな名前のソレは小さな紙のオブジェの集合体で、
多彩な色によってまるで虹のように美しいグラデーションを生み出していた。

感心して眺めているうちに、いったいどうやって作られているのか不思議になって、
ひとつ分解して、完成品と比べながら自分で元通りにしてみようとしたのだけれど。

武骨な手先が災いしたのか、
繊細な美的センスが無いからか、

どうにもこうにも行き詰まって困っていたところにハイネル登場。

アレコレ折って畳んで曲げられてヨレヨレになった哀れな紙を、
すらりとした指先で持ち上げて。

繊細な美的センスとはかけ離れた台詞を吐きながら、
あっというまにピシッと見事なオブジェに復活。

「3分まで残り1分45秒ある。まだ何か分からないことがあれば答えてやってもいいぞ」

そもそも作り方なんてどこで覚えたのか、という素朴な疑問が浮かんで直ぐに、
日本というキーワードがブレーキをかけた。

普段どおりの横顔を見せるハイネルの表情が変わるのを、
受け止める心の準備が今の自分にはたぶんない。

もしかしたら、表情を変えることはないのかもしれないけれど。
変えなければ変えない理由をまた自分は考えてしまうだろうから。

「質問はなしか?もう覚えたのか」
「って言うか、俺が覚えてるのは最初に三角に折るとこくらいまでだけど」
「・・・・・・それはつまり最初に三角に折るという目で見た情報が今ようやく脳みそまで達したということか?!恐竜か貴様は!だいたい、たかが盲腸の手術くらいでなんだこの大袈裟な病室は!!千羽鶴もらうほどのこともなかろうが!!!」

確かに自分でも驚いた。
盲腸というか正確には腹膜炎を起こしていたのだが、
レース中の事故で入院ならともかく、そんなに注目されることはあるまいと思っていた。

田舎の病院でのんびり入院して、ついでに食生活とか色々ちゃんと医者に指導してもらえ、
なんて話をしていたくらいで、特にマスコミ対応もしていなかったのだ。

しかしどこから話が漏れたのか、
まあ、漏れたと言っても、積極的に発表しなかっただけで隠していたわけではないから、
入院した翌日くらいから見舞いの花束などが届くようになっていた。

リサは2度ほど顔を出してくれたが、
ハイネルは退院するまでに一度来てくれるかどうかだろう、と予想していたから、
手術後直ぐに会えるとは正直嬉しかった。

「何を笑っている。時間だ。私は帰る」

呆れ果てた口調で矢継ぎ早にまくしたてるハイネルの声を聞いて、
不機嫌そうに眉間にシワを寄せて冷たく言い放つ様子を見て、

ホッとする。
ここには自分たちの日常がある。

だから、

ちょっと油断したのかもしれない。


「待ってハイネル、ひとつ教えて。これって鶴って鳥の形なんだろう?どっちが頭でどっちが尻尾??」
「・・・・・・千羽鶴の時は、頭を作らない。首を折るということは死につながるとして避けるのだと聞いた」

ドアに向かって立つハイネルが振り向かずに答えても、
その声が事務的な響きを帯びていても、

急いでいるからだ、としか思わなかった。

だから深く考えずに更に続けた。

「そうなの?じゃあ、あとでリサちゃんにも教えてあげよう。今度誰かに贈る時は頭作っちゃダメだよって」
「リサが千羽鶴?!」

ハイネルが半身を開くように振り返る。
訝しそうな視線が見舞い品の山に向く。

「そっちじゃなくて、窓際の天井。手術前に持って来てくれたんだ」

少し傾きかけた午後の光に照らされた、小さな千羽鶴。
日本の綺麗な折り紙なんて手に入らないだろうから、何かで代用したらしい紙は、
白地に黒で、それこそ幾何学的な数字や図形などの模様がアトランダムに入っていて。
丁寧に折った形は頭の角度まで几帳面にそろっていて、リサの意外な一面を見た気がしていたのだ。

「日本のと比べると地味だけど、形は正確でそろってるだろう?」

目を見張るハイネルが息を呑む。
驚きすぎだ、
と軽くチャチャを入れようとして、

次の瞬間ようやく自分の失態に気がついた。

バカか俺は。
なんでアレをリサが作ったなんて思ったんだ。

単なる模様としか見ていなかったけれど、
あれはマシーンの図面と計算式だ。

あの千羽鶴を作ったのはハイネルだ。
ハイネルにしか作れない千羽鶴だ。


「やめろハイネル!!」


天井から引きちぎられた鶴が一斉に窓の外へと羽ばたく、
いや、
窓の外に投げ捨てられた鶴が風にさらわれて飛んでゆく。

衝動に駆られて全部まとめて投げてくれれば拾いやすいのに、
妙に冷静なハイネルは糸の綴じ目をほどいてバラバラと撒き散らす。

「落ち着けハイネル!その千羽鶴は何も悪くない!!手術は成功したし、俺は生きてる俺は死なない!!!」
「・・・・・・変なことを言うな。これは貴様には何の関係もないものだから捨てただけだ」

何言ってんだハイネル。
そして何やってんだ俺。

今まで俺が目を逸らせていたツケを、
こんな形でハイネルに払わせていいのか。


「ハイネル、俺は」
「予定時間を過ぎた。失礼する」


その顔を見せないまま、ハイネルは出て行った。



退院の日も、現れなかった。



次の日も、そのまた次の日も。



会えない日を重ねながら、
俺はハイネルの心と向き合っていた。



「あ、あった」



あの日俺はハイネルを追いかけることよりも先に、
ちりぢりになった鶴を探すことを決めた。

だいたいは病院の植え込みの陰に吹き寄せられていたけれど、

拾ってきた鶴を1枚1枚広げて並べていくと、
どれだけ足りないかが分かってくる。

ヒラヒラと舞っていった記憶を頼りに街を歩く。

街路樹の枝に引っかかっていたり、
公園の噴水に浮いていたり、

今日のように信号待ちをしていて、
ふと見た足元に落ちていたり。

あんなに小さなものなのに、
見つけようと思うと見つかるものだと我ながら感心する。

最近では向こうからも見つけてオーラが発信されているのではないかと思うくらいだ。



「これは・・・ホイールか」


スペックリストや図面がそろってくると、
どんなマシーンを作ろうとしていたのかも見えてくる。
中には計算式だけあって図面にまでなっていない部分もある。

当時の素材か技術か、何かが原因で実現が難しかったのかもしれない。

何度も消しては書き直した跡や、赤字の手書きの修正や、
試乗した感想を尋ねるメールの下書きみたいなものまで入っていたりすると、

マシーンに対するハイネルの情熱や、
忙しい合間を縫って誰かのために一生懸命に鶴を折るハイネルのひたむきさが、


胸に迫って。


こんなにも大切なものを、
自分と関係ないなんて理由で捨てさせては、絶対ダメだと思った。




「何の用だ。誕生日のプレゼントでもねだりに来たのか」

久しぶりに会ったハイネルの第一声が、あまりにも予想外で面食らう。

「誕生日?誰の??」
「貴様、盲腸だけでなく脳みそまで取られたか?」
「ミーの?」

誕生日なら3日ほど前に上の空で終わっていた。
パーティーも賑やかに行われたが、クラッカーから舞い散る紙ふぶきも鶴に見えて苦笑いしたのだけ覚えてる。

「ミーの誕生日なら3日前に終わったケド」
「所用でパーティーは欠席させてもらう旨連絡はしておいたはずだ。それを今頃やって来て何の用だ、と聞いているのだ。プレゼントでもねだりに来たとしか思えまい」

時計をチラリと見たハイネルの手が電話にのびる。
警備員など呼ばれては話にならないから、慌てて首を振る。

「ちょっと待ったハイネル、誕生日のプレゼントならもうもらってる」
「何?」

今度はハイネルが予想外だったらしく、
戸惑いを隠すようにメガネを直し、
腕を組んで睨んできた。

「寝ぼけたことをぬかすな。私は貴様に何もくれてやった覚えはない」

後ろ手に持ってきた物をハイネルの机の上に広げる。
千羽鶴をつなげて出来た大きな一枚の紙。
真ん中にあるのは、
新しいマシーンの完成図。

「俺はお前に、夢をもらった」


ハイネルの視線が釘付けになる。


「俺をこのマシーンに乗せてくれ、ハイネル」


諦めきれず、
捨てきれず、

大切にしてきた夢を。

俺と一緒に叶えようじゃないか。


「いいだろ、ハイネル」



噛みしめていた唇が、
ゆっくりと動く。


「ダメだ」


どうして、と訊ねようとした俺を制するように、
ハイネルの瞳が俺を見た。


「ダメだ」


まばたきすれば溢れそうなくらい、
涙が光っていた。


睨んでいる。
怒っている。

でも、


「ハイネル、俺は」
「これはお前のマシーンじゃない。だからダメだ」


それはつまり。


「俺を、このマシーンには乗せたくないと言うことか」
「そうだ。お前はこのマシーンには似合わない」


きっぱりと言われて、
ガツンと一発殴られたような衝撃を受けて、
いっそ本当に盲腸と一緒に脳みそを取ってもらえば楽になれたかも、
なんて思ってしまったから。

ハイネルの次の言葉が聞こえなくて。

軽く頬を叩かれて、
我に返って、

すっかり涙のひいた瞳が、
呆れたように自分を見ていて。


「え?!え??なに?!?」
「貴様は、貴様の、マシーンに乗れ、と言ったのだ」
「え?俺の??」

わけがわからずミーマイマイン?!と唱えていたら、
いい加減に目を覚ませと本物の鉄拳が脳天を直撃した。

顎を机に打ちつけて唸っていたら、
鼻先に一枚の写真が降りてきた。

初めて見るマシーン。


「貴様に似合いのじゃじゃ馬ならしだ。乗りこなせる自信がないのなら遠慮なく言ってくれ。その時は私が乗る」


もしかしてこれは。


「誕生日プレゼント?」
「私の話を聞いていなかったのか?貴様が乗りこなせなければ、私が乗る。従って、個人への誕生日プレゼントではない」
「えええ〜ってことは、俺とハイネルのふたりの夢の結晶??」
「何がふたりの、だ。私がマシーンに乗る時には貴様はお払い箱だ」
「えええええ!!ちょっと待ったハイネル、」

席を立つ気配に慌てて身体を起こすと、

その顔を見せずにハイネルが出ていくところだった。



 2007年5月1日のグーのお誕生日にあわせて、稲荷さんがIt's me〜シリーズの新作を下さいました!
 このシリーズはいつも朗らかで明るいイメージのある稲荷さんのグーが、「本気」の影をちらちらと見せてくれるところが素敵ですよね〜。クールでいながらどこかもろさというか繊細さを感じさせるハイネルも!
 折り紙のエピソードの奥に、ハイネルが心の奥底に沈めて隠しもっているらしい想いと、それをたがわず汲み取ってみせるグーの優しさが交差している様に読んでいて切なくなりました。
 それでいて丁々発止のグーハーらしいやりとりがきちんと見られるところもまた嬉しい!
 マシンにからめた二人のやりとりとか、たまらないです。

 稲荷さん、いつもながら素敵なお話を読ませてくださってありがとうございます。


元のページに戻る
HOMEに戻る