|
ケータイ日記の反応が何気にあって怖い今日この頃です。 苦情じゃないからいいかしら。 ずっと放置しててあたしも忘れてたのに みんな忘れてないのねー。怖いわー。 今日はバイトがくそ忙しくて 何回も「お前らもうウーロン茶飲むな」とか思ったり 「ていうかもう、お前ら肉とか食うな」と思ったり (あたしのバイト先は焼肉屋さんです) いろんなことがありました。5時間で。 体は疲れてるし頭もなんだか疲れてるので 早く寝ろよあほ、って話なんですが、 なーんとなく、なーんとなくね、書きたくなって。 明日から学校が始まっちゃいます。 始まります、とかじゃなくて始まっちゃいます。 どうしようかな、っていう感じ。ほんまのところ。 やる気満々な顔を作って ケイちゃんに偉そうなことを言ってますが どうしようかな、って感じ、ほんまに。 1年間でそれとなくいい感じに育った旧クラス。 みんなほとんどバラバラになってしまって それが寂しいのも確かにあるんだけれども、 けれども…なんとなく腑に落ちない感情が。 早くも五月病? 最近妙に不安になることが多いのです。 何がそんなに不安なのか、と自問自答してみれば ぼんやりと、既に葉桜なあの淡い桜よりもっと淡く浮かぶコタエ。 この奇妙かつ元を正せばものすごく解りやすい不安は 解答を見てしまえばどん底に突き落とされるような気がします。 もう既に見てるんだけれども、見てないフリしてます。 そんな不安です。 ちょうど、2年か3年前までは日常茶飯事だった不安です。 あたしは誰かに好かれてるっていう自信がずっとありません。 それが譬えラブラブの彼氏であれ、 信じることができないのです。 だからよく 「なー、あたしのこと好き?」 と聞きます。誰かと付き合ってる時は。 言葉をもらえればとりあえずは安心です。 でも少しでも濁って見えたらもうダメなんです。 それが傍から見ればキッショいことであっても、 聞かずにはいられないし、答えを求めずにはいられません。 ウザがられて、結果的にそれで嫌いになられたとしても あたしは聞きたがるし、知りたがります。 嫌いやったらお前と付き合ってない、だとか 大好き、だとか そんな嬉しい答えをもらったとしても しばらくすれば不安になります。 目の前が真っ暗になるとよく言いますが あたしは頭の真ん中が真っ暗になります。 冷え冷えと、します。 別れを告げられる暁には「やっぱりな」なんて思います。 解ってたと思うことで傷つくことを回避するのです。 誰かの顔色を伺って その人の喜ぶ言葉を言ってみて でもなんだか解せない自分がいて やがてそれに飽きて気持ち悪くなって 結局壊してしまったり、壊れてしまったり、 或いは壊されてしまったり。 尽くすタイプではないのに 尽くそうとすることは大好きです。 ぎりぎりのラインで自分が大好きなので 尽くすことなんてまぁ、まず無理なのですが。 あたしは愛されないのかもしれない、なんていう バカな言葉を吐いたりもしてみます。 愛されてないよ、という答えと いやいやそんなことない、という答え どちらでも傷つくしどちらでも嬉しいので タチが悪いというかなんというか…。 人に対して諦めのようなものが根強く残っています。 隠してもにじみ出るその匂いで あたしはきっと上手く行ってないんだと思います。 いつも、いつでも、 どこかで最後は嫌われるんだろうな、と思っています。 普通にさようなら、またね、という別れではなくて、 大嫌い、死ね。というような別れを想定してしまいます。 信じてないのに信じて欲しいなんてムシがよすぎる。 自分でそれは解っているのに、 どうしても最後の最後で信じることが出来ないでいます。 でもあたしが一人、この人は大丈夫だと思う人がいます。 居心地のよい彼女のことをあたしはなんだかんだ言いながら 大好き、なのです。 誰にも渡したくないような気もします。 まぁ、叶わぬことですが。 その彼女をここ最近で一番傷つけたのは誰?と聞かれると あたしやろなぁ、と普通に思えます。 それは自意識過剰だ、といわれようと あたしなんだろうね、と思います。 今あの頃のことを思い出せば …まぁあの頃ってほど過去でもないですが 傷つけたかったのと、傷つけたくなかったのが半々で あたしはどうしてあの時傷つけたくないの方に大きく傾かなかったのか 悔やまれてなりません、悔やんでどうなるものでもないけど。 自分で傷つけておいてなんなのですが 最近彼女が冷たく思えてしかたないです。 前までそんなことなかったのに あたしに対して投げやりな気がします。 お前のせいやろが、うん、確かにそうね。 彼女としゃべった帰り道は なんかしらんけどたまに泣きたくなります。 今日言った言葉を思い出して 俺最低やんけ、阿呆、と思います。 それであたしは 「あたしのこと好き?」 と聞きたくなります。 今までそんなこと聞かなくても 好きだと思ってもらえてると思っていたから あんまり聞いたことない気がします。 聞く前に言ってくれてたこともあったでしょう。 でもあたしは今、聞きたくなっています。 聞いてどないすんねん、と思うし 彼女の答えが、答え方が 哀しい内容なことを考えるだけで もう既に泣きそうな域です。滅多に泣けんのに。 めんどくさがられるのは厭。 嫌われるのも厭。 でも「そうならない」はずの確かなものに 最初の切れ目を入れたのは紛れもないあたし。 それでもあたしはあの子が大好き。 |
|
触発日記その2。 とある場所の日記を読んでふわーっと思ったことを書いてみる。 ジェンダーについて。 思いつくまま書いて推敲なんてしない気満々。 高校の頃に人権学習なるものがあって、 名前はこれまた出さないが、ゲストを呼んで講演してもらったことがある。 そのゲストはタレントなのか何者なのか未だによくわからないけれど コメンテーター的な役割を担ってテレビに出たりしてる人だ。 始まって20分でアホ臭くなって寝た。 ジェンダーを話す際にはまず、どちらの性が上なのか、という そんな意識は捨て置いて話をしなければいけない、とあたしは思っている。 男性のほうが優れているからこうなのだ、 女性のほうが優れているからこうなのだ、 こういう考えを持っていると、この問題はものすごーく陳腐になるし 結論らしい結論なんて導けない問題なのに 結論を出したがってしまうものだから。 で、そのゲストは「女性が偉い」的な発言者だった。 ちなみにゲストは女性なのだけれど、 同じ女が聞いても気分が悪い内容だったんだから 男性が聞くとさらに気分が悪かっただろうなぁ、と思う。 詳しい内容は書きませんが。 そもそも男女をまったく平等にするということは 「日本」では無理だと思う。 じゃあ何処なら出来るのだと聞かれてもわからないけれど。 母系社会と父系社会が交じり合っていたのが 室町鎌倉あたりから父系社会に転じて、今の日本になっている。 父系社会の歴史がずっと続いていて 昭和後期から平成になった途端平等にってのは 一朝一夕じゃ無理だろうて、と思う。 そもそも日本は男らしさや女らしさの美しさを認め それに応じた文化が今でも残っている。 その文化には「男尊女卑」が盛り込まれていることが多いけれど それはそれ、じゃないかなぁ、と思うのですよ。 それを美としているのなら、ね。 土俵に女が入れない、 お水取りに女は参加できない、 これも仕方がないことだと思う。 それはかつて女は汚らわしいもの、という考えがあったからで 今の世の中で「女は汚らわしいもの」なんて考えを持った奴は まぁ、十中八九いないんじゃないかなぁ。 いないということを念頭において話を進めれば 別に土俵に上がってる人もお水取りやってる人も 女を汚らわしいとは思っていないのですよ。 思っていないけれど、女を入れない。 それは「文化」だからであって 別に女性を蔑視してるわけではないと思う。 土俵に上がりたがってるのは大阪府知事だけだと思うし。 少なくともあたしは別に上がりたいとは思わない。 文化は変えがたいものだし、変えてはいけないものだと思う。 文化、だとおかしいか、言葉をかえて「伝統」。 まずこれひとつ。あたしの考え。 あたしは近年叫ばれているジェンダーフリーは アイデンティティにおいてのジェンダーフリーだと思っている。 存在意義、というか、自己の確立というかそのあたり。 女だからこうでいなければならないとか 男だからこうでいなければならない、という考えを フリーにしちゃいましょう、っていう素敵な考えだと思ってる。 こうでなければいけない、を取り払えば 色んな人が出来てくるんだろうなぁと思うし。 父性としての役割や母性としての役割を持って 男女は生まれてくるのだろうけれど、 こうでなければならないことなんてのは 実はないのかもしれないね、というのが ジェンダーフリーじゃないかなぁ、と。 なんかよくわかんないね、ごめん。 ジェンダーフリーだからと言って、 まったくもって母性や父性、 ある意味での男らしさや女らしさは 根強く残った今までの風習できっと消えないのだろうけれど それでもいいんだよ、というのがジェンダーフリーだと思う。 無理矢理男が女らしく女が男らしくすることではないと思う。 それはなんだか、間違っているというより 無理をしているように見える。 自然にそうなるのならいいなあ、という感じ。 意識の上でそういうことが起こってくれば 社会もやっぱり変わってくるもので、 「女なのだからお茶くみを」 「男なのだから…(思いつかねぇ)」 なんてことが変なんじゃないの?という考えも出てくる。 男でも女でも茶を飲みたきゃ自分でいれろっていう話ね。 女がお茶汲まないから男が汲んでまわるってのじゃなくて、 自分の分は自分で、気がついた人ができるならみんなの分も。 それでいいじゃないか、という考えかな。 間違った方向へ行ってることもままあるけれど。 男女は体のつくりが違うから男女なんだけれど 男は男に生まれるのではなく男に育つこと、 女は女に生まれるのではなく女に育つこと それを忘れてはいけないよ、がジェンダーフリー? 男が女に育っても、または逆でも 同じくらい「らしさ」を持って育つことも いいんじゃないですか、ってこと。 別にジェンダーフリーは 男尊女卑がだめ!とか女尊男卑がだめ!とか 声高に叫ぶための道具ではないと思う。 体のつくりが違うんだから、各々担う役割も違う。 でもその役割は「性別」というカテゴライズだけで 決めてしまってはいけないよってことかな。 外環境や己が今立っているところ、 その根底に体のつくりが絡んでくるのなら ジェンダーフリーもいいんじゃないの?と思う。 女は男より身体能力的には弱いと思う。 精神とかは各々だけれど。 それは子を生むという一大事業(?)が絡んでいて それ関連でしんどい時は助けてあげて、は大事。 でも別にそれを助けるのは男でも女でもいいと思う。 あたしが触発されたサイトの人曰く、の 生理休暇をなくせ!というのはそれに反してるんじゃないかなぁ、と。 別に生理休暇は「男が女のために」作ったものじゃないと思うから。 100万積まれても行きたくないくらい生理痛が重い人がいて 100万積んで来てもらった所でものすごく辛そう、 周りの人が気を使って逆に仕事がすすまない もちろん来てもらったそいつの仕事もすすまない、 なら休んでもらったら?ってことじゃないのかなぁ、と。 生理休暇は企業によって有給だったり無給だったり 色々あるみたいですね、調べたところ。 他の人には解り難い痛みや辛さなだけで 決して男だけに解らない痛みや辛さなわけではない、と。 実際あたしは生理痛が激しいけれど あたしの友人はまったくなくてあたしの痛みは解らない。 そりゃそうだ、あたしじゃないんだし。 ただ女性は生理のわずらわしさを知ってたりするから 痛みや辛さを解りやすい、ということなんじゃないかと。 あたしは生理休暇あっても申請しなかもだけどね。 しんどいけど多分仕事は行くと思う。 本気で無理だったら休むだろうけど。 結局何が言いたいのかわからなくなってきたけれど 何ってあれだよ 男でも女でも他人を思いやる心は忘れちゃいけないぜ、 とか 男でも女でも性差にとらわれず生きたいように生きようぜ、 とか 男でも女でも「性別」だけを理由に 思いやりではない区別をつけられたら それは文句言ってもいんじゃないの? ってことじゃないかね。 わかんねぇなーやっぱこの手の問題は。 頭悪いのバレる。 |
|
久々に触発日記。 彬くんとこの日記に触発されてみた。 悪戯(オイタ)といって思い出すのは 水風船を民家の庭に投げ込んだり、 水風船を野良犬に投げつけたり、 水風船を男子の胸元に押し込んで「おっぱい」と遊んだり 水風船ネタがすげぇ多い。 夏になればかならず水風船で遊んでたなぁ。 一杯一杯まで水を入れて、人にぶつける時のあの快感。 水風船を持ったまま半泣きの友人を追いかけるあの快感。 懐かしいです。ほんとう。 当時は「動物虐待」とかそういう言葉も意味が薄かったので 本気で野良犬に投げつけて逆に追いかけられたりしたなぁ。 あれはマジで怖かった。 狂犬病になる!とか言いながらチャリ全力漕ぎ。 因みにあたしは元来から動物愛護というのがあんまりないです。 普通に好きだけど、がむしゃらに可愛がったり出来ないです。 しかもそれを惜しみなく、常に、とか言われると 無理〜ってこう、青菜に塩って感じになります。 当時の友人に言わせると 水風船やらボールやら、ぶつけるものを持って 人を追いかけているあたしの表情は もんのすげーにこやかで、不気味な域だったそうです。 人を追いかけるときだけ足が速くなんのな。 その姿勢は今でも変わんないかも。 中学に入ってオイタの方向性が 痴漢を追いかけたり酒や煙草に手をだすことに変わったのだけれど なんだか水風船、無性にやりたくなってきた。 でももうすぐハタチになっちゃうし、 今公園で無邪気に水風船で遊んでたら ともすれば通報されちゃうだろうなぁ、と。 いや、スッピンで服とかどうにかすれば高校生でいける!とか ありがたいことを言われていたとしても、 高校生でも水風船はそりゃないぜって感じだろうて。 ひとりで水風船、とかもっとヤバいよな。はは。 今なんだかライオンみたいな髪型だし(パーマって言え)。 学校休みだからなんだけど平日の真昼間に(しかも春) 公園で水風船大量に作って並べてるアホがいたら もうそれだけで結構な勢い住宅街のミステリー。 奇声発して走り回る変な大人とか出る地域だから 逆にそっとしといてもらえるかもしれないけれども。 んー、水風船やりたい。すげぇやりたい。 あとみんな本気モードの缶ケリとかやりたい。 その前に献血行きたい。 脈絡のないまま終わり。 |
|
たとえば何かを始めるときに。 たとえば、何か新しいことを始めるということは そのことに対する期待に見合った辛さを経験せねばいかんのだな、 と、今日しみじみと思った。 友人が沖縄に行ってしまう。 というのも、自分のやりたいことが沖縄にあったかららしい。 同い年なんだよね。 素直に凄いと思えるし、羨ましいなとも思える。 19やそこら、まだまだわけのわかんない年頃で 自分のやりたいと思えることが見つかるというのは とても難しいことだと思う、一般的に見て。 かく言うあたしだって、薄ぼんやりとした何かはあれど 結局何がしたいの?と問われれば 何がしたいんだろうねぇ?と問い返したくなるし 漠然とした不安は常に、ある。 何かをなさねばならないという ある種の強迫観念にも似た感情が 頭とない胸のあたりをぐるぐる回って 気が狂うかもしれないと思う夜がある。 何かしなくちゃ、でも何を? そんなことばかり考えてる。 「何か」が何なのかわからないままに 日々を過ごしているのだけれど、それもありなのかなぁ…。 あたしの高校時代の良き先生(世界史)に ある時こんなことを言われた。 「お前はゆっくりでいいから歩きなさい 悩みながらでいいから、とにかく歩きなさい 立ち止まってしまうのは、いけない」 もうちゃんとした言葉を覚えていないけれど 優しい口調で大体こんな感じのことを言われた。 昼下がりの渡り廊下で。 その当時のあたしときたら 学校へは行かない上に成績は最低。 今でも変わらないと言えばそうだけれど 最高にへらへらした毎日を送ってた。 そんなあたしを1年の頃から妙に気にかけてくれて ことある事に呼び出してはなんやかやと話をしてくれた先生。 あの頃はなんとなく解った程度だった言葉だけど あれから少し経った今、なんとなく解るような気がしてきた。 例えば何かなさなければならないという気持ちや 考えても考えてもなくならない不安を 全部抱えたままでいいからとにかく歩いてみればいいということ。 歩かなければ春の夜明けも夏の夜も秋の夕暮れも冬の早朝もなにもないわけで 歩いていれば何かが見つかるかもしれない。 もうすぐ行ってしまう彼女も、 なんとなく表現は違えど似たようなことを考えて行くんだって。 彼女には彼女なりの不安があって、 夜、ひっそり泣いたりすることもあるらしい。 あたしはその場にいることができないけれど 気持ちはわかるような気がする。 どうしようもなく不安で、辛くて、 全部見放されたような気持ちになる夜とか。 そんな泣きたい、或いは泣いた夜を引っ連れて 彼女は遠い南の地へと旅立っていく。 旅じゃねぇな、もう帰ってこないらしいから、こっちには。 夢とかそういう云々じゃなくて 彼女は南で生きようとしているみたいだ。 「あたしがあたしでいる為には必要やねん」 彼女はそう言って細い目で笑った。 なんだか凄くいいな、と思った。 言い切れる潔さの裏にはきちんと 彼女の悩んだ痕があるんだろうな、と思った。 いい女だなぁ、ほんとに…。 あたしはあたしで頑張ろうと強く思った。 何を頑張ればいいか、なんてよくわからないけれど とりあえず明日の朝、早く起きることから。 Be Happy |
|
一人遊び 夢想し 期待し 落胆し 絶望す。 日々はその繰り返し。 その中で喜びを見つけられれば幸い。 中学に上がった頃からあたしはよく 「両親が死んだら」ということをよく考える。 死んだら哀しいだろうなー、とかそういうことではなくて 死んだらしなければいけないことを。 案外に人っていうのはぽっくり逝ってしまうもので おそらく「突然」やってくるその事態は すさまじく辛いこと、かもしれない。 例えば両親とも突然死んでしまった場合、 保険金やらもらえる予定だった年金等を受け取って 今の家のローンを返済し、軽く手を加えて賃貸にする。 月々の家賃収入を手に入れるために。 で、妹とあたしは家を出て どこかもっと小さいアパート臭いところへ引越しする。 ローンはそんなに残ってないし 処分するものを適当に質に入れて 保険金その他を少しずつ切り崩してなんとか社会人になるまでは頑張る。 とりあえず妹は私立の高校に通っているので その授業料その他もろもろは払って、 あたしは先を見越して苦しそうな場合学校を辞めて なんとか適当な、まっとうな仕事を見つける。 墓の手配や葬式の準備も全部しなければいけないだろうし 多分やることは山積み。 しっかりしなければいけないのは姉であるあたし。 例えば片方の親のみが死んだ場合。 この場合も収入が半分になることと 残された方のダメージを考えると しっかりしなければいけないのはあたし。 父は「墓は母の実家がある村において欲しい」と言っており 多分父の親戚からはそのことについて猛反対をくらうので がんばらないといけないのはあたし。 ちなみに戒名その他もいらんらしい。 墓も石でいいらしい。 お金はかからないけれど障害が多そう。 死に方も色々考える。 事故なんかで死んだ場合、 誰かを巻き込んだ事故ならば それなりにやっぱりお金がいると思う。 飛行機とかの公共機関で事故って死んだら 賠償とかなんかで色々大変そうだなぁ、とか。 そういうことを日々、結構な頻度で考えてはいる。 あたしをとりまく状況が変わるたびに。 あたしが死んだときのことも考えるけれど あたしが死んだときはきっと あたしが考えてるようにはならないので それはまぁ置いといて、の話。 最悪の事態を想定しておけば 傷ついたとしても割とショックは小さい気がする。 いつもそうやって生きてきて 欲しいと思うけれど望むことが怖いから 結局は望んでしまうのだけれど やっぱり怖いから。 ていうようなコトを考えている旨、 母親とこの間飲みに行った時に話した。 すると母は持ち前のいい意味で楽観的な口調で 「なんとかなるよ、心配せんでも」 と言ってちょっとだけ哀しそうに笑った。 それから、あたしのことを 生きにくい生き方してるね、と言った。 生きにくい生き方なのかもしれないけれど 強く望むと何故かうまくいかない人生で 最悪の事態を想定するのはなれっこになっている。 これは言うと酒の入った母は涙もろくて きっと泣いてしまうと思ったから言わなかったけれど あたしは最悪の事態を想定して暗くなっているのではなくて 最悪の事態を想定して遊んでいるのだ。 遊んでる。 遊び。 電車に乗ったときも この電車が突然脱線したらどうするか(どうなるか) よく考えて遊んでいる。 それは大分前に東京で起こった 凄い脱線事故の後に増えたレパートリーで 高校の通学時間なんかはよくお世話になっていた。 座る位置で助かるかもしれない、とか そういうことを考えながら、ずっと。 書いててあたしって大分ヤなやつやなー、と思った。 |
|
ヒサシブリのココチヨサ 軽く行事やらなんやらで忙殺されかけてました。 遊びたいよー!って作業の合間に叫んで ほんとに遊びにいくっていう暴挙。 いや、作業終わったあとにね? 1年ぶりくらいで友達と会ってきました。 変わってねぇなー、って感じ。 髪の色や服装は若干違えど あたしとそいつの間にある空気は中学の頃からなんら変わってない気がする。 変わらないでほしいことがちゃんと変わらずにいるということは案外に難しかったりするから 変わらずにいるということを知ってあたしはとても嬉しかったよ。 ラブホにでも行くか?おい? みたいな会話がナチュラルに出るのが素敵。 いやじゃボケ。 さてはて。 もうすぐさようならを言わなければなりません。 いえいえ、上記の御大ではなく、別の人。 ごめんなさいも言わなければなりません。 選んでくれたのに選べなかったのはあたしなので。 良く言えば優しいけれど 悪く言えばただの優柔不断な人とは あたしはやっぱり付き合えないと思ったのです。 メールでちくちく責めるような嫌味を言う人とは あたしはやっぱり付き合えないと思ったのですよ。 彼はバイト先の店長の甥っ子です。 あたしはバイト先で可愛がられております。 それはもう我子のように…というとちょっと違うけれど ほんとに可愛がられてる。それは自信がある。 可愛がる、というのは「可愛いねー」とかそういうのではなくて セクハラを含む暴言の数々であたしを弄るんだけれど あたしはそれが楽しくてしかたがなく そしてバイト先にいるお二方のことが大好きで バイトが楽しくて楽しくてたまらない。 体力があれば毎日でも行きたい。 店長は実父と同い年で、もう一人の調理補助の人も実父のひとつ上。 ふたりともお父さんのような雰囲気で もともとファザコン気味なあたしはふたりが大好き。 めったに言わんけれども。 そんな二人に遊んでもらうのは非常に楽しく 二人には別に何を言われたところでムカつくこともない。 それは半年強のバイト期間で得た信頼とかそういうのの上で その遊びが行われているから、とあたしは思う。 入ってすぐに今みたいなことを言われてたら ちょっと素でやめてたかもしれない。ってくらい酷い。たまに。 仕事においても会話においても有る程度認められてて その上での楽しい会話、なのですよ。 そのことを頭に置いた上で。 突然現れた人に同じようなことを言われるとやっぱりカチンとくる。 あたしはあなたを知らない上に あなたはあたしを知らないでしょう?と思ってしまう。 店長とKさん(調理補助の人)は あたしが言われたら結構凹むラインを知ってるのでそこへは触れてはこない。 触れるとするならきちんと手順を踏んで柔らかくしてから ちゃんとフォローも忘れずにしてくれる。 まぁめったに凹むことなんてないのだけれど、やっぱりね。 でも彼はそのラインを知らずにずかずか酷いことを言ってくる。 俺って余計な一言多いって言われるから〜、と言いながら 実は一言どころか二言もそれ以上も言ってることに気づいてない。 それは彼が只単に人との付き合いに慣れてないってのが原因なのだろうけれど それでもやっぱり言われるとキツイことくらいは察知しようぜ。 あたし、顔にでるのにな。思ったこと。 冗談にしていいレベルってのは人によって違う。 仲良くないのにいきなり際どいことを言われても困る。 距離感を図れないのはあたしも一緒だけれど それにしてもやりすぎと違うか?と思うことが多くて だから彼とは付き合えないと思った。 遠距離がどうのこうの彼は言ってたけれど あたしはその段階までも行ってない。 距離を考えるのは「好き」がかたまってから。 かたまって、不安になる以前の問題。 さて、恋を探しに行こうかな(星へ)。 |
|
あくせすかいせき。 アクセス解析なるものを久しぶりにつけてみた。 そこで解ったおもしろげな事実。 俺とこのサイトって 「あなたのような、月」だったのか。 やー、リンクしていただいてるサイトの登録名があらかたコレで。 いや、全然オッケーです。 寧ろ変えなくていいです。 あたし、そのコトバすごく好きだから。 多分原因はタイトル欄に「あなたのような、月」ってあって ページ内のどこにもページ名が明記されてないってこと。 いやぁ、妙なことかいてなくてよかった。タイトル欄に。 それこそ「うんこ」とか書いてたら ページ名:うんこ ……いいかも。 いやいやいや。 移転する前はそれこそずーっと「SHORT!!」っていうタイトルでやってた。 高校1年の弱い頭がひねり出したタイトル。 日記も当時は「思考回路」で 「思考回路は〜ショート寸前♪」っていう あのチラリズムの名作アニメの主題歌の歌詞から取ってた。 恥ずかしい奴だな、つくづく自分。 移転してからはさして思いいれもない。 ネットを介してできた友人からも 「るきあんとこの日記」と、ページ名を言われることも少なく そういや俺んとこのサイト名ってなんだっけ? 状態がずーっとずーっと続いてる。 この際名前なんてどうでもよくて ここはあたしの数少ない吐き出し場で それを見に来てくださる人もいるわけで その人が気に入ってくれたならそれでいいわけで。 結局なんでもよいのです。 |
|
アフェクション なーなー、自分な、もっと自身もったほうがええで? 俺、なんやあほちゃうか、思われるかもしれんけど やっぱりほら、もてるやん?モテモテやん? 女の子、俺のことほっとかへんやん? そういうの全部、心配してるんやろうけど、 俺がこうやってあったかいなーって思いながら 一緒に寝れるん、寝たいって思うん、自分だけやで? いまどき珍しい真っ黒い髪とか、 よう見たらめっちゃ長い睫毛とか 全部好きって言うてんのに、まだ不安そうな顔してる。 こうやって俺が隣で寝てるときは ものすごい安心した顔すんのにな。 大丈夫やって。 どこにもいかんよ。 自分置いてどっか行くくらいやったら 俺、こんなん言うたらまた怒られるけど、死んだほうがマシ。 二人で寝転んだ布団、 繋いだ手はあったかくて 俺はまた寝そうになる。 でももうちょっとだけ今のまま すぐそばの寝息と 穏やかな寝顔、堪能したくて。 クサいかもしらんけど これは俺だけの特権やから。 もうちょっとだけ …もうちょっとだけ ★・・★・・★ 睦言。 あんな、あんな、ほんまは好きやねん。 いっつも素直に言われへんけど、 ほんまはな、ものすごい好きやねんで。 素直になられへんのは、そっちのせいでもあるんやで? 言おうとしたら、先に好きって言われんねんもん。 なんかな、悔しいやんか。 やから言うたれへんだけやねんで? ほんまは誰よりも好きやねん。 隣で穏やかな寝息を立てている彼の その、形の綺麗な耳に唇を寄せてみた。 口の形だけで、声にはださず 吐息も漏らさないように注意して そっと、そっと。 起きる気配のない彼に少し笑って 悪戯半分、頬をつついてみたりして。 いつもは隠したままの ほんとうの気持ちを言うには 「声」が少しだけ邪魔で 窓の外で降りしきる雪の音だけが 必要なんだ、と思った。 あたたかい腕の中 夜は更けていく。 ★・・★・・★ too bad dream あまりにも眠いので昼寝をした。 カーテンを閉めても差し込む 幾分春の匂いを含みだした日差しを 頬の辺りに感じながらぼんやりと眠った。 強い眠気はあるくせに浅い眠りしか訪れず 引きずられるように布団の中で丸くなって眠った。 目が覚めると泣いていた。 というよりは、泣きながら目を覚ました。 いなくなる夢を見た。 ほんとにいなくなる、夢。 夢の中でどうしたらいいのかわからなくて 困って、困って、なぜか泣いてはいけないと思っていた。 自分に与えてもらった何かを まだその半分も返せていないのに。 どうにかして探し出そうとするのだけれど どうやって探し出せばいいのかわからない。 死んでいるのか、生きているのかさえわからない。 ただ淡々と夕日が沈んで、夜がきて、多分また朝がくるんだろうと思ったら それだけで死にたくなるくらいイヤな気分になれた。 とにかくもう、絶望的な夢だった。 胸が痛くて、哀しくて、厭な夢だった。 夢の中で ああ、これが夢だったらどんなにいいか と思った。 泣きながら目を覚ました。 |