いつのまに、その指にさえ嫉妬するほど俺は。

俺は。

俺の心は。

狭く、
小さく、

なっていたのだろう。


信じられない。


ハイネルの。
ハイネルの指にまで。

俺はハイネルの心を持って行かれたくないのか。


美しく清らかなピアノの調べ。
輝くばかりの透明感溢れる響きに、
コンサートホールが優しく包まれる。
穏やかな微笑みをたたえてピアノを奏でるハイネル自身も、
間違いなくその中にいて。

なんだかとても幸せそうで。


見ていられなかった。


あの顔は。
表情は。

俺の知らない誰かを想う時のものだ。



忙しいスケジュールの合間を縫って作られた30分の空白。
取引先へ向かう途中にある田舎町。
駅の近くのホールには、ピアノコンクールのポスターが貼られ、記念大会のイベントとして歴代ファイナリストによるリサイタルが案内されていた。

「なぜお前までついてくるのだ。クラシックなど聴いたら3秒でイビキをかいて寝るくせに」
「大丈夫、ハイネルの顔を見ていれば退屈しないから」

なんて不届きな心構えでいたから天罰がくだったのかもしれない。
演奏中の出入りは禁止だから、
どんなに辛くてもここにいるしかない。

隣のリサに話しかけて気を紛らわしたくても、
とても声を出せる空気ではない。

しかし、
だからと言って黙って目を閉じてしまったら、
それこそ3秒で寝てしまう。寝るのは許されてもイビキはダメだろう。

イビキをかかないように注意して寝ればいいのだろうが、なぜか今イビキをかく絶対的な自信がある。

寝ないでいるには何か考えるしかない。
そして考えることと言えば、
『今回ご披露頂くのは当時コンクールでもよく弾かれた曲で…』
という司会者の言葉から想像して、
その同じ曲を弾いた中に誰かがいたのではないかとか、プログラムが残っていたら写真も見れるなとか、当時のハイネルの髪は立ってたんだろうかとか、

どうしてハイネルはこの曲を選んだのか、
とか。

そんなことばかりで。


こんなに美しい音楽を聴いて、
こんなに苦しい気持ちになるなんて。

自分は人としてどこか歪んでいるのかとさえ思えてきて、落ち込んだりしていたのだけど。


ふと。


ハイネルの視線を感じて顔をあげたら。

ハイネルがなぜか機嫌よさそうに。
笑って自分を見ていた。



「いつもは3秒で目を閉じて、ソファにぐうたら犬みたいに寝てるのに、必死に眠気と戦って起きてる顔が見ていて面白かったそうよ。いっそ潔く寝てしまえばいいのに、とか思ったって」

冷たいハイネルの言葉も、伝えるリサが楽しそうなせいか、あまり腹は立たなかった。

いや寧ろ。

喜んでいる自分がいた。

ハイネルを笑わせることができたと知って、
嬉しかった。


こんな日を、
少しずつでも増やしていこう。

時間はたっぷりある。

残りの人生は全て、
お前と共にあるのだから。



 稲荷さんが、シリーズもの(と、言わせてください)の続きを書いて下さいました。うーんやっぱり横恋慕グーは切なくて、彼の男っぽさが際立って素敵ですよね・・・うっとりです。
 グーの目線を通して見るハイネルの姿も、グーの耳を通して聴くハイネルの指が紡ぐ旋律も、とても優しく柔らかで綺麗で、そして胸を刺す甘くて切ない痛みをもたらすものなんですよね・・・それがお話を通してとてもよく伝わってきました。

 こんなにいい男にこんなに一途に想われているハイネル、ホントにうらやましすぎですよね!
 早くハイネルが自分のすぐ傍に自分を見守ってくれている存在がいつでもいるのだということに気がついてくれるといいんですけど・・・(でも気がつく前のこのジレッタサがまたいいのですが!笑)
 こんなカッコいいグーなのに、いびきをかく心配をしてるところがなんだかキュートでまた素敵でした(笑)。

 稲荷さん、素敵なお話の続きを本当にありがとうございました!


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